30話 ヴィクトル、再び帝国へ
魔王軍の中でも四天王は特別な存在だ。
それぞれ他の魔物や人類を圧倒する能力を備えている。
明晰な頭脳と召喚による人海戦術を得意とする召喚士ディアナ。
武勇と用兵においては並ぶ者のいない剣士ギンロウ。
多種多様な魔法を操り制圧能力に長けた黒魔導士アレイラクォリエータ。
そして漆黒の死神、銃士ヴィクトルがもっとも得意とすることの一つ。
――それは、隠密行動だ。
スキル【紛れ込み】は、【隠密】のように完全に気配を遮断することはできない。
しかし、どんなところにいても不思議に思われないし、またスキルを使っていることも見抜かれにくい。
かなり長く発動していられるのもその特徴だ。
ヴィクトルは【紛れ込み】を発動させて、アシュトラン帝国王都の門をするりと抜けた。
ボロボロの黒いコートに黒い帽子という出で立ちも、このスキルがあれば目を引かない。
アシュトラン帝国の王都は、トリストラム王国よりも整然としていた。
国の計画に基づいた都市開発によって、直線的な石造りの都となっている。
街角の所々に、紺色の制服を着た衛兵が立っていたりもする。
それでもその中には、やはり民草の雑然とした生活があった。
中年の女たちのおしゃべり。
急ぎ足の小間使いの少年。
ゆっくりと荷車を引く行商人――。
ヴィクトルはそれらを眺めつつ、適当にぶらぶらと歩いた。
そして宿屋を見つけると、そこに部屋を取った。
――【聴覚強化】。
スキルを発動させた途端、宿の中の話し声がいちどに耳に入ってくる。
「野菜が高騰してるのはかなわんよ……」
「俺のような旅人に言わせりゃ……」
「つまり大した女じゃなかったってことで……」
ひととおり宿屋中で交わされる話を聞くと、ヴィクトルは再び町に出た。
再び町をさまよい歩く。
そうして、ときどき宿屋や酒場の前で立ち止まっては【聴覚強化】を発動させた。
「大陸いち酒が美味くて、大陸いちメシがまずいのがアシュトランで……」
つまらないうわさ話や愚痴やらを、ヴィクトルは興味深く聞き取って、また次の場所に向かう。
そして1日が過ぎ、2日が過ぎ、3日が過ぎた――。
来る日も来る日も、ヴィクトルは宿屋と酒場をさまよい歩く。
「やっぱり離婚だってさ。だから私は最初から……」
「一杯水をくれよ、さっきから俺は……」
「だからいかに将軍をその気に……」
「!」
バンッ
ヴィクトルは酒場の扉を勢いよく開けて、中に入っていった。
「いらっしゃい」
水ひとつ頼まず、ずかずか奥に入っていっても誰も気にしない。
それが【紛れ込み】というスキルの力だ。
「………………」
酒場の2階は、個室になっていた。
酒と食事を楽しみながら男女がいちゃついたり、人に聞かれたくない話をするための部屋だ。
そのため壁は分厚く造られていて、声が漏れないようになっていた。
――【聴覚強化】。
「……俺たちだけでは限界がある。どうしたって将軍を巻き込まないわけにはいかない。軍に命令を下せる人間が必要だ」
「将軍は今回の2正面作戦には反対されている。その気にさせるだけの材料は揃ってるんじゃないのか?」
「しかしクーデター成功の見込みがなければ動いては下さらないだろう。何かのひと押しが……」
――【紛れ込み】、解除。
その瞬間、部屋の中の話し声が止んだ。
「………………」
寸暇の沈黙――そして。
バンッ
個室の扉が開くと、男が飛び出してきた。
男はヴィクトルの背後に回り込み、のど元に布を厚く巻いたナイフを突きつけた。
布に血を吸わせ、できるだけ床に血痕を残さないための処置だ。
「……どこまで聞いた!?」
あくまで声を殺して、男は言った。
「すべてだ……」
ヴィクトルは平然と答える。
「なら気の毒だが」
男はヴィクトルの首に手を回して、部屋の中に引きずり込んだ。
別の男によって素早く扉が閉められる。
部屋の中にはすでに毛布が敷いてあった。
これも殺しの痕を残さないためだろう。
男たちは11人。
彼らは寄ってたかって、ヴィクトルを毛布の上に押し倒した。
「悪いが正義のためだ……死んでもらう!」
ヴィクトルの喉に、容赦なくナイフが突き入れられる。
パキッ
「………………!?」
男は根元から折れたナイフを呆然と見つめる。
「何をしてるッ! 早くしろッ!」
男に次のナイフが手渡され、今度はヴィクトルののどをかき斬ろうとしたが、ナイフは白いのど元を滑るだけだった。
ヴィクトルは押さえつけられた腕を軽くひねって、ナイフを握った男の腕を握った。
「そう興奮するな……ナイフで俺は殺せない……」
