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賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


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第155話

 東京・渋谷。

 D級ダンジョン『元素の峡谷』、イベント専用インスタンス『深霧の回廊』。


 視界を覆う乳白色の霧の向こうから、絶え間なく響く咆哮と足音が、探索者たちの鼓膜を震わせていた。

 KAMIが仕掛けた期間限定イベント『深霧踏破戦線ミストウォーカー・ラッシュ』。

 その初回の挑戦は、日本のトップランカーであるケンタのパーティにとって、予想を遥かに超える「泥仕合」となっていた。


「――クソッ! キリがないぞ! 次から次へと!」


 ケンタがF級片手剣を振るう。

 鋭い斬撃がスケルトンの胸郭を砕き、光の粒子へと還す。

 だが、一体倒す間に霧の奥から新たに二体のモンスターが湧き出してくる。


「囲まれる! タンク、ヘイト(敵対心)取ってくれ!」


「無理だ! 『挑発タウント』のクールタイムが追いつかない! 数が多すぎる!」


 タンク役の男が悲鳴を上げる。

 彼のタワーシールドには、四方八方からファイアボールやアイススピアが雨あられと降り注いでいた。

 耐性装備のおかげで即死は免れているが、削りダメージ(チップ・ダメージ)が蓄積し、HPバーはじりじりと赤色に近づいていく。


「回復! ヒール!」


「待って! マナが……!」


 後衛の僧侶が叫ぶ。


「リジェネ(自然回復)を待って! 魔法で回復してたらガス欠になる!」


「待ってる暇なんてねえよ! 来るぞ!」


 ドォォォン!!


 爆発音。悲鳴。怒号。


 彼らは必死に剣を振るい、魔法を放ち、前へと進もうとした。

 だが霧は晴れない。

 倒しても倒しても湧き出る「ミスト・モンスター」の群れが、彼らの足を止め、時間を奪っていく。


 そして――。

 無慈悲な電子音が脳内に響き渡った。


【TIME UP】

【制限時間終了。強制排出シーケンスを開始します】


「……ああクソッ!」


 ケンタが剣を地面に叩きつけた。


「半分……いや三分の一も進めてねえぞ……!」


 彼らの身体が光に包まれる。

 転移の浮遊感。


 次の瞬間、彼らはダンジョンの入り口――渋谷のゲート広場にある「リザルト・エリア」へと放り出されていた。


「はぁ……はぁ……」


 全員がその場に膝をつく。

 敗北感。

 だが、その直後。


 ジャラララララララララッ!!!!!


 彼らの頭上から、凄まじい音と共に「何か」が降り注いできた。

 それは、彼らが霧の中で倒したモンスターたちのドロップ品――魔石、素材、そして装備品の山だった。

 まるでスロットマシンのジャックポットのように、足元が宝の山で埋め尽くされる。


「……うわっ!?」


 ケンタが魔石の山に埋もれながら、目を丸くした。


「こ、これ……全部俺たちのドロップか?」


「すげえ量だ……。攻略失敗タイムアップでこれかよ……」


 彼らは呆然としながらも、その光景に戦慄した。

 確かにクリアはできなかった。

 だがモンスターの「数」だけは、通常のダンジョン探索の比ではなかったのだ。

 その全てがドロップ判定を持ち、最後にまとめて精算されるこのシステム。


「……おい」


 盗賊役の男が、魔石を拾い上げながら震える声で言った。


「これ、クリアできなくても……稼ぎだけで言ったら、通常周回の倍以上いってるんじゃねえか……?」


 ***


 数分後。

 ギルド支部の休憩スペースで、ケンタたちは深刻な顔で「反省会」を開いていた。

 手元には換金したばかりの札束がある。金額は申し分ない。だが、彼らのプライドが許さなかった。


「……ダメだ。今のままじゃクリアなんて夢のまた夢だ」


 ケンタがスポーツドリンクを握りつぶしながら言った。


「もっと動きを最適化しないとダメだ。

 通常のダンジョンとは、求められる『強さ』の質が根本的に違う」


 彼はタブレットに書き出した問題点を指さした。


「第一に、モンスターの物量が凄い。

 いつものように『一体ずつ釣って囲んで叩く』なんて悠長なことをやってたら、あっという間に囲まれて圧殺される。

 単体火力シングル・ターゲット・ダメージに特化した今のビルドじゃ、処理が追いつかないんだ」


 彼は自分の装備しているF級片手剣を見た。

 『強撃ヘビーストライク』。一撃の威力を高めるスキルジェムが嵌め込まれている。

 ボス戦や少数の精鋭相手なら最強の構成だ。だが、雑魚の群れ相手には効率が悪すぎる。


「範囲技(AoE)が欲しいな」


 ケンタは結論づけた。


「スキルジェムを考えて変えないと!

