第104話
その日、世界の運命を握る四つの首都を結ぶ、最高機密のバーチャル会議室は、いつにも増して重苦しい、しかしどこか奇妙に弛緩した空気に包まれていた。
東京、ワシントン、北京、モスクワ。
それぞれの執務室からホログラムとなって円卓に集う四カ国の指導者たちは、もはや互いに敵意を向ける気力さえ失っているように見えた。彼らの顔に刻まれているのは、終わりのない激務による疲労と、そして「神」という絶対的な上司に振り回される中間管理職特有の、あの諦観に似た連帯感だった。
そして、その円卓の上座とも言うべき位置には、当然のように彼女がいた。
ゴシック・ロリータのドレスに身を包んだKAMI。
今日の彼女は、会議の内容などどこ吹く風といった様子で、手元に浮かべたホログラム・ウィンドウの中で展開される日本の最新RPGに没頭していた。ピコピコという電子音が、重厚な会議室に不釣り合いなBGMとして小さく響いている。時折「あーそこ! 違うでしょ!」とか「ドロップ渋すぎ……」といった独り言が漏れ聞こえてくる。
神はゲームをしていた。
そして人間たちは、その神の機嫌を損ねないように、世界の命運をかけた会議を始めようとしていた。
「――では、定刻となりましたので、四カ国定例首脳会議を始めます」
議長役である日本の九条官房長官が、氷点下の湖面のように静まり返った声で、開会を宣言した。彼の四つの身体(本体と分身)は、今日も完璧な分業体制で稼働している。議事進行、記録、各国の表情分析、そして万が一KAMIが癇癪を起こした際の、緊急対応シミュレーション。
その隣で、沢村総理が重い口を開いた。
「本日の議題は、来たるべき『ダンジョン・エイジ』に向けた各国の進捗確認、及び先行調査によって判明した新事実への対応についてです。……皆様、まずはご苦労さまです」
沢村の労いの言葉に、トンプソン、王、ヴォルコフの三人が、無言で、しかし深く頷いた。言葉はいらない。彼らは皆、それぞれの国で似たような地獄――国民の熱狂、議会の紛糾、利益団体の突き上げ――を味わっているのだから。
「では、まず喫緊の課題である『初期装備の供給』について、我が国の進捗を報告いたします」
九条が手元の端末を操作し、円卓の中央にデータを表示させた。
そこには、自衛隊が渋谷ダンジョンで昼夜を問わず「収穫」し続けている武器や防具の在庫リストが並んでいた。
「我が国では、一ヶ月後に予定されている『第一回・公式ドロップ品オークション』において、一般市民向けに約1万人分の初期装備セット(F級武器・防具一式)を販売する予定です。これは当初の計画通りの数字です」
1万人分。一億二千万の人口に対しては、あまりにも少ない。だが、今の生産能力(ドロップ率)を考えれば、これが限界だった。
「そして、その販売価格についてですが」
九条の声が、少しだけ低くなった。
「我が国は、このオークションにおける落札価格に『上限』を設けることを決定いたしました。具体的には日本円で『10万円』。これを上限とし、希望者多数の場合は抽選とする方式を採用します」
10万円。
その数字に、モニターの向こうの指導者たちが一瞬だけ眉を動かした。市場原理に任せれば数百万、いや数千万の値がつくかもしれない「未来へのチケット」を、あえて安価に固定する。それは暴動を防ぎ、機会の平等を演出するための、高度な政治的判断だった。
「……なるほど」
最初に反応したのは、アメリカのトンプソン大統領だった。彼は腕を組み、感心したように頷いた。
「あー、アメリカも同じくオークションでの解決を予定している。価格についても日本側に合わせる予定だ。1000ドル(約15万円)前後でのキャップ(上限)設定を検討している」
自由経済の総本山であるアメリカが、価格統制に同意した。それは彼らもまた、国内の格差拡大と、それに伴う社会不安を何よりも恐れていることの証左だった。
「金持ちだけが強くなる世界は、アメリカン・ドリームの否定になりかねんからな。……それに初期投資が高すぎると、命知らずの貧困層がバット片手に突撃するのを止められなくなる」
「中国も同様です」
王将軍が淡々と言った。
