21.「……それで、僕に何をして欲しいんだ?」
その日の昼休憩、アルベールとレイラはロマンに呼び出されていた。呼び出された場所は学園内にある、王族しか使うことが許されないサロン。その部屋の中心にあるソファーに、アルベールとレイラは腰かけていた。ローテーブルを挟んで正面にあるひとり掛け用のソファーには、ロマンが足を組んで座っている。国は違えど、二人の王族に囲まれる形となった小市民レイラは、小さくなりながら輪郭に冷や汗をたらしていた。
(な、なんでこんなことに……)
ことの始まりは、今朝のロマン訪問に遡る。突然、教室にやってきた彼は、レイラとアルベールを前にして、こう口を開いた。
『今日は二人と昼食を食べたいと思ってね。誘いに来たんだ』
話を聞けば、ロマンは前々からアルベールに興味があったらしい。今までにも彼は何度かアルベールに声をかけていたらしいのだが、これまでは素っ気ない返事ばかりで、二人っきりで話をする機会など設けられなかったそうなのだ。
『最近、アルベールの態度が軟化したって噂を聞いてね。今回ならいけるかもしれないと思って声をかけてみたんだ』
『お誘いは嬉しいのですが、出来ればご辞退させていただきたく思います』
めんどくさそうなのを隠すこともせず、しかし他国の王族に対する態度で、アルベールははそう言って申し出を断った。その様子にロマンは『敬語なんて使わなくても良いのに』と笑った後、レイラの肩をそっと引き寄せる。
『別に良いよ。ここまでは予想していたしね。……でも、レイラは来てくれるよね?』
『へ?』
『君でしょ? 最近アルベールと仲良くしてる女の子。アルベール自身から話を聞けないなら、君からアルベールのこと聞きたいな』
瞬間、アルベールの目が据わる。そんな彼の表情などものともせず、ロマンは更にレイラの肩をぐっと抱き寄せた。
『来るでしょ?』
『あ、はい……』
頷いてしまったのはそうするしか出来なかったからだ。肩を持つロマンの手が妙に力強かったし、自分を覗き込む彼の瞳が『YES』しか許してくれなかった。
レイラが頷いたの見届けて、ロマンはアルベールに視線を移す。
『で、アルベールはどうする? 本当に行かない? 私と彼女を二人っきりにさせちゃう?』
『……行かせて頂きます』
『それじゃ、決まりだね!』
そんなやりとりの末、決まった食事会である。なので、アルベールの機嫌はすこぶる悪いし、逆にロマンの機嫌はすこぶる良い。きっかけを作ってしまったレイラは、居たたまれなさにずっと地面を見つめていた。名目上は『食事会』なので、三人の前にあるローテーブルには、紅茶と軽食が並んでいる。
「まずは楽にしてくれ、ここには私と君たち二人しかいない。人払いはすんでいるし声を外に漏らさないように魔法もかけてある。今朝も言ったけど、敬語は不要だよ。外でどんな身分だろうが、この学園で私達はみんな一介の学生に過ぎないからね」
ロマンの言葉にアルベールは盛大にため息を吐いた後、ソファーの背もたれに深く身体を埋めた。
「……わかった。それじゃ、取り合えずこんなところに呼び出した理由を教えてくれ。本当に僕らと仲良く昼食を食べようと思っていたわけじゃないだろう?」
警戒の色を緩めることなくそう聞いてくるアルベールに、ロマンはどこかうれしそうにうなずいた。
「いいね、アル。そういう態度の方が私も嬉しいよ。君の仮面なんかに用はないからね」
「愛称まで許した覚えはない」
「良いじゃないか。私たちはきっと仲良くしておいた方がいい。いや、実際に仲良くなくても、仲良く見えるようにしておいた方がいい。その理由は、……わかるだろう?」
「……」
「私は君のそういう聡明さが好きだよ? 出来れば本当に仲良くしたいぐらいだ」
