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賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


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第146話

 D級ダンジョン解禁の朝。

 東京・渋谷の空は鉛色の雲に覆われていた。だが、地上を埋め尽くす数万人の探索者たちの熱気は、その湿った空気を焼き払わんばかりに燃え上がっていた。


 午前九時。ゲートが脈動し、不気味な紫色の光を放ち始める。

 それは、これまでのF級やE級とは明らかに異なる、濃密な「死」と「魔力」の匂いを漂わせていた。


「――行くぞ! 装備のチェックはいいな?」


 “剣聖”ケンタは、愛剣であるF級片手剣(度重なるクラフトで『攻撃速度+15%』『物理ダメージ+30%』がついた一級品だ)を握りしめ、パーティメンバーに声をかけた。

 彼らの装備は、この日のために全財産を叩いて揃えた「対D級決戦仕様」だ。

 鎧、盾、指輪、首輪。その全ての部位に、パズルのピースをはめるように『火炎耐性』『氷結耐性』『雷撃耐性』、そして何より『最大ライフ+』と『ライフ自然回復リジェネ』の特性がついた装備を組み込んでいる。


「ライフよし。耐性よし。……ビビるなよ。俺たちは準備してきたんだ」


 ケンタが震える足を叱咤し、ゲートへと足を踏み入れる。

 その後ろには、月読ギルドの精鋭部隊、五菱商事や三井物産の企業攻略隊、そしてアメリカ軍の特殊部隊などが雪崩を打って続いていく。


 人類のD級への挑戦が始まった。


 ***


 転移した先は、息を呑むような光景だった。

 天井のない、どこまでも広がる灰色の空。切り立った断崖絶壁が迷路のように入り組み、その谷底を流れる川は煮えたぎる溶岩であったり、凍てつく氷河であったりと、場所によってその属性を激しく変えていた。

 『元素の峡谷』。その名の通り、ここは属性の暴力が支配する世界だった。


「――接敵! 前方スケルトン・メイジの群れ! 魔法が来るぞ!」


 突入直後、ケンタのパーティは最初の洗礼を受けた。

 岩陰から現れたスケルトンたちが杖を掲げる。放たれたのは鋭利な氷のつぶて『アイス・スピア』。


 ドカッ!

 ケンタは盾でそれを受けた。


【Damage: 150 (Resisted 90%)】


「……痛ってぇ! ちゃんと食らうぞ!」

 ケンタが顔を歪める。

「耐性35%積んでるのに、一発で150持ってかれた! これ、まともに食らってたら1500ダメージだぞ! 即死だ!」


 150ダメージ。タンクの総ライフ(HP)が2000だとすれば一割弱。致命傷ではない。

 だが、次々と飛来する魔法の雨あられ。150、150、150……。

 HPバーが、じりじりと確実に削られていく。


「回復! ポーション飲むか!?」

 仲間の僧侶が叫ぶ。


「いや待て!」

 ケンタは自分のHPバーを凝視した。

 減ったはずの緑色のバーが、ジワジワと、しかし確実な速度で右側へと戻っていく。


「……よし、回復してる。

 装備につけた『ライフ自然回復リジェネ』が効いてるな。

 5秒で全快だ」


 彼は安堵の息をつくと同時に、戦術を修正した。


「スリップダメージや単発の被弾は、そこまで気にしなくていいかもな!

 リジェネ装備があるから、5秒で回復する!

 ポーションをガブ飲みしなくても、隠れて息を整えれば戦線復帰できるぞ!」


「了解! リジェネ装備揃えないとダメだなぁ!」

 仲間たちも頷く。

「リジェネ装備とライフ実数プラス、そして耐性35%。

 この三つはマスト(必須)だな」


 彼らは戦いながら学ぶ。

 この過酷な環境で生き残るための、最適解を。


 ***


 同じ頃、少し離れたエリアでは、日本最強の予知能力者・天童サトルが、あくびをしながらスケルトン・メイジの群れを蹂躙していた。


「……あー、だる」


 ヒュンッ!

 彼めがけて飛来したライトニング・ボルトが、彼が「たまたま」屈んだ頭上を通過し、背後の岩を砕く。


「そこ」


 天童は振り返りもせず、背後に向かって剣を突き出した。

 そこには空間転移テレポートしてきたばかりのゴーストが、自ら剣先に当たりに来たかのように串刺しになっていた。


「……まあ、こんなもんか」

 彼はドロップ品を拾い上げる。

 黒い魔石。D級魔石だ。


 彼はそれを鑑定した。


【アイテム名:D級魔石】

【推定買取価格:150,000円】


「……15万かぁ」

 天童は渋い顔をした。

「E級が10万で、D級が15万。

 敵の強さとリスクは3倍くらいになってるのに、報酬は1.5倍にしかなってない。

 ……コスパ悪くね?」


 彼は周囲を見渡した。

 敵は技術を使う剣士タイプじゃなくて、複数属性の魔法攻撃主体だ。

 装備の耐性が完璧ならカモだが、一つでも穴があると即死する。


「……うーん、魔石の価値はそこまで伸びなしか。

 少し強さのわりに不味いかな?