「我が国では、党が厳格に管理するプラットフォームを通じて配給……いや、販売を行う。価格は人民元で設定するが、実質的な価値は日米と同等になるよう調整しよう。混乱は望ましくない」
「ロシアも同じだ」
ヴォルコフ将軍も続いた。「オリガルヒ共に買い占めさせるわけにはいかんのでな。国家主導で公平に分配する。……表向きはな」
四カ国の足並みは揃った。
少なくともスタートラインにおける「装備の供給」という点においては、世界は一つの秩序を保つことができそうだった。沢村は胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます。では、次の議題に――」
「――あっ、そうだ」
九条が進行しようとしたその時、トンプソンが思い出したように手を挙げた。彼の表情には、いつもの自信に満ちた政治家の顔ではなく、どこか困惑したような、理解不能なものに直面した老人の色が浮かんでいた。
「日本政府に確認したいことがある。……実は我が軍の、ネバダのダンジョン調査隊から奇妙な報告が上がってきているのだ」
「奇妙な報告ですか?」
「ああ。通常のドロップ品――量産型の剣や鎧とは明らかに異なる、特殊な性能を持ったアイテムが、極稀にドロップしているというのだ」
トンプソンは手元の資料を読み上げようとして、眼鏡の位置を直した。
「えー、報告書によれば……『疾風の指輪』? とかいう名前らしい。装備すると移動速度が15%上昇し、風属性の耐性がつくとか……。
悪いが私はサブカルチャーに疎いから、その性能を見ても凄いのかどうかさっぱり分からんのだが、現場の若い兵士や部下たちが『これはユニークだ!』『レアドロだ!』と大騒ぎしていてな……」
ユニークアイテム。
その単語が出た瞬間、沢村の隣にいた九条の目が、わずかに光った。
「……ああ、やはりそちらでも出ましたか。日本でもドロップしております」
九条は即座に、日本のデータを共有した。
「渋谷ダンジョンにおいても先日、『守護者のペンダント』なる装飾品が確認されました。効果は『微弱な物理ダメージの軽減』と『HP自然回復量の微増』。通常品にはない特殊効果が付与された、希少な一点物です」
「中国でも出ています」
王将軍が、少しだけ自慢げに口を挟んだ。
「我が軍が回収したのは『猛火の篭手』。打撃攻撃に火炎ダメージを追加する。……実戦での威力検証も済ませたが、これ一つで兵士の火力が数倍に跳ね上がる、恐るべき代物です」
「ロシアでもだ」
ヴォルコフも頷く。「『氷狼の毛皮』。耐寒性能が異常に高い。シベリアでの活動にはうってつけだ」
四カ国の報告が出揃った。
どうやらF級ダンジョンといえども、単なる量産品だけでなく、低確率でこのような「当たり」が存在するらしい。
「仕様は全員同じようですね」
沢村がまとめた。「国や地域によってドロップの傾向に多少の差異はあるかもしれませんが、基本的には『稀に特殊な効果を持つアイテムが出る』というシステムは共通していると見て良さそうです」
その時。
それまでゲーム画面に没頭していたはずのKAMIが、コントローラーを操作する手を止めずに、独り言のように口を挟んだ。
「ええ、そうね。ドロップテーブルは今のところ全員同じよ」
神の解説が入った。四人の視線が一斉に彼女に注がれる。
「今のバージョンだと、F級ダンジョンのレアドロップ率は0.05%に設定してあるわ。世界共通設定ね」
彼女は画面の中のボスキャラに必殺技を叩き込みながら、世界の理を語った。
「何回かアプデして、ダンジョンごとに、あるいは地域ごとにドロップ品の特色を変える予定だけど、今はまだオープンベータみたいなものだから。全員同じ仕様にしてあるわ。バグが出たら面倒だし」
オープンベータ。アプデ。
世界の法則を語るにはあまりにも軽薄な、しかし彼女にとっては真実そのものである単語の数々。
「なるほど、なるほど……」
沢村は必死にその言葉をメモ(もちろん分身が)した。
「つまり現段階では地域差はなく、純粋に『数』をこなせば、それだけ強力なアイテムを入手できる可能性が高まるということですな」
「そういうこと」
