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賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


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第128話

 その夜、世界の中心である四つの首都を結ぶバーチャル会議室は、かつてないほどの「好景気」の熱気と、そして止めどない欲望の香りに満ち溢れていた。

 ダンジョン開放から数週間。

 世界経済は、破滅ではなく、想像を絶するほどの繁栄の道を突き進んでいた。

 その原動力となっていたのは、F級ダンジョンの最下層で、ゴブリンたちが落とす、あの黒い小石――『魔石』だった。


「――報告します」

 議長役の九条官房長官が、いつになく明るい声で、しかし官僚らしい冷静さを保ちながら切り出した。

「先般より試験的に開始された『魔石』の産業利用についてですが……。結論から申し上げます。

 爆発的エクスプローシブです」


 彼は手元の端末を操作し、円卓の中央に一枚のホログラムを投影した。

 そこに映し出されたのは、日本のとある大学病院の集中治療室の映像だった。

 全身に大火傷を負い、包帯でぐるぐる巻きにされた患者。通常ならば、数ヶ月の入院と皮膚移植が必要な重篤な状態だ。

 だが、医師が手にした容器から、淡い緑色に発光する軟膏を患部に塗布した瞬間――。


 ジュワッ……。

 微かな音と共に、焼け爛れた皮膚が、まるで時間を巻き戻したかのように再生を始めた。

 赤黒く変色していた皮膚が剥がれ落ち、その下から、生まれたばかりの赤子のような瑞々しいピンク色の肌が現れる。

 痛みも消えたのか、患者の苦悶の表情が、安らかな寝顔へと変わっていく。


「……これが『魔石軟膏ポーション・クリーム』です」

 九条が説明する。

「魔石を特殊な溶媒で溶解し、有効成分を濃縮・精製したもの。

 KAMI様より提供された並行世界のレシピを、そのまま流用しただけですが、その効果は劇的でした。

 切り傷、火傷、床ずれ……あらゆる外傷に対し、既存の医薬品とは比較にならない治癒速度と、そして何より『傷跡を残さない』という奇跡的な効果を発揮します」


 モニターの向こうで、アメリカのトンプソン大統領が、信じられないという顔で眼鏡の位置を直した。

「……傷跡が残らないだと? そんな馬鹿な。形成外科医が廃業するぞ」


「事実です、大統領」

 九条は淡々と続けた。

「並行世界のデータにより、人体への有害な副作用が一切ないことは実証済みです。

 そのため、我が国の厚生労働省も異例のスピード承認を下し、既に一部の救急救命センターで試験運用が始まっています。

 現場の医師たちは、もはや『OMGオーマイガー』と叫ぶことしかできない状態だとか」


 医療革命。

 その言葉が、会議室の空気を震わせた。

 これまでの医療は「治す」ことが目的だった。だが、魔石軟膏は「元に戻す」のだ。

 その価値は計り知れない。


「……そして、ここからが本題です」

 九条の声が、ビジネスマンのそれに変わった。

「現在、F級魔石のギルド買取価格は、一個1万円。

 しかし、医療業界は、この原石を加工前の段階で『一個5万円』で買い取ると申し出てきています。

 それを軟膏に加工すれば、末端価格は数十倍に跳ね上がる。

 ……文字通り、錬金術です」


「5万円……!」

 中国の王将軍が喉を鳴らした。

「ギルドが1万で買い取り、医療メーカーに5万で卸す。

 右から左へ流すだけで、一個につき4万円の利益が国庫に入るわけか。

 ……暴利だな。だが、素晴らしい」


「ええ。美味しいビジネスです」

 九条は頷いた。

「現在、世界中の製薬会社が魔石の争奪戦を繰り広げています。

 ファイザー、ジョンソン・エンド・ジョンソン、武田薬品……。

 彼らは言っています。『いくらでも出す。あるだけ全部よこせ』と」


 ***


 だが、魔石のポテンシャルは医療だけにとどまらなかった。

 次に九条が映し出したのは、銀座の高級料亭の厨房だった。

 そこには、見たこともないほど巨大で、そして艶やかな野菜や魚介類が並んでいた。


「食の分野でも革命が起きています」

 九条は一本のアスパラガスを指し示した。

「これは、魔石の粉末を混ぜた土壌で『即席栽培』されたアスパラガスです。

