自覚。または愚鈍 1
なんかおかしなのがいますが、幻ではありません(笑)
「お願いです! 彼を解放してあげてください!」
「……………………は?」
それは、二学期の始業式にやってきた。
「初めまして! あたし神楽坂好実です!」
なんとまぁ、元気なご挨拶だこと。思わず近所のおばちゃんよろしく微笑ましく眺めてしまう光景だけど、問題がひとつ。あ、ふたつ? いや、それじゃきかない数になりそうな? ……まぁ、いいか。
つぅか、ここあなたのクラスじゃないけど? 堂々と入ってきて開口一番自己紹介。両手振り回してやたらとデカイ音量で同じことを2度叫ぶ。バカなの? 空気読めない人なの? なにそのあたしかわいいでしょ頑張ってるでしょアピール。おバカアピールの間違いじゃね? てか、イケメンもしくはイケメンもどきにしか挨拶しないのはどうゆうことだ?
もちろん、しぃちゃんも挨拶された。華麗にスルーしてた。めげなかった。ブリザード吹き荒れる中氷点下の眼差しで見られた。めげなかった上に見つめられたと頬を染めた。どんたけポジティブ!?
この、超ポジティブ少女は2学期の始まりと共にやって来た転校生である。
そして、電波組夢子ちゃん2号である。言わずもなが1号は女王である。公然の事実で真実なのである。
隣のクラスに編入したにも関わらず、どのクラスにも出没する神出鬼没な彼女は、転校して数日で遠巻きに見物されることになった。はっきり言って自業自得だと思う。
搦め手ーー自分の手はけっして汚さず、私嫌われてるの? だから意地悪されるの? と潤んだ瞳での上目使い攻撃ーーな女王に対して、転校生は一直線ーー素直と言えば聞こえはいいかもだけど、あたし頑張ります! あたしみんなの役に立ちたいんです! あたしみんなに喜んでもらいたいんです! 握りこぶしでの雄叫びにしか聞こえないーーなそれは端から見れば空回り、もしくは押しつけがましいありがた迷惑でしかない。
実際それで役に立ってれば少しは違うのだろうけど、あいにく彼女にはどじっ子スキルが装備されてるらしい。
教材運びを手伝えばノートを廊下にばらまき、ケガ人に付き添えば自分が転び、買い物を引き受ければ全て銘柄違いーーなぜに紅茶を頼んでイチゴミルクになるのか。解せぬーーという、事実はマッハで知れ渡った。
「それで、やっちゃった☆てへっ! とか笑ってなにがしたいわけ? 自分どじっ子だけどそんなとこもかわいいでしょアピールか? どんだけ自分に自信あるのかなんてどうでもいいけど、周りの冷たい視線と空気にいい加減気づけっての」
けっ。と毒を吐くりっちゃんは、うんざりした顔で麦茶を一口。この学園の食堂は、某どこぞの会社食堂と同じ業者さんで和、洋、中、なんでもござれの美味な食事を割安で提供してくれる。優しいおばちゃんズは、日替わりメニューの世界各地の伝統料理もお手の物な学食の母達なのだ。
「りっちゃん落ち着いて」
「あたしは落ち着いてる。落ち着いてないのはそこの電波だけよ」
「あー、確かに?」
「でしょ? てか、いつまでいるのよ。お昼まずくなるんだけど」
「あー、否定できない」
しぃちゃーん! は先生に呼ばれて職員室だった。最近なにやら暗躍しまくっておられるみたいなんだけど、知らないふりした方がいはいのかな。でも間違いなく女王がらみだしね。いつまでもしぃちゃんにおんぶにだっこはまずかろうしイヤだし。私もちゃんとせねば、と思っていたんだけど。
なんかその前にやらなきゃならないことができちゃったね。
「お願いです! 彼を解放してあげてください!」
電波組夢子ちゃん2号……長いから夢子ちゃんでいいか。夢子ちゃんは祈るように両手を胸の前で組んで訴える。……誰に? てか、2回言うのはデフォなのか? それともそれしか言えないの?