KAMIは頷いた。「だから頑張って周回しなさい。ユニークアイテムは、その後の攻略をかなり楽にしてくれるから」
「ありがとうございます。では、引き続きドロップさせるために、周回作業を継続させますね」
沢村は深々と頭を下げた。
それは自衛隊員たちへの「終わりのない残業」の宣告でもあったが、国家の利益のためには致し方ないことだった。
「さて、次の議題です」
九条が進行を戻す。
「探索者の『レベル』について。皆様の部隊は、現在どれくらいまで到達されましたかな?」
この問いかけには、互いの戦力を探り合うような、ピリピリとした緊張感が伴っていた。レベル。それはこの新しい世界における、最も純粋な「国力」の指標となりつつあったからだ。
「……日本はトップ層でレベル5ですが」
沢村が正直に、しかし少し残念そうに切り出した。
「どうもここ数日、経験値の入りが悪くなっているようでして。今の渋谷ダンジョンだと、これ以上レベルを上げるのは指数関数的に難しくなってきているようです」
「アメリカもだ」
トンプソンが同意した。「我が国の『アークエンジェル』部隊も、全員がレベル5で足踏みしている。ゴブリンを何百体倒しても、ゲージがミリ単位でしか動かんと、現場からは悲鳴が上がっているよ」
「中国も同じですな」
「ロシアもだ。レベル5が、F級ダンジョンの成長限界点のようだ」
四カ国が同じ壁にぶつかっていた。
レベル5。常人の数倍の身体能力を持ち、簡単な魔法なら扱えるようになる超人の入り口。だが、そこから先へ進む道が見えない。
その閉塞感を打ち破るように、再び神の声が降ってきた。
「そうね。今のダンジョンじゃ、それが限界よ」
KAMIはゲームを一時停止し、くるりと椅子を回転させて彼らの方を向いた。
「RPGの常識でしょ? 最初の村の周りのスライムをいくら倒しても、魔王を倒せるレベルにはなれないのよ。
モンスターを倒した時に得られる経験値にはレベル差補正がかかるの。あなたたちが強くなりすぎると、弱い敵からは経験値が得られなくなる。仕様よ、仕様」
「……やはりそうですか」
九条が頷く。「となると、レベルを上げるには……」
「次のE級ダンジョンが必要ね」
KAMIはあっさりと言った。「もっと強い敵、もっと複雑な迷宮。そこに行かないと、レベル6への扉は開かないわ」
E級ダンジョン。
その言葉に、各国の指導者たちの目の色が変わった。
より強い敵。それは脅威だが、同時により大きなリターン――より強力なドロップ品、より多くの魔石、そして「レベルアップ」を意味する。
「KAMI様!」
王将軍が身を乗り出した。「では直ちにE級ダンジョンの開放を! 我々は準備ができております!」
「うーん……」
だがKAMIの反応は鈍かった。彼女は指先で頬杖をつき、少し困ったような顔をした。
「出してもいいけど……。でも今出しちゃうと、ドロップ品の装備上限が上がっちゃうのよね」
「装備上限ですか?」
「ええ。E級ダンジョンで落ちる装備はF級より強いわ。でもその分、装備するために必要なステータス要求値も高くなる。
つまり、レベル1の初心者がいきなりE級の剣を拾っても、重すぎて振れないとか、魔力が足りなくて発動しないとか、そういうことが起きるのよ」
彼女は半年後の未来――民間解禁の日を指して言った。
「あなたたち軍人はいいわよ? もうレベル5だし。でも半年後に初めてダンジョンに潜る一般市民はどうなるの?
市場に彼らが装備できない『高級品』ばかりが溢れて、肝心の『初心者用装備』が不足する事態になったら……。
初心者が装備なしでダンジョンに挑んで死ぬ。あるいは装備が高騰して誰も買えない。そういう『クソゲー』なバランスになっちゃうわよ?」
その指摘に、沢村とトンプソンはハッとした。
彼らは軍事的な優位性ばかりに目を奪われ、半年後の「国民」のことを忘れかけていた。
もしオークションに並ぶのが「レベル5以上専用」の装備ばかりだったら。
希望に燃える若者たちは、スタートラインに立つことさえできずに絶望するだろう。
「……確かに」
沢村が呻いた。「それは考えものですな……」
「だから」
とKAMIは結論づけた。「とりあえずはE級はまだ早いんじゃない?
