番外編 断章9話
ニューヨーク奪還作戦の朝。
『ノアズ・アーク』の前線基地となったアッパー・ウエスト・サイドの拠点には、人類史上かつて見たことのない、奇妙で、そして頼もしい軍隊が集結していた。
「……おいおい、マジかよ。あいつら、アレを持つのか?」
ミラーの部下である人間の兵士たちが、呆気にとられた顔で囁き合う。
彼らの視線の先には、ヴィンセント率いる『サイレンス』のミュータント部隊が整列していた。
彼らはKAMIから支給された真新しい戦闘用強化外骨格(パワードスーツの簡易版のような装甲)を身に纏い、そしてその手に、人間ならば車両に据え付けなければ扱えないはずの重火器を、まるでハンドガンのように軽々と携えていた。
ブローニングM2重機関銃。
ミニガン(M134)。
果ては攻撃ヘリに搭載されるはずの20mmバルカン砲までも。
「サイズがぴったりね」
KAMIは、ヴィンセントの巨体に合わせて調整された対戦車ライフル(もはや大砲だ)を、満足げに眺めた。
「あなたたちの筋力と体格なら、これくらいの火力がちょうどいいわ。
人間サイズのアサルトライフルじゃ、トリガーに指が入らないし、反動が物足りないでしょ?」
「ああ……。感謝する、KAMI」
ヴィンセントは鋼鉄の塊のような銃を片手で構えてみせた。
「これなら、あの『キング』の親衛隊どもの厚い皮も、紙切れのように撃ち抜ける。
我々は怪物になってしまったことを呪っていたが……今日ほど、この呪われた力が役に立つと思う日はない」
彼の背後には、同じように重武装したミュータントたちが50名。
彼らは「重装歩兵」という枠を超え、一人一人が「歩く戦車」とも言うべき火力を有していた。
さらに、その銃器には全て、KAMIによる『対変異体特攻』のエンチャントが施されている。
「作戦を確認する」
ミラーが地図を広げた。
「我々人間部隊(戦車と装甲車)はブロードウェイを南下し、陽動を行う。派手に暴れて、キングの主力部隊を引きつける。
その隙に、ヴィンセント。あんたたちミュータント部隊は地下鉄網を使って、エンパイア・ステート・ビルの直下まで潜行。
地下から内部へ突入し、司令部を強襲、キングの首を取れ」
「了解した」
ヴィンセントの赤い瞳が燃え上がった。
「奴には、同胞を狩り、食い物にした報いを受けさせる。
地下の地理なら我々の庭だ。誰にも気取られずに、懐まで潜り込んでみせる」
「よし。総員、配置につけ!」
ミラーの号令が響く。
「あ、ちょっと待って」
KAMIが手を挙げた。
「景気付けに、これをあげるわ」
彼女が指を鳴らすと、全員の頭上に淡い光の輪が現れ、身体に吸い込まれていった。
『全体強化:士気高揚、恐怖耐性、身体能力+20%』。
「これでビビることもないわね。
さあ、行ってらっしゃい。私の『庭』を掃除してきて」
「撃てェッ!! 弾幕を張れ!」
ミラー率いる地上部隊は、凄まじい勢いでミッドタウンへと進軍していた。
M1エイブラムスの主砲が唸り、ビルの陰から飛び出してくる武装ミュータントたちを粉砕する。
キングの支配下にあるミュータントたちも、廃材で作った盾や奪った軍用兵器で応戦してくるが、火力の差は歴然としていた。
何より、彼らは混乱していた。
「なんだあの威力は!? 装甲車が一撃で貫通されたぞ!」
「人間どもめ、どこでこんな武器を……!」
KAMIの魔法弾薬は、物理的な装甲だけでなく、ミュータント特有の再生能力さえも阻害する。
傷口が焼け焦げ、回復しないのだ。
一方、地下。
暗闇の中を、ヴィンセントたちは無音で疾走していた。
時折、キング配下の斥候と遭遇するが、戦闘は一瞬で終わる。
ヴィンセントが振るう20mmバルカン砲の水平射撃が、敵を認識する間もなく粉砕するからだ。
「……ここだ。この上が奴の玉座だ」
地下駐車場から業務用エレベーターシャフトを見上げ、ヴィンセントは言った。
「野郎ども、準備はいいか。
ここから先は言葉はいらん。鉛と怒りをぶちまけろ」
「オオオオオオッ!!」
彼らはシャフトをよじ登り(その爪と怪力があれば容易いことだった)、ロビー階の床を突き破って出現した。
ズガァァァン!!
大理石の床が弾け飛び、砂煙と共に異形の特殊部隊が姿を現す。
そこはエンパイア・ステート・ビルのメインロビー。キングの本拠地。
そこには数多くの武装したミュータントたちが待ち構えていたが、床下からの奇襲に虚を突かれ、立ち尽くしている。
「――こんばんは、裏切り者ども」
ヴィンセントがバルカン砲の銃身を回しながら告げた。
「掃除の時間だ」
ブゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!
