表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

110/195

第107話

  第一回・公式ドロップ品オークションから一週間。

 日本列島は、熱狂という名の新しい病に侵されていた。


 すべては、あの一本の動画から始まった。

 大学生ケンタが裏庭で鉄板を両断した、あの『試し斬り』の映像。

 それは、装備を手に入れた一万人の「勝者」たちの心に眠っていた原始的な闘争本能と、そして幼い頃からのヒーロー願望に、強烈な火をつけた。


 翌日から、日本中のSNSは似たような「検証動画」で埋め尽くされた。

『【神業】F級メイスで廃車をスクラップにしてみた!』

『【実験】F級鎧vsダンプカー! 生きてます!』

『河川敷の岩を砕いてみた。これもう工事現場いらないんじゃね?』


 多摩川の河川敷では、毎週末、装備を手に入れた若者たちが集まり、即席の「見せびらかし会」が開かれている。彼らは巨大な岩を砕き、流木を両断し、その超常的な力を誇示し合う。

 だが、その光景は決して平和なものではなかった。

 周囲を取り囲むのは、数千人の「落選者」たち。彼らの眼差しには、純粋な羨望だけでなく、どす黒い嫉妬と、そして「自分たちには手に入らない力」に対する根源的な恐怖が混じり合っていた。


 トラブルは必然だった。

「おい、ちょっと貸せよ!」と装備を奪おうとする者。

「危ないだろ!」と石を投げる近隣住民。

 そして、ついに起きた傷害事件。

 河川敷での小競り合いの最中、興奮した装備持ちの若者が振るった剣が、誤って野次馬の腕をかすめたのだ。

 F級とはいえ鉄板を紙のように切る剣だ。傷は深く、鮮血が舞った。


 そのニュースは、瞬く間に日本中を駆け巡った。

『探索者予備軍暴走! 一般市民に重傷!』

『力を持たせるのは早すぎたのか!? 規制強化を求める声、高まる!』


 社会に充満する不安と不満。

「力を試したい」という若者たちの爆発寸前の欲求と、「他人の力が怖い」という市民の切実な叫び。

 その二つの巨大なエネルギーが、今まさに正面衝突しようとしていた。


 ***


 霞が関、ダンジョン庁長官室。

 麻生太郎は窓の外の曇り空を見上げながら、苦い顔で玉露をすすっていた。

 彼のデスクの上には、警察庁からの悲鳴にも似た報告書が、山積みになっている。


「……ふん。予想通りといえば予想通りだが、少し早すぎるな」

 彼は報告書を放り出した。

「若者どもめ。せっかく高い金を払って手に入れたおもちゃだ。使いたくてウズウズするのは分かるが、これでは社会が持たん」


 彼の前に立つ腹心の官僚が、青ざめた顔で進言する。

「大臣、規制を強化すべきでは? このままでは、半年後のダンジョン解禁前に市街地で内戦が始まってしまいます」

「馬鹿者。規制してどうする」

 麻生は一蹴した。

「禁止すれば、奴らは地下に潜るだけだ。闇試合、賭博、抗争……。アングラ化すれば、それこそ警察の手には負えなくなる。それに、彼らの『力を試したい』という欲求自体は健全なものだ。それを押し潰せば、将来の優秀な探索者の芽を摘むことになる」


 彼は椅子を回転させ、天井を仰いだ。

 問題の本質は「力の出口」がないことだ。

 有り余るエネルギーを、安全に、そして社会的に許容される形で発散させる場所。

 それさえあれば、この破壊的な衝動は、建設的な情熱へと昇華できるはずだ。


 そして、麻生の脳裏に、一つの悪魔的で、そしてあまりにも魅力的な閃きが走った。


「……そうか」

 彼の口元が、三日月形に歪んだ。

「発散させる場所がないなら、作ってやればいいではないか」

「は?」

「殴り合いたいなら、思いっきり殴り合わせればいい。斬り合いたいなら、斬り合わせればいい。ただし、我々が管理する『檻』の中でな」


 麻生は立ち上がった。その目には、久々に獲物を見つけた猛獣のような鋭い光が宿っていた。

「そして、それを『見世物』にするのだ」

「見世物……ですか?」

「そうだ。古代ローマのコロッセオを見ろ。民衆は、いつの時代も力と力のぶつかり合いに熱狂する。それを国家が主催し、エンターテイメントとして提供すれば、不満は熱狂へと変わり、恐怖は興奮へと変わる」

