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裏切られた盗賊、怪盗魔王になって世界を掌握する  作者: マライヤ・ムー/今井三太郎
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15話 ギンロウ、奴隷商人軍団を粉砕する

 奴隷商人テーレムは、先の先まで考える男だ。

 エルフの奴隷リースシステムを発明したのもテーレムが最初だった。


 娼館のように客が足を運ぶのではなく、エルフを客のもとに向かわせる。

 この手法は一時的にではあれ、客の所有欲を大きく満たすことができた。

 当然必要な金額は跳ね上がるが、客はそれだけの価値をエルフに見出している。


 娼館を用意しなくても良いというおまけもついている。

 エルフには粗末な牢屋さえあれば良い。

 まことに、我ながら良い方法を考えたものだと思う。


 しかし問題は、商品であるエルフの確保だ。

 エルフの数は限られているし、オスとメスを捕まえて養殖するわけにもいかない。

 奴隷としての使用に耐えるまで成長するには、何十年も待たなければならないからだ。


 となれば、同業者と取り合いになるのは頂けない。

 エルフの集落からひとまとめにして、かっさらうのがいちばんだ。


 そういうわけで、今回の大規模な遠征を企てた。

 雇った傭兵は50人。

 そのすべてに、こちらで用意した大きな盾と槍を装備させてある。

 弓兵に対して投槍兵が有効なのは、上客である将校から聞き及んだところだ。


(必要な手段はすべて整えた。あとは事が済むのをゆったりと待つだけだ……)


 テーレムは馬車の中でのんびりと葉巻をくゆらせながら、今から捕らえるエルフがどれだけの金を生むかを計算していた。


「旦那、そろそろエルフの里に到着します。10人ほど護衛を残して、部隊を切り離しましょう。私も出ます」


 傭兵長が御者に声をかけようとすると、テーレムはそれを制した。


「良い良い、このまま私も行こうと思う。いちどエルフ狩りというものを見てみたい。新しい巣が見つからない限り、これが最後になるだろうからな」




 ――この判断が、テーレムの運命を決めた。




 荷馬車を切り離し、隊列は続く。


 テーレムの馬車の前列に30人、左右に10人ずつ。

 投槍兵は隊伍を組んで、森を進む。



 傭兵長のスキル――【気配察知】が、敵の存在を知らせた。



「止まれ! 戦闘用意!」


 荷馬車がぎしりと音を立てて止まる。

 その瞬間――森の上から矢の雨が降り注いだ。



 ヒュカカカカカカカカカッ!



 その殆どは、投槍兵の大きな盾に阻まれる。

 テーレムはその様子を馬車から眺めつつ、新しい葉巻に火を点けた。


 当然のことながら、そのうちに矢の斉射は止んだ。


 「よし! 進め!」


 傭兵長がそう言い放った瞬間――【気配察知】が、何か異常な存在の気配を伝えてきた。


「待て、止まれっ!」


 そこで響いた地響きは、隊列のものでも、たたらを踏んだ馬車のものでもない。



 ――森の奥から、見上げるような巨躯が姿を現わした。



 人間の形をしてはいる。

 厚い胸板、割れた腹筋、大きく膨れ上がった肩の筋肉。

 しかし、その全身は、磨き上げられた銀のように光を照り返していた。


「なんだこれは……」

「まさか魔物……」


 エルフの里近辺は、魔物が現われるような地域ではない。

 計算外の出来事だ。


「旦那、魔物が現われやした!」

「魔物? 珍しいな。まあ、50人もいればどうにかなるだろう」


 馬車の中から、傭兵長にひとことそう伝えた。

 テーレムの落ち着きは揺るがない。

 それくらいでびくびくしていては、奴隷商人は務まらないのだ。

 ――しかし。


「魔物とは心外だな……」


 銀色の巨躯は、人間の言葉を喋った。


「我は魔王様麾下、四天王がひとり、剣士(サーベルマン)ギンロウ……魔王様のご下命により、エルフの加勢に参じた次第だ」


 魔王と聞いて、テーレムは吹き出した。


「魔王!? 先日勇者によって倒されたという話ではないか!? その魔王のご下命とは……人の言葉がわかる上に、見た目は大したもんだが……少々頭のネジが緩んでいるらしい。どうせ見かけ倒しだ、適当にあしらってやれ」


 テーレムは笑ってそう言ったが、傭兵長は巨体から発せられる闘気を肌にビリビリと感じていた。

 数で圧倒してはいるが、油断は禁物。

 短時間で勝負をつけねば、下手をすると怪我人を出す可能性もある。


「構え!」


 傭兵長の声で、前列の投槍兵が得物を大きく引いた。


「放て!」


 矢とは比べものにならない重量を持った槍が、銀色の巨体へと降り注ぐ。



 ドドドドドドドドドドドスッ!



 槍は1本残らず、巨躯へと突き刺さった。

 しかし、ギンロウは身じろぎもしない。


「なっ……!」


 ギンロウは腹に刺さった槍を1本引き抜いて、軽く曲げた。


「ずいぶんヤワだが……しかしこれは殺す覚悟を持って投げられた槍だ」


 静かなその声は、しかし低く森に響き渡る。


「殺す権利は、殺される覚悟があるものだけに与えられる……」


 ギンロウは残りの槍を残らず引き抜いて、右手に束ねた。




「貴様らは権利を行使した……では次は覚悟を身に刻め」




 ――巨大な銀色の閃きを、目に捉えた者は誰もいなかった。



 ズドドドドドドドドドッ!



