表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

158/195

第144話

 日曜日の朝。

 日本列島の空気は、未だかつてないほど複雑な成分で構成されていた。

 海を隔てたアメリカ大陸からの衝撃的なニュースへの羨望と焦燥、そして数日後に迫った『D級ダンジョン解禁』への恐怖と興奮。

 それらが入り混じり、国民の精神状態は一種の躁状態にあった。


 その国民の感情を代弁し、増幅させる装置として、今日もテレビ朝日のスタジオに照明が灯る。


 『サンデー・クロスファイア』。


 オープニングの軽快な音楽とは裏腹に、司会の黒崎謙司の表情は、いつになく深刻で、しかしどこか挑発的だった。


「――おはようございます! XX月XX日、日曜日。

 世界が音を立てて変わっていく音が聞こえる朝です。司会の黒崎です!」


 カメラがスタジオのパネリストたちを映し出す。

 政府代表・若宮特命担当大臣。

 野党の論客・立花議員。

 元事務次官・柳田公一。

 IT企業創業者・朝倉氏。

 そして本日の特別ゲストとして、SF作家でありダンジョン評論家の肩書を持つ沢渡恭平が座っていた。


「さて、まずはD級ダンジョンの話……の前に、触れないわけにはいきませんね。アメリカの動向です」


 黒崎が指を鳴らすと、巨大モニターに星条旗と、そして人間と肩を組んで歩くアンドロイドの映像が映し出された。


『THE NEW NEIGHBOR(新しい隣人)』

『ロボット労働力、全米で導入決定!!』

『NY市警、初のアンドロイド警官を採用予定!』


「いやー……アメリカさんは、D級ダンジョンは置いておいて、ロボットで盛り上がっているようですね!」


 黒崎が少し皮肉っぽく、しかし羨ましげに言った。

 モニターには、日本の街頭インタビューの映像が流れる。


『えー、いいなぁ。アメリカ凄くない?』(渋谷・20代女性)

『正直羨ましいです。日本は人手不足でコンビニも閉まってるのに、向こうはロボットが24時間働いてくれるんでしょう?』(新橋・50代サラリーマン)

『なんで日本は出来ないの? 技術大国じゃなかったの?』(大阪・30代主婦)

『でも怖いよね、反乱とか』(巣鴨・70代女性)


「……などなど、色々な意見がありますね。

 SNSでは『#日本オワコン』『#ロボット鎖国』なんて言葉もトレンド入りしていますが。

 どう思います? 朝倉さん」


 IT企業の朝倉は、苦虫を噛み潰したような顔で腕を組んでいた。


「いや、正直に言わせていただければ……経営者としては羨ましい限りですよ。

 24時間、文句も言わず精密に働き、しかも学習して成長する労働力。

 アメリカが最初に導入して、もし安全性が確認されたら、日本でも即座に導入すべきです。

 そうしないと、製造業もサービス業も、コスト競争力でアメリカに完敗しますよ」


「しかしですね」

 野党の立花議員が、すかさず割って入った。


「問題は『人権』ですよ。KAMI様は仰いました。『彼らには知性がある』と。

 知性ある機械に人権を与える? そんなことが日本の法体系で可能ですか?

 憲法はどうなるんですか? 『国民』の定義を『有機生命体』以外にも広げるのですか?」


「憲法が邪魔なら、改正したらいい!」

 朝倉が食い気味に反論する。


「時代は変わったんです! ダンジョンができて、魔法がある世界ですよ!?

 明治時代の法律概念で、21世紀の魔法技術を縛ってどうするんですか!」


「しかし法が……!」

「法より国益だ!」


 議論が白熱する。

 元官僚の柳田が、冷ややかに口を挟んだ。


「……まあまあ、お二人とも。

 現実を見ましょう。日本政府――というか霞が関の判断は『見送り(様子見)』です。

 これはある意味、日本らしい賢明な判断とも言えますな」


「賢明ですか?」


「ええ。アメリカは壮大な社会実験を始めたわけです。

 ロボットが社会に溶け込むか、それとも『デトロイト・ビカム・ヒューマン』のような反乱が起きるか。

 その結果が出るまで、我々は高みの見物を決め込めばいい。


 アメリカが失敗して内戦になれば、『導入しなくてよかった』と言えばいいし、成功すれば『安全性が確認されたので導入します』と手のひらを返せばいい。

 ……後出しジャンケンこそが、弱者の最強の戦略ですよ」


 そのあまりにもシニカルな意見に、スタジオから苦笑が漏れる。


「しかしですね……」

 朝倉が悔しげに言った。


「我々が様子見をしている間に、アメリカは『無限の労働力』を手に入れるんですよ?

