58話 怪盗魔王、大神官と対決する①
キースは北方のダンジョンで殺されたシスター・ウィジカの姿に【変装】し、コールデン共和国の聖都へともぐり込んだ。
あるときは棺を引きずり、あるときは銀色の馬を連れて。
そして怪盗魔王としての正体を現わしたキース――その周囲を今、聖騎士たちが取り囲んでいた。
聖騎士の金色のヨロイが陽光に輝く。
「やれ!!」
大神官が叫ぶと、聖魔術師の杖から光が迸った。
それと同時に、聖騎士たちの槍がキースを狙う。
――その瞬間、銀色の馬がぐにゃりとその形を変えた。
キースを囲む盾に変形し、聖騎士たちの攻撃をすべて受け止めた。
「ふむ、よく訓練されている……」
盾から声が響いた。
聖騎士たちは思わず後ずさる。
「………………!」
盾は再びメリメリと姿を変え、銀色の巨人となった。
聖騎士たちの間に、動揺が広がる。
「しかし……命令を受けて放たれただけの魂無き殺意……我には通じぬ!」
ギンロウの左腕から、鋭い刃が飛び出した。
「ましてや、かような意志で魔王様に“埃”をつけようなどとは無礼千万ッ!!」
「こ、攻撃を続けろッ!!」
聖騎士の杖から再び放たれた光を、ギンロウは手のひらで弾き、槍を左腕の刃で切り落とした。
跳ね飛ばされた穂先が石畳に突き刺さる。
「魔王様、“露払い”のご下命を賜りたく」
ギンロウは、背中合わせのキースに申し出た。
キースは影差す巨体に答える。
「いいだろう、遠慮無く暴れてやれ!」
「仰せのままに!」
ギンロウは巨大な足で石畳を踏み砕き、聖騎士たちに対峙した。
「我は魔王様麾下、四天王がひとり、剣士ギンロウ!!」
大神官の演説など比べものにならない大音声が、群衆たちの悲鳴を貫いて広場にこだました。
ズズズ――と右腕から、そして両足のかかとからも刃が現われる。
鍛えられた筋肉と、反り返る4本の鋭い刃。
戦うために生まれた銀色の肉体が、陽光にきらめいた。
「問おう! 貴様らは戦士か!? 犬か!?」
ギンロウの問いに聖騎士たちは戸惑ったが、やがてその中からひとりが進み出る。
先ほど槍を切り落とされた聖騎士だ。
仲間から新たに槍を受け取り、ギンロウに対峙した。
「我は神の戦士! 魔王の徒には一歩も引かん!!」
「よくぞ言った! 貴様とは戦士として刃を交えよう!!」
聖騎士は槍を構えた。
「キェェェェイアッ!!」
聖騎士の槍が、ギンロウの腕から生えた刃と交差する。
穂先をいなされた聖騎士は、即座に槍を返し、その柄でギンロウの頬を砕こうとした。
ガキィィィン!
手応えは、確かにあった。
しかしその槍の柄は――ギンロウの輝く歯によってかじり取られている。
「な…………!」
その槍の下から、天を裂くような右腕の一閃。
聖騎士の額は縦一文字に割られて、血しぶきを散らしながら、大理石を砕いて噴水に突っ込んだ。
ギンロウはかじり取った石突を吐き棄てた。
石畳にカランと小さな音が響く。
「良き戦士であった……」
「お……おおお……」
仲間の死を見たひとりの聖騎士は、両手を広げて言った。
「俺は……俺は犬だ……! だから……!」
「そうか」
ギンロウの刃の動きは、聖騎士の誰ひとりとして目で追うことはできなかった。
わかったのは結果だけだ。
ズルリ
自らを犬と言い放った聖騎士の首が、金色の兜ごとゴロリと石畳に転がった。
「魔王様に噛みつこうとした犬は、非礼の報いを受けるべし……」
戦士と犬――どちらを選ぼうと待っているのは死だ。
「…………うわあああああああ!!」
死に物狂いで放たれた聖魔法が、銀色の筋肉に火花を散らす。
腕の刃が杖を叩き斬り、かかとの刃がその首を刎ねた。
「ひ……ひるむなあぁッ!! 一斉に攻めろッ!!」
「うわあああああああああああああ!!!」
ギンロウと聖騎士との戦いは、乱戦の模様を見せ始めた。
その一方――大神官は平然として、キースと対峙していた。
「死ぬだけの覚悟があって、これだけのことをしたんだろうな?」
「すべては神の思し召しです」
キースがマントをひるがえし、片腕を広げると、空中に7本の巨大なつららが現われた。
フロストドラゴンから託されたスキル【凍える息】を応用した技だ。
「……じゃあこれも、思し召しってやつか!?」
すべてのつららが、まるで巨大な槍のように、大神官に突き刺さった。
人間が生きて受けられる攻撃ではない。
「………………」
キースがマリィの方へ走り寄ろうとしたそのとき――
「それは見解の相違ですな……」
突き刺さったつららの中心から声がした。
「この氷は、純粋な悪意です。神の教えとはほど遠い……」
つららが粉々に砕け散ると、その中心には無傷の神官が静かな笑みを浮かべていた。
「あなたの登場には少々驚かされましたが、教会の聖地で戦おうなどとは……少々うぬぼれが過ぎたようですな」
大神官は、すっとキースの顔に指を向けた。
「………………!!」
盗賊時代に鍛えた勘か――それとも生得的に備わった本能か。
キースはほとんど無意識に、大きく身体を仰け反らせた。
――その頬のギリギリを、鋭い光が突き抜ける。
キースは漆黒のマントをひるがえしながらバック転、再び石畳に足をつく。
光の貫いた先に、人々の悲鳴が聞こえた。
「ほう……これをかわしましたか」
キースは久々に“痛み”というものを頬に感じた。
肩にぽたりと何かが落ちる――触ってみると、キース自身の血だった。
「………………」
数多のステータスを盗み、鉄壁の防御を誇るキースでも、あの攻撃をまともに受ければただでは済まないらしい。
「コールデン共和国には強力な軍隊というものがありません……いえ、必要ないのですよ」
大神官は言った。
「ここの地下には、巨大な大霊脈が通っています。それが結界となって聖都を覆い……その中心にいる聖職者に強大な力をもたらすのです。この地にいる限り、私はけして負けることはない」
キースは【確信の片眼鏡】で、大神官の力の正体を探る。
「…………なるほど」
大神官のステータスが、ところどころ黄色い文字で表示されている。
おそらく大霊脈から強力なバフを受けて、変化しているのだろう。
強力な聖魔法がズラリと並んでいる。
それだけの力を振るうとなれば、当然のことながら膨大な魔力を消費するはずだ。
しかし大神官にその枯渇を恐れる様子はない。
ステータスを見る限り、大神官の魔力は普通の魔術師よりも少し上、というくらいだ。
先ほどのような魔法を何発も撃てるはずがなかった。
(なにかカラクリがあるな……)
キースは集中して、【確信の片眼鏡】の精度を上げる。
すると、大神官へと注ぎ込まれる膨大な魔力の流れが見えた。
その供給源は――。
「…………マリィ!!」
――【冷徹の冠】によって自我を失ったマリィだった。
マリィはただ黙したまま、キースの呼びかけに答えることもない。
しかし、そのおもてから微笑みは消えていた。