腹の探り合いの前段階のような会話を、二人はレイラの頭上で交わす。とても場の空気が和んだとは言えないが、その会話で誰も口が開けないという雰囲気ではなくなった。
「さて、今回君たちを呼び出したのには二つの理由がある。一つは、昨日のシモン・エル・ダルクの暴走の件に関してだ」
瞬間、レイラの身体に緊張が走る。シモンが暴走したことに関して、もしかしたら自分たちにも何かお咎めがあるかもしれないと考えていたからだ。シモンは暴走した直後なので、現在学園近くの病院で検査入院をしている。
顔を青くするレイラに構うことなくロマンはこう続けた。
「今朝、シモンの血液から、使用を禁止されている違法魔法薬物の反応が出た」
「へ?」
「暴走する直前の体調不良も、暴走自体も、この薬によるものだと判明している」
淡々と説明するロマンに、レイラは声を荒らげた。
「シモンくんはそんな――!」
「わかってる。薬は彼が自分で飲んだものじゃない。おそらく飲まされたものだろう。どのタイミングでどうやって飲まされたのかはわからないけどね」
「そう断言できる理由は?」
アルベールの質問にロマンは肩をすくめる。
「薬自体がとても珍しいものなんだ。一介の学生では、まず入手することが出来ない。それに実はここ最近、シモン以外にも学園の生徒が三人ほど暴走状態になっている。原因は、シモンの身体から検出されたのと同じ薬だ。こちらは散々暴れた後、先生たちが取り押さえてる」
「そんな話――」
学園で生活しているのに、まったく聞いたことがなかった。風の噂でさえも耳をかすめていない。レイラは思わず息を詰める。
「騒ぎにならないように箝口令をひいているからね。目撃した生徒にも忘却薬を飲ませたし。ただ、今回はアルが派手に暴れたせいで目撃者が多い。完全に隠すことは出来ないだろうね」
非難する口調ではなかったけれど『厄介なことをしてくれたな』はちゃんと顔に貼り付けて、ロマンはアルベールの方を見た。アルベールは彼の表情を意に介することなく更に質問をする。
「その生徒たちは?」
「大丈夫、三人とも生きているよ。まぁ、シモンほど軽症ではないけどね。一人はもう少しで禁呪の刻印を使うかもってところまで行ったんだけど、結局は使わずにすんだ。何よりだよ」
「禁呪の刻印って?」
聞き慣れない単語にレイラが首を捻ると、アルベールが優しく教えてくれる。
「刻印された人間の魔力を強制的に吸い出して、今後一生魔法を使えなくなくする刻印だよ。本来は魔法を使う犯罪者に施される刻印で、一度刻まれると二度と元には戻らない。魔法使いには致命傷だね」
「それに、暴走状態で禁呪の刻印を使うと命に関わるからね。ほんと、使わなくてよかった」
続けざまのロマンの説明に、レイラは「そうなんですね」と深く頷いた。確かに魔法使いを目指している学生にそれは酷というものだろう。使わずにすんだのなら、これ以上のことはない。
「……それで、僕に何をして欲しいんだ?」
アルベールがそう切り出すと、ロマンの口角が上がる。
「犯人を捕まえるのに協力して欲しい。生徒たちに薬を飲ませた実行犯はこの学園内にいる」
レイラの驚きを隠せない顔に、ロマンは笑みを強くする。
「実はこの件、実行犯はわからないけれど、裏にいる人間はもうわかっているんだ」
「え!? 誰なんですか?」
「ニコラ、だろう?」
レイラの問いに答えたのはアルベールだった。ロマンはどこか満足そうに「正解」と頷いてみせる。レイラはひっくり返った声を上げた。
「ニコラって、ニコラ・ル・ロッシェ殿下ですか!?」
「そう。ハロニア王国の第一王子で、私の兄だ」
(ニコラって……)
レイラは突然飛び出してきた名前に、息を呑んだ。なぜなら、ニコラ・ル・ロッシェはこいまほの重要な登場人物だったからだ。
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