第157話
その日、世界は二つの異なる「熱」に浮かされていた。
地上では、KAMIが開催した期間限定イベント『深霧踏破戦線』の狂乱が続いていた。世界中の探索者たちが霧の迷宮に挑み、ポーションを求め、ユニーク装備を求めて剣を振るう。その熱気はSNSとメディアを通じて、地球全土を覆い尽くしていた。
だが、その喧騒から完全に遮断された場所で、もう一つの、より冷たく、より巨大な「熱」が渦巻いていた。
東京、ワシントン、北京、モスクワ。
そこにロンドン、パリ、ベルリン、ローマ、オタワ……G7諸国とEUの首脳たちが加わった拡張版・最高機密バーチャル会議室。
円卓は巨大な楕円形へと拡張され、各国の国旗が並ぶその光景は、まさに「地球連邦政府」の雛形とも言える威容を誇っていた。
だが、そこに座る指導者たちの顔に、希望に満ちた開拓者の笑顔はない。
あるのは、未知なるフロンティアに対する剥き出しの欲望と、そしてそれと同量の底知れぬ恐怖だった。
「――では、定刻となりました」
議長国である日本の九条官房長官が、いつもの鉄仮面のような無表情で開会を宣言した。
彼の四つの身体は、この前代未聞の多国間調整を捌くためにフル稼働している。
「本日の議題は、KAMI様より提示された『宇宙開発関連技術』の社会実装、およびその国際的な管理体制についてです」
九条は手元の端末を操作し、会議室の中央に巨大なホログラムを投影した。
そこに映し出されたのは、二つの革新的な、いや、物理法則を嘲笑うかのような技術の概要だった。
1. 『超高効率水推進エンジン(Water-Propellant Relativistic Engine)』
・水を触媒・推進剤とし、加速する。
・最大速度:光速の10%(約30,000km/s)。
・慣性制御機能付きで、生物の搭乗が可能。
2. 『空間折りたたみ技術(Spatial Folding / Dimension Pocket)』
・物質を亜空間に収納し、質量と体積を無視して運搬する技術。
・拠点間での「倉庫」の共有や、巨大構造物の携帯が可能。
「……改めて見ても、デタラメな技術だ」
フランスの大統領が、ため息混じりに呟いた。
「水を入れてスイッチを押せば火星まで一日で行けるだと? ジュール・ヴェルヌも腰を抜かすぞ」
「ですが現実に、データはここにあるのです」
ドイツの首相が、技術者らしい真剣な眼差しでデータを凝視する。
「理論検証は済んでいる。KAMIの提供した設計図通りに組めば動く。我々の物理学では説明がつかなくとも、動くものは動くのだ」
沢村総理が重い口を開いた。
「皆様。世間はダンジョンのお祭り騒ぎですが、我々にはもっと遠くを見る義務があります。
この技術を使えば、月面基地の建設、火星への有人探査、そして小惑星帯での資源採掘……全てが今の技術レベルのまま、コストだけを数万分の一にして実現可能です」
彼は並み居る各国の首脳を見渡した。
「単刀直入にお伺いします。
この宇宙開発競争から降りたいという国はありますか?
