番外編 獣の断章1話
並行世界コード:#568 座標:多次元位相空間・第7セクター
現地時間:西暦202X年 10月
次元の狭間、色彩と音が溶け合うカオスな空間に、一人の女性が浮遊していた。
橘栞。
全能を目指して多元宇宙を旅する元・在宅ワーカーにして、現・神(の見習いのようなもの)。
彼女は、目の前に展開された無数のホログラム・ウィンドウを、まるでスーパーのチラシでも眺めるような気だるげな目つきでスワイプしていた。
「……はぁ」
深いため息が虚空に消える。
「565番、核戦争後の荒野……パス。放射能除去が面倒くさい割に、回収できる資源がスクラップしかないわ」
「566番、海底文明……湿気るからパス」
「567番、菌類が支配する世界……生理的に無理」
そして彼女の指が一つのウィンドウで止まる。
「568番……」
ウィンドウには、青い海、白い雲、そしてコンクリートジャングルに覆われた島国が映し出されている。
彼女がよく知る、そして少しだけ懐かしい「日本」の風景と瓜二つだった。
「……分析開始」
栞の瞳が青く発光する。
『概念数値化』スキルが発動し、その世界のリソース状況、文明レベル、魔法定数などを瞬時に解析していく。
【文明レベル:タイプ0.7(地球基準・現代と同等)】
【魔法定数:0.0001(極低・魔法不毛地帯)】
【特異点:観測されず】
【住民:人間】
【主要産業:情報・製造・サービス】
「……うっわ」
栞は心底がっかりしたように声を上げた。
「普通! 驚くほど普通! 異常なほど普通!
魔法もない、超能力もない、宇宙人も来てない。
ただ淡々と満員電車に乗って会社に行って、残業して帰って寝るだけの世界じゃないの」
彼女はウィンドウを閉じようとした。
刺激がない。新しい技術もなさそうだ。ここで得られる経験値(XP)は皆無に等しい。
「……でも待って」
彼女の「合理的な思考(けちんぼ精神)」が待ったをかけた。
「文明レベルが現代日本並みってことは……『ゴミ』の質は高いってことよね?」
高度経済成長を経て、飽食と消費の時代を迎えた現代社会。
そこは宝の山ならぬ、高品質なゴミの山だ。
大量のプラスチック、廃棄される家電製品、貴金属を含んだ都市鉱山、そして処理に困っている産業廃棄物。
それらは全て、彼女のスキル『賢者の石』の燃料となる「対価」に変換可能だ。
「……資源採掘場としては悪くないか」
栞は腕を組み、計算機を弾く。
「でも、私が直接降り立って交渉するのは面倒くさいわね。
刺激のない世界で、堅苦しいスーツのおじさんたちと『ゴミをください』『はいどうぞ』なんてやり取りをするなんて、退屈で死んじゃうわ」
彼女は決断した。
いつもの「丸投げ」である。
「よし。アレを使おう」
彼女は指先で空間を切り裂き、そこから光り輝く泥のようなものを取り出した。
『思考分体作成』。
彼女自身の意識と能力の一部をコピーし、自律行動可能な分身を作り出す高位スキル。
「設定は……そうね。この世界は魔法がないから、少し神秘的な方が交渉しやすいかしら」
彼女は泥をこねるようにして形を作っていく。
黒いレースフリルのついたドレス、銀色の髪、そして赤い瞳。
いつもの「KAMI」としてのビジュアルだ。
「性格設定……『尊大』『気まぐれ』『甘党』。
行動指針……『効率的な対価の回収』『現地政府との接触』『適度な手抜き』。
戦闘能力……まあ、現代兵器を無効化できる程度で十分でしょ」
数秒後。
そこには栞と瓜二つの、しかしどこか人形めいた冷たさを持つ少女が完成していた。
「――起動」
少女の瞼が震え、ゆっくりと開かれる。
赤い瞳が主である栞を認識する。
「おはよう、私」
栞が声をかける。
「おはよう、本体」
分身(KAMIドローン)が平坦な声で答える。
