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賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


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第126話

 運命の月曜日。

 日本中の視線が、スマートフォンの画面と渋谷の大型ビジョンに釘付けになっていた。


 午前九時。

 KAMI による全世界同時システム・アナウンスが、探索者たちの視界に、そして世界中のモニターに表示された。


【システム・アップデート:E級ダンジョン『腐敗した聖堂』を開放しました】

【推奨レベル:5〜10】

【警告:本ダンジョンより『属性攻撃エレメンタル・ダメージ』を行うモンスターが出現します。十分な耐性装備を整えてから挑戦することを強く推奨します】


 その警告文は赤字で強調されていた。

 だが、渋谷のゲート前に集結した第一陣の精鋭たち――自衛隊の先行部隊、月読ギルドの主力メンバー、そして厳しい選抜を勝ち抜いたガチ勢の個人探索者たち――の顔に、恐怖の色はなかった。

 あるのは、入念な準備に裏打ちされた静かな自信だけだった。


「……よし、行くぞ」


 先頭に立ったのは、やはり彼だった。

 “剣聖”ケンタ。

 今や日本のトップランカーとして知られる彼は、全身を真新しい装備で固めていた。

 その装備の全てに、彼が稼いだ数千万円の私財とスポンサー企業の資金を湯水のように注ぎ込んでクラフトされた『全耐性+』の魔法効果モッドが付与されている。


「耐性は正義レジ・イズ・ジャスティス

 その合言葉を、今こそ証明する時だ。


 彼は仲間たちと共に、ゲートの渦中へと足を踏み入れた。

 F級の洞窟とは異なる、冷たく、そして死の匂いが漂う空気の中へ。


 ***


 転移した先は、その名の通り『腐敗した聖堂』だった。

 天井は高く、崩れかけた石造りの柱が並んでいる。ステンドグラスは割れ、床には苔と瓦礫が散乱していた。

 そして、その聖堂の奥、祭壇へと続く回廊に、それらはいた。


 カラカラ……。

 乾いた音を立てて闇の中から姿を現したのは、人間の骨格標本がそのまま動き出したかのような怪物。

 スケルトンだ。

 だが、F級のゴブリンとは纏っている雰囲気が違う。

 彼らの手には錆びついた剣ではなく、青白く発光する杖が握られていた。


「――前方スケルトン・メイジ! 数は三!」

 ケンタが叫ぶ。

「来るぞ! 魔法だ! 防御態勢ディフェンス・スタンス!」


 スケルトンの虚ろな眼窩に、怪しい光が灯る。

 彼らが杖を掲げると、周囲の空気がバチバチと音を立てて帯電し始めた。


「……雷属性か!」


 次の瞬間。

 カッッッ!!

 目も眩むような閃光と共に、太い稲妻がケンタたちに向かって一直線に放たれた。

『ライトニング・ボルト』。

 回避不能の速度。直撃すれば、生身の人間など一瞬で炭化する高圧電流。


「うわっ……!」

 後衛の魔法使いの少女が、恐怖に身を竦ませる。

 ケンタは逃げなかった。いや、逃げられなかった。

 彼は盾を構え、その雷撃を正面から受け止めた。


 ドォォォン!!

 激しい衝撃音と閃光が弾ける。

 だが――。


「……あれ?」


 ケンタは目を開けた。

 痛みがない。

 痺れもない。

 彼の身体を包むように淡い光の膜――パッシブスキル『ダイヤモンド・スキン』と、装備に付与された雷耐性の魔法陣が展開され、稲妻のエネルギーを霧散させていたのだ。


 彼の視界の端、HP バーの上に一つの数字がポップアップした。


【 Damage : 0 (Resisted) 】


「……ゼロ……!」

 ケンタの口元が、歓喜に歪んだ。

「耐性だ! 耐性が効いてる! 本当にノーダメージだ!」


「すげえ! 俺もだ!」

「熱くも痒くもねえ!」

「KAMI 様の言ってた通りだ! 25%で無効化! これが『仕様』か!」


 パーティ全体に、爆発的な安堵と、そして勝利への確信が広がる。

 魔法など恐るるに足らず。

 我々は、理不尽な暴力をシステム(耐性)でねじ伏せたのだ。


「よし、反撃だ! 距離を詰めろ!」

 ケンタが号令をかける。

 魔法が効かないと分かれば、スケルトン・メイジなどただの骨だ。

 彼らは一気に間合いを詰め、武器を振り上げた。


 だが。

 E級ダンジョンの洗礼は、魔法だけではなかった。


「――シャアアアッ!」

 魔法が無効化されたことを悟ったスケルトンたちは、即座に行動パターンを切り替えた。

 彼らは杖を捨て、腰に帯びていた古びたロングソードを抜き放ったのだ。


「なっ、剣も使うのかよ!?」

 前衛の戦士が舌打ちをして斧を振り下ろす。

「砕けろ!」


 ガキンッ!


