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賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


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第75話

 ネバダ州。そのどこまでも続く赤茶けた大地と、人の精神を蝕むかのような乾いた熱風が支配する死の砂漠。その中心部、エリア51として世界中の陰謀論者たちの想像力を掻き立ててきた、地図には存在しない広大な軍事施設の一角に、その場所はあった。

 表向きは、次世代航空機の飛行試験場。だが、その地下深く、核シェルター級の堅牢さを誇る巨大なドーム状の空間は、今、人類の歴史上最も異質で、そして最も過酷な訓練施設へとその姿を変えていた。

 コードネームは、『オペレーション・アークエンジェル』。

 KAMIを「天使」と定義した教皇の演説を逆手に取り、「我々もまた神の軍隊、天使の軍団を創設する」という皮肉と対抗心に満ちた名前。『因果律改変能力』を人間の兵士に与えるという、傲慢で、そして必然的なアメリカ合衆国軍の極秘計画。


 そのドームの中央では、地獄の音が鳴り響いていた。

「――遅いッ! 動きが鈍すぎる!」

 甲高い、しかし鋼鉄の鞭のように鋭い少女の声が、轟音と共に響き渡る。

 声の主は、黒いゴシック・ロリタのドレスに身を包んだKAMI。彼女は、まるでバレエでも踊るかのように優雅に宙を舞いながら、自分に向かって突進してくる二人の屈強な兵士を、赤子の手をひねるようにあしらっていた。

 彼女に挑みかかっているのは、アメリカ軍が誇る精鋭中の精鋭。ネイビーシールズ、デルタフォース、グリーンベレー。あらゆる特殊部隊から、その肉体、精神、そして『因果律改変能力への適性』を基準に選抜された百名の怪物たち。

 アメリカ軍選抜、因果律改変能力部隊の第一期生たちだ。

 彼らはKAMIから『補助輪スキル』を与えられ、この地獄のブートキャンプに参加して、まだ三日しか経っていなかった。


「常に身体能力強化を維持しろと言ったはずだ! お前たちはもはやただの人間ではない! 鋼の肉体と神速の反応速度を持つ超人なのだ! その自覚が足りない!」

 KAMIはそう叫ぶと、突進してきた兵士の一人の鳩尾に、その小さな足で軽く蹴りを入れた。

 ドゴォッ!!

 凄まじい衝撃音と共に、体重100キロはあろうかという巨漢が、まるで紙屑のように数十メートル吹き飛ばされ、ドームの壁に叩きつけられた。分厚い強化コンクリートの壁に、人間大の蜘蛛の巣のような亀裂が走る。

「ぐ…はっ…!」

 兵士は、内臓が破裂するほどの衝撃に血反吐を吐きながら、その場に崩れ落ちた。

「ほら立て! その程度で死にはしない!」

 KAMIの容赦のない声が飛ぶ。

 その間にも、もう一人の兵士が背後から特殊合金製のコンバットナイフで、彼女の首筋を狙って斬りかかっていた。

 だが、その刃が彼女の白い肌に触れるコンマ数秒前。

 キィィン!

 甲高い金属音と共に、ナイフはまるで見えない壁に阻まれたかのように、空中でピタリと静止した。

「……無駄よ」

 KAMIは振り返りもせずに言った。「その程度の殺意、私の『空間認識』の前では丸見えだわ」

 そして彼女は、指先で空中に一つの複雑な紋様を描いた。

「――風のエア・スラッシュ

 彼女がそう呟いた瞬間。

 兵士の右腕が、肘から先、綺麗に宙を舞った。

 鮮血が、噴水のように噴き上がる。


「うわあああああああああッ!!」

 屈強な特殊部隊員の喉から、人間的な、そして当然の絶叫がほとばしり出た。

 その凄惨な光景。

 ドームの壁際に並んで組手の訓練をしていた他の兵士たちが、思わず動きを止める。

 だが、その彼らに、KAMIの氷のように冷たい声が突き刺さった。

「――何を見ている! 因果律改変能力は、使えば使うほどその練度が上がるのだ! 休むな! 動き続けろ! 敵は、お前たちが感傷に浸っている間も、お前たちの喉を掻き切るために爪を研いでいるのだぞ!」


