17.(そうだ! いいこと思いついた!)
「すみません。ちょっと急に体調が悪くなってしまって……」
医務室のベッドでシモンは申し訳なさげに視線を下げた。医務室には、シモンを見つけたレイラとアルベール、そして後から駆けつけたミアがいた。「大丈夫なの?」とレイラが聞くと、シモンは「はい。僕、昔からちょっと身体が弱いんです……」と苦笑いを浮かべた。その申し訳なさそうな顔が、ゲームの中で見た彼のさみしそうな表情と重なり、なんだか少し胸が締め付けられる。ゲームの中のシモンも体調を壊しぎみで、その度に謝ってばかりだった。
「しばらくはレイラたちに教えるのも休んだ方がいいかもね」
そういったのは意外にもアルベールで、シモンは眉を寄せながら頷いた。
「あ、はい。出来ればそうしてもらえると……」
「えー! でもそうしたら、ミアたちはどうなっちゃうの?」
大きな声を上げたのはミアだった。その奇行に、隣にいたレイラは「ちょ、ちょっと!」と彼女を止めるが、ミアは不満げな顔で更に言葉を重ねた。
「私、シモンくんと練習し始めてちょっと魔法上手になってきたのに! レイラさんも困るでしょう? 何か言ってくださいよ!」
「わ、私は、別に大丈夫だよ? それよりも、シモンくんの体調の方を優先して欲しいって思うよ」
「そうだね。こういう時は無理するべきじゃないよ。体調が悪いときは、魔法も暴走しやすいから」
「暴走?」
「魔法は、魔力値が高い人間ほど体調や感情の変化に左右されやすいからね。シモンの魔力値は扱いに気をつけないといけないレベルだと思う」
魔力というのは、マナを動かすために消費するエネルギーのことである。魔力値が高い人間ほどより大きな魔法が使えるので、一般的に魔力値が高い人間の方が優秀な魔法使いとして扱われる。普通の人と魔法が使える人間の一番の違いは、この魔力を生成する器官が身体の中にあるかないかだ。そして魔力は、体調や感情、精神状態に大きく左右される。そして、魔力から生み出される魔法も同じようにそれらに左右されがちなのである。
アルベールのフォローに、ミアは唇を尖らせた。
「そんなー。もー、シモンくんってば、肝心な時に使えないんだから」
「そんな言い方……」
「だってぇ、仕方がないじゃないですか!」
思わず出てしまったレイラの呟きにミアは拗ねたような声を出す。彼女がそんなことを言ってしまうのは、きっと先ほどアルベールとした会話が原因なのだろう。
『これからはシモンとの魔法の練習以外、僕に話しかけて来ないでね』
『そんな! それだと、週に二回しか会えないじゃないですか!』
『週に二回でも、僕にとっては多いぐらいだよ』
ただでさえ週に二回しか会えなくなったというのに、シモンが倒れて練習がなくなったとなると、ミアは週に一回もアルベールに会えなくなる。シモンへの強い言葉にはそんな裏があるのだろう。
「それに、こんなことじゃ、シモンくんも気分を害さないですよ! ね、シモンくん?」
「う、うん。本当にごめんね。ミア」
謝る必要はないのに、シモンはそう眉尻を下げた。
(みんな自分に好意を向けているというのが、ミアのデフォなんだなぁ)
レイラはミアを見ながらそう思う。乙女ゲームのヒロインだからもっとキラキラした天使のような性格を想像していたが、実際の彼女からは甘やかされたお嬢ちゃんとという感じの印象しか受けない。
(でも確かに、ゲームでもこんな感じだった気がするな)
世にも珍しい光属性を持って生まれてきた、ミア・ドゥ・リシャール。千年に一度の逸材として周りからありがたがれ、大切にされてきた少女。ゲームをしているときは周りが優しいのが当たり前だと思っていたが、あれはミアの視点だからで、もしかすると周りからはこんな風に見られていたのかもしれない。
医務室を後にした一同は教室に向かう。次の授業はもうとっくの昔に始まっていた。事情は、もう養護教員から授業担当の先生へ伝わっているらしく、事が事なので三人には後で補修が行われるのだという。この処置にレイラはほっとした。特待生が授業をサボるなんて事、あってはならないことだからである。最悪、小テストを待たずして特待生を剥奪されるところだった。
「レイラさん、ちょっとお話ししたいんですけど、いいですか?」