 鈍い金属音が響く。

 戦士の斧は、スケルトンの剣によって、いともたやすく受け止められていた。

 それだけではない。

 スケルトンは受け流した勢いを利用して回転し、鋭い突きを繰り出してきた。


「うおっ!?」

 戦士は慌ててバックステップで躱す。

「つ、強い! こいつら剣技を使ってきやがる!」


 ゴブリンのような、ただ本能で暴れるだけの獣とは違う。

 彼らは、かつて人間だった者たちの成れの果てか、あるいは武術のデータそのものか。

 その剣筋には、明確な「型」と「技」があった。

 フェイント、パリィ、カウンター。

 素人同然の現代人の剣術を、骨だけの身体が嘲笑うかのように翻弄する。


「くそっ、当たらない!」

「動きが読めない!」

「魔法がダメなら物理で来るなんて、聞いてないぞ!」


 戦況が膠着する。

 物理攻撃力だけならこちらが上だ。

 だが、それを当てる技術プレイスキルで負けている。

 剣道や格闘技の経験者ならまだしも、先日まで学生やサラリーマンだった彼らにとって、本職の剣士との白兵戦は、あまりにも分が悪かった。


「……やっぱり素人じゃ限界があるか」

 ケンタは冷静に状況を分析した。

「技術で勝てないなら……アレを使うしかない!」


 彼は剣を構え直し、深く息を吸い込んだ。

 そして、自らの魂のソケットに装着された、紅い輝きを放つ『スキルジェム』に意識を集中させた。


(――起動アクティベート!)


 カッ!

 彼の剣が、物理法則を無視した赤い光を纏う。

 筋肉が強制的に収縮し、システムが彼の肉体を「正解の動き」へと導いていく。


「――スキルジェム・パワーアタック!!!」


 ケンタが叫ぶと同時に、彼は弾丸のように踏み込んだ。

 技術も駆け引きも関係ない。

 ただ、システムによって保証された「絶対的な破壊力」と「補正された命中精度」による必殺の一撃。


 ズドオォォォン!!