「状況を説明するわ。
下の世界(568番)はつまらないけど、資源は豊富な『牧場』よ。
あなたにこの世界の管理を任せるわ」
「了解。任務内容は?」
「ゴミ回収。これに尽きるわ。
適当に現地の政府……まあ日本政府が扱いやすいでしょうけど、そこに接触して。
『ゴミをくれたら奇跡をあげる』って持ちかけて、廃棄物を根こそぎ回収しなさい。
対価としては……そうね、簡単な『未来予知』とか『身体強化』とか、あと『病気治癒』くらいを切り売りしておけば、向こうは泣いて喜ぶわよ」
「分かったわ。簡単なお仕事ね」
「あ、それと」
栞は最も重要な契約条項を付け加えた。
「回収した対価の『50%』は私に上納すること。
これ絶対よ。忘れたら遠隔操作で爆破するから」
「……相変わらず守銭奴ね。了解よ」
KAMIドローンは肩をすくめた。
「残りの50%は?」
「あんたの活動経費とお小遣いよ。
好きに使っていいわ。美味しいものでも食べなさい」
「やった。私、適当に贅沢するわ」
ドローンの瞳に少しだけ生気のある光が宿った。食欲設定もコピーされているらしい。
「まあ、核戦争でも起こさない限り、大失敗はないでしょう。
退屈な世界だから、適当に遊んでていいわよ」
「了解。じゃあ行ってくる」
KAMIドローンは、眼下の青い惑星に向けて降下を開始した。
「いってらっしゃい。
私は……隣の569番世界(サイバーパンク世界らしい)で、新しい義体パーツでも物色してくるわ」
栞は手を振り、再び次元の彼方へと消えていった。
これが、あまりにも平凡で、そして平和すぎる世界への神の降臨の始まりだった。
***
西暦202X年。日本、東京。
永田町首相官邸。
その日、定例の閣議が行われていた大会議室は、鉛のような重苦しい空気に包まれていた。
議題はいつもの通りだ。
少子高齢化、財政赤字、エネルギー問題、そして支持率の低下。
出口のない閉塞感。
打開策のない議論。
「……総理。埋立地の残余年数が限界に近づいています。新たな処分場の確保が必要ですが、候補地の住民反対運動が激化しており……」
環境大臣が頭を抱えながら報告する。
「……総理。社会保障費の増大が止まりません。このままでは数年後に財政が……」
財務大臣が呪詛のように繰り返す。
議長席に座る内閣総理大臣・田所は、こめかみを押さえながら、深いため息をついた。
(……辞めたい。胃が痛い。なんで私は総理大臣になんてなってしまったんだ……)
平凡な世界。平凡な悩み。平凡な絶望。
ドラマチックな戦争もなければ、劇的な革命もない。
ただじわじわと真綿で首を絞められるように衰退していく、この国の未来。
「……休憩にしよう」
田所が力なくそう言おうとした、その時だった。
ブゥン……。
会議室の中央、何もなかった空間が不自然に歪んだ。
「――!?」
SPたちが反応するよりも早く。
黒い稲妻のような亀裂が走り、そこから一人の少女が音もなく着地した。
黒いドレス。白い肌。赤い瞳。
アニメのキャラクターがそのまま現実に出てきたかのような異質な存在感。
「やっほー」
少女――KAMIは、呆気にとられる閣僚たちを見回し、軽い調子で手を挙げた。
「……な、何者だ!?」
「テロリストか!?」
「警備! 警備員!!」
怒号が飛び交う。SPたちが銃を構え少女を取り囲む。
だが少女は動じない。
彼女は銃口を向けられたまま、退屈そうにあくびをした。
「うるさいわねぇ。私はKAMI。まあ、あなたたちの言葉で言うなら『神様』みたいなもんよ」
「……か、神……?」
田所総理が震える声で繰り返す。
「そう。今日はビジネスの話に来たの」
KAMIは指をパチンと鳴らした。
その瞬間、SPたちが持っていた拳銃が飴細工のようにぐにゃりと曲がり、床に落ちた。
「ひぃっ!?」