 『回転斬り(クリーヴ)』とか『衝撃波ショックウェーブ』とか……。

 一回の攻撃で複数の敵を同時に薙ぎ払えるスキル構成に切り替える必要がある。

 単体攻撃より全体攻撃だ。一体にかける時間を極限まで減らして、歩きながら敵を溶かすくらいの勢いじゃないと時間は足りない」


 次に彼は、ヒーラーの方を向いた。


「それと回復だ。

 さっきは『マナがもったいないからリジェネ待ち』なんて言ってたけど……あれも間違いだった」


 ヒーラーの少女が、申し訳なさそうに縮こまる。


「ごめんなさい……。でもMPが尽きたら何もできないと思って……」


「いや、お前が悪いんじゃない。俺たちの認識が甘かったんだ」


 ケンタは首を振った。


「通常のダンジョンなら、安全地帯で休んでHPとMPを回復させるのが正解だ。

 だが、このイベントは『時間制限』がある。

 リジェネ待ちで立ち止まっている数分間が、そのままクリア失敗に直結するんだ」


 彼は断言した。


「悪いが、これからはスタイルを変えてくれ。

 ヒーラーは戦闘中、あるいは戦闘終了直後に、惜しみなく回復魔法ヒールをかけてくれ。

 MPなんて気にするな。マナポーションをガブ飲みしてでも、常に前衛のHPを満タンに保て。

 マナを節約してたら、使う前に時間切れだ。

 MPというリソースよりも、『時間』というリソースの方が、このイベントでは遥かに価値が高いんだ」


「……分かりました」


 ヒーラーが、決意を込めて頷く。


「ポーション満載で行きます。皆さんの足は止めさせません」


「よし」


 ケンタは立ち上がった。


「装備の構成も変えるぞ。

 防御力よりも『攻撃範囲』と『移動速度』。

 そして『マナ回復速度』。

 持久戦じゃない。電撃戦だ。

 作戦変更はこんな所かな? ……じゃあいくぞ! リベンジだ!」


「おうッ!!」


 彼らは再びゲートへと向かった。

 その背中は数時間前よりも一回り大きく、そして「プロ」の空気を纏っていた。

 適応。進化。

 彼らは、神が与えた理不尽なルールを、自らの知恵と経験で攻略しようとしていた。


 ***


 一方その頃。

 東京・お台場、五菱商事ダンジョン事業所。

 その作戦司令室でも、全く同じ結論に基づいた、より大規模でより組織的な「構造改革」が断行されようとしていた。


「――全チーム帰還完了。データ集計終了」


 オペレーターの声が響く。

 事業本部長の佐山は、モニターに表示された第一次突入部隊の惨憺たるクリア率(0%)と、それとは対照的な驚異的なドロップ総量を見て、即座に決断を下した。


「……方針を変更する」


 佐山の声は冷徹だった。


「従来の『安全性重視・低燃費周回』マニュアルは破棄せよ。

 このイベントは、既存のダンジョン攻略とは別種の競技ゲームだ」


 彼は部下たちに、矢継ぎ早に指示を飛ばした。


「チームメンバー変更だ。

 現在の『タンク2、アタッカー2、ヒーラー1』という標準構成では、回復が追いつかんし殲滅速度も遅い。

 ヒーラーの人数を増やせ!

 そしてアタッカーは、範囲魔法が使える魔導師を優先しろ!

 『タンク1、範囲アタッカー3、ヒーラー2』……いや、もっと攻撃的でもいい。

 『範囲4、ヒーラー2』の殲滅特化型だ!」


「は、はい! ですが専務、それでは防御が……」


「やられる前にやればいい!ポーションを惜しむな!常にヒーラーで回復優先だ!」


 さらに佐山は、ギルドの規定ギリギリの指示を出した。


「パーティの人数を増やすぞ!

 通常は5〜6名での運用だが、イベントのインスタンスに入れる上限(10名)まで枠を使え。

 火力と回復の厚みを持たせるんだ。

 事務にパーティ変更申請を今すぐ出してくれ!

 午後からは、この布陣で行く!」


 企業の強みである「人事異動」と「物量作戦」が牙を剥き始めた。

 だが佐山の改革は、それだけではなかった。

 彼は、このイベントの「仕様」における最大のボトルネックに気づいていたのだ。


「……それとな」


 佐山はモニターに映る「リザルト画面」を指さした。

 ダンジョンから排出された直後、探索者たちの足元に広がる山のようなドロップ品の映像だ。


「これだ。この『回収作業』だ。これが一番の無駄だ」


 彼は苛ただしげに言った。


「見てみろ。せっかく戦闘を終えた精鋭たちが、疲れ切った体で地面に這いつくばって魔石や装備を拾い集めている。

 検品し、袋に詰め、カウンターへ運ぶ……。

 この作業に一回あたり30分もかかっている!