 轟音。

 スケルトンが防御しようと剣を掲げるが、そんなものは紙切れのように吹き飛ばされた。

 パワーアタックの圧倒的な衝撃が、骨の身体を粉々に粉砕する。


「やったか……!」


 土煙が晴れると、そこにはバラバラになった骨の残骸と、キラキラと輝くドロップ品だけが残されていた。


「……はぁ、はぁ……」

 ケンタは荒い息を吐いた。

「見たか……! 剣技が厄介なら、スキルでゴリ押せばいいんだよ!」


「すげえ! 一撃だ!」

「やっぱスキルジェム最強だな!」


 仲間たちも次々とスキルを発動させる。

『ヘビーストライク』『ダブルスラッシュ』『シールドチャージ』。

 拙い剣術を補って余りある、システムの暴力。

 スケルトンたちは次々と粉砕され、光へと還っていった。


 戦闘終了。

 静けさが戻った回廊で、ケンタたちは戦利品の確認を行った。


「……おい、見ろよこれ」

 盗賊職の男が、震える手で黒い石を拾い上げた。

 F級のゴブリンの魔石よりも一回り大きく、そしてより深く濃い闇を湛えた石。


【アイテム名:E級魔石】

【想定買取価格:100,000円】


「じゅ、十万……!?」

 男が裏返った声を出す。

「一個で十万だぞ!? F級の十倍じゃねーか!」


「うお、美味しい!!!」

「たった一戦で三人倒したから……30万!?」

「山分けしても、一人数万だぞ! 数分で!」


 彼らは顔を見合わせた。

 そこには、死闘の恐怖を塗りつぶして余りある、強烈なドーパミンと欲望の色が浮かんでいた。


「……とりあえず潜って 50 万円分かよ!!!」

「やめられねえ! これはやめられねえわ!」


 さらに地面には、いつものように色とりどりのオーブも転がっていた。

『富のオーブ』『変化のオーブ』……。

 そのドロップ率は F級と変わらない。いや、敵が強い分、心なしか量が良いようにも見える。


「オーブのドロップ率も変わらないし、ダンジョン様々だなぁ」

「これ、魔石とオーブだけで今日の日当 100 万超えるんじゃね?」


 そして本当のサプライズは、最後に待っていた。

 ケンタが、スケルトンの残骸の下に埋もれていた一足のブーツを拾い上げた時だ。


「……おい、装備も落ちてるぞ」

 彼はそれを鑑定した。


【アイテム名:堅固な鉄のブーツ】

【レアリティ:マジック(青)】

【アイテムレベル:E級】

【防御力:15】

【追加効果】

 ・火炎耐性 +10%

 ・移動速度 +10%


「……は?」

 ケンタは目を疑った。

「耐性装備じゃん!!! しかも火耐性 10%!?」


 F級の装備では、耐性はせいぜい 3%から 5%が限界だった。

 それがいきなり 10%。

 しかも、もう一つのオプション。


「移動速度 10%!? F級だと最高でも 8%だったのに……」

 彼は自分の履いている『疾風のブーツ(速度+8%)』を見比べた。

「たった 2%……いや、違う。この 2%はデカイぞ」


 彼はブーツを履き替えてみた。

 軽い。

 足が、羽が生えたように軽い。

 戦いの中で敵の攻撃を躱す一瞬、距離を詰める一歩。

 その全てにおいて、この「たった 2%」の差が、生死を分けることを、彼は知っていた。


「うおー、美味しい、装備更新出来た!!」

 ケンタは叫んだ。

「運が良かったが、アイテムレベルが E級に上がったから、マジックで付く MOD(魔法効果)の品質も上がったんだ!」


「見てくれ! 移動速度 10%! 2%増えただけだけど、全然違う! 10%装備、最高!!!」


 仲間たちも騒ぎ出した。

「マジかよ! 俺も欲しい!」

「それ、売ったらいくらになるんだ?」


 ケンタは即座に相場を計算した。

 F級装備が 10 万円。

 E級装備、しかも「耐性」と「移動速度」という大当たりオプション付き。

 需要は無限にある。


「……これ、オークションに出せば 30 万……いや、50 万は堅いぞ」

「うひょー! E級装備一つ 30 万円以上!!!」


 彼らは震えた。

 収入の桁が、また一つ上がったのだ。

 魔石で稼ぎ、オーブで稼ぎ、そして装備更新で強くなりながら、余った装備を売ってさらに稼ぐ。

 完璧な、そしてあまりにも魅力的な富の循環。


「……だけど」

 ケンタはふと冷静になって呟いた。

「剣技が厄介だな……。パワーアタックを使えば勝てるけど、それじゃあ MP が持たない」


 彼は自分の MP バーを見た。

 スキルを一回撃つごとに、MP は確実に減っていく。

 何より、スキルのクールタイム中や MP が切れた時の、無防備な時間が怖い。


「剣技で勝てるなら、それが一番良いけど……俺たち素人だしな」

 彼は自分の剣を見つめた。

 ただ振り回すだけの剣。

 スケルトンの、あの洗練された動きとは雲泥の差だ。


「……本格的に勉強が必要か?」

 彼は思った。

 ただレベルを上げて、いい装備を着るだけじゃダメだ。

 剣道場に通うか? いや、実戦的な古武術か?

 あるいは、もっと効率的な「剣の理」を教えてくれる場所を探すか。


「強くなりてぇ……。もっと上手く、もっとスマートに戦いてぇ」


 その欲求は、単なる金銭欲を超えた、武人としての、あるいはゲーマーとしての純粋な向上心だった。


「ま、とりあえず今は稼ぐぞ!」

 ケンタは顔を上げた。

「収入が増えたけど、出費も増えるなぁ!

 もっと稼がないと、最強装備なんて夢のまた夢だ!」


「おう!」

「次行くぞ、次!」


 彼らは再び、聖堂の奥へと進んでいった。

 その背中は、昨日までの「素人」のものではなかった。

 リスクとリターンを計算し、自己投資を惜しまず、そして自らの技術向上に貪欲な、正真正銘の「プロの探索者」の背中だった。


 ***


 その日の夕方。

 ギルドの買い取りカウンターは、E級魔石を持ち込んだ第一陣の探索者たちでごった返していた。


「E級魔石 5 個で 50 万円になります」

「あざっす!」

「装備品の出品登録ですね? 『E級・騎士の兜(火耐性+12%)』……素晴らしい品です。開始価格 30 万円でよろしいですか?」

「お願いします!」


 ロビーの電光掲示板には、E級装備の相場がリアルタイムで表示されている。

『E級武器:平均 300,000 円』

『E級防具(耐性付き):平均 450,000 円』


 日本経済に、またしても巨大な金の奔流が注入された瞬間だった。

 そして、その金の流れは、新たな産業を生み出しつつあった。


『探索者向け・実戦剣術教室開講! 元自衛隊教官が教える対人・対魔物戦闘術!』

『MP 効率を最大化する! メンタルコントロール・セミナー』


 稼いだ金が、技術へ、教育へ、そしてより高度な装備へと投資されていく。

 社会全体が「ダンジョン」という心臓に合わせて、力強く脈動していた。


 官邸の地下でその様子を見ていた麻生大臣は、満足げに頷いた。

「……ふん。いい傾向だ。

 金を使うことを覚えた国民は強いぞ。

 そして何より『学ぶ』ことを始めたのが良い。

 ただの暴れん坊が、戦士へと成長していく過程を見るのは、悪くないものだ」


 彼は新たな税収(消費税や法人税など間接的なものだが)の皮算用をしながら、冷えた玉露を啜った。


 E級ダンジョンの解禁。

 それは、人類が「魔法の脅威」を知ると同時に「技術と知識の重要性」に目覚めた、記念すべき一日となった。

 耐性は正義。

 だが、技術は力。

 そして、金はその全てを加速させる燃料だ。


 モニターの向こうでは、装備を整えた探索者たちが、再び熱気と共にゲートへと向かっていく。

 その瞳には、もはや恐怖はなく、次の獲物を狙うハンターの冷徹な光だけが宿っていた。



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