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恐怖の地底に放棄された男爵令嬢ですが、冷徹辺境伯様に実力を認められ専属錬金術師として保護されました  作者: 青空あかな


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第12話:アース様からの頼み

『じゃあ、ちょっくら採掘に行ってくらぁ! 昼飯にはまた戻ってくるからな!』

「いってらっしゃいませ、ワーキン様」

「お気をつけてー。私も後でピッケルの様子を窺いにいきますねー」


 《再生ピッケル》を担ぎ、上機嫌で地底に向かうワーキンさんを地底屋敷から見送る。

 毎日一緒に過ごす人が増えて、お屋敷はさらに賑やかになった。

 私が作った魔道具たちも壊れることなく作動中だ。

 たくさん作ったから日々のメンテナンスは大変だけど、みんなのためを思えば辛くもなんともなかった。

 アース様が地底屋敷から外に出てきたところで、私も仕事の時間が始まる。


「では、私も魔道具を見てきます。《照らしライト》たちの様子も確認したいですし」

「ちょっと待ってくれ、フルオラ。君に頼みたいことがある」

「はい、何でもお申し付けください」


 歩き出そうとしたらアース様に呼び止められた。

 また新しい魔道具の製作かな。

 ここには色んな素材があるから、どんな魔道具でも作れそうだった。

 今度はどんなお願いだろう……と少し緊張しながら待つけど、アース様は真剣な顔で何かを考え込む。

 会ったばかりのときは、きっと怖いとか厳しそうなだな、とか感じていただろう。

 でも、今はそんな感情は伝わらない。


 ――まるで……大切な誰かを憂いでいるような雰囲気だ。


 アース様は感情があまりわからない方だけど、一緒に地底で過ごしているうちに小さな機敏の変化にも少しずつ気づけるようになっていた。

 しばし考え込むと、アース様は気持ちを吐露するように静かに告げた。


「私の大事な友人を……助けてほしい」


 それは今までにない頼みで、さらにアース様の真剣な表情も相まって、私は自然と気が引き締まる。


「……詳しくお話しいただけませんか? アース様の大事なご友人は、私の大切な人でもあります」


 真摯な想いを込めて伝えると、アース様の表情が少し和らいだ。


「ありがとう、フルオラ。彼は地底に住んでいるのだが、少し離れた場所にいるんだ。まずは私についてきてくれ。クリステンも一緒に頼む」

「わかりました」


 アース様、クリステンさんと一緒に素材保管庫へ向かう。

 例の小部屋に入ると一番奥まで案内された。

 今まで暗くて気づかなかったけど、よく見たら扉がある。

 カチャリと開かれると、下に通じる道があった。


「フルオラ、私の大事な友人はこの地下に住んでいるんだ。暗いから気をつけてくれ」

「は、はい。地底屋敷に来てから初めて進む道ですね。なんだか緊張します」


 この先には何があるのだろうと、ドキドキしながら階段を下りる。

 数分も下りると、保管庫よりやや狭い空間に出た。

 地底の岩盤を削り出したのか、壁や床、天井は岩が剥き出しだ。

 全体的に青っぽく光っているので、特別な松明でも灯されているのかな? と思ったけど違った。

 どうやら、洞窟全体が薄っすらと輝いているようだ。

 疑問が口をついて出る。


「ここの岩石は青く光る性質があるんですか?」

「ああ、そうだ。よく気づいたな。暗黒地底の中でも特殊な鉱石らしい」