 通常なら数ヶ月かかる成長が、魔石のエネルギー供給により、わずか数日で収穫可能になります。

 しかも、栄養価は通常比で3倍、糖度も2倍。

 何より『味が濃い』」


 彼はさらに、巨大な水槽の映像を見せた。

「魚介類の養殖も同様です。

 魔石を沈めた水槽では、魚の成長速度が飛躍的に向上し、病気にもかかりにくくなる。

 天然物を遥かに凌駕する品質の魚が、工場で大量生産できるのです」


「……美食か」

 ロシアのヴォルコフ将軍が、興味深そうに呟いた。

「富裕層は金に糸目をつけんからな。

『魔石栽培の最高級野菜』『魔石養殖の幻の魚』……。

 ブランド化すれば、原価の百倍で売れるだろう」


「その通りです」

 沢村総理が満足げに補足した。

「既に、銀座やニューヨークの星付きレストランでは、魔石食材を使ったメニューが『時価』で提供されています。

 予約は半年先まで埋まっているとか。

 これもまた、莫大な利益を生み出す新たな産業になりつつあります」


 医療、食料、そしてエネルギー。

 魔石は、現代社会が抱えるあらゆる問題のソリューションとなり、同時に巨大な富の源泉となっていた。

 世界は今、かつてないほどの「魔石バブル」に沸いていた。


 ***


 だが、光があれば影がある。

 この好景気の裏で、四カ国の指導者たちが抱える共通の悩みがあった。

 それは「足りない」ということだ。


「……消費に供給が追いつかん」

 トンプソン大統領が、葉巻を揉み消しながら嘆いた。

「医療用の需要だけでも天文学的だ。その上、農業、工業、エネルギー……。

 魔石の使い道が多すぎる。万能すぎて怖いくらいだ」


 彼は、KAMIの座るソファの方を向いた。

「おい、KAMI君。これ、本当に供給は追いつくのかね?

 今のペースで採掘しても、需要の十分の一も満たせていないぞ」


 その問いに、それまで退屈そうにファッション誌(『VOGUE』の魔石ジュエリー特集号だ)を眺めていた KAMI が顔を上げた。

 彼女は心底不思議そうに首を傾げた。


「うーん、無理じゃない?」


「……は?」

 トンプソンが絶句する。


「だから、無理よ」

 KAMI はあっさりと断言した。

「並行世界のデータでも、魔石の需要が供給を上回らなかったことなんて一度もないわ。

 あっちはもう 15 年も経ってて、SSS 級ダンジョンまで攻略が進んでるけど……。

 それでも全然足りないって、いつもヒーヒー言ってるもの」


 彼女は雑誌をパラパラとめくった。

「人間って強欲でしょ?

 魔石があれば、病気が治る、美味しいものが食べられる、快適に暮らせる……って分かったら、際限なく欲しがるに決まってるじゃない。

 F級の魔石なんて、あっちの世界じゃ通貨代わりになってるくらい流通してるけど、それでも値上がり続けてるわよ」


「……永久にインフレが続くということか」

 沢村が頭を抱えた。

「資源枯渇の心配はないが、価格高騰の心配は尽きないわけだ」


「特に、美食なんて底なし沼よ」

 KAMI は笑った。

「魔石を使った料理の味を知っちゃったら、もう普通の食事には戻れないもの。

 美食を追求し始めたら、いくらでも魔石を消費できるわ。

 私も、魔石を使った和菓子とか、ちょっと食べてみたいけどね……」


 神の無邪気な願望。

 だがその言葉は、現実の残酷さを浮き彫りにしていた。

 需要は無限。供給は有限(探索者の労働力次第)。

 このバランスが崩れれば、世界は「魔石争奪戦」という新たな戦争に突入しかねない。


 ***


「……供給不足と言えば」

 トンプソンが話題を切り替えた。彼には魔石以上に、もう一つ喉から手が出るほど欲しいものがあった。

「オーブだ。KAMI 君、オーブの方も全然足りないぞ」


 彼は、アメリカ国内の銃器事情を嘆いた。

「我が国の『魔銃マジック・ガン化計画』……。

 全米の 4 億丁の銃を、全て魔法化するという壮大なプロジェクトだが、進捗は芳しくない。

 現在のオーブ供給量では、軍と警察の装備を更新するだけで手一杯だ。

 民間市場ではオーブの価格が暴騰し、暴動寸前だぞ」


 彼は懇願するように言った。

「ドロップ率を上げてくれんか?

 今の倍……いや十倍くらいに。

 そうすれば価格も落ち着くし、国民も納得する」


 だが、KAMI の反応は冷ややかだった。

「ヤダ」――即答だった。


「えっ?」


「ドロップ率は今のままで良いんじゃない?