『危険だからやめておく』『地球だけで十分だ』……そう考える国があれば、今のうちに退出していただいて構いません。
KAMI様への技術供与の申請リストから、その国を外すだけですので」
挑発的な問いかけ。
だが返ってきたのは「沈黙」ではなかった。
「否」という力強い意思表示の連鎖だった。
「愚問だな、沢村総理」
アメリカのトンプソン大統領が、葉巻を噛み締めながら言った。
「フロンティア・スピリットは我々の国是だ。行かない理由がない」
「我が国もだ」
中国の王将軍が即答する。
「月も火星も早い者勝ちだ。指をくわえて見ているつもりはない」
「EUとしても」
欧州委員会の委員長が発言する。
「エネルギーと資源の自立は悲願です。宇宙に無尽蔵のレアメタルがあるなら、それを取りに行くのは生存本能です」
イギリス、カナダ、イタリア……。
全ての国が首を縦に振った。
当然だ。
隣の国が「光速の10%」で宇宙を飛び回っている時に、自国だけが化学ロケットでちんたら飛んでいるわけにはいかない。それは軍事的・経済的な自殺を意味する。
全員が「行く」という選択肢しか持っていなかった。
「……よろしい」
沢村は頷いた。
「では、全会一致で『宇宙へ行く』ということで合意しました。
我々は人類総出で、星の海へと漕ぎ出すことになります」
会場に一瞬だけ、高揚した空気が流れた。
人類の夢。大航海時代の再来。
だがその空気は、次の九条の一言で瞬時に凍りついた。
「では、本題に入ります」
九条の声が一段低くなる。
「我々四カ国(日米中露)で事前にシミュレーションを行った結果、一つの致命的な、そして回避困難な『破滅のシナリオ』が浮上いたしました。
本日はその対策を協議したく存じます」
九条はモニターの画面を切り替えた。
そこに映し出されたのは、美しい月面基地の想像図……ではなく、月面から地球に向けて放たれた「何か」が一瞬で地球の都市を蒸発させる、冷徹なシミュレーション映像だった。
「議題は――『コロニーの反乱』および『相対論的運動エネルギー弾』の脅威についてです」
会議室がざわめく。
「反乱?」
「SF映画の話か?」
「笑い事ではありません」
アメリカの国防長官が、深刻な面持ちで説明を引き継いだ。
「KAMIのエンジンは光速の10%、すなわち秒速3万キロメートルを出せます。
これは単なる移動手段ではありません。それ自体が、人類史上最強の『質量兵器』なのです」
彼は、簡単な物理式を示した。
「運動エネルギーは、速度の二乗に比例します。
たとえ数トンの小型宇宙船であっても、光速の10%で地球に衝突すれば、その破壊力はツァーリ・ボンバ(史上最大の水爆)を遥かに凌駕します。
いわゆる『亜光速ミサイル』です」
そして彼は、絶望的な数値を口にした。
「月と地球の距離は約38万キロ。
光速の10%で飛行すれば……到達時間はわずか『12秒から15秒』です」
「じゅう……ご秒……?」
フランス大統領が絶句した。
「はい。
もし月面基地が独立を宣言し、地球に向けて岩石や宇宙船を射出した場合。
我々がそれを探知し、迎撃ミサイルを発射する時間はありません。
探知した瞬間には、もう着弾している。
パリもワシントンも東京も。
防ぐ術なく、地図から消滅します」
会議室は、凍りついたような静寂に包まれた。
15秒。
それは核抑止論における「相互確証破壊(MAD)」さえも成立しない時間だ。
報復する暇もなく、一方的に滅ぼされる。
宇宙を制した者が、地上を絶対的に支配する。
それがこの技術がもたらす軍事的な現実だった。
「……しかし」
ドイツの首相が、震える声で反論を試みた。
「それは月面基地が『敵』になった場合の話だろう?
我々が送り込むのは、選抜された優秀な飛行士や科学者、そして開拓者たちだ。
彼らが母なる地球に弓引く理由がどこにある?」
「ありますとも」
ロシアのヴォルコフ将軍が、冷笑を浮かべて言った。
「歴史を見たまえ。植民地は必ず独立する。
アメリカ大陸の開拓者たちは、故郷イギリスに税を払うのを拒み、銃を取った。
宇宙でも同じことが起きる。
過酷な環境で資源を採掘する『スペースノイド』たちが、安全な地球でふんぞり返って利益を吸い上げる『アースノイド』を憎むようになるのは時間の問題だ」
「それに」
中国の王将軍が付け加えた。
「距離は忠誠心を希薄にさせる。
地球の法律が届かない、警察も軍隊もすぐには来られない場所で、彼らは自分たち独自のルールを作り始めるだろう。
『KAMIの技術』があれば、水も空気もエネルギーも自給自足できる。
地球に頼る必要がなくなった時……彼らにとって地球政府は、ただの『邪魔な搾取者』でしかなくなるのです」
リアリストたちの冷徹な分析。
G7の首脳たちも、反論の言葉を持たなかった。
人間は、環境が変われば変わる。
宇宙という極限環境が人間にどのような心理的変容をもたらすか、誰にも予測できない。
だが「力」を持った集団が、その力の行使をためらう保証は、どこにもないのだ。
「……ではどうするというのだ?」
イギリスの首相が頭を抱えた。
「宇宙開発を諦めるか?