「なるほど、もしよかったら後で調べさせてください。もしかしたら、新しい魔道具の製作に使えそうで……あっ、地下水が溜まっているんですね。きれい……」

「見た目より水深は深いから注意するんだぞ」


 奥の窪みには池があった。

 おそらく地下水が溜まってできたのだろう。

 不思議なことに、底から溢れ出すように青い光が放たれていた。

 好奇心を煽られ、縁から覗き込んでみる。

 水そのものがキラキラと光る様子が確認できた。

 光る水は初めて見たので私は興味津々だ。


「へぇ~、鉱石だけじゃなくて水も特別な性質を持ってたんですね。どうりでこんなに明るいわけですか」

「フルオラ、少し池から離れなさい。そろそろ出てくる頃だ」

「え? 出てくるって何がです……って、うひぃっ!?」


 水がボコボコしたかと思ったら、突然ざばぁっと何かが現れた。

 大慌てでアース様の後ろに隠れる。


「そんなに驚かなくても大丈夫だ。彼は<アクアドラゴン>のルーブという。昔、旅をしているときに出会った大事な仲間で、君に会わせたかった大事な友人だ」

「ア、<アクアドラゴン>?」


 力の限り閉じていた目を少しずつ開けていくと、青くて長い生き物が見えた。

 紺碧の鱗に身を包んだドラゴンだ。

 エメラルドの瞳は穏やかに私たちを眺め、その体は全身が静かに青く光っていた。

 背中には竜には必ずあるといっても過言ではない、大きな翼が見える。

 水が光っているように見えたのは、<アクアドラゴン>が放つ光だったのか。

 息を呑むような美しさとは、まさしくこのことだろう。

 しばらく呼吸をするのも忘れ、その美麗な存在に目を奪われてしまった。


『こんにちは、お嬢さん。私はルーブという名前です。アースには魔物の群れに襲われているところを助けてもらって以来、ずっと一緒にいます』

「しゃ、喋ったぁ!?」

「彼ら<アクアドラゴン>は知性がとても高い。人語を扱うこともお手の物だ」

『アースは簡単そうに言っていますが、実際は結構難しいのですよ』

「そ、そうなんですかぁ」


 <アクアドラゴン>……というか、ドラゴン自体に初めて出会った。

 滅多に人前に出てこない種族だ。

 いつか会いたいとはぼんやり思っていたけど、まさかこんな地底で会えるとは……。


「君も知っての通り、ドラゴンはなかなか遭遇しない珍しい存在だ。研究対象として色々と調べたがる人間は多い。だから、外の世界にいるよりは地底の方が安心できるだろうと思い、暗黒地底に誘ったのだ」

『私たち<アクアドラゴン>は水からエネルギーを得るので、地底での生活は安心できます』


 彼らの口ぶりから、二人は長い付き合いなのだとわかる。

 仲が良さそうで羨ましい……って、私も自己紹介しなければ。


「申し遅れました。私はフルオラ・メルキュールと申します。アース様の専属錬金術師を務めております」

『あなたのことはすでにアースから聞いています。彼はフルオラさんを大変自慢に思っているようですよ。素晴らしい錬金術師が来てくれたと……』

「え? アース様が?」


 思わず振り返ると、勢いよく顔を逸らされた。


『フルオラさんのおかげで、地底での暮らしが考えられないほど良くなった……。もう彼女のいない生活は考えられない……。ここへ来るたび、嬉しそうに話しています』

「こ、こらっ! 余計なことを言わなくていいんだっ! たしかに、君がいないと困るが、それは暗黒地底の劣悪極まる環境が加速するという意味で……フルオラ、とりあえず今すぐ全て忘れなさいっ!」