「ぐううっ!!」
万力のような力で腕を掴まれた男は、思わず声を上げた。
「悪い、痛かったか……」
ヴィクトルは、全身を押さえつける男たちを軽々と押しのけると、立ち上がって帽子を拾った。
どよめく男たちをよそに、平然と帽子の埃を払う。
「………………」
男たちは、一歩下がってそれぞれ懐からナイフを取り出した。
「無駄なことはよせ……」
「何者だ貴様はッ!?」
「俺か……」
ヴィクトルは帽子を被りながら言った。
「俺は魔王様麾下、四天王がひとり……銃士ヴィクトル……」
「よ……世迷い言をッ!」
男のひとりがナイフで斬りかかる。
その刃を、ヴィクトルは素手で握りしめた。
「………………!?」
ヴィクトルの手の中で、ナイフは粉々になって床にこぼれ落ちた。
「こ、こいつ人間じゃねえッ!」
「先ほどそう言ったはずだ……」
ナイフを砕かれた男は、その場で尻餅をついた。
「俺たちの計画を知って、殺しに来たのか……」
「魔王様は貴様らのような人間がいることを知っておられる……」
ヴィクトルは、男に向けて手を差し伸べた。
男の顔に、黒い影がかかる。
ヴィクトルは、静かに言った。
「力が欲しいか……?」
男のこめかみに、冷や汗が流れる。
窓から差す光が、その光が11人の顔に作る陰影が、その場に流れた沈黙を奇妙に強調していた。
「………………」
男は、当然ヴィクトルの手は借りず、ひとりで立ち上がった。
「ナイフを収めろ……」
その男が言った。
彼がリーダーらしい。
「しかし……!」
「こいつは、やる気なら俺たち全員をひとりで殺せる男だ……!」
「………………」
男たちは、ナイフを懐にしまった。
「確かに我々は力を欲している。そのためなら……悪魔と手を組むことも厭わない!」
男は言い放った。
「力は欲しい、のどから手が出るほどな……しかし我が国のクーデターと魔王、いったいなんの関係がある?」
「魔王様の深いお考えは、俺の知るところではない……俺に下された命令は、貴様らの計画を成功させることだ……」
ヴィクトルは、キースから下された命令を脳裏に浮かべる。
『彼らを助け、守るんだ。クーデターに失敗すれば、その勢力はひとり残らず殺される』
その言葉に基づいて、ヴィクトルは言った。
「失敗すれば貴様らは全員死ぬことになる……」
一同は再び、しんと静まりかえった。
計画が失敗すれば、政府だけからではなく魔王からも命を狙われる。
そのようにしか聞こえない。
「もはや我々に逃げ場はないということか……」
男は歯噛みした。
もはやクーデター決行は国の平和だけでなく、自分や部下たちの命に直結するものへと変わったのだ。
「魔王は何を求めている……クーデターに協力する、その対価はなんだ?」
それを聞いて、ヴィクトルは考え込んだ。
(対価……クーデターを成功させる以外の、魔王様のご意向……)
ヴィクトルは、頭の中で過去のキースの言葉を辿った。
『相手を怒らせちゃだめなんだよ……』
『お前もギンロウとアレイラが箱に入れられて送られてきたら、腹が立つだろう?』
『生きてる奴も棺に入れちゃったの!?』
自分が犯した致命的な失敗――それを受けたときの、キースの言葉だった。
「………………」
(魔王様は生きている者をヒツギに入れたことを嘆いておられた……)
ヴィクトルは、水を求めて震えていた女に思いを馳せた。
「エラーダだ……」
ヴィクトルの言葉に、一同はざわめいた。
エラーダ・コレットの名は、軍に籍を置く身であれば、知らない者はない。
棺に閉じ込められ、餓死寸前の状態で皇帝に突き返された、第13軍団の兵士だ。
(エラーダ以外は名前がわからん。しかし今度こそ正しくトムラってやらねばなるまい……)
そう考えて、ヴィクトルは言った。
「エラーダの命を俺によこせ」
男たちは息を呑む。
噂によれば、エラーダは徐々に回復傾向にあるという。
正気を失ったアビゲイル・ターナーの世話をしているという話も聞こえた。
――しかしその束の間の平和は、魔王に摘み取られるためのものだったのだ。
「悪魔め……!」
男はヴィクトルを睨んで、吐き棄てるように言った。
しかし同時にその目は、見込みの薄い計画が大きく前進する予感に、ギラギラと輝いていた。
今度こそヴィクトルには頑張ってもらいたいところです。
「面白いぞ」
「続き読みたいぞ」
「さっさと更新しろ」
「早よ出さゃオッラーン!」
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