「銃が……!」
「あ、ごめん。危ないからね」
KAMIは悪びれもせずに言った。
「さて、単刀直入に言うわ。
私、ゴミが欲しいの」
「……は?」
全員が耳を疑った。
「ゴミよ、ゴミ。
あなたたちが処理に困ってる産業廃棄物とか、核のゴミとか、プラスチックゴミとか。
そういうのを全部、私が引き取ってあげる」
彼女はまるで不用品回収業者のような口調で、しかし絶対的な力をもって告げた。
「その対価として、あなたたちが欲しがってる『技術』でも『魔法』でも『奇跡』でも、なんでも取引してあげるわ。
どう? 悪い話じゃないでしょ?」
沈黙。
あまりにも現実離れした提案に、誰も言葉を発せなかった。
「……証拠は?」
財務大臣が震える声で尋ねた。
「あなたが神であり、そんな取引が可能だという証拠は……」
「面倒くさいわねぇ」
KAMIはテーブルの上にあったペットボトルの水を指差した。
「――金になれ」
一瞬の閃光。
プラスチックのボトルと中の水が、原子レベルで再構築される。
ゴトン。
重い音を立ててテーブルに落ちたのは、ペットボトルの形状をそのまま残した純金の塊だった。
「……!」
「錬金術……!」
「本物だ……!」
「ね? 簡単でしょ?」
KAMIはニヤリと笑った。
「さあ、交渉成立ってことでいいかしら?
私、これからこの部屋に入り浸るから。よろしくね、総理」
こうして平凡な世界#568の平凡な日本政府に、とんでもない異物が混入することになった。
***
それから一ヶ月後。
首相官邸の特別応接室は、完全にKAMIの私室と化していた。
高級ソファの上には漫画雑誌やゲーム機が散乱し、テーブルには日本中から取り寄せられた最高級のスイーツが山積みになっている。
「んー、この『限定抹茶パフェ』なかなかやるじゃない」
KAMIはパフェを頬張りながら寝転がってテレビを見ていた。
その横で田所総理と官房長官が直立不動で報告を行っている。
「……KAMI様。本日のゴミ回収のご報告です」
官房長官がタブレットを差し出す。
「東北地方の産業廃棄物処分場3箇所の『浄化』が完了しました。
地元住民からは感謝の声が殺到しております」
「ん、ご苦労」
KAMIは画面も見ずに答えた。
「対価ポイント、振り込んでおいたわよ。確認して」
「は、はい! ありがとうございます!」
この一ヶ月で日本は劇的に変わった……わけではなかった。
KAMIの存在は最高レベルの国家機密として隠蔽されていた。
国民は、なぜかゴミ処理問題が解決し、なぜか景気が少し良くなり、なぜか原因不明の奇跡的な事故回避が増えたことに首を傾げているだけだった。
政府はKAMIという「座敷わらし」のご機嫌を取りながら、その恩恵を少しずつ社会に還元するという、奇妙な運営を行っていた。
「……あの、KAMI様」
田所総理がおずおずと切り出した。
「なに? おかわり?」
「いえ、そうではなく……」
総理は意を決して言った。
「あの、ご提供いただいている『限定的未来予知』と『身体能力強化(小)』のスキルですが……」
現在KAMIが日本政府に提供しているのは、数秒先の危機を察知する予知能力(SPや警察用)と、体力を少しだけ増強する魔法(自衛隊や工事現場用)だけだった。
これだけでも十分すぎる恩恵なのだが、人間とは強欲なものだ。
「……もう少し、こう画期的な技術はありませんでしょうか?
例えば無尽蔵のエネルギーとか、不老不死とか、宇宙戦艦の設計図とか……」
総理の言葉に、KAMIはパフェのスプーンを止め、ジト目で彼を見上げた。
「……あんたたち、贅沢言い過ぎ」
「ひっ」
「あのねぇ、この世界の文明レベルに合わせて、バランス調整してあげてるのよ?
いきなりオーバーテクノロジー渡したら、社会が混乱して滅びちゃうでしょ?