 その間、彼らはダンジョンに潜れない! 機会損失だ!」


「ドロップは間違いなくイベントの方が美味しい。

 敵の密度と難易度は上がるが、ドロップ量が異常だ。

 まあ、敵の密度は倍以上だからな。

 だからこそドロップ拾う手間が惜しい!」


 佐山はビジネスマンとしての嗅覚で、最適解を導き出した。

 「分業」だ。


「ドロップ回収班を、至急立てるぞ!」


 彼の号令が飛ぶ。


戦闘部隊コンバット・ユニットに荷物運びなんかさせるな。彼らの仕事は戦うことだ。

 アイテムを拾うためだけの専門部隊を編成しろ!

 F級探索者でもいい。いや、ライセンスさえあれば戦闘能力ゼロのバイトでも構わん!

 時給2000円……いや3000円出してもいい。とにかく数を集めろ!」


「ドロップ品拾いチームを作るぞ!

 周回チームはドロップ品が出たら、あとは任せて即座に離脱!

 ゲートへ直行し、次の周回へ入れ!

 その場に残された山のようなアイテムは、その後ドロップ回収班が回収し、運搬、査定を行う!

 これで行く!」


「な、なるほど……!」


 部下たちが感嘆の声を上げる。

 それはダンジョン攻略の「工場化ファクトリー・オートメーション」だった。

 戦闘員は戦う機械となり、回収員はベルトコンベアとなる。

 休憩時間ロスを極限まで排除した、非人道的なまでに効率的な回転システム。


「よし、手配しろ!

 午後からは『五菱式・高速周回システム』の稼働だ!

 他社に差をつけるぞ!」


「イエッサー!!」


 ***


 その日の午後。

 渋谷のゲート周辺は、異様な光景となっていた。


 ゲートから排出された五菱商事の戦闘部隊が、足元に散らばる宝の山を一瞥もせず、ロボットのように無言で再びゲートの受付へと歩き去っていく。

 そして入れ替わりに、お揃いのビブスを着た「回収班」の若者たちが、台車とコンテナを持って駆け寄り、凄まじい手際でアイテムを回収していく。


「うわっ、五菱の連中、休まないのかよ……」


「見てるだけで目が回りそうだ」


「あいつら人間じゃねえ……」


 周囲の個人探索者たちは、その圧倒的な「企業の論理」を見せつけられ、戦慄していた。


 だが、そのシステムが生み出す成果は劇的だった。

 夕方には五菱商事の魔石獲得量は、午前の部の三倍に達していた。

 ミストポイントの獲得効率も飛躍的に向上し、ランキングの上位を独占し始めた。


 そしてその波及効果は、市場にも及んだ。


【求人急募! ダンジョン内軽作業! 時給3000円!】

【戦闘なし! アイテムを拾うだけの簡単なお仕事です!】

【未経験者歓迎! F級ライセンス即日発行サポートあり!】


 求人サイトには、企業による「回収班スカベンジャー」の募集広告が溢れかえった。

 戦闘に自信のない者、高齢者、あるいは学生たちが、新たな「稼げるバイト」として殺到する。

 ダンジョン産業の裾野が、また一つ広がった瞬間だった。


 ***


 官邸地下、ダンジョン庁長官室。

 麻生大臣は、モニターに映るその光景を見ながら愉快そうに笑っていた。


「……ふっふっふ。やるじゃないか、経済界も」


 彼は玉露をすすった。


「『人間』を『システム』の部品として組み込む。

 冷徹だが、これぞ資本主義の真骨頂だ。

 おかげで魔石の供給量は爆上がりだ。税収も増える」


 隣の九条も、感心したように頷いた。


「F級探索者の雇用創出にも繋がっていますね。

 戦闘だけが探索者の仕事ではない。

 ロジスティクス、サポート、回収……。

 産業としての厚みが出てきました」


「ああ。KAMI様の言う通りだ」


 麻生は言った。


「人間は追い詰められれば工夫する。

 欲望があれば進化する。

 このイベント……ただの祭りかと思っていたが、我が国の経済構造を一段階引き上げるための荒療治だったのかもしれんな」


 モニターの中では、ケンタたち個人勢も企業のやり方を模倣し始めていた。

 「荷物持ち」を雇うパーティ。

 複数のパーティが提携して交代で回収を行う「ギルド方式」。

 最適化の波は、瞬く間に全体へと波及していく。


 『深霧踏破戦線』。

 その霧の中で、人類はまた一つ、ダンジョンという異界を「日常のビジネス」へと飼い慣らす術を学びつつあった。


 だが、その効率化の果てに待っているのが、さらなる繁栄か、それとも人間性の摩耗か。

 答えが出るのは、2ヶ月後のイベント終了を待たねばならない。


 今はただ回る。

 欲望の歯車が軋んだ音を立てながら、高速で回転し続けていた。



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― 新着の感想 ―
ダンジョンで死ななくても過労死はありそうです 当初に言われていた精神的疲労を無視し始めてーからの社会問題ですかね ダンジョン要因での死亡は労災になり得るのかとか議論になりそうですし またトップ陣の胃が…
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