28.「猫耳の生えた男なんて、別に可愛くもなんともないからね?」
「レイラ、もしかして何か隠し事してる?」
アルベールにそう聞かれたのは、翌日――収穫祭当日のことだった。
二人がいるのは街の中にある主要な通りの一つ、クレオメ通り。レイラは隠れていた建物の陰から顔を出し、真剣な顔であたりを確かめたあと、「どうして?」と背後のアルベールに聞く。
「なんか、いつにもまして言動がおかしいから。もしかして僕ら、誰かに狙われてるの?」
「そ、そんなわけないじゃない!」
「それならどうして、さっきから僕らはコソコソしてるの?」
「な、なんとなく?」
「なんとなく?」
珍しくアルベールがいぶかしむような声を出す。しかしそれも一瞬のことで、彼は再び笑みを浮かべた。
「なんとなくなら大丈夫じゃない? あらかじめ、認識阻害の魔法をかけてるわけだし」
「それはそうなんだけど……」
「なんだけど?」
「えっと……」
煮え切らない態度に我慢ならなくなったのか、アルベールはレイラが身を隠している建物の壁に手をつけ、彼女を見下ろした。
「え? ア――」
「ねぇ、レイラ。もし何か隠しごととしてるなら、今のうちに言っておいてね?」
「へ?」
「いまならまだ笑って許してあげられそうだからさ。もし僕に、何か危険なことを隠していて、それが原因でレイラが取り返しのつかないことになったら、……わかってるよね?」
「あ、はい……」
怯えたように返事をしてしまう。もうわかってる。さすがにわかっている。この状態でレイラが危ない目に遭ったら、次に目が覚めてたときは檻の中だ。もしくは鍵がかかった地下室か降りることの出来ない塔にいるはずである。
(でも、私に前世の記憶があります。未来っぽいものがわかります。……なんて、言って信用されるわけないじゃない……)
レイラがそう深いため息をついたときだった。
何かが、パーン、と空で弾けた。音のした方に顔を向けると、何かが空でキラキラと輝いている。一番近いのは光に照らされた水滴、だろうか。もしくは、小さな宝石を空にぶちまけたようにも見える。
「わ。綺麗……」
「魔法薬を練り込んだ日中専用の花火だね。もっと近くで見てみる?」
「え、でも!」
「レイラが何を警戒しているのかまったくわからないけど、こんな風に壁に隠れてたらお祭りに来た意味なくない? もし何があっても、僕が守ってあげるからさ」
そう手を差し出され、レイラは暫く悩んだ後にそれを取った。彼は微笑んで歩き出す。
(こういうところは、ちゃんと王子様なんだよなぁ……)
普段からかっこいいが、こういうところはやっぱりちょとキュンときてしまう。大きな手のひらも、広い肩幅も、男性特有の太い首も、見れば見るほど、なんだかそわそわとしてくる。胸のあたりがくすぐったくて、なんだかそのくすぐったさを認めたくない自分が心臓で大暴れしているような感覚だ。
しばらくしてレイラたちは祭りのメイン会場である広場に着いた。午前中だというのに、そこはもう人があふれており、耳元に口を近づけないと隣にいる相手の声でさえも聞こえないという喧噪に包まれていた。昨日から準備していた臨時の屋台がいくつも並び、大通りでは大道芸人が曲芸を見せて人々を楽しませている。
「あ! あそこの軽食美味しかったよね?」
レイラが指す先には、例のケバブのような軽食を売っていた店があった。アルベールもそれに目を留めて、少しだけ懐かしそうな声を出す。
「あぁ、あそこか。……もう一度食べる?」
「まって! まだちょっとお腹すいてないから、もうちょっとあとで考えてもいい?」
「いいよ」
アルベールのバッドエンドのことは気になるが、『来た意味がない』と言うアルベールの言葉も尤もだ。ゲームでは暴走するのは夜だったし、昼間は警戒しつつもお祭りを楽しむのも手かもしれない。それに、レイラだけ上の空というのも、せっかく誘ってくれたアルベールに申し訳ない。
(そもそもバッドエンドの条件が、『ミアがアルベールの誘いを断ったら』なのよね)
もしもレイラがミアの役割をこなしているのならば、このまま何も起こらない可能性もある。それならばレイラがここで警戒をするのは徒労ということになるだろう。
レイラがそんなことを考えていると「レイラ、見て」とアルベールが手を引いてきた。彼が視線で指す先には可愛らしい雑貨屋がある。
