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賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


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第136話

 その日、東京・永田町。

 国会議事堂の分館にある広大な第一委員会室は、日本の未来を決定づけるための、あるいは単に巨大な富の配分を巡って踊るための熱気と欲望、そして焦燥感に満ちた坩堝るつぼと化していた。


『ダンジョン資金有効活用及び経済構造改革に関する超党派合同会議』。


 その仰々しい名称が示す通り、ここに集まったのは与野党の有力議員たち、各省庁の事務次官クラス、経団連の幹部、連合の代表、そして有識者と呼ばれる学者たちであった。


 彼らの目の前には、一つのあまりにも巨大な「果実」がぶら下がっている。


 ダンジョン・バブル。


 F級ダンジョンの開放、そしてそれに続くクラフト装備のオークション、魔石の産業利用。

 それらが生み出す莫大な富の一部は、「上納金」や「手数料」、あるいは「税収(魔石関連)」という形で国庫へと還流し始めていた。


 その額、既に予測値を含めれば数兆円規模。

 かつて財政難に喘いでいたこの国に突如として湧いて出た、埋蔵金ならぬ「魔蔵金」である。


 だが、光が強ければ影もまた濃い。

 今日の議題は、その光の分配方法と、濃くなりすぎた影への対処法についてであった。


「――えー、では定刻となりましたので会議を開始いたします」


 議長を務める古参議員が、重々しく開会を宣言した。

 その横には、オブザーバーとして、また実質的な管理者として沢村総理と九条官房長官、そしてダンジョン大臣である麻生太郎が並んで座っている。


 彼らの表情は硬い。

 これから始まる議論が、決して建設的な「話し合い」などという生易しいものではなく、それぞれの支持基盤とイデオロギーをかけた泥沼の殴り合いになることを予見しているからだ。


「まず、事務局より現状の報告をお願いします」


 指名された内閣府の官僚が、緊張した面持ちで立ち上がり、巨大なスクリーンにデータを投影した。


「ご報告いたします。

 まず歳入面ですが、日本公式探索者ギルドからの上納金および各種オークション手数料等の合計額は、今年度見込みで既に2兆円を突破。

 関連産業からの税収増を含めれば、経済効果は数十兆円規模に達すると試算されております」


 会場から「おお……」というどよめきが漏れる。

 アベノミクスを超えたダンジョノミクスの威力だ。


 だが官僚の声は、すぐに沈痛なものへと変わった。


「一方で、労働市場においては極めて深刻な事態が進行しております。

 若年層を中心とした労働力の『ダンジョン流出』が止まりません。


 飲食、小売、物流、建設、介護……。

 いわゆるエッセンシャルワークの現場から、次世代の担い手が次々と離職し、探索者へと『転職』しております。


 有効求人倍率はバブル期を超える水準に達しておりますが、応募者は皆無。

 倒産件数は過去最低ですが、それは『人手不足倒産』が急増している現状を反映しておりません。


 このままではあと数年……で日本の社会インフラは維持不能に陥ります。

 これを我々は『20年問題』の前倒し、あるいは『ダンジョン空洞化現象』と呼称しております」


 静まり返る会議室。


 金はある。

 だが働く人がいない。


 コンビニが開かない。

 荷物が届かない。


 そんなディストピアが、黄金のバブルのすぐ隣で口を開けているのだ。


「……というわけであります。

 本日は、この潤沢な資金をいかに活用し、この危機的状況を打破するか。建設的なご議論をお願いいたします」


 議長の発言が終わるか終わらないかのうちに、待ってましたとばかりに手が挙がった。

 野党第一党のベテラン議員、土井だ。


「議長! 私は提言したい!」


 彼はマイクを握りしめ、声を張り上げた。


「この問題の根源は何か! それは少子化です!

 長年にわたる政府の無策が招いた人口構造の歪みそのものではありませんか!


 今こそ、このダンジョン資金という天恵を、未来への投資に全振りすべきです!」


 彼はフリップを掲げた。


「『異次元の少子化対策・完全版』!

 子持ち家庭への超大幅な現金給付! 大学までの教育費完全無償化! 出産一時金1000万円!


 これくらいのインパクトがなければ子供は増えません!

 探索者になって一攫千金を狙うよりも、子供を産み育てることが経済的にも幸福であるという社会を作るのです!