だがもし我々が諦めても、テロリストや独裁国家がこの技術を手に入れたら終わりだ。
誰かが宇宙に行けば、全員が人質になる」
「監視を強化するしかありません」
アメリカの国防長官が提案した。
「月面に強力な軍隊を駐留させ、開拓者たちを常時監視する。
不穏な動きがあれば即座に制圧する。
『宇宙軍』による恐怖政治です」
「それが反乱の火種になるのではないか?」
イタリアの首相が懸念を示した。
「自由を求めて宇宙へ行った者たちを、銃口で管理する。
そんなことをすれば彼らは、必ず地下に潜り過激化する」
「では宇宙船に『遠隔自爆装置』を義務付けるか?」
誰かが恐ろしい提案をした。
「地球に向かって加速を始めた瞬間、自動的に爆発するプログラムを組み込む」
「人権問題だ!」
人権派の首脳たちが叫ぶ。
「開拓者たちに首輪をつけて宇宙へ送るのか!
そんな非人道的な計画に、国民が賛成するはずがない!」
議論は堂々巡りだった。
技術的な「可能性」と、政治的な「リスク」。
そして、人間の「不信感」。
「行きたい。でも怖い」
「信じたい。でも信じられない」
人類の叡智を結集したはずの会議は、疑心暗鬼の泥沼へと沈んでいった。
解決策などない。
人間が人間である限り、裏切りと争いの可能性は消せないのだから。
「……万策尽きたか」
沢村総理が深いため息をついた。
彼は最後の切り札を切る決意を固めた。
自分たちで解決できない問題は、問題を持ち込んだ張本人に投げ返すしかない。
「……皆様。議論が行き詰まったようです」
沢村は言った。
「我々人類の知恵では、この『15秒の恐怖』を克服する解は見出せません。
ならば……この技術をもたらした『あの方』に、知恵を借りるしかありません」
「……KAMIを呼ぶのか?」
トンプソンが確認する。
「ええ。彼女ならこのジレンマに対する『解答』を持っているかもしれない。
あるいは並行世界での『失敗例』や『成功例』を知っているはずだ」
異論はなかった。
全員が藁にもすがる思いで、円卓の中央を見つめた。
「――九条君。頼む」
九条が端末を操作する。
召喚プロトコル起動。
数秒後。
会議室の空気が、ふわりと緩んだ。
円卓の中央に、いつものゴシック・ロリタ姿の少女KAMIがポップアップした。
今日の彼女は宇宙開発の会議に合わせてか、星柄のパジャマを着てナイトキャップを被り、巨大な天体望遠鏡を抱えていた。
そして口には、なぜか「宇宙食」を咥えている。
「んぐんぐ……。ぷはっ。口の中パサパサするわね、これ」
KAMIは宇宙食を飲み込むと、きょとんとした顔で、ずらりと並んだ各国の首脳たちを見回した。
「あら、随分と賑やかね。G7の人たちもいるじゃない。
で? なになに? みんなで月旅行の計画でも立ててたの?」
そのあまりにも緊張感のない第一声に、ガチガチに固まっていた首脳たちの肩の力が、少しだけ抜けた。
沢村総理が代表して口を開いた。
「KAMI様。夜分に申し訳ありません。
実は……我々は今、貴方様から提示された宇宙技術の導入について、深刻な懸念を抱えておりまして……」
沢村は、これまでの議論の経緯を説明した。
光速の10%という速度がもたらす破壊力。
コロニーの独立と反乱の可能性。
そして、15秒で地球が滅びるという回避不能な恐怖について。
「……というわけでして。
我々はこのリスクをどう管理すべきか、答えが出せずにいます。
並行世界では、この問題をどう解決したのでしょうか?