回転する銃身から、死の暴風雨が解き放たれた。
それは戦闘ではなかった。一方的な蹂躙だった。
人間の兵士ならば反動で肩が外れるような重火器を、彼らは軽々と腰だめで構え、正確無比に掃射していく。
キングの親衛隊たちは、自慢の硬化皮膚も盾も意味をなさず、次々と肉塊に変えられていった。
「上だ! キングは最上階にいる!」
部隊は階段を駆け上がる。
エレベーターなど待っていられない。彼らの脚力なら、80階層など数分で踏破できる。
立ちはだかる敵をなぎ倒し、壁をぶち抜き、彼らは天を目指した。
最上階展望デッキ。
かつては恋人たちが夜景を眺めたその場所は、今や骨と鉄で作られた玉座が置かれた、悪趣味な宮殿となっていた。
そこに、その男――『キング』はいた。
身長4メートル。全身が黒い甲殻で覆われ、背中からは数本の触手のような突起が生えている。
その姿は人間というよりは、悪魔の彫像に近かった。
彼は眼下に広がる戦火を見下ろしていたが、ヴィンセントたちが扉を吹き飛ばして侵入してくると、ゆっくりと振り返った。
「……ヴィンセントか。
下水道のネズミが、よくここまで這い上がってきたな」
キングの声は、重低音の振動となって空気を震わせた。
「人間に尻尾を振って餌をもらう家畜になり下がったか。
我々は『新人類』だぞ。旧人類を滅ぼし、この星を支配するために選ばれた種だ。
なぜ誇りを捨てる?」
「誇りだと?」
ヴィンセントは唾を吐き捨てた。
「弱い人間を狩り、女子供を食らい、同族さえも恐怖で支配する。
それがお前の言う『進化』か? それが『誇り』か?
笑わせるな。お前はただの、力に溺れた野獣だ」
ヴィンセントはバルカン砲を構えた。
「俺たちは怪物になっても、『心』は捨てなかった。
人間と手を取り合い、共に生きる道を選んだ。
それが、俺たちの誇りだ!」
「愚かな……。ならばその人間ごと、滅びろ!」
キングが咆哮した。
その背中の触手が伸び、周囲の瓦礫を弾丸のように射出する。
さらに彼自身も、驚異的な速度で突進してくる。
速い。巨体に似合わぬ俊敏さだ。
だがヴィンセントたちは動じない。
「総員、斉射ッ!!」
ドガガガガガガガッ!!
狭い展望デッキで、数十丁の重火器が一斉に火を吹いた。
KAMIの魔力が込められた爆裂弾、徹甲弾、焼夷弾が、キングの巨体に殺到する。
「グオオオオッ!?」
キングの黒い甲殻が砕け散る。
通常兵器なら傷一つ付かない絶対防御も、神の加護を受けた弾丸の前では無力だった。
肉がえぐれ、骨が砕け、黒い血が舞う。
「バカな……! 貴様ら、何を撃っている!?
これは……ただの銃弾ではない……! 痛い、痛いぞォッ!」
キングが悲鳴を上げる。
再生しようとする肉体を、焼夷弾の炎が焼き焦がし、阻害する。
「トドメだ!」
ヴィンセントが前に出た。
彼はバルカン砲を捨て、背中に背負っていた巨大なハンマー――これもKAMIが製鉄所の廃材から作り出し、重力制御のエンチャントを施した特注品――を手に取った。
「これは、食われた仲間たちの分だ!」
ブォンッ!!
空気が爆ぜる音と共に、ハンマーが振り下ろされる。
インパクトの瞬間、重力制御が解除され、数トンもの質量がキングの頭蓋に叩きつけられた。
グシャアッ!
キングの頭部が、完熟したトマトのように弾け飛んだ。
巨体がぐらりと揺れ、そして崩れ落ちる。
ニューヨークを恐怖で支配した暴君の、あまりにもあっけない最期だった。
「……終わった」
ヴィンセントはハンマーを下ろした。
「俺たちの勝ちだ」
キングの死と共に、ミュータント軍団の統率は崩壊した。
指揮系統を失った彼らは、ただの烏合の衆となり、ミラーの装甲部隊によって各個撃破されるか、あるいは降伏した。
その日の夕刻。
エンパイア・ステート・ビルの頂上にある巨大なアンテナ。
KAMIはそこへ、ふわりと舞い降りた。
「さて、仕上げね」
彼女はアンテナに手を触れた。
「フィラデルフィアの時と同じ。出力を最大にして、全域に声を届けるわよ」
バチバチッ!
