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賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


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第101話

 その日、日本中が、そして世界中が固唾を飲んで一つの画面を見つめていた。


 午後二時、定刻。首相官邸の記者会見場。

 無数のフラッシュが、まるで雷光のように絶え間なく焚かれる中、その男はゆっくりと、そして重々しく演台の前に立った。


 内閣府特命担当大臣(ダンジョン経済及び安全保障特命室担当)兼財務大臣――麻生太郎。


 数日前、沢村総理からの悪魔的な「嫌がらせ」人事によって、この国の、いやこの世界の、全ての矛盾と混沌をその一身に背負うことになった、神のスキルを持たない、ただ一人の生身の人間。


 その顔には、睡眠不足による深い隈と、無限の調整業務がもたらした疲労の色が、色濃く刻まれている。

 だが、その老獪な政治家の瞳の奥には、自らがこれから投下する「爆弾」の重みをすべて理解した上で、なお、この狂乱のゲームを支配してやろうという、不屈の闘志が宿っていた。


 彼はマイクの前に立つと、まず、その場にいる全てのジャーナリストと、カメラの向こうの全世界を、睥睨するように見渡した。


「――これより、政府が新設した『ダンジョン経済及び安全保障特命室』、通称『ダンジョン庁』の、最初の公式会見を始める」


 その低く、しかし有無を言わせぬ声が、水を打ったように静まり返った会場に響き渡った。


「本日、皆様にお集まりいただいたのはただ一つ。来たるべき『ダンジョン・エイジ』の、その詳細な『仕様』を、国民の皆様に余すところなく公開するためだ。一年後、我々の日常は永遠に変わる。その新しい世界を、我々がどう生きるべきか。その『ルールブック』の第一版を、今から発表する」


 麻生は手元の端末を操作した。

 彼と、そしてこの会見を同時中継する全世界のテレビ画面に、膨大な情報が一斉に映し出された。


「まず、ダンジョン探索を志す全ての国民が知るべき、最も根源的なルールから説明する。それは『強さ』の定義だ」


 モニターに、『探索者の成長システム』と題された複雑な図解が表示される。


「第一に、レベル。

 諸君らが『モンスター』と呼称する、ダンジョン内の異常存在を討伐することで、探索者は『経験値』を獲得し、そのレベルを上昇させることができる。レベルアップは、諸君らの基礎的な身体能力――すなわちHP(生命力)や筋力、敏捷性――を、現在の人間が持つ限界を遥かに超えた領域へと引き上げる。


 先行調査の事例によれば、『レベル20の探索者が、時速60キロのトラックと正面衝突しても、HPが半分削れただけで、骨折一つ負わなかった』という報告が、並行世界のデータとして確認されている」


 会場がどよめいた。

 超人問題。その恐るべき現実が、初めて政府の公式見解として肯定された瞬間だった。


 だが、麻生はその動揺を、手のひらを軽く上げる仕草で静かに制した。


「第二に、パッシブスキル・ツリー。

 諸君らがレベルアップするごとに、諸君らの魂には『パッシブスキルポイント』が原則として1つ付与される。諸君らは、そのポイントを自らの内面世界に存在する広大な『パッシブ・スキル・ツリー』に振り分けることで、自らの能力を、自由に、そして専門的に強化していくことができる。


 剣による攻撃を極める道、魔法の威力を高める道、あるいは鉄壁の防御力を追求する道。その選択は、諸君ら自身の自由だ」


 そして彼は、この世界のあり方を決定づける、最も重要なシステムについて語り始めた。


「第三に、スキルジェムと魂のソケット。

 ダンジョン内で発見される、色とりどりの『スキルジェム』。これこそが、諸君らが『魔法』と呼ぶ超常的な能力の源泉だ。


 しかし、このジェムはただ持っているだけでは、何の意味もなさない。


 諸君らは、自らの『魂』に『ソケット』と呼ばれる穴を開けなければならない。その魂のソケットにスキルジェムを装着した時、初めて諸君らは『ファイアボール』を放ち、『ゾンビ』を召喚する力を手に入れる」


 さらに彼は、決定的な制約を付け加えた。


「そして多くのスキルジェムは、特定の『武器』を装備していなければ発動しない。例えば『重撃』のスキルジェムは、メイスやセプターを装備している時に。そして『乱射』のスキルジェムは、弓を装備している時にのみ、その真価を発揮する。


