57話 怪盗魔王、聖都に降り立つ
記念礼拝は初代勇者が選ばれた日に行なわれる式典だ。
その日に限って礼拝は、礼拝堂ではなく大聖堂前の広場で行なわれる。
街中どころか、街の外からも、記念礼拝に参加するために大勢が押しかけていた。
金色のヨロイを纏った聖騎士たちが、大きな輪を作って人々を押しとどめている。
その中心にいるのは、大神官と副官、そして――マリィだ。
マリィは豪華な意匠の凝らされた輿に乗せられて、微笑を浮かべている。
しかしその瞳に以前のような輝きはない。
――その頭には【冷徹の冠】が、陽の光を浴びて複雑に輝いていた。
大聖堂を背後にして、大神官は言った。
「皆さま、この良き日にお集まりいただき、ときを共にできることを心から神に感謝いたします」
聖歌隊による歌が響いた。
その波は人々の中を広がってゆく。
共に歌いながら、大神官は笑顔を浮かべた。
「今日は、神によって初めての勇者が選ばれた、その記念すべき日であります」
大神官の声は広場を囲むように建った塔に反響し、朗々と響き渡る。
広場の中央には噴水があったが、人々はその縁にまで押しかけていた。
「なぜ神は星の光をもって勇者を導いたのか。それは星の光がすべての者にとって平等に与えられるものだからです。勇者の見る光を、我々も目にすることができる。神の愛はこのように、平等に注がれるものです」
人々は、熱心に大神官の言葉に聞き入っている。
「しかし、その光から目を背ける者があります。闇に身を浸し、闇を深く見つめ過ぎたが故に、星の光すら厭わしく思う者です。我々は感謝しなくてはなりません。自分自身がその者でなかったことを。そして憂うべきです、そのような者がこの世にあることを」
大神官の声は、悲しげな調子を帯びる。
「何故神は魔王を生み出されたのでしょうか。神は魔王を顕現させ、そして勇者を使わされた。魔王を倒すために。そのことを私たちは深く考えなければなりません」
しばしの沈黙。
人々は、その沈黙にすら聞き入っている。
「魔王の存在は他人事でしょうか? この世のどこかに存在し、それをこの世のどこかにいる勇者が倒す。我々の生活は続く。そんな他人事なら、どうして神は我々の目に見えるかたちで……星の光というかたちで勇者を指し示し、聖別されたのでしょう。これを考えれば、ひとつの答えに辿り着きます。我々は勇者の側にいて、勇者と共にあるということです。勇者と共に、魔王と対峙するのは我々なのです」
「その通りです!」
群衆の中から女の声が上がる。
涙を流している者さえあった。
マリィは曖昧な微笑みを浮かべたまま、輿の上でじっと座っている。
大神官は続けた。
「我々人間すべてが、内なる勇者を胸に抱いていなければなりません。小さな灯のように。すべての人々が胸に勇者を抱けば、それは大きな光となって世界を包むでしょう。何故神が魔王をこの世に顕されたのかがわかってきましたね。それは……我々がひとつになるためです」
「神に栄光を!」
この言葉は、次々と人々の間に広がっていく。
「神に栄光を!」
大神官ざわめきが治まるのを、じっと待ち、ゆっくりと首を振った。
「しかし、そのような神の愛を、無碍にする者たちが現われ始めたのは、大いに胸の痛むことであります。トリストラム王国とアシュトラン共和国は、魔王そのものを懐に抱いてしまった。これは悲しい事件です……」
大神官は両手を広げた。
「しかしこの両国にも希望はあります。それは両国にも教会があり、その信徒たちが神を信じているということです! 彼らはけして魔王には従わない! 我々の祈りは、彼らの祈りであります! 我々の信仰は、彼らの信仰であります!」
両手を振り下ろして、大神官は叫ぶ。
わあっと群衆たちが歓喜の叫びを上げた。
それに負けない声で、大神官は続ける。
「我々はより強く! より深く! 神を信じなければなりません! 我々の信仰は大きなうねりとなって、やがては神の奇跡を目にすることになるでしょう! 奇跡によって魔王は必ず打ち果たされる! 何故なら……何故なら神が我々の心をそう創りたもうたからです!」
人々が大神官の説教に湧く中、銀色に輝く馬を連れたひとりの美女が広場に現われた。
――ウィジカだ。
ウィジカは馬を連れたまま人並みをかきわけ、最前列にまで辿りついた。
さらにその先に進もうとすると、聖騎士に阻まれた。
「そこで大人しく聞いていろ」
そのとき、副官がウィジカの姿を目にした。
「………………!!」
思わず副官は後ずさった。
この男は知っている――ウィジカが遠く北の地で倒れた、冒険者と同行した修道女のひとりであることを。
「…………ん?」
副官の様子を見て、大神官もウィジカの姿を認めた。
白いローブを着て、馬を連れた彼女の姿はひどく目立つ。
しがない修道女の顔をいちいち覚えているわけではない。
ただ、その白いローブには当然、見覚えがあった。
【冷徹の冠】を大聖堂にもたらした、冒険者の装備だ。
「彼女を通してあげなさい」
大神官は聖騎士に命じて、ウィジカを輪の中に入れさせた。
副官にちらりと目をやると、彼は震える声で答えた。
「彼女の葬儀は……先日済んでおります」
「……そういうこともあるでしょう」
微笑みを崩さずに、大神官はウィジカの緑色の瞳を見た。
ウィジカは、輿の上で笑みを浮かべているマリィをじっと見つめていた。
そして、その頭に輝く【冷徹の冠】を――。
「よく帰ってきましたね。大変な旅だったことでしょう」
「……それはもう、むごい旅でございました。多くの血が流れました」
大神官はそれを聞いて、眉根にわずかに皺を寄せる。
平時において勇気は讃えられねばならないが、現実的な痛みは慎重に伝えねばならない。
美しい犠牲が強調されるのは、葬儀のような特別な場でのみ許されることだ。
「………………」
大神官は、中指をそっとウィジカのひたいに当てた。
「無事聖都に辿りついたあなたは、神の愛を一身に感じたことでしょう。神の祝福をあなたに」
そう言って、大神官は目をつぶる。
ウィジカは美しい声で、こう答えた。
「神の祝福を俺に? そいつはちょいと、まずいんじゃないかな?」
頭を覆っていたフードが、はらりと落ちた。
――そこに頭にあったのは、2本の大きなツノ。
ただの人間には、決してあり得ないものだ。
群衆の中から、ひっと悲鳴が上がった。
「みんな思うぜ……」
汚れた白いローブは漆黒のマントに姿を変える。
背丈は伸び、輝くような美しいおもては、決意を宿した男の顔へと変わった。
【確信の片眼鏡】が輝く。
キースは言った。
「……“大神官様、そりゃさっきの話と違います”ってな」
怪盗魔王キースは、その敵地の最奥である聖都へと降り立った。
突如吹き渡る風に、漆黒のマントがひるがえる。
「そんな……馬鹿な……」
大神官が呟く。
静まり帰った中で、ひとりが叫んだ。
「ま、ま……魔王だああああっ!!」
群衆は大混乱に陥った。
押し合いへし合いしながら、四方八方に逃げ惑う中、聖騎士はキースを囲んで槍と杖を向ける。
「……あなたは何を目的にこの地へ?」
大神官が問う。
キースを中心に、黒い風が渦巻いた。
「奪われたものを……奪い返しにきた」
キースは静かに、しかしはっきりとそう答えた。
その声はきっと――マリィにも届いたはずだ。
ついにキース登場です!
「面白いぞ」
「続き読みたいぞ」
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