アンテナが青白く発光し、強力な魔導波が増幅される。
KAMIはミラーにマイクを渡した。
「さあ、勝利宣言をしてきなさい。英雄さん」
ミラーは眼下に広がる廃墟の街を見下ろした。
あちこちから煙が上がっているが、銃声はもう聞こえない。
「……こちらはノアズ・アーク遠征部隊司令官、ミラーだ。
ニューヨークの全生存者に告ぐ」
彼の声はラジオ無線機、そして街中に残っていたスピーカーを通じて、大音量で響き渡った。
「暴君『キング』は討ち取られた。
支配派の主要部隊は壊滅し、降伏した。
ニューヨークは解放されたのだ!」
廃墟のビルの陰で、地下鉄のホームで、その放送を聞いた人々が顔を見合わせる。
「……解放? 終わったのか?」
「あの怪物が死んだのか?」
「我々は、食料と水、そして医薬品を持っている。
安全な場所も用意する。
隠れている者は出てきてくれ。もう怯える必要はない。
そして……」
ミラーは言葉を選んだ。
「抵抗をやめたミュータントたちにも告ぐ。
武器を捨て、恭順の意を示せば命は保証する。
我々の仲間である『サイレンス』のように、共に働く道もある。
殺し合いは終わりだ。これからは復興の時間だ」
その放送は、絶望に沈んでいた街に、劇的な変化をもたらした。
瓦礫の中から痩せ細った人々が次々と姿を現し、ミラーの部隊の元へと集まってくる。
そして、戦意を喪失したミュータントたちも、おそるおそる手を上げて降伏してきた。
「……本当に終わったんだな」
ギャレットが、トラックの荷台から配給されるパンをかじりながら呟いた。
「ああ。これからは忙しくなるぞ」
ミラーが笑った。
その夜。
セントラルパークの広大な芝生広場は、かつてない規模の祝賀会場となっていた。
KAMIの力で設営された無数のテント。
煌々と輝く魔法の灯り。
そしてテーブルを埋め尽くす山海の珍味。
「カンパーイ!!」
数千人の人間と、数百人のミュータントが共に杯を掲げた。
そこには、もはや種族の壁はなかった。
共に地獄を生き抜き、共に戦い、そして勝利を勝ち取った仲間としての絆が、彼らを結びつけていた。
「おい、そこのデカいの! 肉もっと食えよ!」
「グルル……(感謝する、人間)」
「ハハハ! いい飲みっぷりだ!」
かつては殺し合っていた者たちが、肩を組み、笑い合っている。
ミュータントの怪力を利用して瓦礫を撤去し、人間が器用な手先で道具を修理する。
そんな光景が、会場のあちこちで見られた。
KAMIは、公園を見下ろす丘の上で、その様子を眺めていた。
「……ふん。悪くない眺めね」
彼女の手には、特大のピザ(ペパロニ増量)がある。
「ああ。奇跡のような光景だ」
隣に立ったミラーが、感慨深げに言った。
「あんたが来なければ、こんな日は永遠に来なかっただろう」
「私はきっかけを作っただけよ。
戦ったのも、和解したのも、あなたたち自身の力だわ」
KAMIはピザをかじった。
「でもまあ、対価分の働きはしてもらったわね。
ニューヨーク中の銀行の金庫が開けられたおかげで、私の懐もだいぶ潤ったし」
事実、回収された貴金属の量は莫大だった。
世界の金融中心地だっただけあり、地下金庫には手つかずの金塊が山のように眠っていたのだ。
それらは全て、KAMIの異空間倉庫へと転送されている。
「さて」
KAMIはピザの耳を放り投げた。
「ニューヨークは片付いた。東海岸の拠点は確保できたわね。
次は……北上南下しましょうか」
彼女は北の方角――闇に沈むワシントンD.C.の方角を見据えた。
「首都ワシントン。
そこにはまだ、『アメリカ合衆国』という名の亡霊が残っているのかしら?」
「大統領か……」
ミラーは表情を曇らせた。
「生きているという噂はある。
ホワイトハウスの地下、あるいはペンタゴンの最深部に、政府の生き残りが立てこもっていると。
だが5年間、何の声明も出していない。
生きているとしても……まともな状態かどうか」
「ふーん。面白そうじゃない」
KAMIは目を輝かせた。
「もし生きてるなら、挨拶に行かなきゃね。
『新しい神様が来ましたよ』って。
もし死んでるなら……誰がその椅子に座っているのか、確かめに行きましょう」
「誰がとは?」
「権力の空白地帯なんてないのよ」
KAMIは冷ややかに笑った。
「大統領がいないなら、別の誰かが『王』を気取っているはずだわ。
それが人間なのか、ミュータントなのか、あるいは暴走したAIなのか……。
楽しみね」
「……また戦争か」
ミラーはため息をついたが、その手はしっかりとライフルのグリップを握っていた。
「いいだろう。どこへでも行くさ。
この国を人間の手に取り戻すまでな」
宴は続く。
音楽と笑い声が夜空に響き渡る。
だが彼らは知っていた。これがゴールではないことを。
広大なアメリカ大陸には、まだ未知の脅威と、そして手つかずの財宝が眠っている。
「さあ、明日は早起きよ!
次はホワイトハウスで、ティータイムにしましょう!」
KAMIの無邪気な宣言が、新たな冒険の始まりを告げた。
廃墟の女神と鋼鉄の軍団は、次なる目的地へと向かう準備を始めていた。




