27.(アルを守らないと!)
アルベールのお見舞いから数日後、寮の談話室でそのやりとりは行われていた。
「アル、そこをどいて」
「いやだ。君をあんなところには行かせない」
「そんなに心配しなくても、大丈夫だから!」
「レイラが大丈夫でも、僕が大丈夫じゃない」
談話室の壁とアルベールとの間にレイラはいた。彼はレイラが逃げないように両腕で閉じ込めているだけなのだが、端から見てそれは立派な壁ドンで。話しかけては来ないものの、寮生の注目の的になっていた。困り顔のレイラにアルベールは更に身体を寄せてくる。
「ねぇ、レイラ。ねぇ、本当に行かないといけないの?」
「行かないといけないの!」
「本当に?」
「もう、バイトぐらいすんなり行かせて!」
十月も後半にさしかかり、ハーフタームが始まった。ハーフタームは一週間程度で、この期間に実家に帰るものもいれば、寮に留まって自由に過ごすものもいる。またこの期間は、金銭的に辛い学生のため、学園の承認を得ればバイトをしていいということになっていた。なので、試験を無事クリアしたレイラもバイトをはじめていたのだが……
「僕は何もレイラがバイトをするのが嫌なんじゃないんだ。いや、出来れば人目に触れるようなことは極力して欲しくないんだけど、それでもレイラがどうしてもっていうんなら何も言わなかったよ。僕が気に入らないのは、バイト先を紹介してきたのが、あのロマンだってことで……」
「でも別に、バイト先にロマンがいるわけじゃないんだからいいじゃない」
そう、アルベールが駄々をこねる理由がこれだった。どうやらアルベールはレイラとロマンをどうやっても近づけたくないらしい。きっと前の話し合いで警戒をしているのだろうとは思うのだが、ちょっと過剰反応だ。もちろんレイラだってすすんでロマンに近づきたいわけではないが、学園が認めるようなお上品なバイト先のあてが、他になかったのだから仕方がない。
『一応、ウチは名門校だからね。居酒屋とか宿屋みたいな飲食系は大体ダメだし、身元を保証してくれるところじゃないとバイトはさせてくれないと思うよ』
『レイラが嫌じゃないのなら、僕のツテを紹介してあげるよ? どうしてもしたいんでしょう? バイト』
ということで、ロマンにお世話してもらうことになったのである。
紹介してもらったバイト先は、王立図書館だ。
レイラはいつものように駄々をこねるアルベールを振り切り、バイト先へ向かった。
(ほんと、ロマン様々だわ……)
レイラは本の整理をしながら、ほぉっと息をつく。本も元々好きだし、仕事内容もそんなに難しくはない。時給も良いし、暗くなる前に帰してもらえるところもすごくポイントが高かった。なにより一緒に働いている人たちがとても良い。
(今回の試験はなんとか合格したけど、水の魔法が不得手なのは変わらないし。いつ特待生を剥奪されるかわからないんだから、今のうちに少しでもお金を貯めておかないと!)
自分のバイト先で学費が賄えると思えないが、それでもないよりはある方がいいだろう。もし何かあった時に少しでも出しになるよ今からでも溜めておきたい。
「私もミアみたいな特待生枠になれば良いんだけど……」
本を元の位置に戻しながらレイラはそうぼやいてしまう。あの枠は何か特殊な技能等がないとダメなのだ。当然、レイラにはそんなものはない。
(なんか最近、いろいろなことがいっぱいいっぱいな気がするな)
バイトもしなくちゃならないし、勉強もしなくちゃならない。ロマンのいっていたことも気になるし、ニコラの動向も気になる。その上、『アル』の夢もよく見るようになったし、アルとの関係も、自分の気持ちもわからない。
(ってか私、アルのヤンデレ直すのも後回しになってない?)
前よりはマシになってきてはいるものの、アルベールのヤンデレは健在だ。常に生きるのに必死すぎて、目の前の目的も消化できない。
「レイラちゃん。もしよかったら、こっちの整理もお願いしたいんだけど……」
女性の職員にすれ違いざまにそう頼まれ、レイラは「わかりました!」と元気よく返事をする。
(とにかくいまは、バイトに集中しないとね!)
バイトが終わったのはそれから五時間後だった。午前中からはじめたのにもかかわらず、図書館を出る頃にはもう日が傾いている。レイラは上を見過ぎて凝り固まった首をくるくると回しながら「あー、つかれた」と情けない声を出した。
「レイラ、お帰り」
図書館から出たところでそんな声が聞こえて、レイラは顔を向けた。
「アル!?」
「迎えに来た」
「ずっと外で待ってたの?」
驚いたのは彼が外で待っていたことだった。レイラが知っている彼ならバイトしている最中でも図書館に入ってきて、レイラにべったりとくっつくはずだ。アルベールは上着を脱ぐとレイラの肩にかけた。
「ダミアンが入るなって言うからね」
「へ?」
「アイツ、『図書館に入って邪魔したら、絶対にレイラに嫌われるぞ』って……。だから外で待ってたんだ」
アルベールの言葉にレイラは「へぇ……」と少し感心したような声を出してしまう。以前の彼なら、ダミアンの言うことなんか絶対に聞かなかった。むしろ言葉自体を耳に入れなかっただろう。そんな彼の忠告を聞くなんて、レイラの知らないところでアルベールの人間関係も前進しているのかもしれない。
(もしそうだったら、少し嬉しいな)
レイラは唇を緩ませる。
そうして二人は並んで帰路につく。先に口を開いたのは、アルベールだった。
「ねぇ、レイラ。三十一日はバイト入ってる?」
「三十一日? 入ってないけど」
「一緒にお祭り回らない?」
「お祭り?」
「三十一日、収穫祭があるでしょう?」
「あぁああぁー!」
レイラがそう声を荒らげたのは、前世の記憶を思い出したからだ。
十月三十一日、前世で言うところのハロウィン。その日に起こるアルベールのバッドエンドがあったのだ。そのバッドエンドはとても珍しく、二周目のこの日にしか起こらない。しかもランダム発生するイベントなので、レイラもゲーム内で一度しか見たことがなかった。
そのイベントは、アルベールがミアをお祭りに誘うところから始まる。ミアがその誘いを受ければ、そのまま何事もなくルートを進むのだが、誘いを断るとバッドエンドに突入してしまうのだ。
バッドエンドの内容は、何者かの手によってアルベールが薬を飲まされ、暴走するというものだった。そのバッドエンドは通称、死のハロウィンと呼ばれ、大勢の人が亡くなったあげくに、そのせいで戦争が起こってしまうという悲惨なもの。起こることがあまりないので存在を忘れていたが、アルベールのバッドエンドの中では割と重めのバッドエンドだ。
(アルを守らないと!)
いままでの話を総合するに、きっと薬を盛るのはニコラだ。ゲームではどうやって薬を盛るのかまでは明記されていなかったので、これは一日側について彼を見張るぐらいのことはしても良いかもしれない。
なんだか様子がおかしい彼女にアルベールは「レイラ?」と首をひねる。レイラはそんな彼の手をぎゅっと握った。
「うん! 一緒にいよう! 明日は一日、ずっと一緒にいよう!」
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