何か安全装置のような技術は存在しないのでしょうか?」
沢村の悲痛な問いかけ。
それを聞いたKAMIは、パジャマの裾をいじりながら、心底不思議そうな顔をした。
「えー? そんなこと悩んでたの?」
彼女は首を傾げた。
「反乱が怖い? 攻撃されるのが怖い?
……うーん、人間って本当に『疑うこと』が好きねぇ」
彼女は少し呆れたように言った。
だが、すぐにニヤリと笑った。
「まあいいわ。その心配性なあなたたちのために、とっておきのオプションを見せてあげる」
彼女は指先で空中にウィンドウを開いた。
そこには、地球全体を覆う半透明の幾何学的な膜のようなものが映し出されていた。
「これよ。
『惑星防衛用エネルギーシールド技術』」
「……シールド?」
トンプソンが身を乗り出した。
「そう。地球の大気圏外に、特殊な魔力フィールドを展開する技術よ。
これはね、外部からの物理的な干渉を、設定された閾値以上なら、全て遮断するの」
KAMIは説明を続けた。
「具体的に言うと、隕石とか宇宙線とか、そしてもちろん……
『光速の10%で突っ込んでくる宇宙船』とかを、全部弾き返して消滅させるバリアよ」
会場がざわめいた。
惑星規模のバリア。
それはまさに彼らが求めていた「究極の盾」だった。
「これさえあれば、月や火星から何が飛んできても大丈夫。
15秒で到達しようが何だろうが、地球に当たる前にジュッて消えるわ。
コロニー落としも無効化できるし、ついでに地球温暖化の原因になる過剰な太陽光とかもカットできる優れものよ」
「おお……!」
フランス大統領が感嘆の声を上げた。
「素晴らしい! それがあれば、全ての懸念は解消される!」
「ぜひ! ぜひその技術を!」
イギリス首相も叫んだ。
だが。
KAMIは冷ややかな目で彼らを見つめた。
「……あ、言っとくけど」
彼女は釘を刺すように言った。
「これ、安売りするつもりはないからね?」
場の空気が凍りついた。
「このシールド技術、維持するのにとんでもない魔力が必要なの。
地球にある全ダンジョンの産出量の半分くらいを、常に食い続けるくらいのコストがかかるわ。
それに、技術自体の対価も高いわよ?
あなたたちが今持ってる金塊とか資源とか全部かき集めても、足りないくらい」
KAMIは意地悪く笑った。
「それにね。
このシールドは『外宇宙からの脅威』にも対応できるのよ」
「外宇宙……?」
沢村が聞き返す。
「そう。
例えば……宇宙人とかね」
さらりと。本当に何気ないことのように、彼女は言った。
「宇宙人……!?」
会議室がパニックになる。
「い、いるのですか!? 敵対的な異星人が!?」
「攻めてくるのですか!?」
「さあね~?」
KAMIはとぼけるように視線を逸らした。
「いるかもしれないし、いないかもしれない。
でも、宇宙に出るってことは、そういう『外敵』に見つかるリスクも増えるってことよ。
コロニーの反乱なんて可愛いものかもしれないわね。
未知の艦隊が攻めてきた時、このシールドがなかったら……人類なんて一瞬で消し炭よ」
恐怖。
KAMIは人間たちの恐怖を煽り、そしてコントロールしていた。
内なる反乱の恐怖と、外なる侵略の恐怖。
その両方を防ぐ唯一の手段としての「シールド」。
「……とは言いつつ」
KAMIは少しだけ、優しい(?)顔を見せた。
「せっかく育てた人類が、反乱とか宇宙人とかで滅びちゃうのは、私としても勘弁して欲しいのよねぇ。
ゲームオーバーになるのはつまらないし。
だから……提供自体は検討してあげてもいいわ」
彼女は条件を出した。
「ただし、もっと議論しなさい」
「議論……ですか?」
「そうよ」
KAMIは諭すように言った。
「あなたたち、すぐに『力で解決』しようとするでしょ?