「レイラ、ああいうの好きそうじゃない?」
「すき!」
声を大きくしてそういえば、「それじゃ行こうか」と彼は目を細めて歩き出す。
その雑貨屋はまるでおもちゃ箱をひっくり返したような雑然さがあった。それなのに商品はきちんと整頓されていて、それだけでどんなものが見つかるのだろうとわくわくしてくる。表に並んでいる商品はどうやらセール品らしく、レイラはその中の一つに目をつけてしゃがみ込んだ。
「アル! これなに?」
レイラがそう言ってアルベールに差し出したのは可愛らしいぬいぐるみだった。見た目は熊とウサギと猫を足して三で割ったような姿で、お腹のところには赤い魔法石が埋め込まれている。
「あぁ、子供用の魔道具だね。おもちゃだよ」
「へぇ。魔道具で作られてるおもちゃってあるのね。……どうやって使うの?」
「そこを押してみて」
そう言ってお腹の部分を指さされた。レイラは言われたとうりに押してみる。
すると――
『こんにちは! ぼくピオ! よろしくね』
まるで本当の生命のように動きながら、人形はレイラの手の上で一礼した。
「うわぁ! かわいい!」
「簡単に言うと、動くぬいぐるみだね。簡単な受け答えなら出来るように設定されているみたいだよ」
アルベールの説明を聞きながら、ピオはレイラの手のひらにちょこんと座った。そして可愛らしい笑みを見せる。
『ぼくより、おねえさんの方が可愛いよ! ぼくはおねえさんみたいな人、だいすき!』
「わぁ、嬉しい! 私もピオのこと、大好きだよ」
『本当?』
「うん。本当!」
ぬいぐるみとそんな会話をしていると、アルベールの気配がわずかに不穏になる。どうやら彼が嫉妬する対象は、人間だけに留まらないらしい。
「お嬢ちゃん、いいだろそれ。寝るときに話し相手になってくれたりもするんだぜ?」
そう言って話しかけてくれたのは、店の主人だった。可愛らしい雑貨屋とは対照的な大柄の厳つい男だ。着ているエプロンにはクマの刺繍がしてある。話を聞けば、今日だけで何人もの女生徒がこのぬいぐるみを買ったらしい。
「いいなぁ。私も買おうかなぁ」
「僕がいるのに、それが欲しいの?」
「……アルとぬいぐるみは違うでしょ?」
「レイラがしたいなら、僕はぬいぐるみ扱いでも構わないよ? それとも変身薬を飲んで、夜はぬいぐるみとして一緒に過ごしてあげようか? 話し相手になら僕がいくらでもなってあげるよ?」
「結構です」
レイラがぴしゃりとそう断ると、店の主人が話に割って入ってくる。
「変身薬だったら、今日限定で良いもの売ってるぞ。試飲してみるか?」
「出来るんですか?」
「あぁ、時間は短いけどな」
店主はそう言って店の奥に引っ込んでいってしまった。数分後、戻ってきた彼の手にはおちょこほどのコップがあった。中を見れば、わずかに液体が揺蕩っている。
「はい、嬢ちゃん。兄ちゃんも飲むか?」
「僕は良いです」
「これって、飲んだから何になれるんですか?」
「それは、なってみてからのお楽しみだ。ま、お試しだから変身の効果も一分程度だがな」
レイラは渡された小さなコップを呷った。すると、喉が一瞬だけカッとして、ぼん、と煙に包まれる。煙が引いたのはそれから数秒後だった。レイラは身体を確かめる。
「これで変身したの?」
手のひらを見る限り、何かに変身した感じはない。店主が「あぁ、そこに鏡があるから見てみな」と顎をしゃくるので、置いてあった鏡でレイラは自分の姿を確認した。
「わぁ!」
感動したような声を出してしまったのは、変身薬というものを初めて飲むからだった。
鏡の中には、いつもと違うレイラがいた。彼女の頭には髪の毛と同じ色の三角形の耳。お尻からは尻尾が生えている。
「これって、猫?」
「猫、みたいだね」
「不思議だね! こんな風に変身するんだー!」
レイラは鏡を見ながら、はしゃいだようにそう言った。
「アルは飲まないの?」
「猫耳の生えた男なんて、別に可愛くもなんともないからね?」
「そーかなー?」
首を捻ると、アルベールが覗き込んでくる。
「レイラは可愛いよ?」
「あ、ありがとう……」
そう言っている間に変身薬の効果が解ける。ぼん、と、また煙に包まれ、次の瞬間には頭から猫耳が消えていた。
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