あなたたちには、もう少しF級で我慢してもらって、初心者用の装備を山のように在庫してもらう。
それが世界全体で見たら、一番安定すると思うわよ?」
神の采配。それはゲームバランスを調整する運営の視点そのものだった。
「……うむ」
トンプソンが渋々といった体で頷いた。「確かに、民間解禁時の混乱を避けるためには、それが賢明か」
「1ヶ月のアドバンテージがあるので、しばらくはドロップ品回収に専念しましょう」
沢村が会議の方向性を決定づけた。
「レベル上げは一旦お預けですが、その分、我々は万全の体制で国民を迎える準備ができる。そう考えましょう」
「そうね」
KAMIも同意した。「それにレベルアップしなくても、スキルの熟練度は上がるし、連携の練習もできるわ。
それでもレベルはゆっくり上がるだろうし、あなたたちのアドバンテージが崩れることはないわよ。
焦らない、焦らない」
神の言葉に四カ国は「停滞」ではなく「蓄積」を選択した。
それは来るべきダンジョン・エイジを、カオスではなく、管理された秩序あるものにするための、賢明な、そして退屈な選択だった。
「――では、最後の議題に移ります」
九条が空気を変えるように言った。
ここからが、本日の、いや人類の歴史にとって最も重要で、そして最も危険な議題だった。
「『魔石』の応用技術開発について。
特に先日KAMI様より提供された並行世界のデータを基に、我が国で試作開発中の『魔石エネルギー変換技術』について、中間報告をさせていただきます」
九条がモニターに映し出したのは、何の変哲もない薄いカードのような形状をした「シール」の設計図だった。
だが、そこに記されたスペック表を見た瞬間、石油大国であるロシアのヴォルコフ将軍の顔色が、青を通り越して土気色になった。
「魔石は、とりあえず並行世界を参考に、常にバッテリーをフル充電にするシールを開発中です。
まだ試作段階の物で実験中ですが……正直申し上げて凄いです」
九条の声が、わずかに震えていた。それは恐怖か、興奮か。
「並行世界の資料の通りだと……このシール一枚、製造コストはおよそ3万円程度。
これを電気自動車(EV)のバッテリーに貼り付けるだけで……。
『――総走行距離:200,000km』
『――総消費電力:30,000kWh』
これだけのエネルギーを、追加充電なしで供給し続けることが可能になります」
静寂。
絶対的な静寂。
「……20万キロだと?」
トンプソンが、信じられないという顔で呟いた。「地球を5周できるじゃないか。たった3万円で?」
「はい。事実上の無限エネルギー機関です」
九条は淡々と告げた。「魔石が電力へと変換し続ける。その効率は、現代の科学では説明不能なレベルです。
もしこれが実用化され、市場に出回れば……」
「……石油業界が死にますな」
沢村が重い口調で、その結論を口にした。
「死ぬどころではない!」
ヴォルコフ将軍が、悲鳴に近い声を上げた。「我が国の経済が! 国家そのものが崩壊する!
石油とガスが売れなくなればロシアは終わりだ!
こんなもの、世に出してはならん! 絶対にだ!」
「アメリカの石油メジャーも黙っていないだろうな……」
トンプソンも頭を抱えた。「テキサスが反乱を起こすぞ。経済パニックどころの話じゃない。世界大恐慌だ」
「しかし」
中国の王将軍が、冷徹な目で指摘した。「禁止するわけにも行かないでしょう。
魔石の恩恵が凄まじいからなぁ……。もし我々が禁止しても、他の国が開発すれば、我々は競争力を失う。
パンドラの箱は、もう開いてしまったのです」
ジレンマ。
夢の技術が、既存の秩序をあまりにも破壊的に書き換えてしまうという恐怖。
「……個人的には」
沢村が、日本という資源を持たない国のトップとしての本音を漏らした。
「石油業界が死ぬのは……まあ、我が国としてはエネルギー安全保障の観点からは良いんですが……いや、世界経済的には良くないですが……」
彼は言葉を濁した。日本にとって、エネルギーの完全自給は百年の悲願だ。だが、そのために世界経済が崩壊しては元も子もない。
「まあ置いておいて。その分EV車が盛り上がるでしょうな。
幸い世界的に元々EV車に切り替わり中ですし、石油業界がダメージ受けるだけですし……」
「『だけ』で済む話ではない!」
ヴォルコフが机を叩いた。「数百万人の失業者と国家破綻だぞ!」
会議室は重苦しい空気に包まれた。
技術の進歩を止めることはできない。だが、その速度が速すぎれば、社会はショック死してしまう。
どうすればいい。どうやってこの「劇薬」を薄めればいいのか。
その時。
KAMIがポテトチップスの袋を置き、ゆっくりと口を開いた。
「うーん……」
彼女は人間たちの苦悩を、どこか遠い世界の出来事のように眺めながら言った。
「個人的に、石油業界がダメージ受けるのは、既存世界ぶっ壊すから、止めておいた方が良くない?」
神の慈悲。
あるいは、ゲームバランスを維持しようとする運営者の調整。
「えっ?」
ヴォルコフが、救いを見るような目でKAMIを見つめた。
「だって、いきなり全部ひっくり返したら、あなたたちの社会、回らなくなるでしょ?
物流も止まって戦争になって、せっかくのダンジョン攻略どころじゃなくなるじゃない。それは私としても面白くないわ」
彼女は指先で、シールの設計図を空中に浮かべ、そこに含まれる複雑な魔法陣(回路)の一部を書き換える仕草をした。
「だから、ナーフ(弱体化)しましょ」
「ナーフ……?」
「そう。バッテリーフル充電シールに『EV車は無効』って念じれば、多分EV車にだけは効果なくなるし。
それでいくほうが良いわ」
その、あまりにも強引で、そして物理法則を無視した解決策。
「念じれば無効になる」。科学ではありえない理屈だが、魔法(因果律改変)ならばそれは可能なのだ。
「……EV車には使えないようにする、ですか」
九条がその意味を反芻した。「つまり、スマホや家電製品には使えるが、自動車のような大出力・大容量の用途には制限をかけると」
「まあ、無理とは言わせないけど」
KAMIは肩をすくめた。「あなたたちがどうしても石油業界を潰したいなら止めないわよ?