 人間はダンジョンに潜って外貨を稼ぎ、ロボットがインフラを支える。

 この黄金のサイクルが完成してしまったら、その差は永遠に埋まりませんよ?

 日本も続かないと……この国は沈みます」


「ハハハ、議論が白熱してますね」

 黒崎が強制的に話題を切った。このままでは番組が終わってしまう。


「ロボット問題は、アメリカの『実験結果』を待つということで。

 では話題を変えましょう。我々にとっての喫緊の課題……あと数日で解禁されるD級ダンジョンについてです!」


 スタジオの照明が赤く切り替わる。

 モニターには、禍々しいシルエットのモンスターと、輝く宝玉の映像が映し出された。


「D級ダンジョン解禁もあと数日!

 政府とギルドから発表された事前情報は、衝撃的なものでした。

 まずは『耐性』の仕様変更について。

 沢渡先生、解説をお願いします」


 ライトノベル作家の沢渡恭平が、眼鏡を直しながら頷いた。

 彼は今やダンジョン攻略の理論的支柱として、国民から絶大な信頼を得ていた。


「はい。KAMI様からの通達によれば、D級ダンジョンからは敵の攻撃力が跳ね上がると同時に、こちらの防御システムに制限がかかります」


 彼はフリップを出した。


【D級ダンジョンの耐性仕様】

・属性耐性35%でダメージ90%カット(上限)

・残り10%のダメージは必ず貫通する。


「ご覧の通りです。

 これまでは耐性を積めばダメージをゼロにできましたが、これからは違います。

 どんなに耐性を積んでも、最低でも10%のダメージは必ず食らう。

 いわゆる『削りダメージ(チップ・ダメージ)』が発生する仕様になります」


「90%カット……。それでも痛そうですね」

 黒崎が顔をしかめる。


「ええ。D級からは『複数の属性攻撃』を使ってくる敵が出てきます。

 炎と氷を同時に撃ってくる『ツインヘッド・オーガ』や、毒と物理を混ぜてくる『アサシン・スパイダー』など。

 全属性の耐性を35%確保するのは、至難の業です」


「では、耐性を確保したとしてもダメージを受ける。

 となると、攻略の鍵は何になるんでしょうか?」


「そこで重要になるのが……」

 沢渡は、この日のために用意した新しいフリップをめくった。


【有効ライフ(Effective HP)理論】


「これです。

 単純な防御力ではなく、『実質的にどれだけのダメージを受けきれるか』という考え方です」


 沢渡は熱っぽく語り始めた。


「計算してみましょう。例えば、ボスクラスのドラゴンが威力『10,000』の火炎ブレスを吐いたとします。

 耐性を上限の90%まで積んでいても、10%、すなわち『1,000』のダメージは必ず貫通して身体に届きます」


 彼はスタジオの全員を見回した。


「この時、もしあなたのライフ(HP)が『900』しかなかったらどうなりますか?」


「……即死ですね」

 若宮大臣が青ざめた顔で答える。


「その通り。耐性が完璧でも、元のライフが低ければワンパンで消し炭です。

 ですがもし、装備でライフを底上げして『1,100』あれば?