 KAMIは、自らの腕の断面から血を噴き出しながら蹲る兵士の前に、ゆっくりと降り立った。

 その顔には同情も憐憫も一切ない。ただ、出来の悪い生徒を指導する、厳しい教師の顔だけがあった。

「はい、痛がってないで。まず、血液を操作して止血する!!!」

 彼女は命令した。

「お前の身体の中を流れるその赤い液体も、全てはお前の意思の下にある! イメージしろ! 血管の破断面を、自らの意思で塞ぐのだ! 血小板の凝固作用を、意図的に数百倍にまで加速させろ!」


「う…、うううう…!」

 兵士は、激痛に顔を歪ませながら必死でその切断面に意識を集中させた。

 無理だ。できるはずがない。痛みで、思考がまとまらない。

「――甘えるなッ!」

 KAMIの鋭い声。

「お前は、戦場で腕の一本を失ったくらいで泣き喚くのか! それでは死ぬぞ!」

 その言葉が、兵士の特殊部隊員としての最後のプライドに火をつけた。

 彼は、歯を食いしばった。

(……そうだ。俺は兵士だ。この程度で…!)

 彼は、意識の全てをその一点に注ぎ込んだ。

 止まれ。止まれ。止まれ!

 すると、不思議なことが起きた。あれほど勢いよく噴き出していた血が、まるで蛇口をひねるように、その勢いを弱めていく。

 そして数秒後。

 完全に止まった。

「はぁ…、はぁ…、はぁ…。よし…!」

 兵士は、荒い息を吐きながら、信じられないという顔で自らの腕を見つめた。


「よろしい」

 KAMIは、満足げに頷いた。「では次、はその腕をくっつけるのよ」

 彼女は、床に転がっていた生々しい腕を、まるで拾い物でもするかのように無造作に拾い上げた。そして、それを兵士の腕の断面に無慈悲に押し付けた。

「ぐっ…!」

 再び、激痛が走る。

「イメージしろ! 神経を、血管を、筋肉を、そして骨を、一本一本自らの手で繋ぎ合わせるのだ! お前の身体の設計図は、お前の魂が一番よく知っているはずだ!」


 それは、もはや訓練ではなかった。

 拷問に近かった。

 だが、兵士はやった。

 数分後。

 彼の右腕は、まるで最初から何もなかったかのように完全に元通りになっていた。ただ、肘のあたりにうっすらと赤い線が残っているだけだった。

「……できた。俺は、やったぞ…」

 彼は、呆然と呟いた。


「上出来よ」

 KAMIはそう言うと、ドームの中央に立ち、訓練を続けていた全ての兵士たちに向かって高らかに宣言した。

「――全員聞け! これより、全員に血液操作による止血法を覚えてもらうわよ!」

 彼女の言葉に、兵士たちの間に動揺が走る。

「そして、止血しつつ切断された腕をくっつける所まで、完全に覚えてもらうわよ!!!」

 KAMIは続けた。その声は、悪魔の宣告のようだった。

「良いこと? 他者への治癒は、教皇のように特別な才能が必要だけど、自分自身の身体を治す『再生』は、比較的簡単なの! なぜなら、自分の身体の設計図は、自分が一番よく知っているからよ! これは、あなたたちが因果律改変能力者として戦場で生き残るための、最低限のスキルと考えなさい!!」


「ちなみに、腕を生やすのも簡単よ。慣れれば、数秒でできるようになるわ。だから、因果律改変能力者との戦いに致命傷はないと考えなさい。あるのは、どちらかの意識が先に尽きるかだけよ。だから、これからの戦いでは、相手を殺すのではなく、気絶させることを意識しなさい!!」

 その恐ろしい、新しい戦場のルール。


「はい、ぼさっとしてない!」

 KAMIの怒声が飛ぶ。

「今から私が一人ずつ回ってあげるわ。それまで、自分の手をそのナイフで軽く斬りつけて、止血の練習をしなさい!!」

「……なっ!?」

 兵士たちが、絶句する。


「何よ、その顔は」と、KAMIは心底不思議そうに首を傾げた。「もし練習中に間違って死んでも、私が蘇生させてあげるから大丈夫、大丈夫。心配しないで。さあ、どんどんやりなさい!!!」