 2兆円? 結構! 全額子供たちのために使いましょう!」


 会場の一部から拍手が起こる。

 正論だ。長期的にはそれが唯一の正解かもしれない。


 だが、即座に与党側の席から冷ややかな声が飛んだ。


「……土井先生。それは20年後の話でしょう?」


 発言したのは、与党の若手論客、佐々木議員だ。


「あなたの言うことは美しい。

 ですが、今目の前で潰れかけている物流会社や介護施設は、20年後に産まれてくる子供を待ってはくれないのです。


 明日荷物を運ぶ人間がいない。明日老人を介護する人間がいない。

 それが現実なんです」


「ではどうしろと言うんだ!」


「移民です」


 佐々木は断言した。


「移民の受け入れを抜本的に拡大すべきです。

 外国人技能実習生制度の撤廃と、特定技能ビザの大幅な要件緩和。


 そして何より、ダンジョン探索者として入国した外国人に対し、一定期間の『地上労働』を義務付ける、あるいはインセンティブを与える制度設計です。


 彼らは稼ぐために日本に来ている。

 ならばダンジョンだけでなく、日本の社会インフラを支える仕事もしてもらう。

 その代わり、居住権や社会保障を与える。


 これこそが即効性のある唯一の解決策です!」


 その発言に、会議室の空気が一気に沸騰した。


 移民。


 それはこの島国において、最もセンシティブで、そして最も避けて通れないタブーだった。


「はー、またですか! 与党さんはすぐ移民移民と言う!」

 野党席からヤジが飛ぶ。


「安易な労働力の穴埋めに外国人を使う。それは彼らを使い捨てにする現代の奴隷制度ではないか!」

「治安はどうするんですか!? ただでさえ武装した探索者が街を歩いているのに、そこに文化も言葉も違う外国人を大量に入れたら日本の治安は崩壊しますよ!」


「何をおっしゃる!」

 佐々木が反論する。


「それこそ偏見だ!

 ルールを守る外国人を受け入れ、ルールを守らない外国人には厳格に対応すればいいだけの話です!


『スマート・イミグレーション』です!

 KAMI様のブラックリストシステムと連携し、犯罪歴のある者は入国させない。

 入国後もAIによる行動分析で管理する。


 技術的に可能なのになぜやらないのですか!」


「管理社会まっしぐらじゃないですか!」

「人権侵害だ!」

「そもそも国民の理解が得られるとは思えない!」

「はー? 移民政策を推進している我が党が選挙で勝って政権を維持しています! それはすなわち国民の承認を受けているということです!」

「選挙の争点はそこじゃなかったはずだ!」


 怒号。罵声。


 建設的という言葉からは程遠い、いつもの不毛な神学論争。


 議長席の横で、麻生大臣が忌々しげに舌打ちをした。

「……ちっ。また始まったか。こいつら、国の危機だってのに党利党略ばかり……」


 沢村総理もまた、頭痛をこらえるように眉間を揉んでいる。

「……移民も少子化対策も両方やればいいじゃないか。なぜどちらか一方という話になるんだ……」


「金ですよ、総理」

 九条が冷ややかに囁く。


「2兆円という額は巨額ですが、彼らの欲望を満たすには少なすぎる。

 子供に配るか、外国人に使うか。パイの奪い合いです」


 議論が完全に膠着したかに見えたその時。


 一人の男が手を挙げた。

 経団連会長の三田村だった。


 彼はビジネスマンらしく、感情論を排した極めて現実的で、そして少しばかりトリッキーな提案を口にした。


「……すみません。政治家の先生方の高尚な議論も結構ですが、現場の人間として、もっと即物的な提案をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 議長が頷くと、三田村は立ち上がり、資料を広げた。


「皆様、先ほどから『ダンジョンに行くか普通に働くか』の二者択一で議論されていますが、それが間違いの元なのではないでしょうか?」


「……どういうことだ?」


「待遇を改善するとか、そういうレベルの話ではありません」

 三田村は眼鏡の位置を直した。


「私が提案したいのは、『兼業デュアル・ワーク』の推進です。

 普通に仕事もしつつ、探索者もする。

 そういう新しいライフスタイルを、国策として強力に推進するのです」


「兼業だと? そんなの過労死するだけじゃないか」

 野党議員が呆れたように言う。


「昼は会社で働き、夜はダンジョンで命がけの戦闘? 身体が持つわけがない」


「いいえ、持つんです」

 三田村はニヤリと不敵に笑った。


「先生方、お忘れですか?

 探索者になれば、レベルアップによって体力や身体能力は大幅に上昇するという事実を」


 会場がざわめく。


「現在、F級ダンジョンでレベル5に到達した探索者の身体能力は、常人の数倍です。

 疲れを知らないスタミナ。重量挙げ選手並みの筋力。短距離走者並みの俊敏性。


 ……これらはダンジョンの中だけで役に立つものではありません。

『普通の仕事』をする上でも、圧倒的なメリットになるのです!」


 彼は具体的なビジョンを語り始めた。


「例えば建設現場。

 レベル5の探索者がいれば、重機が入らない場所でも人力で数百キロの資材を軽々と運ぶことができる。


 例えば物流・引越し。

 彼らはエレベーターのない団地の5階まで、冷蔵庫を背負って息も切らさずに駆け上がることができる。


 介護現場でもそうです。

 大柄な老人を抱え上げて入浴させるなど、彼らにとっては赤子の世話より容易いことでしょう」


「つまり……」

 三田村は熱弁を振るう。


「探索者としての『能力スペック』を、現実社会の労働に還元させるのです!