 残りライフ100で生き残れる。

 生き残れば、ポーションを飲むなり、逃げるなり、次の手が打てる」


「なるほど……」


「つまり、D級以降の世界では、耐性は前提条件に過ぎない。

 その上で『どれだけライフの実数値を盛れるか』。

 ヒットプール(受けられるダメージの総量)が大きければ大きいほど、事故死の確率は下がり、安全になるのです」


「装備の『ライフ+』効果が、かなり有効になるということですね?」

 立花議員が、確認するように尋ねる。


「有効どころではありません。必須です」

 沢渡は断言した。


「ですが話はまだ終わりません。

 ライフを増やして一撃を耐えたとしても、次の攻撃が来れば死にます。

 そこで必要になるのが『回復』の概念です」


 彼はフリップの下半分を指した。


【ライフ回復リジェネ吸収リーチ


「巨大なライフプールを持っていても、減った分を戻せなければジリ貧です。

 ポーションを飲む隙がない乱戦もあります。

 そこで、装備につく『ライフ自然回復速度+』や、攻撃したダメージの一部を自分のライフとして吸い取る『ライフ吸収リーチ』のオプションが極めて重要になります」


「リーチ……吸血鬼みたいですね」


「ええ。殴れば殴るほど回復する。

 『高ライフ』で一撃を耐え、『高耐性』でダメージを減らし、そして『高回復』で即座に満タンに戻す。

 このサイクルが完成した状態――通称『ゾンビビルド』こそが、D級攻略における生存の最適解です」


 スタジオがどよめく。

 ただ硬いだけではダメなのだ。タフで、そして再生する肉体を作らねばならない。


「……とんでもない話になってきましたね」

 朝倉氏が、経営者の顔で唸った。


「そうなると、装備の相場は激変しますよ。

 これまでは攻撃力重視の武器が高値でしたが、これからは『最大ライフ+100』とか『ライフ+5%』がついた鎧やアクセサリーが暴騰するでしょうね」


「前線で戦う戦士タンクのライフ装備は、億単位になるかもしれませんな」

 柳田も同意した。


「死にたくなければ金を出せ、ということですか。

 命の値段が可視化されるようで、何とも世知辛い」


「なるほどなるほど……。ライフこそ正義と」

 黒崎がまとめた。


「しかし、そんな理想的な装備を手に入れるには、やはりアレが必要なんですよね?」


「はい、皆さんお待ちかねのこれです!」


 黒崎が声を張り上げると、画面に三つの輝く宝石が映し出された。


「ついに解禁! 『錬金術のオーブ』シリーズ!

 これを使えば、ライフ付きの装備を自作できるかもしれません!

 沢渡先生、解説を!」


「はい! これこそがハック&スラッシュの真髄です!

 今回追加されるのは三つ!


 一つ目、『錬金術のオーブ(オーブ・オブ・アルケミー)』!

 これはノーマルアイテムを一気にレアアイテム(黄色)にアップグレードします!

 最大で6つのMOD(特殊効果)が付与される可能性があります!」


「6つ!?」

 若宮大臣が驚く。「マジックアイテムは2つでしたよね?」


「そうです! 今までの3倍です!

 攻撃力、攻撃速度、命中率、火炎ダメージ、クリティカル率、そして……ライフ!

 これらが全部一つの武器に乗る可能性がある。

 理論上、今の装備の『3倍強くなれる』わけです!」


 沢渡は興奮して、次のオーブを指した。


「二つ目、『王者のオーブ(リーガル・オーブ)』!

 これはマジックアイテム(青)をレアアイテム(黄)に格上げします!

 『今のライフ+効果は残したいけど、もっと強くしたい』という時に使う、堅実な強化アイテムです!」


「そして三つ目! これが一番ヤバい!

 『混沌のオーブ(カオス・オーブ)』!!

 レアアイテムの全ての効果を、完全にランダムでリロール(再抽選)します!」


 スタジオから「うわぁ……」という声が漏れた。


「つまり、ゴミのようなレア装備でも、このオーブを使えば『神ライフ装備』に化ける可能性がある。

 逆に、そこそこの装備がゴミになる可能性もある。

 究極のギャンブルアイテムです!」


「凄いですね……」

 黒崎が呆れたように言った。


「ドロップレートは希少とされていますが……?」


「ええ、F級の『富のオーブ』のようにボロボロ落ちることはないでしょう。

 KAMI様の調整次第ですが、おそらく数百体に一個、あるいはボスクラスからのドロップ限定かもしれません。

 だからこそ価値が出るんです」


「なるほど。

 そして、この強力な装備の登場に合わせて、新しいルールも導入されますね」


 黒崎は次のフリップを出した。


【装備要件(レベル制限)の導入】

D級以上のドロップ装備およびレアアイテムには、「装備可能レベル」が設定される。


「これは……どういう意図なんでしょうか? 柳田さん」


 柳田が腕を組んで解説した。


「市場の崩壊を防ぐための安全弁でしょうな。

 もしレベル1の初心者が、いきなり最強のD級レア装備を使えてしまったらどうなるか。

 F級やE級の装備はゴミになり、暴落します。

 先行して投資した探索者たちが破産し、初心者は高すぎて装備が買えなくなる。

 それを防ぐために、『強い装備は強い奴しか使えない』という制限をかけたわけです」


「妥当かと思われますね」

 朝倉氏も同意した。


「これにより、E級装備の価値も保全されます。

 初心者はまずE級装備でレベルを上げ、レベル15や20になって初めてD級装備に手を出せるようになる。

 段階的な成長プログレッションが、強制されるわけです」


「F級装備が30万円、E級装備が60万円スタートですが……

 D級装備の価格は、どうなると予想されますか?」


 朝倉はニヤリと笑った。


「いやー、これ一部位100万円はいくでしょうね!