 その無邪気な、そして悪魔的な励ましの言葉。

 それが、引き金だった。

 百名のアメリカ軍最強の兵士たちは、もはや理性をかなぐり捨て、狂ったように自らの手をナイフで傷つけ、そして癒すという地獄の訓練を始めたのだった。


 一週間後。

 ホワイトハウス、シチュエーションルーム。

 トンプソン大統領は、ネバダの地下施設から送られてきた中間報告のビデオ映像を、信じられないという顔で見つめていた。

 モニターの中では、百名の超人兵士たちが互いの腕を切り落とし、そして何事もなかったかのようにそれを再生させるという、常軌を逸した訓練を黙々と繰り返していた。彼らの顔には、もはや痛みも恐怖もない。ただ、より強く、より完璧な戦闘マシーンへと自らを作り変えようという、鋼の意志だけがあった。


『――なかなか筋が良いじゃない。これなら、一週間で全員が最低限の身体能力強化と止血と再生を覚えることができるわね…』

 映像の端で、KAMIが満足げにそう解説している。

『まあ、あくまで補助輪があるという前提だけど。まだ、補助輪がなきゃ無理かなぁ。でも、この調子なら一年もすれば、補助輪を外しても良いかも?』


 その恐ろしい、しかし頼もしい報告。

 トンプソンの隣に座っていた統合参謀本部議長のマッカーサー将軍が、呻くように言った。

「……大統領。彼らはもはや、兵士ではありません。…不死身の軍神デミゴッドです。これほどの戦力が我が軍に加わるのであれば、我々はもはや、いかなる国の、いかなる脅威をも恐れる必要はなくなるでしょう」

 その時、モニターの向こうのKAMIが、まるでトンプソンの存在に今気づいたかのように、カメラに向かってにこりと微笑んだ。

『…というわけで大統領。訓練は、順調よ』


「ふふふ…。頼もしい限りだよ、KAMI君」

 トンプソンは、満足げに頷いた。そして彼は、最大のライバルである日本の状況について探りを入れた。

「それにしても、驚きだな。日本は結局、民間人から育成を始めるとは。平和ボケも、ここに極まれりというところか」

 その皮肉な言葉。

「まあ、1000人規模だから数は多いけど…」と、KAMIは肩をすくめた。「あの子たちはまだ、漫画を読んで光の球を出す練習をしている段階よ。あなたたちのこのスパルタ教育とは、比べ物にならないわ」


 その答えに、トンプソンは隠しきれない優越感を覚えた。

「ふっ。そうか。やはり、世界の警察として、この因果律改変という新しい力の分野でも、我がアメリカが世界をリードしなければならないな…」


 その傲慢な、覇権国家の独白。

 それに、KAMIは釘を刺すことを忘れなかった。

「そうね。まあ、せいぜい頑張ることね」

 彼女は、悪戯っぽく笑った。

「中国とロシアも、それぞれのやり方で計画を進めているしね。あっちも、順調よ?」


「……何?」


「だから、そのうち交流戦なんかしても良いかもね」

 KAMIは楽しそうに言った。「アメリカの不死身の特殊部隊と。中国の気功術と魔法を融合させた道士軍団と。そして、ロシアの神を目指す皇帝陛下直属の親衛隊と。…誰が一番強いか、見てみたくない?」


 その無邪気な、そして悪魔的な提案。

 トンプソンは、言葉を失った。

 彼は、気づいてしまった。

 自分たちは、神の力を手に入れたのではない。

 ただ、神が主催する血塗られた終わりのないトーナメントの一人のプレイヤーとして、エントリーさせられたに過ぎないのだということを。

 そして、そのトーナメントの観客席で、一人のゴスロリ姿の少女が最高の笑顔で拍手を送っているのだという、その恐ろしい真実に。

 彼の超大国のリーダーとしての短い、短い万能感の時間は、終わりを告げた。

 そして、新たな、そしてより巨大な軍拡競争という名の地獄の蓋が、今まさに静かに開かれようとしていた。

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― 新着の感想 ―
楽しく読ませていただいております 恐らく3国が基礎的なファンタジーを参考に魔法使いを育成しているのに対し、日本だけジャパニーズファンタジーを参考にしているのは成長に影響するんだろうか 魔法使い作ってた…
最高の作品。こういうのが見たかった! 現実にファンタジーが降りてきて振り回される人類って良いよね… ダンジョンも良いけど、こういう高次存在に振り回される系尚且つ政府側の描写ちゃんとしてるの面白いのに少…
意外と教える上手いですね笑
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