 まとめて投擲された30本の槍は、横3列に並んだ投槍兵の頭、胸、腹を貫通した。

 串刺しにされた投槍兵は、ガクガクと痙攣しながら、重なり合って倒れ伏す。

 様子を見ていたテーレムは、口から葉巻を落とした。


「なんだ……今のは……よ、傭兵長! 傭兵長!」


 テーレムは馬車の中から叫んだが、傭兵長はそれどころではない。


「退却ーッ!!」


 傭兵長はテーレムを捨てて、残った20人と共に逃げ出していた。


「あれが長か……長もまた覚悟ある者……」


 銀色の巨躯は小石を拾い上げて、無造作に放り投げた。

 次の瞬間、森を走る傭兵長の頭はパンッと破裂して、腐葉土にその中身を撒き散らした。

 その様子を見て、テーレムは震え上がった。


「出ろッ! アレストン! 出ろッ!」


 馬車の中で、じっと黙っていたひとりの男がいた。

 テーレム直属の用心棒――アレストン。

 冒険者の間では、第一級の実力者として知られている男だ。


 奴隷商人には、当然敵が多い。

 テーレムは、用心棒を雇うにあたって、金の出し惜しみは一切しなかった。

 だからアレストンのような実力者が手に入ったのだ。


 ――それがようやく役立つ時が来た。


「旦那、そう慌てなさんな。たいした怪物だが、斬れない生き物ってのは世の中にはいないんだ」


 アレストンはゆっくりと馬車から降り立った。


「いよう、怪物。いっちょ勝負と行こうじゃねえか……俺も給料分は働かないとな」


 そう言って、長剣を抜き払う。


「ギラギラ光って、堅そうな身体だな」

「試してみるといい……」


 まるで水銀を貫くように、銀色の手のひらからずるりと刃が飛び出した。

 アレストンの得物とまったく同じ長さのものだ。


「尋常に勝負ってわけかい。それなら……行くぜッ!!」


 アレストンは枯れ葉を蹴って、森を疾走した。

 狙うは脚――長身の相手には避けられない弱点だ。



 身を低くした状態から、放たれる一閃――その瞬間。



 パァンッ



 ギンロウが翻した刃の峰が、アレストンの肩に叩きつけられた。

 上腕骨と鎖骨が粉砕され、アレストンは回転しながら腐葉土の上を転がった。


「うえっ、う、腕が……俺の腕がぁあああああああ!!」

「安心しろ、峰打ちだ」


 ズシン、ズシン、と銀色の巨躯が近づいてくる。

 巨大な手のひらがアレストンの頭を掴み、持ち上げた。


「貴様、如何なる理由があって、奴隷商人などに仕えている? 大義あってのことか」


 肩の痛みは、まだやってこない。

 ただ伝わってくる強烈な熱さに、アレストンは怯えながら答えた。


「か、金払いが良かったんだ! それに、ときどきエルフを抱かせてくれるからっ!」

「この者、戦士にあらず……」


 ギンロウはアレストンの頭蓋骨をぐちゅりと握りつぶして捨てた。


「さて……」


 ズシン、ズシン、と近づいてくる足音を、テーレムは震えながら聞いていた。

 御者はとうに気絶している。

 銀色の巨躯は、馬車の天井をメリメリと引き剥がした。


「奴隷商人は貴様か」

「ひの、ひのちっ、ひのちだけはぁっ!」


 テーレムは失禁しながらギンロウに懇願する。

 足もとに落ちた葉巻が、小便に濡れてジュッと音を立てた。


「口を開けろ」

「へ、は、はいっ?」

「3度は言わぬ。口を開けろ」

「は、はいいぃっ!」


 テーレムはガクガクと震えながら口を開けた。

 そこに、銀色の液体が流し込まれる。


「うぇぷっ、うぇぽっ……!」

「我が肉体の一部を貴様に与えた。これは契約だ」


 ギンロウは言った。


「貴様が捕らえているエルフを、ひとり残らずこの里へ帰せ」

「はいっ! それはもちろんのことでございますぅっ!」

「必ずひとりで来ることだ。もし契約が履行されなければ……」


 巨大な手のひらが頭を掴んだ。


「わが肉体は貴様のハラワタを生きたまま切り刻み、腹を割く。わかったならはいと言え」

「は、はいっ! はいぃぃぃっ!!」


 そう返事をした瞬間、体内で注ぎ込まれた物体がズドンと動いた。

 テーレムは悲鳴と共に嘔吐した。


「今の痛み、ゆめゆめ忘れるな」


 ギンロウが頭から手を離すと、テーレムは吐瀉物の中に倒れ伏して、痙攣した。


「皆の衆、もう心配ない!」


 低い大声が、森中に響き渡った。


「囚われた仲間は、じきにこの男が連れて戻ってくる。我が保証しよう! ではさらばだ!」


 ギンロウが両手を広げると、肩から車輪が現われた。

 車輪は枯れ葉を蹴り上げて、魔王城の方へと駆け抜けていった。


 後に残されたのは、ほとんど意識のない奴隷商人と、気絶した御者。

 辺りにちらばったおびただしい数の死体と、そこからわき上がる血の臭いだ。


「………………」


 樹上のエルフたちは、おそるおそるといった様子で、地面に降り立った。


「これが……魔王の力……」

「これ……感謝……しなければいけないん……だよな……」


 凄惨な光景は、魔王の力をありありとエルフたちの目に刻み込んだ。



 ――それからひと月後。



 とうとう囚われていたエルフたちが里に戻ってくる日がやってきた。

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