 下手したら武器なら300万、500万の世界です。

 レアアイテムの性能次第、特に『高ライフ』がついた防具なら、億単位の取引も出るかもしれない」


「そしてE級装備の値段も変わらないでしょうね」

 柳田が補足した。


「下位互換として腐るわけではなく、通過点としての需要が残り続ける。

 価値が保証されるわけです。」

「なるほど、強い装備が出れば古い装備の暴落が起きそうですが、起きないと」


「起きないですね」

 沢渡も頷く。


「オークション市場は保全されるでしょう。そこは安心ですね。

 KAMI様は本当にゲームバランスの調整がお上手だ(笑)」


 その時、黒崎が最後の、そして最もきな臭い話題を振った。


「なるほどなるほど。

 しかし、このD級解禁に合わせて、企業が本格的に参入する話もありますが、どう思われますか?

 『特区』での企業活動が、いよいよ始まります」


 その言葉に、スタジオの空気が少しピリついた。


「うーん、経済連の支配化ですね」

 立花議員が露骨に嫌な顔をした。


「資金力のある大企業が、組織的にD級装備やレアオーブを買い占めるでしょう。

 特に、先ほどの『ライフ装備』の話。

 企業は社員の安全確保という名目で、市場に出回る高ライフ装備を根こそぎ買い占めるはずです」


「企業が装備を買って暴騰することも、考えられますね」

 黒崎が水を向ける。


「企業が参加したから装備が高騰して、初心者が入りづらくなる可能性も?」


「うーん、それもありますね」

 朝倉氏は、企業側の人間として複雑な表情を見せた。


「確かに初期は高騰するでしょう。企業も社員の命がかかっていますから、ライフ確保には必死になります。

 ですが企業が攻略を進めれば、ドロップ品として市場への供給量も増えます。

 長期的には価格は安定するはずですが……短期的には、個人探索者にとっては冬の時代になるかもしれません」


「月読ギルドのような民間互助組織の役割が、ますます重要になりますね」

 柳田がまとめた。


「企業VS個人。この対立構造は、D級ダンジョンでさらに激化するでしょう。

 まあ競争があるからこそ、市場は活性化するのですが」


 番組の終了時間が迫る。

 黒崎はカメラに向かって、力強く語りかけた。


「D級解禁まであと数日!

 新たな装備、新たな魔法、そして新たなリスク!

 ロボットの助けを借りず、自らの足で迷宮に挑む日本人の覚悟が試される時です!

 装備の準備はいいですか? ライフは上げましたか?

 さあ、次のステージへ進みましょう!」


 番組は、熱狂的なファンファーレと共に終了した。


 ***


 その放送を見ていた官邸地下の沢村と九条は、無言で顔を見合わせた。


「……『ライフ格差』か。また嫌な言葉が生まれたな」

 沢村が重く呟く。


「ええ。ですが、沢渡氏の分析は的確です」

 九条が手元の端末で市場の動きをチェックする。


「放送中から既に、オークションサイトでは『ライフ+』のついた装備の価格が急騰しています。

 逆に攻撃力だけの武器は値崩れを始めている。

 市場は正直です。『死にたくない』という需要が、全てを飲み込もうとしています」


「企業連中は動いているか?」


「はい。五菱商事、三井物産ともに、配下の探索者に対し『ライフ補正装備の確保』を最優先とする緊急指令を出した模様です。

 彼らは分かっている。『社員を死なせないこと』こそが最大のコスト削減であると」


「……ふん。金持ちは長生きするか。嫌な世の中になったものだ」


 沢村は自虐的に笑ったが、その目は笑っていなかった。

 D級解禁まであと数日。

 日本中が自分の「ライフ」の値段を計算し、震えている。


 その恐怖こそが、次の経済を回す最大のエンジンになることを、彼らは知っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>SF作家でありダンジョン評論家の肩書を持つ沢渡恭平が座っていた。 異世界の出番が減ったので沢渡さんや月城るなさんの出番も減っちゃったなーと思ってたので再登場が嬉しいです。即金でお金が手に入る評論家の…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