私はりっちゃんとアイコンタクト。うん、触らぬ電波に祟りなし。
私の前にはお昼がのったプレート。食堂のおばちゃんは優しいので酢豚定食スープ付にデザートの手作りプリンをくれた。ありがたや。
「りっちゃん松川先輩と待ち合わせなんじゃないの?」
冷めたら、せっかくの美味しいごはんを作ってくれたおばちゃんズに申し訳ないので、りっちゃんに話題を変えてもらうべくふる。
「メールした。こっち来てくれるって。間中来ないし、あんた一人にできないし」
「ありがと。でもこれくらい大丈夫だよ?」
「どうせ、丸無視で読書でもする気でしょ? 解決にはならない」
「ご名答。名探偵だね? りっちゃん」
「こんなんで名探偵なら、誰でもなれるわね。探偵事務所でも開く?」
「ごめんなさい、私が悪うございました」
「よし」
松川先輩早く来て! これは私には解決できない!
「お願いです! 彼を解放し」
「「うるさい!!」」
私とりっちゃんの心からの叫びがハモった。何回同じこと言えば気が済むんだろ。てか、誰に言ってるわけ?
「あのさぁ、誰に言ってるわけ?」
「え?」
あ、りっちゃんがキレた。気持ちはわかるけど、りっちゃん怒らせたら松川先輩を敵にまわすことになるのだよ。だからりっちゃんは怒っちゃダメよ!
「え、と。お願いです! 彼をか」
「やかましい!! 何度言うわけ! それしか言えないわけ!?」
「え、でも、だって」
でもでもだってちゃんか!! めんどくさ!!
「お嬢さんや。あなたの言う彼って誰のこと?」
怒ったりっちゃんではまともな会話にならないので、変わりに問いかける。
「え、でも、あの……佐伯颯真君のこと、つきまとって迷惑かけてるって」
そっちかー。てか、誰それ? え、駄犬なの?
「あと、間中君を脅して恋人になってるって、だから」
女王以上の電波だったわ。
「あのさ、しぃちゃんは私に脅されるような人じゃないし、好きでもない人とつき合うようなバカじゃないよ? それから、佐伯って人につきまとってるのはあの人」
ちょうど食堂に入ってきた二人を示す。駄犬とそれを追いかける女王、って追いかける女王!? マジか!
「え? あ、颯真君!!」
きゃるんな声でーーどんな声だーー駄犬の方に駆けていく夢子ちゃんは、正面衝突した。女王の茶番劇場の開幕。終わりはあるの? てか知らん。
「いい加減ウザ!」
「転入して一月たってないのにすごいよね」
「なんであんなバカが転入してくるかな」
「神楽坂家当主の庶子らしいよ。母親は彼女を身籠ったまま当主の前から消えたらしくて、母親が亡くなって初めて存在が明らかになったそうだよ。正妻の手前本家に引き取るわけにはいかなくて、寮付のここに入れたみたい」
寄付金たんまり積み上げたんだろうねぇ。と言い方は穏やかに、しかし内容はなかなかな裏事情。どっから仕入れてくるんでしょう、松川先輩。
「松川先輩、それほんと?」
隣に座った松川先輩にりっちゃんがつめよる。松川先輩はにっこり笑うと、りっちゃんの頬を両手で挟んだ。
「名前で呼んでって言ったのにな」
「だって、ここ学校だし食堂だし」
「六花?」
「~~~~~~!? あ、後で! 後でちゃんと呼ぶから!」
「本当に?」
「本当に!」
「じゃ今呼んで?」
「っ!?」
いやー、すごいわー。松川先輩のりっちゃん攻め。おかげでりっちゃんの怒りが収まったよ。
食堂の奥では電波組の1号2号による駄犬の取り合い。当事者の駄犬は讃岐うどんを瞬殺すると忍びもびっくりな隠密スキルでもって消えていた。最近の奴はどこに向かっているのか、謎だ。
夢子ちゃんはもともと女王として考えてた子でした。彼女では話が進まなかったんです(涙)