反乱が怖いから軍隊を置く。ミサイルが怖いからシールドを張る。
……馬鹿じゃないの?」
彼女は本質を突いた。
「そもそも、なんで反乱が起きると思ってるの?
『待遇を悪くするから』でしょ?
『搾取するから』でしょ?
『彼らの話を聞かないから』でしょ?」
KAMIは各国の指導者たちを指差した。
「あなたたちが宇宙に行く人たちを『家族』として、あるいは『対等なパートナー』として扱えば、彼らは石なんて投げてこないわよ。
不当な税金をかけたり、権利を制限したり、見下したりするから彼らは怒るの。
シールドなんて作らなくても、まずは『仲良くする方法』を考えなさいよ」
その言葉は、あまりにも正論で、そして耳が痛いものだった。
政治家たちは、自分たちの思考がいかに「支配」と「不信」に基づいていたかを、神に指摘されたのだ。
「まずはコロニーの人たちを、どう幸せにするか。どうやって信頼関係を築くか。
そういう『ソフト面』の対策を、もっと真剣に議論しなさい。
法整備、利益配分、参政権……。
やることは山ほどあるはずよ」
そして彼女は、最後の救済措置を提示した。
「その上で。
どうしても人間同士じゃ分かり合えない時の『保険』として、あるいは宇宙人対策として。
シールド技術の提供は、準備だけはしておくわ。
いざとなったら私がポチッと起動してあげるから」
彼女はウインクした。
「でも、それに頼りきりじゃダメよ?
『シールドがあるからいくら虐めても反撃されない』なんて思ってたら大間違いだからね。
シールドの内側で内戦が起きたら、逃げ場がなくなって全滅するのはあなたたちよ」
それは完璧な警告だった。
力は与える。だが、それに溺れれば自滅する。
「……分かりましたか?」
「……はい」
沢村たちは、子供のように素直に頷いた。
「よろしい。
じゃあ、もっと建設的な議論をしてちょうだい。
『どうやって敵を倒すか』じゃなくて、『どうやって敵を作らないか』をね」
KAMIは抱えていた天体望遠鏡を構える真似をした。
「宇宙は広いのよ。
せっかく外に出るんだから、喧嘩ばっかりしてないでもっとワクワクしなさいな。
じゃ、私はこの望遠鏡で新しい星でも探してくるわ。
バイバイ!」
神は去った。
残されたのは、再び静寂に包まれた会議室と、そして少しだけ憑き物が落ちたような顔をした指導者たちだった。
しばらくの沈黙の後、フランスの大統領が口を開いた。
「……彼女の言う通りだ。我々は恐れるあまりに、大事なことを忘れていたのかもしれない。
『自由・平等・博愛』。宇宙でもそれを貫くべきですね」
トンプソン大統領も、苦笑しながら言った。
「『どうやって敵を作らないか』か……。
軍人の私には耳が痛いが、至言だな。
よし、議論を再開しよう。
今度は『どうやってコロニーの人々をハッピーにするか』というテーマでな」
会議の流れが変わった。
疑心暗鬼の霧が晴れ、建設的な、そして希望に満ちた議論が始まった。
宇宙移民への手厚い支援、完全な自治権の付与、地球との対等な交易条約。
反乱を起こす理由を、一つ一つ丁寧に取り除いていく作業。
沢村と九条は、その光景を見ながら、深く安堵のため息をついた。
「……やはりKAMI様には敵いませんな」
九条が言った。
「シールドという究極の武力をちらつかせながら、結局は『対話』という最も平和的な解決策を選ばせる。
見事な誘導です」
「ああ」
沢村は頷いた。
「彼女は我々を試しながら、同時に育てているのかもしれんな。
宇宙という新しい庭で、人類がどう振る舞うべきかを」
会議は続く。
だがそこには、もう絶望はない。
15秒の恐怖は、信頼という絆で乗り越えられるかもしれない。
そして万が一の時は、神の盾がある。
人類は少しだけ大人になって、星の海へとその一歩を踏み出そうとしていた。
その背中を、東京のマンションから見守る少女が、くすりと笑っていることも知らずに。