あなたたちには、その『ちょっと便利な魔法』くらいが丁度いいのよ」
KAMIは呆れたように言った。
「それに、この世界、本当に退屈なんだもの。
特異点もない、魔力もない、モンスターもいない。
平和ボケしたあなたたちに強力な武器を渡しても、使い道がないじゃない」
「そ、それはそうですが……」
「もっと希望はないの? 刺激的な敵とか、解決不可能な絶望的な危機とか。
そういうのがあれば、私も張り切って『勇者の剣』とか貸してあげるんだけどなぁ」
KAMIは心底つまらなそうにため息をついた。
彼女にとってもこの任務は退屈すぎた。
毎日ゴミを消して、お菓子を食べて、漫画を読むだけ。
本体(栞)が羨ましい。きっと今頃サイバーパンクな世界で銃撃戦でも楽しんでいるに違いない。
「……結構です」
総理は肩を落とした。
「平和が一番ですな……。贅沢を言って申し訳ありませんでした」
「まあいいわ。
贅沢できれば私は文句ないし。
お菓子おかわり!」
「は、はい! ただいま!」
秘書官が慌てて走り出す。
部屋には再び、平和でそして弛緩した空気が流れた。
「ふー……」
総理はソファの端に腰を下ろし、お茶をすすった。
「一時はどうなるかと思いましたが、なんとかなりましたな……」
「ええ」
官房長官も苦笑しながら頷いた。
「最初はエイリアンの侵略かと思いましたが、話の通じる神様で助かりました。
まあ、ちょっと我儘な座敷わらしがいると考える程度が、精神衛生上よろしいでしょう」
「そうだな。
ゴミは消えるし、テロも未然に防げる。
多少の食費(スイーツ代)など安いものだ」
日本政府はこの異常な状況に、驚くべき適応力で、すっかり馴染んでいた。
事なかれ主義と現状維持。
それがこの世界#568の最大の特性であり、生存戦略だったのだ。
「では次の議題ですが……」
官房長官が資料を広げる。
「先日の『限定的未来予知』で防いだ高速道路の多重事故の検証を……」
KAMIは彼らの退屈な会議をBGMに、ポテトチップスの袋を開けた。
(あーあ。あと何年この退屈な任務が続くのかしら。
本体からの連絡もなし。
平和すぎて眠くなってきた……)
その時だった。
「――そ、総理!!!」
血相を変えた秘書官がノックもせずに部屋に飛び込んできた。
手にはリモコンが握りしめられている。
「どうした! 騒々しい!」
総理が眉をひそめる。
「テレビを! テレビを点けて下さい! 緊急速報です!」
「なんだ、またアイドルの不倫か?」
KAMIが面白そうに顔を上げる。
秘書官が震える指でスイッチを入れる。
壁一面の巨大モニターに、NHKの緊急ニュース画面が映し出された。
『――緊急速報です。繰り返します。緊急速報です』
アナウンサーの声が明らかに上ずっていた。
プロの冷静さを保とうとしているが、その表情には隠しきれない恐怖が張り付いている。
『本日午後2時頃、東京湾・海ほたる周辺の海上に巨大な……信じられないものが出現しました』
画面が切り替わる。
ヘリコプターからの空撮映像だ。
東京湾の穏やかな海面。
その中央が、まるで沸騰したかのように白く泡立っている。
そして、その水しぶきの中から、それは現れた。
「……嘘だろ」
総理が絶句した。
それは山だった。
いや、山のように巨大な生物だった。
黒くぬらぬらと光る岩石のような皮膚。
背中には剣山のように鋭利な背びれが並び、青白く発光している。
海面から突き出したその上半身だけで、高さは優に100メートルを超えているだろう。
長い首の先にある頭部は、爬虫類と深海魚を悪魔合体させたような、見るもおぞましい形状をしていた。
その巨大な口からは、蒸気のような白煙が漏れ出している。
『怪獣……。そう呼ぶしかありません』
アナウンサーが悲鳴のような声で伝える。
『防衛省は未確認巨大生物と認定。
現在、怪獣はゆっくりと、しかし確実に東京湾岸部へと接近しています!