 アース様は顔を赤らめながら慌てて否定する。

 私のことをそんな風に褒めてくれてたなんて……。

 嬉しくて胸がいっぱいになる。


『ぅっ……』

「ルーブさん、どうしたんですか!?」


 突然、ルーブさんがぐたりと倒れてしまった。

 力なく池の縁に横たわる。

 美しかった青い光も消え、鱗はみるみるうちにくすんでいった。

 すかさず、アース様はルーブさんの身体を確認する。

 見たこともない険しい顔つきに、私は緊張感で心臓が壊れそうになった。

 アース様は厳しい表情のまま呟くように言う。


「やはり、身体の具合はあまりよくないか……。苦労をかけてすまないな、ルーブ」

『いや、アースのせいではありません。どうか自分を責めないで』

「あ、あの……ルーブさんは病気なんですか?」


 心臓がひんやりする感覚を覚えながら尋ねた。


「いや……それがわからないのだ。口が堅い医術師や魔法使いを何人も呼んで見てもらったが、体調不良の原因は終ぞ判明しなかった」


 アース様の話を聞き、ルーブさんの辛そうな顔を見て、クリステンさんも悔しそうな表情で話す。


「私もドラゴンに関するあらゆる文献を調べてみましたが、ルーブ様のような症状は見つかりませんでした……」

『きっともう寿命なんでしょう……』


 ルーブさんは呼吸も荒いし、本当に辛そうだ。

 

 ――どうにかしてあげたい。


 私に何かできることはないだろうか。

 頭の中で懸命に思索を巡らす。

 でも、回復魔法や薬の調合なんてできないし……。

 私には錬金術しか……。

 こういうときこそ前世の経験を活かして……そう思ったとき、あることを閃いた。


「ちょっと失礼します」


 アース様たちの横を通り抜け、池の水を触る。

 思った通り、少しぬるぬるしていた。

 もしかして……。

 ぺろっと舐めてみる。

 やっぱり、普通の水よりちょっと苦い。

 水を触っては舐める私を見て、アース様は不思議そうな表情を浮かべる。


「どうした、フルオラ。池の水に何かあったのか?」

「まだ仮説ですが、ルーブさんの体調不良はこの水が原因かもしれません」

「『……水が?』」


 みんなは揃って疑問の声を出す。

 水に入ったままのルーブさんを見て、私はあることを考えていた。


「ルーブさん、苦しいところすみません。<アクアドラゴン>の“水からエネルギーを得る”とは、どういう仕組みですか?」

『ええ、周りの水を吸収するようなイメージです。水と一緒に自然界の魔力を取り込んでいます。基本的には水に触れている間ずっとですね』

「なるほど……」


 ルーブさんのお話を聞いて、私の仮説は確信が強くなった。


「フルオラ、何かわかったことがあったら教えてくれないか?」

「はい。おそらく、この池の水はアルカリ性に偏っていると思われます」

「アルカリ性……だと? なんだ、それは」

「私も初めて聞いた言葉でございます」


 アース様もクリステンさんも疑問そうな声を出す。

 やはり、この世界ではphの概念はないらしい。

 前世で行った実験の数々の中で、私は触ったりすればある程度水質の変化がわかるようになったのだ。


「鉱石の中には、水中に溶け出して水質を変える物があります。この空間の鉱石に、そういった性質の岩石が含まれているのかもしれません」

『そういえば……私の具合が悪くなったのはこの地底に来てからでした』


 私が話すと、ルーブさんが思い出したように言う。

 もしこの水が強いアルカリ性ならば、身体に悪い水を吸収してしまっているということだ。

 私はアース様に向き直りお願いする。


「ですので、アース様、ルーブさん。私にこの水を調べさせてもらえませんか?」


 水質を調べる魔道具なら私でも作れる。

 問題の鉱石を見つけ出すことだってできるかもしれない。

 アース様は私を見ると、力強く言ってくれた。


「頼む、フルオラ。君が最後の頼みだ。ルーブを……私の大事な友人を救ってくれ」


 アース様の言葉に続くように、クリステンさんもルーブさんも話す。


「私からもお願い申し上げます。どうかルーブ様のお命をお救いくださいませ」

『お願いします、フルオラさん。その素晴らしい力を貸してください』


 みんなの想いは私に力を与える。

 居ても立っても居られなくなるほど、私の全身にはやる気が満ち溢れた。


「はい……もちろんです! 全身全霊でルーブさんの体調不良の原因を突き止めてみせます!」


 今こそ、錬金術師として生きてきた力を発揮するときだ。

 私は気合を入れてお屋敷に戻る。

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