でも、ソフトランディングさせたいなら、最初は制限をかけるのが賢いやり方じゃない?」
その提案にヴォルコフは、涙を流さんばかりに頷いた。
「賛成だ! KAMI様、賢明なご判断です! EVへの使用は断固として禁止すべきだ!」
「しかしKAMI様」
沢村が恐る恐る口を挟んだ。「完全に無効にしてしまうと、今度はEV推進派や環境団体からの反発が……。
せっかくの夢の技術を、なぜ使わないのかと」
「うーん、それもそうね」
KAMIは少し考え込んだ。
「じゃあ、EV車専用は高値で採算を高くするのはどうでしょうか?」
彼女は新しいビジネスモデルを提案した。
「一般家電用は安くばら撒く。でもEV用は『高出力対応型』として、めちゃくちゃ高い値段設定にするの。
一枚100万円とか500万円とか。
そうすれば富裕層しか買えないから、急激な普及は防げるでしょ?」
「価格での調整ですか……」
トンプソンが唸った。「だが、それでもコストメリットがあれば普及してしまうぞ」
「じゃあ」
KAMIはさらなる弱体化案を出した。
「電力消費半減ぐらいまで性能落として、多少便利、程度まで劣化させては?」
「……半減ですか」
九条が計算を始めた。「航続距離が倍になる。あるいは充電頻度が半分になる。
……それなら、ガソリン車に対する圧倒的な優位性まではいかない。
『ハイブリッド車より少し燃費が良い』くらいの立ち位置に収まるか……?」
「そうね。それでも良いかもね」
KAMIは頷いた。「それくらいなら石油業界もすぐには死なないし、EVメーカーも『技術革新』として売り出せる。
ともかく、石油業界が死ぬのは、経済オンチの素人の私でもまずいと思うわ」
その言葉に、四カ国の指導者たちは心の底から安堵した。
神は気まぐれだが、決して無分別な破壊者ではない。
彼女は、この世界というゲームが「詰む」ことを望んではいないのだ。
「KAMI様の理解があって嬉しいです」
沢村が深々と頭を下げた。「では、そういうことで。
魔石技術の民生利用は、段階的に、そして産業界への衝撃を緩和する形で進めるという方針で、各国の合意といたします」
「うむ。それで良い」
ヴォルコフが、安堵で崩れ落ちそうになる体を支えながら言った。
「ロシアは救われた……」
こうして、世界経済を崩壊させかねなかった「魔石エネルギー革命」は、神と人間たちの談合によって骨抜きにされ、そして安全な形へと整形された。
それは、技術の進歩をあえて遅らせるという、ある種の背信行為かもしれない。
だが今の世界に必要なのは、劇的な革命ではなく、制御可能な変化だった。
「……さて」
KAMIはゲームのコントローラーを置いた。
「大体話はまとまったかしら?」
「はい。おかげさまで」
九条が答えた。
「じゃ、私はそろそろ落ちるわ。レベル上げの続きがあるし」
彼女は画面の中の勇者を操作し始めた。
「あなたたちも、まあ頑張って。半年後の解禁に向けて在庫作り、サボらないでよね」
「承知いたしました」
通信が切れた。
KAMIの姿が消え、会議室には再び、四人の疲れ果てた、しかしどこか晴れやかな顔をした男たちだけが残された。
「……ふぅ」
沢村が湯呑みの茶をすすった。「なんとか乗り切ったな」
「ええ」
トンプソンもバーボンを一口煽った。「石油業界も、これでしばらくは延命できる。……だがいつかは変わるぞ。魔石の時代は必ず来る」
「その時までに、我々は準備を整えるのです」
王将軍が静かに言った。「新しい時代に、ソフトランディングするための準備を」
彼らは知っていた。
自分たちが今行ったのは、単なる時間稼ぎに過ぎないことを。
だが政治とは、未来への時間稼ぎのことなのかもしれない。
彼らの眠らない夜は続く。
だが、その夜の先には、微かだが確かな夜明けの光が見え始めていた。
ダンジョン解禁まで、あと半年。
世界は、ゆっくりと、しかし着実に、その姿を変えようとしていた。




