エピローグ
「そういえば、噂で聞いたんだけど二人って結婚するの?」
そのロマンの言葉に、レイラは思わず飲みかけていた水をふきだしそうになった。そのまま咳き込むと、隣にいたアルベールが「大丈夫?」と背中をさすってくれる。
ハーフタームも終わり、学校生活が再開した十一月の初旬。レイラとアルベール、それとロマンとダミアン、ミアとシモンの六人は食堂で昼食を共にしていた。というのも、本当はいつも通りにレイラとアルベールの二人だけで食事をするつもりだったのだが、ロマンが「今回のこと、僕の功績も大きかったと思うけど?」「もしよかったら、今日だけでいいから一緒に食事をしない?」と誘ってきたのだ。当然のごとく、アルベールは最初その申し出を断ったのだが、確かに彼を助けに行けたのはロマンの功績も大きかったし、なんだかんだ言ってロマンも悪い人間ではないということが分かっていたので、レイラが「今日だけは一緒でもいいんじゃない?」と三人で食堂に行くことになったのだ。 そこで、たまたまいたミアとシモンに見つかり、ロマンがたまたま一人で昼飯を食べようとしていたダミアンも誘い、六人という大所帯になってしまったのである。
「平気かよ?」
背中をさすることはしないまでも心配そうな顔でそういうのはダミアンだ。レイラは口元をハンカチで隠しながら、ははは、と乾いた笑いを洩らした。
「大丈夫。ちょっと変なとこに入っちゃっただけだから」
「えー! お姉様、アルベールさんと結婚するんですか! こんな変態との結婚、ミアは反対です!」
「……君に反対されるいわれはない」
「まぁまぁ、二人とも」
ミアとアルベールは相変わらず仲が悪い。ちょっと前までミアはアルベールを狙っていたはずなのに、たいした変わりようである。そんな二人のフォローに回るシモンもちょっと可哀想だ。
レイラは「あはは、ごめんごめん」と軽い調子で謝るロマンに唇を尖らせた。
「と言うか、なんで知ってるんですか? 私ダミアンにしか相談してないのに……」
「ん? なんかクラスメイトから聞いたんだよね。その子、アルのこと気になってたみたいで、アルに直接『レイラさんとはどういう関係なんですか?』って聞いたみたいなんだ。そしたらアルが『結婚相手?』って返したみたいで……」
「あぁ」
そう、どこか納得したような声を出したのはアルベールだ。どうやら先ほどのロマンの話で自分が言った言葉を思い出したらしい。
「アルのせいじゃない」
「何かダメだった?」
「ダメって言うか……」
恥ずかしいから隠しておきたいという感情は彼にはないのだろうか。それに、まだレイラは彼のプロポーズにYESとは返していない。だから結婚相手と紹介するのも、本来ならばおかしな話なのだ。
(だからといって恋人と紹介されるのも恥ずかしいけど……)
しかしながら、恥ずかしさで言うならそちらの方がまだだいぶマシである。
「でも、本当にふたりは結婚しちゃってもいいかもしれないね?」
「もー! ロマンさんまでなんでそんなことを言うんですか!」
ミアは怒りを表すように頬を膨らませる。
「いやだってほら、二人が結婚したら、ハロニアとセレラーナ、両国の橋渡しになるわけだし。それに、最強の矛と最強の盾が一緒になるんだから良いんじゃない?」
「最強の盾って……」
「でもほらみんな噂してるよ? レイラの能力、ある意味アルとかミアのより珍しいからね。特待生の地位も盤石になったし。卒業してすぐ結婚しても誰も文句言わないんじゃない?」
そう、レイラは ミアと同じ特別枠の特待生となっていた。それ自体は単純にとてもありがたかったのだが、そのせいで周りの見る目が『猛獣使い』から『猛獣』になっている気がするのだ。アルベールが隣に並ぶとそれはもう『猛獣夫婦』で、本当にもう誰も近寄って来やしない。
そんなこんなで六人の騒がしい昼食は終了した。アルベールと一緒なのが嫌だとグズグズ言っていたミアだが、食事会は案外楽しかったらしく、最後には「また一緒にご飯食べましょうね」とはしゃいだような声を出していた。 アルベールも嫌な顔をしながらも反対はしなかったので、彼もまた一緒にご飯ぐらいなら食べてもいいと思っているのかもしれない。
「そういえばさ、レイラってどこまで思い出したの?」
教室に帰る途中、そう切り出してきたのはアルベールだった。同じ教室に帰るはずのダミアンとミアはロマンから別に用事を頼まれており、レイラとアルベールは久しぶりに二人っきりだった。
何を聞かれたのかわからず、レイラは「え?」と首を捻る。
「レイラのあの力。過去の忘却薬の効果まで消したんでしょう? どこまで思い出したのかなって」
「それは……」
「君に迷惑をかけるだけかけていなくなったガキの話は思い出した?」