教室へ向かう途中、そうレイラを呼び止めたのはミアだった。突然のことに目を瞬かせるレイラに、ミアは「二人だけでお話ししたいことがあるんです」とか弱い女の子の声を出す。相談ならば、アルベールがいてもいいはずだ。それを避けるということは、アルベールのことを話すか、アルベールに聞かれたくない話をするかである。
レイラは暫く迷った後に、彼に声をかける。
「アルは先に教室に帰ってて」
「……大丈夫?」
「うん。ミア、何か相談があるみたいだから」
レイラの言葉にアルベールは少し迷った後、「何かあったらすぐに呼んでね」と耳の後ろを指先で撫でた。その瞬間、何か魔法をかけられたような気がしたが、今回は見逃した。きっとレイラとミアを二人で残していくことに彼は不安を感じているのだろう。本当ならば一緒にいたいけれど、レイラの心を汲んで二人っきりにしてくれてるのだ。そう考えれば、少々盗聴されるぐらいわけない話である。
アルベールがその場からいなくなった後、レイラはミアに向き合った。
「それで、どうしたの?」
「実は今回、お願いがあって……」
「お願い?」
「レイラさんからも言ってもらえませんか? アルベール様に、私に冷たくしないようにって!」
想像の斜め上のお願いにレイラは目を瞬かせる。予想では、もっと毒々しい話をされると思っていたのだ。具体的には『アルベール様に近寄るな』とか『負けませんから』というような、宣戦布告をされると思っていた。
「なんか、多分誤解されてると思うんですよね。ミア、別に悪い子じゃないのに、なんか目の敵にされて辛いですし……」
「アルは誰に対してもあんな感じだよ?」
「でも、レイラさんには違うじゃないですか?」
それを言われたらなにも言い返せないが、アルベールとレイラの関係は、外向けには、恋人となっている。恋人であるレイラと、アルベールにとって何者でもないミアを比べるのはそもそも間違っているのではないだろうか。
困惑するレイラをよそに、ミアは胸元で手を組み、甘えるような声を出してくる。
「ほら、アルベール様と私って二人で一つだって感じがしませんか? 属性も光と闇だし、お互いにとても希な存在じゃないですか! 私達、やっぱり仲良くするべきだと思うんですよね!」
「えっと、ミアはアルのことが好きなの?」
「え? 違いますよぉ」
想像とは真逆の答えに、レイラは「へ?」と呆けたような声を出す。ミアは自身の胸に手を当て、更にこう宣った。
「ミアは誰のものでもないんです。みんなのものなんです! アルベール様とお話ししたいのは、アルベール様が私の魅力に気がついていないようなので、気がつかせて差し上げたくて! あんなに優秀な人が、私と知り合いになってないのは可哀想じゃないですか!」
(わかった。この子、究極の自惚れ屋だ……)
きっと彼女の思考回路の中では、『あんなにすごい人なのに、私の側にいないなんて可哀想!』となっているのだろう。もしかしたら、ハーレムルートを目指すヒロインの思考回路はこんな感じなのかもしれないなとレイラは話を聞きながら思った。
「レイラさんはいいですよね。なんの取り柄もないのにたまたま気に入られて! あぁ、悪口じゃないですよ? 私、人の悪口は言わない主義なんです!」
「……はぁ」
「でも、レイラさんが独り占めしたい気持ちもわかるんですよ? 私だってレイラさんと同じ立場だったら同じようなことをしていると思いますし! そう考えるとシモン君が悪いと思うんですよねー。シモンくんが倒れなかったら、私だって、レイラさんに頭を下げるようなことしなかったですし。本人は体調が悪いって言ってましたけどそこまで悪そうに見えなかったもんなー」
「ねぇ、もうやめよう!」
言葉尻が強くなってしまったのは、あんなに好意を向けてくれているシモンの悪口を、『悪口を言わない』と言った口で言ったからだろうか。
「今まで角を立てたくなかったから言わなかったけど、ミアはちょっとわがままが過ぎると思う。あんまりこういうこと言いたくないけど、そういうのやめた方がいいよ?」
「そういうのって、なんですか?」
「人の気持ちを考えない行動」
いつになくぴしゃりとレイラがそう言うと、ミアは不機嫌丸出しの顔で口を噤む。