 彼らにとって肉体労働は、もはや『苦役』ではありません。軽い運動です。


 しかも彼らはダンジョンで稼いでいるから、給与の多寡にはそこまでこだわらないかもしれない。

 ですが、ただ『やれ』と言っても彼らは動きません。


 そこで税制です」


 彼は麻生大臣の方をちらりと見た。


「普通の仕事をしながら探索者をしたら、税制待遇を超大幅に緩和する。

 具体的には、兼業探索者の『地上での労働所得』については所得税を免除、あるいは大幅減税する。


 さらに彼らを雇用する企業に対しても、法人税の優遇措置を与える。

 これを『国家戦略特区』ならぬ『国家戦略人材』として認定するのです!」


「これならば!」

 三田村は声を張り上げた。


「若者はダンジョンで夢を追いかけながら、その超人的な身体能力で社会インフラを支えることができる!

 企業は人手不足を解消できる!

 政府は社会機能を維持できる!


 まさに『三方良し』ではありませんか!」


 そのあまりにも合理的で、そしてSFチックな提案。

 会議室は一瞬の沈黙の後、どよめきに包まれた。


「スーパーマンに肉体労働をさせる」という発想。

 それはコロンブスの卵のような盲点だった。


「……なるほど」

 佐々木議員が唸った。


「確かに、レベルアップした彼らの体力を遊ばせておくのはもったいない。

 社会実装……。探索者を『高機能労働者』として再定義するわけか」


「ですが!」


 ここで、それまで黙って聞いていた財務省の事務次官が、悲鳴のような声を上げた。


「いいやいやいや! 待ってください!

 所得税免除ですと!?

 ただでさえダンジョン益は非課税なんですよ!?


 その上、地上での給料まで無税にしたら、彼らは一切税金を払わない特権階級になってしまう!

 国民の理解が得られますか!?


 それに、通常税制をそこまで悪化させて、その穴埋めは一体どうするんですか!?

 ギルドの上納金で補填できるんですか!?


 税収が悪化して財政が破綻した時は、誰が責任を取るのですか!!!」


 財務省の魂の叫び。


 当然の懸念だ。

 金持ち(探索者)から税金を取らず、貧乏人(非探索者)から税金を取る。


 そんな逆進的な税制がまかり通れば、暴動が起きる。


「だからこそ!」

 三田村も引かない。


「彼らには『社会貢献』という名誉と実利を与えるのです!

 それに、彼らが働いてくれなければ、そもそも税金を納める企業そのものが潰れてしまうんですよ!


 ゼロよりはマシでしょう!」


「租税公平主義の観点から絶対に容認できません!」

「非常時なんですよ!」

「移民の方がまだマシだ!」

「いや子供手当だ!」


 議論は振り出しに戻った。


 いや、さらに複雑な要素が絡まり合い、もはや解きほぐすことのできないゴルディアスの結び目となっていた。


「金」と「人」と「感情」。

 その三つが複雑骨折を起こしている。


 議長が、疲れ果てた声で時計を見た。

 予定時間はとうに過ぎている。


「……えー、様々なご意見ありがとうございました。

 非常に……えー、示唆に富む提案もございましたが、本日のところは意見の一致を見ることは困難なようです」


 彼はいつもの逃げ口上を述べた。


「本日の議論を踏まえ、政府及び関係各所で再度検討を行い、次回の会議にて叩き台を作成することといたします。

 ……本日はこれにて散会!」


 ガタリと椅子を引く音。


 徒労感だけが残る会議室から、人々が三々五々去っていく。


 麻生は渋い顔で立ち上がった。

「……ふん。やっぱりこうなるか」


 彼は隣の沢村にボヤいた。

「どいつもこいつも自分の財布と票田のことしか考えておらん。

『兼業』か……。アイデアは悪くないが、財務省の石頭どもを説得するのは骨が折れそうだ」


「……だが、検討の余地はあるな」

 沢村は少しだけ希望を見出したような目をしていた。


「超人による社会インフラの維持。

 これからの時代、避けては通れない道かもしれん。


 九条君、この『兼業プラン』について、KAMI様の意見も聞いてみてくれないか?

 もしかしたら並行世界に似たような事例があるかもしれん」


「……承知いたしました」

 九条は静かに頷いた。


「またお菓子を用意して、ご機嫌を伺います」


 彼らは知っていた。


 結局のところ、この国の未来を決めるのは、この会議室の議論ではない。

 神の気まぐれな一言と、そして現場で汗を流す国民たちの「適応力」なのだと。


 会議室の明かりが消える。

 だが窓の外には、眠らない東京の街が広がっている。


 その街のどこかで今日も探索者たちが剣を振るい、そして明日の仕事のためにモンスターを狩り続けている。

 彼らこそが、この議論の答えを、身体で出しつつあるのかもしれなかった。


 答えの出ない夜がまた更けていく。


 日本のダンジョン行政は、今日もまた一歩進んで二歩下がる、カオスなダンスを踊り続けていた。



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― 新着の感想 ―
 並行世界を真似るのはいいがその並行世界はどうやって上手くいっているのか他を真似ているんじゃないか鶏が先か卵が先かみたいになってきたなぁ。
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