 レベルと魂、そして装備。その三つが完璧に組み合わさった時、諸君らは初めて『超人』への第一歩を踏み出すのだ」


 会場は、もはや「熱狂」ではなかった。

 その、あまりにも深く、そしてあまりにもゲーム的な世界の新しいことわりの開示に、ただ呆然と、その言葉を聞き入っていた。


 麻生は、淡々とその仕様書の続きを読み上げる。


「次に、諸君らがその身に纏うもの――『装備』についてだ」


 モニターに、膨大な種類の武器と防具のリストが、AR映像として映し出される。


「ドロップ品の種別は、こうだ。


 武器は、片手剣、両手剣、片手斧、両手斧、片手メイス、両手メイス、弓、爪、ダガー、ワンド、そしてセプター。

 防具は、兜、鎧、手、足、ベルト。

 装飾品として、指輪を二つ、首輪を一つ。


 片手武器を装備した場合のみ、もう片方の手に盾を一つ持つことが許される。


 これら全ての部位に、諸君らは装備をすることができる」


 そして彼は、あの地獄の省庁間調整会議の結論を、そのまま全世界に向けて叩きつけた。


「第一の、そして最も重要な原則を発表する」


 彼の声が、一段低くなった。


「ダンジョン内部においては、諸君らが今現在手にしている、この世界のいかなる兵器――銃器、爆発物も、その効力を著しく減衰させられる。


 自衛隊の最新鋭のアサルトライフルでさえ、ゴブリンの皮膚にかすり傷一つ負わせることはできなかった。


 ダンジョン内で諸君らの命を守り、そして敵を打ち倒す唯一の手段は、ダンジョンがその内部でのみドロップする、これらの『装備品』だけである」


 その絶対的なルールの宣言。


 それは、この国の――いや世界の――全ての防衛産業への死の宣告であると同時に、全ての人間が同じスタートラインに立たなければならないという、残酷なまでの「平等」の宣言でもあった。


「では、どうやってその最初の武器を手に入れるのか。諸君らはそう思うだろう」


 麻生はここで初めて、その老獪な政治家の顔に、かすかな笑みを浮かべた。


「その答えも、政府が用意した。


 我が国の自衛隊による命がけの先行調査によって、我々は既に膨大な数の初期装備品を確保・備蓄することに成功している。


 政府は、これらの貴重なドロップ品を独占するつもりはない。


 来るべき民間解禁の一ヶ月前。

 これらの装備品の全てを、『第一回・公式ドロップ品オークション』にて、国民の皆様に公平に販売する!」


 ――オークション。


 その言葉に、会場がざわめいた。

 誰もが数週間前、あの中東の石油王が若さを競り落とした、あの狂乱の宴を思い出した。


(また、金持ちだけのゲームなのか)


 絶望の空気が広がりかけた、その時。

 麻生は、その空気を一刀両断にする、次なる一手(爆弾)を投下した。


「諸君、案ずることはない。


 幸いなことに、自衛隊の諸君があまりにも優秀であったため、確保したドロップ品の数は、我々の想定を遥かに上回っている。


 よって、このオークションは、富豪たちによるマネーゲームにはならない。


 政府による厳格な価格管理の下、最初の出品価格は、一品ひとしな十万円前後を想定している」


 十万円。


 その、あまりにも現実的で、そして誰もが少し無理をすれば――あるいは借金をすれば――手が届いてしまう、生々しい「希望」の金額。


 会場は今度こそ爆発した。


「じゅ、十万だと!?」「本気か!?」「やった! 俺でも買えるぞ!」


 熱狂が、再び日本を、世界を覆い尽くした。


「静粛に!」


 麻生の怒声に近い声が、その熱狂を叩き伏せた。


「諸君、勘違いするな。


 これはバーゲンセールではない。


 我々は、このオークションで得られた全ての収益を、諸君ら探索者の安全を守るためのギルドの設立費用及び、超人警察の創設費用に充当する。


 諸君らが支払う金は、巡り巡って、諸君ら自身の未来への投資となるのだ」


(……そして、あの三兆円の返済の第一歩にな……)


 麻生は、その財務大臣としての本音を、心の奥底で飲み込んだ。


 そして彼は、この日の最後の、そして最も重要な「免責事項」を告げた。

 それは、この国の新しい「自己責任」の形だった。


「政府として我々は、この初期装備オークションに参加し、兜、鎧、手足、ベルト、そして武器――その全部位を装備した上でダンジョンに挑むことを、公式に、そして強く推奨する」


 そこで一度、言葉を切る。

 その目が、氷のように冷たくなった。


「――だが。


 我々は、諸君らのゲートへの立ち入りをチェックするつもりはない。


 たとえ諸君らが丸腰であろうと、竹槍一本であろうと、我々はその挑戦を止めはしない。


 それが、諸君らの選んだ『自由』であるならば」


 彼は、カメラの向こうの、熱狂する国民一人一人に、その重い言葉を突き刺した。


「ただし、その結果起きる全ての責任は、諸君ら自身が負うことになる。


 甘えるな。


 これはゲームではない。


 あくまで自己責任で挑むことを、推奨する」


 その、あまりにも冷たく、そしてあまりにも厳しい現実の通告。


 会見は終わった。


 麻生は、嵐のような質疑応答を、すべて「調整中である」の一言で完璧に捌き切ると、無数のフラッシュの中を堂々と退出していった。


 彼の背中に、日本中の、いや世界中の熱狂と期待と、そして新たな欲望が突き刺さる。


 彼は確かに、地獄の真っ只中にいた。


 だが、その地獄の、その混沌のど真ん中で、彼は確かにこのゲームの「ルール」を自らの手で作り上げ、そして支配していた。


 神のスキルを持たない、ただの生身の人間が。

 その老獪な「政治」という名の人間力だけを武器にして。


 彼の眠らない、そして孤独な戦いは、今まさに、その真の幕を開けたのだった。.

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― 新着の感想 ―
いつまで1年後って言ってるの
総理や幹事長は架空の登場人物なのに麻生さんは実名なんですか?
生産職は無いんですかね、せっかく人類血みどろの武器の歴史が勿体ないので、
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