 そして、彼は最も重要な点を付け加えた。

「ついでに、そこから金を稼げば一石三鳥だ」


 彼は即座に、九条官房長官に連絡を入れた。

「九条君。KAMI様のアポを取ってくれ。今すぐにだ。……ああ、手土産は『とらや』の羊羹でいいだろう。面白い提案があると伝えれば、彼女は必ず食いつく」


 ***


 一時間後、首相公邸地下執務室。

 麻生と九条、そして沢村総理の四つの身体が、緊張した面持ちでソファに座っていた。

 彼らの前には、いつものように唐突に現れたゴシック・ロリタ姿の少女が、羊羹を頬張りながら座っている。


「ふーん」

 KAMIは麻生の説明を一通り聞き終えると、口元の餡子を拭いながら、面白そうに目を細めた。

「なるほどね。国民が暴れて困るから、安全に戦える場所を作りたいと」


「左様でございます」

 麻生は恭しく頭を下げた。

「彼らの闘争本能は、もはや法律や道徳では抑えきれません。ならば、それをシステムとして吸収するしかない。KAMI様、あなたの力で、彼らが全力でぶつかり合っても死なない、そんな都合の良い空間を作ることは可能でしょうか?」


 KAMIは、少しだけ考え込む素振りを見せた。

 だが、その瞳の奥には、新しいおもちゃを見つけた子供のような、無邪気で残酷な光が宿っていた。


「……うん、いいわよ。面白そう」

 彼女は、あっさりと承諾した。

「人間同士が本気で殺し合う……じゃなくて、戦い合うショーね。確かに、ただモンスターを狩るだけより、そっちの方が盛り上がりそうだし。視聴率、稼げそう」


 彼女は指先で空中に、複雑な魔法陣のような図形を描き始めた。

「でも、本当に殺し合いさせちゃったら後片付けが大変よね。死体とか残るとグロいし。だから、これを使えばいいわ」


 彼女が指パッチンをすると、空中に一枚のウィンドウが表示された。

 そこには『HPシステム・結界モジュール(ベータ版)』という文字が輝いていた。


「じゃあ、特定のエリアだけに、この『HP制ヒットポイントシステム』を適用する結界を張ってあげる」


「HP制ですか?」

 沢村が、ゲーム用語に疎いのか、怪訝な顔で尋ねた。


「ええ」

 KAMIは、まるでゲームのチュートリアル画面のように、分かりやすく解説を始めた。

「この結界の中ではね、物理的な肉体へのダメージが無効化されるの。剣で斬られても、炎で焼かれても、痛みはあるし、衝撃で吹き飛んだりもするけど、血は出ないし傷も残らない。

 その代わり、そのダメージ量に応じて、視界に表示される『HPバー』が減っていくの」


 彼女は空中に緑色の長いバーを表示させ、それを指で弾いて減らしてみせた。

「そして、このHPがゼロになった瞬間、その人は『気絶リタイア』状態になる。システム的に強制シャットダウンされるわけ。目が覚めたらHPは全快してるし、どこも怪我してない。完全な無傷よ」


「……なんと」

 麻生は、その完璧すぎる仕様に思わず唸った。

「つまり、擬似的な『死』を体験できるが、実際には死なない。殺し合いの緊張感を保ったまま、安全性を100%担保できると?」


「そうよ」

 KAMIは得意げに胸を張った。

「これなら、思う存分、本気で殴り合えるでしょう? スポーツとして成立するわ。剣道やボクシングの、もっと過激で、もっと自由なバージョンね」


 スポーツ。

 その言葉が、麻生の脳内で巨大なビジネスモデルへと変換されていく。

 死なない剣闘士。安全なコロッセオ。

 それは、エンターテイメントとしてこれ以上ない素材だった。


「素晴らしい……! 実に素晴らしいご提案です!」

 麻生は珍しく興奮を露わにした。

「これならば国民も納得するでしょう! いや、熱狂するに違いありません! KAMI様、その結界を設置していただける場所として、最適な施設がございます」


 彼は東京の地図を広げ、その中心部にある巨大なスタジアムを指さした。

「ここです。新国立競技場」


 東京オリンピックのために建設され、その後は負の遺産などと揶揄されることもあった、あの巨大施設。

 それを新時代の闘技場として再生させる。


「ここを改修し、『国立ダンジョン・アリーナ』とします。そこで、装備を持つ者たちが技を競い合う、公式リーグ戦を開催するのです!」


「へえ、新国立競技場でバトルロワイヤルね」

 KAMIは楽しそうに笑った。

「いいわね、その悪趣味な感じ。気に入ったわ。じゃあ、すぐに工事に取り掛かりましょうか。私、内装とか凝るタイプだから期待してて」


 ***


 その翌日。

 政府から、衝撃的なプレスリリースが発表された。


『国家空間輸送網整備計画(ゲート構想)及びダンジョン対策に関する緊急国民対話集会』

 ――という建前の下、 その実態は全く新しい国家プロジェクトの発表会だった。


 麻生大臣は記者会見で、高らかに宣言した。

「昨今の探索者志望者による無秩序な訓練と、それに伴うトラブルを鑑み、政府は『公認訓練場』の設置を決定いたしました。場所は新国立競技場。そこでは、KAMI様より供与された特殊技術により、いかなる攻撃を受けても死亡することのない、完全な安全性が保障されます」