 まあ、これはこの『峡谷』ダンジョンの特性かもな。

 別のD級ダンジョン……例えば物理特化のやつが解禁されたら、そこが穴場になったりするかもな?」


 そして彼らの期待は一点に集約される。

 装備ドロップだ。


 カランという音と共に、スケルトンが消滅した後にアイテムが残る。

 青いマジックと、稀に黄色いレア


「装備ドロップ!」

 タケルが駆け寄る。

「おっ、これレアじゃん! 黄色だ!」


【錆びついた騎士のレア

【装備要件:レベル15】

【MOD数:4】


「……装備要件レベル15か」

 タケルが唸る。

「俺ら、まだレベル12だぞ。装備できないじゃん」


「D級からはレベル制限が厳しくなるって話は本当だったな」

 月島が分析する。

「だが、それは『先行投資』の価値があるということだ。

 レベル15になれば、この強力な装備を使える。市場価値は高いぞ」


 一方で、マジックアイテムの評価はシビアだった。


「D級のマジック装備……性能はいいけど、レアの下位互換だな」

「オークション相場、安めになるかもな。70万円くらいかもな。100万円はないな」


 市場は冷静だった。

 そしてレアアイテムへの評価もまた、現実的だった。


「レアはMOD枠が最大6つだから強いなぁ。

 だけど、必ず6枠埋まってるわけじゃないから、レアってだけで高いわけじゃないな」


 企業部隊の鑑定士が、拾ったレア装備を次々と選別していく。

「これは3枠……ゴミですね」

「こっちは5枠ですが、内容がハズレです」


 そして何より探索者たちを落胆させたのは、期待されていた「新規オーブ」の不在だった。


「おい、1時間潜って新規追加オーブなしかよ……」

「ドロップレートは低めかな。

 周回スピードによってはE級の方が美味いかも?

 でも装備の大当たりで差が出るかもな」


 停滞ムード。

 リスクに見合わないリターン。

 そんな空気が流れ始めたその時だった。


 ***


 五菱商事の攻略部隊。

 その隊長が一つのドロップ品を拾い上げ、目を見開いた。


「……おい、鑑定班! これを見ろ!」


 手渡されたのは、一見変哲もないレア(黄色)のプレートメイル。

 だが、そのMOD構成を見た瞬間、鑑定士の手が震えた。


【守護者の重装鎧レア

【MOD】

・最大ライフ +150

・火炎耐性 +15%

・氷結耐性 +15%


「……3枠! ですが捨てOPなし!」

 鑑定士が叫んだ。

「おっ、これ強いな! ライフ+実数に炎耐性+15%、氷耐性+15%!

 今の環境に完璧に刺さる構成です!

 これ一着で、D級の生存率が段違いになりますよ!」


 隊長がゴクリと喉を鳴らした。

「いくらだろう……?

