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34.「こんなもので、僕が殺されるとも?」


「どういうことだ! お前は――っ、ぐ!」


 ニコラは胸を押さえて片膝をついた。先ほどした契約が発動しかけているのだ。アルベールが薬を飲んで、もうじき十分である。心臓が苦しいのだろう、荒い呼吸を繰り返すニコラの前に、一人の男が現われた。


「愛の力ですよ。兄上」

「ロマン……」


 突然登場した弟に、ニコラは脂汗を浮かべながら奥歯を噛みしめた。しかし、心臓が限界を迎えているのだろう、彼は生意気な弟を無視して、レイラに右手を差し出した。


「意味がわからないことを言うな! おい、女! これを受け取れ!」


 ニコラが手を広げる。その手の中にはアルベールが飲んだのと同じような青い薬があった。


「お前はこの薬を飲まないと死ぬんだ! 僕がお前に打ち込んだのは――」

「いりません! そんな薬、私には必要ないの!」

「レイラ?」


 驚くような声を出したのはレイラの背後にいるアルベールだ。彼もニコラほどではないが苦しいのだろう、額に脂汗は浮かんでいるし、呼吸も荒い。レイラはアルベールを振り返り、彼の肩を掴んだ。


「アル。なんかね、私、魔法が効かなくなちゃったみたい」

「は?」

「前に、シモンが暴走したときにアルが魔力をくれたでしょう? あれが身体になじんじゃったみたいで。なんか仕組みはよくわからないんだけど、私を攻撃するような魔法は自動で防がれるんだって!」

「え? だから、さっき――」

「あとはね……」


 レイラはアルベールの首から胸元にある刻印に手を這わせた。


「どんな魔法でも、キャンセル出来るようになったみたい」


 刻印が消える。それと同時に脂汗も引いて、青白かったアルベールの顔に色が戻ってくる。あまりの身体の変化に耐えきれなかったのか、彼は胸を押さえてくの字に身体を折り曲げた。


「アル、大丈夫? まだ辛い?」

「ははは……」

「アル?」

「レイラ。君ってばやっぱり、最高だね」


 アルベールが身体を起こし、手を広げる。すると、そこに見たことがない真っ黒い炎が生まれた。彼はまるで確かめるようにそれを消したりつけたりする。そして、ニコラの前に立ち、先ほどのニコラに負けないぐらいの愉悦を含んだ声を出した。


「これで、形勢逆転だ」


 その宣言にニコラは狂ったように「あああぁぁぁあぁ!」と苛立ちを含んだ叫びを上げる。そして、拳を地面に叩きつけた。心臓が止まる恐怖よりも、アルベールたちに対する怒りの方が勝っているのだろう。彼は服の上から心臓を掴みながらも、先ほどより威勢良立ち振る舞う。


「何が形勢逆転だ! そんなことあるわけがないだろう! こんなこともあろうかと、僕はこれも用意しておいたんだ!」


 ニコラが片手を上げる。すると、側にいた兵士の三人が短剣を取り出し、何のためらいもなく自身の胸を突き刺した。その機械的な動きにロマンが「兵士を傀儡化してるなんて……」と剣呑な声を出す。心臓を貫いた兵士はそのまま地面に倒れ込むと、そのまま灰のようにバラバラになり散ってしまった。


「僕が必要なのは噂だからな! お前が暴走した事実よりも、お前が暴走したという噂が欲しいだけなんだ。だから民を殺すのは何もお前自身じゃなくていい!」


 その声に応えるように地面から黒い蛸のような足が生えてきた。それは一本だけではなく、全部で八本。その他にも地面からは黒い瘴気のようなものが溢れてきている。そのあまりの禍々しさに、レイラは「ひっ」と後ずさった。


「コイツを召喚するのに二百人の命を消費した。移動させるのにも三人のコストがかかる。……だが、お前っぽいだろう? アルベールが死んで、『あれはアルベールの仕業だったんだ』と僕が言えば、全ての責任はお前に行く。僕は晴れて、戦争を起こす大義名分を得るというわけだ!」

「そうか」


 アルベールはそれだけ言うと、その蛸の足に手のひらをむけた。


「それなら、こいつがいなくなれば問題はないな」


 瞬間、その蛸を黒い球体が包む。アルベールがぎゅっと手のひらを握ると、その球体も小さくなり、同時に蛸の足もどこかへ消えてしまった。地面がクレーターのように抉られており、その抉られた部分からは、わずかに黒い電気のようなものが立ち上っている。きっと、魔法を使ったことの余韻だろう。

 あっという間に消えてしまった隠し球に、さすがのニコラも頬を引きつらせた。


「な、な、な……」

「こんなもので、僕が殺されるとも?」


 それはまさしく格の違いだというやつだった。

 ニコラは暫く呆けたようにしていたが、やがて心臓を押さえ、その場に蹲ってしまう。もう限界がやってきたのだ。彼の心臓はもう一分と持たずに止まってしまうだろう。

 レイラはニコラの側に駆け寄ると、膝をついた。


「いまなら私の力で、契約も破棄することが出来ると思います」

「……なにを、すればいい?」


 その質問に答えたのは、ロマンだった。


「兄上には、暫く牢屋に入ってもらいます。あとは、自らで王位継承権を放棄して頂きたい」


 その言葉にニコラはがっと目を見開く。そして、真っ赤になった顔で血を吐く一歩手前の声を出した。


「ロマン! アルベール! レイラ! 憶えてろよ!」



面白かった時のみで構いませんので、評価やブクマ等していただけると、

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どうぞよろしくお願いします!

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