 そして彼は続けた。

「この訓練場において、政府公認の模擬戦リーグ『ダンジョン・リーグ(通称:Dリーグ)』のプレシーズンマッチを開催いたします! これは、半年後のダンジョン本番に向けた実践的な予行演習であり、そして新たな国民的スポーツの祭典であります!」


 Dリーグ。

 その言葉は、瞬く間に日本中を駆け巡った。

 殺し合いではない。スポーツだ。

 怪我もしない。死にもしない。

 ただ、最強を決めるための純粋な戦い。


 そのコンセプトは、燻っていた若者たちの心に、爆発的な火をつけた。

「マジかよ! 公認で戦えるのか!」

「俺の強さを証明できる場所ができた!」

「テレビ放送されるって!? スターになれるチャンスじゃん!」


 批判の声もあった。「暴力を助長する」「平和の祭典の会場を血で汚すのか」といった識者の声。

 だが、それらは圧倒的な熱狂の波にかき消された。

 人々は飢えていたのだ。

 閉塞した日常を打ち破る強烈な刺激と、そして分かりやすいヒーローの誕生に。


 そして、この「Dリーグ」構想に、誰よりも早く、そして鋭く反応した者たちがいた。

 日本の経済界である。


 大手町、経団連会館。

 緊急招集された主要企業のトップたちは、目の色を変えて議論を戦わせていた。


「これは……ビジネスになるぞ」

 大手広告代理店の役員が震える声で言った。

「視聴率、スポンサー収入、グッズ販売……。桁が違う。プロ野球やJリーグなんぞ目じゃない。世界中が注目するコンテンツになる!」


「選手の確保だ!」

 自動車メーカーの社長が叫んだ。

「装備を持っている『当選者』を囲い込め! 彼らはもはや一般人ではない。プロのアスリートだ! 我が社のロゴを鎧に貼り付けて戦わせろ! 宣伝効果は計り知れん!」


「装備がないなら、買えばいい! 借りればいい!」

 IT企業の若き創業者が、強気な発言をした。

「当選者の中には、戦う気のない者もいるはずだ。彼らから装備を買い取り、あるいはレンタルし、それを我が社が契約したプロ格闘家やアスリートに使わせるのだ! 柔道の金メダリストにF級装備を持たせれば、素人の当選者など敵ではない!」


 企業の論理が動き出した。

 彼らは「Dリーグ」を、単なるスポーツイベントではなく、自社の力と技術、そして資金力を誇示する、新たな「代理戦争」の場と捉えたのだ。


 トヨタ、ソニー、ソフトバンク、楽天……。

 名だたる大企業が、次々と参入を表明した。

『トヨタ・ガーディアンズ-重装歩兵部隊-』

『ソニー・ヴァルキリーズ-魔法・遠距離特化チーム-』

『ソフトバンク・ナイト-高機動剣闘士団-』


 実在の企業名とファンタジー的なチーム名が融合した、奇妙で、しかし最高に興奮するラインナップが、次々と発表されていく。


 そして、その狂乱のスカウト合戦の矛先は、当然のように、あの一人の若者へと向けられた。

 動画で一躍有名になった「鉄板斬り」の大学生、ケンタである。


 都内某所、ケンタの安アパート。

 その狭い玄関前には、黒塗りのハイヤーが列をなし、スーツ姿の企業スカウトマンたちが、札束の入ったアタッシュケースを手に列を作っていた。


「ケンタ君! 我が社と契約を! 契約金は一億円、用意しました!」

「いや、うちは二億だ! 専属のシェフとトレーナーもつける!」

「君のその『片手剣』、我が社の技術で最高にチューンナップさせてくれ!」


 ケンタは、ドアの隙間からその光景を覗き見ながら、膝を震わせていた。

「……まじかよ。俺、ただの大学生だぞ……?」

 彼は自分の手に握られた、あのF級の片手剣を見つめた。

 ただの鉄の塊に見えるその剣が、今や彼の人生を、そして運命を、とんでもない方向へとねじ曲げようとしている。


「……やるしかないのか」

 彼は覚悟を決めたように、ドアノブに手をかけた。

 この狂った世界の新しいスターとして。

 あるいは、見世物小屋のピエロとして。

 彼は、その第一歩を踏み出そうとしていた。


 神の作った箱庭の中で。

 人間たちの欲望と資本の論理が、最高に悪趣味で、そして最高にエキサイティングな「ショー」を、始めようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
転売は禁止ではなかったのかな
外資が来るなGAFA辺りが、日本をテストケースにして巨大イベントに絶対するな、e-SPORTSなんざ目じゃない熱狂になって国内の不安を全部忘れさすほどのイベントに国民企業全てのアメリカを利益誘導して強…
>>トヨタ、ソニー、ソフトバンク、楽天……。  名だたる大企業が、次々と参入を表明した。 『トヨタ・ガーディアンズ(重装歩兵部隊)』 『ソニー・ヴァルキリーズ(魔法・遠距離特化チーム)』 『ソフトバン…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