「シモンくんだって、私から見たら体調が悪そうだったよ? それに、その人がどう思ってどう感じているかを、その人の見た目で勝手に判断するのはよくないと思う。そういうことをすると、繕うのが上手な人や相手に迷惑をかけたくないって思ってる心の優しい人ばかり割を食うことになっちゃうからさ」
「……」
「私もあんまりこういうこと――」
「わかりました! 今回は諦めます!」
レイラの言葉を切るようにミアはそう声を荒らげた。唇を尖らせて顔を背ける姿は、まるで聞き分けのない子供のようで、レイラの眉間にも皺が寄った。
「レイラさんの主張はわかりましたから、もう行きましょ! こんなことしてたら次の授業も始まっちゃいますよ!」
「あ、うん……」
(本当にわかってるのかなぁ……)
一抹の不安を感じながら、レイラは背を向けたミアを駆け足で追いかけるのだった。
..◆◇◆(ミアの独白)
ミア・ドゥ・リシャールは、お姫様である。
彼女の持っている属性が、千年に一人とも言われる世にも珍しい光属性だとわかったのは、わずか十歳の時だった。魔法の素養が発露する時期はばらつきがあり、十歳という年齢は平均から見ても比較的早いものだったが、それ以上に彼女の持って生まれた属性が珍しく、両親含め周りの人間は、彼女を神童としてあがめ奉った。国も稀少な人財に金を惜しむことなく、リシャール家に多額の寄付をし、ついには平民から男爵へと成り上がらせた。ミアの扱いはまさに一国の姫のようで、彼女はあたうるかぎりの愛と羨望と富と名声を浴びてここまで大きくなった。ミアの周りには彼女のことを否定する人間なんてものは存在せず、彼女の周りにあるのは自らを肯定する要素だけ。
だからこそ、だからこそ、だ。耐えきれない上に理解が出来なかった。自分の意にそぐわない人間というものが。
最初に理解できなかったのは自分と同じように闇の属性を持って生まれた生徒が自分のところへ挨拶に来なかったこと。次に理解できなかったのは、彼の恋人だと言われている女生徒があまりにも無能で、さらにはミアのことを鬱陶しがっているということ。そして最も理解できなかったのは、その二人がミアのことをもてはやさなかったことだった。特にアルベールは最初の段階で自分に靡くはずだったのに。
だって、光と闇だし! 年齢も近いし! かっこいいし! 隣国だけど王子様だし!
彼は最初からミアのものだったのだ。なのに変な女に靡いていただけじゃなく、こちらに興味を示さなかった。こんなの完全な裏切り行為である。
(何よあれ。面白くない!)
わかっていないようだから、わからせてあげようとしただけ。
(私はすごいんだよって、教えてあげようとしただけなのに)
なのにまさか、あの無能な彼女の方にもひどいことを言われるだなんて思わなかった。
もーいや! 最悪! 腹が立つ腹が立つ腹が立つ腹が立つ!!
まぁでも正直、レイラはどうでもいい。ただ、アルベールには自分の側にいて欲しいのだ。だって彼に認められないと学園の一番はもらえない。一番ちやほやしてもらえない。
(だから、一生懸命優しくしてあげたのに!)
ミアは、後ろをのんびりと歩く、何も考えてなさそうなレイラを盗み見る。窓の外を見ながら『いい天気だなぁ』といった感じで頬を緩めるのも気に入らないし、ミアに対して不快の色は見せても嫌悪の感情を見せないところも気に入らない。
そこまで言うのなら、嫌えばいいのに! なによ、いい子ちゃんぶって!
そうしていると、ミアの頭の上に輝くひらめきが突然落ちてきた。
(そうだ! いいこと思いついた!)
ミアははっと顔を跳ね上げると、レイラを振り返った。そして、にっ、と勝利の笑みを見せた。レイラはそれに目を瞬かせた後、ミアに倣うように笑みを浮かべる。やっぱり、その張り付いたような笑みより、自分の笑みの方が圧倒的に可愛い。ミアはその事実にまた気分がよくなった。
「早くシモンくんよくなるといいですね!」
「あぁ、うん。そうだね」
レイラの相づちに、ミアは足取り軽やかにスキップをしながら、教室を目指すのだった。
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