29.「だーまされた」
それから昼食を食べてそのあともいろいろな催し物を見て回った。収穫祭だからか、市場はどこの場所よりも盛り上がっていたし、食べ物屋も多い。世界で一番魔法が飛び交っている街とも言われている場所だからか、舞台では魔法での催し物も多かった。魔法が使える人間からすればたいしたことないものでも、魔法が使えない人間から見れば手品のように見えるらしく、舞台は常に大盛況だった。
そんなこんなで、気がついたら夕方になっていた。
レイラはベンチに座り、足を前に投げ出す。歩きすぎてちょっと足が痛いぐらいだ。
「あー、楽しかったー!」
「楽しかったようで何より。僕はちょっと飲み物買ってくるね。レイラも歩き回って喉が渇いたでしょう?」
「うん。ありがとう」
「どういたしまして」
アルベールは背を向けて歩き出す。レイラはその背を見ながら、アルベールのバッドエンドのことを思い出していた。
(もしかして杞憂だったのかな……)
今日一日一緒にいて、それっぽいことはなにもなかった。ただ本当に二人でお祭りを楽しんだというだけだ。
(と言うか、そもそもアルにどうやって薬を飲ませるんだって話よね)
レイラにはおっとりと対応する彼だが、警戒心は人一倍ある。そんな彼に薬を飲ませるだなんて、レイラが考えるに不可能に近いことだろう。
祭りの本番は夜だが、念のために早めに帰ることだけ提案しとけば、おそらく今日は何も起こらないだろう、レイラがそんな風に考えていたときだった。
「う、うぅぅ」
小さな子供泣き声が聞こえてきた。声のした方を見れば五歳ぐらいの男の子が蹲っていた。どうやら泣いているらしく、彼の肩は小さく震えてしまっている。放っておくことが出来ず、レイラは声を掛けた。
「どうしたの?」
「ふぇ?」
目を真っ赤にした少年が顔を上げる。そしてレイラを見てますます泣きそうになった。レイラはそんな少年を宥めながら「えっと、何か困りごと? お姉ちゃんに言ってみて!」と慌てて声を掛ける。すると少年は、ぐちゃぐちゃになった顔を手のひらで拭いながらこう口にした。
「風船が、ひっかかちゃって……」
「風船が?」
「妹に渡そうと思って、買ったやつだったんだ……」
なけなしのお小遣いを妹のために使おうとしたが、風船が飛んでいってしまい、木かなにかに引っかかってしまったと言うことだろうか。それは確かに泣いてしまうかもしれない。
レイラは少年の目の前にしゃがみ込むと「どの辺に引っかかったの? この近く?」と首を捻った。すると少年は「うん。すぐそこ」と道の先を指した。そして、縋るような目を向けてくる。
「おねぇちゃん、取ってくれる?」
「うん。いいわよ」
少年が差し出してきた手をレイラは取った。
「あぁ、でも待って。アルに話しておかないと!」
「アル?」
「一緒にお祭りに来た人。いきなりいなくなったら心配を掛けちゃうでしょう?」
そう言って、レイラはアルベールを探そうと少年から視線を外し、辺りを見回した。そこで異変に気がつく。
「あれ?」
いつの間にか周りに人がいなくなっていた。祭りの会場はそのまま、座っていたベンチもそのまま、屋台も、花屋も、舞台もそのまま。なのに会場から人が忽然と消え失せていたのだ。まるでこの世からレイラと少年以外の人間が忽然と消えたかのように見える。あれだけしていた音もいつの間にかなくなっていた。
あまりの出来事に、レイラは少年の手を握ったまま蹈鞴を踏んだ。
(どうしよう、これってもしかして――)
誰かの魔法によるものだろうか。そう思ったとき、少年がレイラの手を強く引いてきた。
「オネエチャン、イコウ」
「きゃあぁぁ!」
叫んでしまったのは少年の目が抜け落ちたように真っ黒になっていたからだ。少年の手は力強く、人間ではあり得ないぐらいの力でレイラを引っ張っていこうとする。というか、きっと彼は人間ではない。誰かが召喚した悪魔や魔物の類いだろう。
(このままじゃどこかに連れて行かれるかも――)
そう思い、全力で掴まれている方の腕を引いたが、人と人ならざるものの力の差は歴然で、レイラはその場から一歩踏み出してしまう。
瞬間、周りの景色が変わった。
表現としては、剥がれ落ちた、というのが適切だろうか。景色がいくつもの紙となって剥がれ落ち、周りに散っていく。そうして、目の前に現われたのは、朽ちた教会だった。その教会の敷地にレイラは立っている。知らない場所だ。背中の方で祭りの喧噪が聞こえる。きっと先ほどのは転移魔法だったのだ。発動条件はレイラが少年の手を握ってしまうこと。
ただそれだけのために召喚されたのか、レイラの手を握っていた少年はいつの間にかいなくなってしまった。
「やばい」
(ここから逃げないと――)
誰が何のためにレイラをここまで連れてきたのかわからないが、きっとろくなことではないだろう。レイラは慌てて踵を返したが、そこから一歩も踏み出すことが出来なかった。なぜなら、目の前に人がいたからだ。その人物はレイラの額に金属の筒を押し当てている。自分の額にあたっているのが銃口だと気がつくと同時に、レイラは目の前にいる人間の顔もしっかり視認した。
「ニコラ――」
「ばーん!」
ちょっとはずれ調子の声とともに、その場に銃声が轟いた。同時にレイラがその場に崩れ落ちる。
「だーまされた」
そこには、無邪気に笑うニコラ・ル・ロッシェの姿があった。
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