 ボーナスとしてオークション価格の1割を確約だったよな!?」


「美味しいな! 良いなぁ!」

 隊員たちが色めき立つ。

「やっぱD級だわ! ウハウハだな!」


 企業の論理。

 それは個人の運ではなく、組織の力で「確率」を収束させ、利益を最大化するシステムだ。

 彼らは今日、そのシステムの正しさを証明した。

 ウハウハな笑い声が、陰鬱な峡谷に響き渡る。


 ***


 だが、全ての探索者がそのような幸運に恵まれたわけではなかった。

 月読ギルドのタケルは、仲間たちと共に岩陰で休憩しながら、渋い顔でドロップ品を確認していた。


 だが、彼らは諦めなかった。

 そしてついに、その瞬間が訪れた。


 「茶色」の輝きが、ダンジョンに降臨したのだ。

 たった一日で、三つのユニークアイテムが確認された。


 震源地はX(旧Twitter)。

 とある無名の個人探索者のアカウントが、震える指で撮影されたと思われる一枚の写真を投稿した。


『……嘘だろ。

 文字の色が……茶色ユニークだ』


 その画像に映し出されていたのは、禍々しくも美しい赤黒い光を放つ指輪のステータス画面だった。


【アイテム名:混沌の血脈ケイオス・ブラッドライン

【種別:指輪】

【レアリティ:ユニーク】

【装備レベル:5】

【効果】

・攻撃に15~30の混沌ダメージを追加する。

・毎秒15のHPが自動で回復する。


【フレーバーテキスト】

傷は意味をなさない。

我が血流に宿る古の混沌がその全てを癒やし、そして喰らう。

この身に刻まれる全ての痛みは、

次なる破壊へのただの糧となるのだから。


 「――ッ!?」

 日本中が息を呑んだ。

 ユニークアイテム。固定プロパティを持つ特別な装備。

 ランダムな性能が付与されるレアアイテムとは違い、開発者(KAMI)によってあらかじめ設計された固有の能力を持つ。


 「おい見ろ! 装備レベル5だぞ! 誰でも装備できる!」

 「効果がヤバい! 混沌ダメージって何だ!?」

 「それよりリジェネだ! 毎秒15回復!? 指輪枠で!」

「これ一個あればポーション要らずじゃねーか!」

 「うわああああああ! マジで出たああああああ!」


 ***


 その衝撃が冷めやらぬうちに、第二の報告が上がった。

 今度は月読ギルドの公式アカウントからだ。

 タケルが得意げに長剣を掲げている写真と共に。


『月読ギルド、D級深層にてユニーク長剣ドロップ確認!』


【アイテム名:憎悪の残響ヘイトレッド・エコー

【種別:長剣】

【レアリティ:ユニーク】

【装備要件:筋力 50】

【効果】

・この剣にLv15の【憎悪のオーラ】スキルが付与される。

・スキル【憎悪のオーラ】のMP予約コストを100%削減する。

・【憎悪のオーラ】:術者と周囲の味方の全ての物理攻撃に、強力な追加冷気ダメージを付与する。


【フレーバーテキスト】

復讐の炎は時と共に消え去る。

だが凍てつく憎悪は、その魂に永遠に響き続ける。

この剣を振るう者よ、忘れるな。

お前の心臓が脈打つたびに、その刃はかつてお前を裏切った者たちの断末魔の叫びを奏でているのだと。


 「オーラスキル付き武器!?」

 「しかもコスト100%削減!? タダでオーラ張りっぱなしにできるのか!?」

 「味方全員に冷気ダメージ追加……。これ、パーティ火力が倍増するぞ……」

 「月読ギルド、また勝ち組かよ!」

 「いや、企業の独占じゃなくて良かった……!」


 ***


 そして極めつけは、五菱商事の攻略部隊からだった。

 彼らは即座にオークションサイトに登録し、その圧倒的な性能を世界に見せつけた。

 それは今のD級環境において、最も求められていた「答え」だった。


【出品:背水の防壁バックウォーター・ウォール

【種別:カイトシールド】

【レアリティ:ユニーク】

【効果】

・全元素耐性 +4%

・毎秒50のライフを自動回復する。

・あなたへの凍結効果時間 -80%

・ライフ低下時に毎秒100のライフを自動回復する

(※ライフ低下時とは、ライフが50%を切った状態のことを言う)


【フレーバーテキスト】

崖っぷちに立って初めて見える景色がある。

死の淵を覗き込み、初めて聞こえる魂の産声がある。

我が背にはもはや逃げ道はない。

故に我が前には、無限の生が広がるのだ。


 「……なんじゃこりゃあ!」

 専門家たちが絶叫した。

 「毎秒50回復!? しかもピンチになったら毎秒150回復!?」

 「死なない! これ持ってたら絶対に死なないぞ!」

 「全耐性+4%のおまけ付き……。完璧すぎる」

 「凍結無効に近い耐性まで……!」

「これ、いくらつくんだ……? とんでもない値になるぞ……!」


 ***


 たった一日で三種類のユニークアイテムが確認された。

 その事実は、停滞しかけていた探索者たちの心に、ガソリンをぶちまけるような効果をもたらした。


 「あるんだ!」

 「俺にもチャンスがある!」

 「潜れ! 休んでる暇はねえ!」


 ゲート前には、再び長蛇の列ができていた。

 リスク? 知ったことか。

 そこには人生を、運命を一撃で変える「神の遺産」が眠っているのだ。


 官邸地下。

 麻生大臣はそのオークションのプレビュー画面を見ながら、ニヤリと笑った。


「……ふん。レアアイテムによる『性能差』だけではない。

 ユニークアイテムによる『役割ロールの特化』か。

 これで市場はさらに活性化する。

 『あのユニークが欲しいから潜る』。その動機は金よりも強いかもしれんな」


 そして東京のマンションの一室。

 KAMIはその狂乱の様子をモニターで見つめながら、満足げにポテトチップスを齧っていた。


「……ふふん。やっぱりね」

 彼女は、モニターの中の、目を血走らせてダンジョンに飛び込んでいく人間たちを見て笑った。


「最初はビビってたけど、目の前にニンジン……じゃなくてユニークアイテムをぶら下げてあげれば、人はどこまでも走れるのよ。

 チョロいもんね」


 本体の栞が、コーヒーを飲みながら言った。

「……人間って、本当に欲望に忠実ね。ドロップ率はD級から上がっているとはいえ、こうやって勝手に熱狂してくれるんだから」


「そうよ」

 KAMIはニヤリと笑った。

「たまに大当たりが出る。その事実だけで十分。

 今日ドロップしたのは、彼らの執念と運の結果よ。私は何もしてないわ。

 ……ま、面白いショーにはなったけどね」


 彼女は悪戯っぽく笑い、そしてモニターのスイッチを切った。

 神のゲームは、まだ中盤戦に差し掛かったばかりだった。



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― 新着の感想 ―
痛み感じても冷静にHP確認して、回復差し控えるのスゴイ冷静だなぁ。
> リスク? 知ったことか。 そろそろ一人目が出るんかなぁ。 あるいはD級が主戦場になった隙にE級で焦って、とか。 実例が出てしまうのが遅ければ遅いほど、巻き返しが重くなるし。 もしかするとどこぞの…
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