「川のほとりで見つけた優しいお兄ちゃんの話は思い出したわ」
レイラの言葉にアルベールは足を止めて「やっぱりレイラは優しいね」と微笑んだ。レイラもアルベールに合わせて足を止め、振り返る。視線の先の彼はどこか落ち込んでいるように見えた。
「嫌だな。隠しておきたかったのに」
「どうして?」
「幻滅するでしょ?」
「幻滅なんてしない」
「レイラは優しいね」
「優しいんじゃなくて、楽しかったから」
なんと言えば良いのかわからなかった。ただ、彼がこの事を隠しておきたかった理由も今ならなんとなくわかってしまって、励ますようなことを言ったとしても、それがたとえ本音だとしても、今の彼には届かない気がした。
だから、レイラは正直に自分の気持ちを伝えることにした。
「私は、思い出せて良かったって思ってる。あと、再会できて良かったとも思ってる」
「多分、それは僕の方が思ってる」
「そう?」
「うん。この学校で君を見つけてから、ずっと感動してる。こんなことってあるんだって。こんな奇跡起こるんだって」
「……全部忘れててごめんね?」
「忘れさせたのは僕だよ」
「アルじゃないでしょ」
「んー。でもそれは、やっぱり僕のせいだよ」
いつになくしんみりとした空気が二人の間に流れている。いつもだったらもっと明るい雰囲気なのに、今日はもうダメみたいだった。でも、その雰囲気でもなんとなく心地良いと思ってしまうのだから仕方がない。
「そういえばさ、お互いのことがよくわかったら、結婚してくれるって話だったよね?」
「結婚してあげるって言うか。あれはアルが勝手に――」
「レイラ」
「ん?」
「僕と結婚しよう」
出会ったときとまったく同じ台詞を、まったく違う雰囲気で彼は唇から落とした。
その言葉にレイラが驚いて黙っていると、アルは少し困ったような顔で「こう、じゃないか……」と頭を掻く。そして、レイラの手を掬うようにして握った。
「レイラ、僕と結婚してくれる?」
「……考えとく」
「………………え?」
「なんでアルが驚くのよ!」
本当に思いも寄らなかったというような顔をして固まるアルベールに、レイラは唇を尖らせた。お互いの頬はいつもより少しだけ赤くなっている。
アルベールは、繋いでいない方の手で口元を覆う。すると更に彼の頬は赤く染まった。
「やばいな。閉じ込めておきたくなった」
「言っておくけど、私は閉じ込められたくないんだからね?」
「知ってる。知ってるけど、僕は閉じ込めておきたい」
「なんでそこだけ頑ななのよ」
繋いでいた手の指が絡んで、お互いに絡まり合う。
「昔はそうじゃなかったでしょ?」
「でもあのときに後悔したんだ。大切なものはちゃんと隠しておかなきゃって。強制的に引き離されちゃう前に、自分のものにしておかなきゃいけないんだって」
「もしかして、あの出来事が原点なの?」
「そうだよ? 僕に人と違うところがあるとしたら、レイラのせいだからね?」
「えぇえぇぇ……」
「責任、取ってくれるんでしょ?」
「考えとくって言いました」
「それでも十分。これからの僕の頑張りに期待だね」
「お手柔らかにお願いします」
二人は手を繋いだまま、どちらともなく歩き出す。
アルベールは楽しそうに肩を揺らした。
「こんなに幸せで良いのかな。もうこれ以上の幸せってない気がする」
「そんなことないでしょ?」
「どうなんだろうね。少なくともいまは想像できないかも」
レイラはアルベールの肩に手をかける。そしていつぞやと同じようにかかとを上げた。
頬にレイラの唇が当たった瞬間、アルベールの目が開かれた。
「……」
「想像できた?」
「想像できた」
やられっぱなしは性に合わないと思っていたのだ。なんだか変な達成感でレイラの胸は満たされる。再び歩き出そうとすると、今度はアルベールがレイラの手を引いた。
「レイラ、ずっと大好きだよ」
そして腰にアルベールの腕が回った。
何事かとレイラがアルベールの方を見上げると、また一緒に遊ぼうと約束を交わした夜空が落ちてくる。
「あ」
「……」
気がついたら二人の唇は重なっていた。レイラは真っ赤になり、思わずアルベールの胸板を押す。しかし、それで彼の身体は離れずに、だけど唇だけはレイラから離して、彼はしてやったりというような笑みを浮かべた。
「そ、そこまでしていいって、誰も言ってないでしょう!」
「あはは」
まるで怒られるのが嬉しいというようにアルベールは笑う。そんな嬉しそうな彼にレイラも最後まで怒る気になれず「もう!」と怒ったような声を上げた後、最後は笑みを浮かべた。
今度こそ二人は並んで歩き出す。
二人の手は未だに繋がれたままだった。
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