 だって問題は、ドロップ率じゃなくて、探索者の『数』だもの」


 KAMI は空中に、各国の現在の稼働中探索者数のグラフを表示させた。


 ・日本:8万人

 ・アメリカ:10万人

 ・中国:8万人

 ・ロシア:7万人


「見てよ、これ。少なすぎ」

 彼女は呆れたように言った。

「世界人口 80 億人に対して、たったの 33 万人よ?

 いくら精鋭揃いでも、これじゃあ資源を掘り尽くせるわけがないわ」


 そして彼女は、比較対象として並行世界のデータを並べた。


『並行世界・東京エリア探索者数:101万人』


「……ひゃくいちまん?」

 九条が目を疑った。

「東京だけでですか?」


「そうよ。これはダンジョン出現から 10 年目のデータだけどね」

 KAMI は説明した。

「あっちの世界じゃ、探索者はもっと一般的な職業なの。

 サラリーマンが仕事帰りに一潜りしたり、主婦が家事の合間にパート感覚で潜ったり。

 国民の 10 人に 1 人は、何らかの形でダンジョンに関わってる。

 それくらいの規模にならないと、魔石エコノミーなんて支えきれないわよ」


「……100 万人か」

 沢村が唸った。

「今の 10 倍以上……。いきなりそこを目指すのは、ハードルが高いな」


「でも、目指さないと」

 KAMI は言った。

「オーブの値段が高いのは、探索者が少ないからよ。

 探索者が増えれば、市場に出回るオーブの総量は増える。

 そうすれば価格も下がるし、あなたの国の銃マニアたちも満足するでしょ?」


「……ぐぬぬ」

 トンプソンは言葉に詰まった。

 正論だ。ドロップ率をいじる安易な解決策ではなく、パイそのものを広げろと神は言っているのだ。


「まあ、今のオーブバブルのおかげで、探索者になりたがってる人は増えてるみたいだけどね」

 KAMI は日本の SNS のトレンドワード『#オーブ長者』を指さした。

「『一発当てれば億万長者』。この夢がある限り、人は集まってくるわ。

 もう少しすれば、探索者人口も自然と増えると思うけど……」


「……ですねぇ」

 九条が同意した。

「現に我が国でも、探索者ライセンスの申請数が急増しております。

 装備不足がボトルネックになっていますが、クラフトの普及でそれも解消されつつある。

 時間はかかりますが、方向性は間違っていないかと」


「そう、焦らないことよ」

 KAMI はあくびをした。

「人口が増えれば、それだけ変な奴も増えるし、トラブルも増えるわ。

 ゆっくり育てていきなさいな。

 どうせダンジョンは逃げないし、魔石も無くならないんだから」


 神の悠長な、しかし的確なアドバイス。

 四カ国の指導者たちは、再び深く頷くしかなかった。


「……承知いたしました」

 トンプソンが引き下がった。

「探索者の増員計画、及び育成プログラムの拡充を急がせます。

 国民皆兵……いや、国民皆探索者の時代を目指して」


「よろしい」

 KAMI は満足げに頷いた。


「あ、そうそう」

 彼女は最後に思い出したように付け加えた。

「魔石軟膏、私にもちょうだいね。

 最近、夜更かしで肌荒れ気味だから、ちょっと試してみたいの」


「……は、はい。最高級品をお届けさせます」

 九条が即答した。

 神の肌荒れ。

 それは、世界の存亡に関わる(かもしれない)重大事案だった。


 会議は終わった。

 魔石という新たな富の源泉を手に入れた人類。

 だが、その富を維持し拡大するためには、さらなる「労働力」の投入が必要不可欠であるという現実を、彼らは突きつけられた。


 一億総探索者時代。

 その狂乱の未来へ向けて、世界はまた一歩、アクセルを踏み込んだのだった。



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― 新着の感想 ―
美食より医療より美容に魔石が有効ってなったら需要も100倍に跳ね上がる…女性の美に対する欲より強いものはない それより魔石目薬が開発されて眼鏡なしで裸眼1.0以上に戻りますってならないかなぁ 眼鏡探索…
糖度2倍は逆に扱いにくくなりそう
今日も面白かったです KAMIも肌荒れとかするんですね 枝毛とかもあるのかしら >KAMI様より提供された並行世界のレシピを、そのまま流用しただけ 魔石軟膏の開発が早すぎると思いましたがレシピも提供さ…
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