進路上の予想地点は……お台場及び芝浦ふ頭です!』
「これは……現実か?」
官房長官が夢遊病者のように呟いた。
「映画の撮影ではないのか? CGではないのか?」
『繰り返します! これは現実です!
湾岸部に怪獣が現れて、ゆっくりと接近しています!!!!』
「KAMI様!!!」
総理と官房長官が、弾かれたようにKAMIの方を振り返った。
その目には、すがるような期待と、そして微かな疑念が浮かんでいた。
「こ、これは……あなたの仕業ですか!?
『刺激が欲しい』などと仰っていたから、まさか……!」
だが。
ソファの上のKAMIは、ポテトチップスを口に運ぶ手を止め、ポカンと口を開けてモニターを見つめていた。
その表情は演技ではなかった。
神の代理人としての冷静さをかなぐり捨てた、素の驚愕だった。
「……わーお」
彼女は呟いた。
「つまんない世界だと思ったけど……海獣かぁ……」
彼女は慌てて空中にウィンドウを展開し、解析を開始した。
『緊急スキャン実行』
『対象:東京湾上の巨大生体反応』
『エネルギー値:計測不能』
『属性:不明(並行世界のデータに該当なし)』
「……これは予想外ね」
KAMIの目が、初めて真剣な光を宿した。
「こ、これは……いや、私の差し金じゃないわよ!
見てよ、私も驚いてるもの!
この世界、魔法定数はゼロに近いはずなのに……。
あんな巨大な生物が存在できる物理法則なんて、ここにはないはずよ!?」
「では、あれは一体何なのですか!?」
「分からないわ!」
KAMIは叫んだ。
「次元の裂け目から落ちてきたのか、あるいは海底で眠っていた古代兵器が起動したのか……。
とにかくあれは『イレギュラー』よ!
私のシナリオにはないバグだわ!」
会議室に本当のパニックが訪れた。
神でさえ予想外の事態。
「ど、どうすれば……」
総理が狼狽する。
「自衛隊? 自衛隊で対処するのか?
しかし……あんなもの、ミサイルや戦車で倒せるのか?
映画なら核兵器でも死なないのが相場だが……」
「わ、分からん……」
官房長官も顔面蒼白だ。
「しかし自衛隊しかいない!
出動命令を! 総理!」
「う、うむ! 防衛大臣! 防衛大臣を呼べ!」
怒号と悲鳴が飛び交う中、KAMIは一人、冷静さを取り戻しつつあった。
彼女はモニターの中の怪獣を、値踏みするように見つめた。
(……面白い)
彼女の口元に、不敵な笑みが浮かぶ。
(退屈なゴミ拾いの日々はおしまいね。
まさかこんな特大の『粗大ゴミ』が現れるなんて。
あれを倒せば……あるいは解析すれば、とんでもない量の『対価』になるんじゃない?)
彼女はパニックに陥る人間たちを見下ろし、声を張り上げた。
「――落ち着きなさい! 人間ども!」
その一喝で、部屋が静まり返る。
「いいこと? これはチャンスよ。
あなたたちが望んでいた『刺激』と『危機』が、向こうからやってきたの。
自衛隊を出しなさい。
持てる全ての火力を叩き込んでみなさい。
もしダメなら……」
彼女はにやりと笑った。
「その時は私が『有料オプション』で助けてあげるわ。
もちろん対価は高くつくけどね?」
その言葉に、総理たちは戦慄し、そして同時に安堵した。
神はまだ味方だ。
金さえ払えば助かるかもしれない。
「……分かりました」
田所総理は震える手で受話器を取った。
「自衛隊全部隊に告ぐ。
……防衛出動だ。
東京湾の怪獣を迎撃せよ」
サイレンが鳴り響く。
平和ボケした日本に、正真正銘の「戦争」が始まった。
相手は神の想定さえ超えた未知なる巨神。
568番世界。
「普通」だったはずの世界は、この日を境に、最もカオスで最も危険なステージへと変貌を遂げたのだった。
「さあ、見せてもらうわよ」
KAMIは新しいポテトチップスの袋を開けた。
「あなたたちの『普通』の底力を」




