16.「もしかして、変なこと考えてる?」
アルベールがクラスメイトと会話らしい会話をするようになった。
そのニュースなのかなんなのかよくわからない情報は、あっという間に学園内に広がった。例の躾け(なのかなんなのかよくわからないもの)が効いたのか、それともレイラに悲しい思いをさせたくないとアルベール自身が思ったからなのか、それはわからなかったけれど。アルベールはあれから、むやみやたらに人を無視するような真似はしなくなったらしい。自分から話しかけることはしないが、話しかけられれば必要最低限の会話をこなすようになったようで、今まで彼の無視で困っていた人たちは、この変化に歓喜した。しかも例の女生徒が何か言ったのか、アルベールが人と話すようになったのはレイラのおかげだということが広まっており、レイラは一部人たちから『猛獣使い』と呼ばれるようになっていた。
それがここ一週間の出来事である。
アルベールがほかの生徒たちとも話せるようになったのはいいことだ。
まだまだそっけないらしいが、これは、ヤンデレを治す小さくも貴い一歩である。しかし、この変化はいいことばかりを引き寄せるわけではなかった。
「アルベールさん! レイラさん!」
その声が聞こえてきたのは、昼休憩のことだった。食事を終えて、いつものように魔法の練習をはじめようとしたまさにその時。声のした方を向くと、ミアがこちらに向かって走ってきているところだった。
「魔法の練習ですか? 今日も一緒にやっていいですか?」
二人の前につき、彼女はそう問いかけてきた。真っ正面からそう聞かれてだめと言うわけにもいかず、レイラが「うん。一緒に練習しよう」と頷くと、彼女は嬉しそうに小さく飛び跳ねた。
これがアルベールのニュースが流れて、あまりよくなかった事の一つである。アルベールの噂が流れ始めた翌日から、ミアが昼休憩の練習に必ず加わってくるようになったのだ。きっと、アルベールの態度が軟化したと聞いて話しかけに来たのだろう。それ自体は問題ないのだが、問題は彼女の態度にあった。
「アルベール様、見てください。綺麗なお花ですよ!」
「私、薬草学が苦手なんですよね」
「今日のお昼は何食べたんですか? 今度ご一緒してもいいですか?」
今回もミアは魔法もレイラもそっちのけで、アルベールに話しかけていた。最初のうちはレイラも会話に混ざろうとしていたのだが、話を聞いてくれるのはアルベールのみで、ミアはふられるまでなにも答えてくれないのだ。アルベールではないがあそこまでやられると無視と何ら変わりない。
ここまでくるとされるとさすがのレイラもミアが自分に近づいた目的がアルベールだということに気がついており、だけどどうやっても割り込めない空気に居心地の悪さを感じてしまっていた。
(この空間に私いらないよねー……)
ミアのはしゃいだような声を背中で聞きながら、レイラはそっとため息を吐いた。
正直、無視されるのは仕方がないかな、とは思っている。相手はなんてたっての物語の主人公なのだ。モブに興味を持ってくれというのも難しい話だし、どこにでもいそうな取るに足らない相手など興味の対象にならないのだろう。
ただここまであからさまにされると、やっぱり面白くはないわけで……
(アルベールも前よりちゃんと会話してるし、ちょっと抜けちゃおうかな)
本当はミアと話さないで欲しいという願望もあるのだが、『みんなと普通に話して』はレイラが望んだことなのだ。だから、ミアとだけ特別に話さないで欲しい、というのもなかなかできない話である。それにもしかしたらアルベールだってミアとの会話を楽しんでいるかもしれないし、もしそうなら、二人の邪魔をするのも可哀想だ。
(アルからの好意を疑っているわけじゃないんだけどな)
それでもやっぱりゲームでの物語が頭をちらつくのだからしょうがない。
しつこいぐらいにつきまとってアルベールの孤独を嫌そうとするミア。彼女のつきまといに辟易しながらもだんだんと絆されていくアルベール。そんなゲームの冒頭を考えれば、今のこの状況もなかなかに近いものがある。もしかするとここから二人のロマンスが始まるのかもしれない。
レイラはもう一度ため息を吐いて気持ちを切り替えると、二人から少し離れた噴水の近くを指でさした。
「あの私、向こうに行ってるね。ちょっと一人で練習したくて――」
「本当ですか? わかりました!」
食い気味でそう言われ、なんだか更に切なくなった。邪魔者だとは言われてないが、この反応は言われているのと変わらない。おそらくミアの目にはレイラがアルベールとの仲を裂く邪魔者に映っているのだろう。
(ま、練習は一人でやる方が捗るかもしれないしね)
「僕も行くよ」
レイラがその場を離れようとしたとき、アルベールが腕を掴んで彼女を止めた。目を瞬かせながら「え?」と呆けた声を出すと、ミアがすかさず「それなら、私も一緒に行きますね!」と声を上げる。
「君はこなくていい」
そう言ったのはアルベールで、目を見開いたのはミアだった。
「レイラが望むから適当に相づちを打っていたけれど、彼女にそんな顔をさせるなら君はもう必要ないよ」
「えっと……」
「これからはシモンとの魔法の練習以外、僕に話しかけて来ないでね」
「そんな! それだと、週に二回しか会えないじゃないですか!」
「週に二回でも、僕にとっては多いぐらいだよ」
口調は柔らかいが、態度は頑なで冷たい。レイラは「ちょっと、アル!」と彼を止めようとしたのだが、彼は聞く気がないようでレイラの方を振り返りもしない。
「レイラを大切にしない人は、僕に必要ないよ。人生単位でね。……ってことで。行こう、レイラ」
最後は穏やかな笑顔を浮かべて、アルベールはレイラの手を引き、そのまま校舎の方へ足を進めるのだった。
「アル、やっぱり言いすぎだったんじゃない?」
レイラがそう言ったのは、後方にいたミアが完全に見えなくなってからだった。アルベールは歩を進めつつも、その言葉に振り返る。
「何が?」
「ミアのこと。せっかく話しかけてくれてたのに……」
「レイラは僕が他の女の子と話すの、嫌じゃないの?」
「それは……」
他の女の子、と言うか、あそこまであからさまにレイラのことを無視するミアがアルベールと仲良く話しているのは、確かにあまり見ていたいものではない。けれど、そんな思いとは裏腹に、レイラ以外とあまり交流する事がなかったアルベールが他の人と交流を持つこと自体は喜ばしいと思うのだ。
「とにかく、これは僕が決めたことだから、レイラは気にしなくていいんだよ。この一週間、実は結構我慢してたんだ。彼女の話は中身がないから面白くなかったし……」
「私の話にも中身はないよ?」
「レイラの話は、レイラの話ってだけで価値があるんだよ? 君の声帯が震えるだけで、僕の心が震えるんだ。少なくとも僕にとって、君の言葉はどんなものでも金言だよ。レイラの声で紡がれる言葉に無価値なものなんてないんだ」
また大げさなことを言いつつ、アルベールは歩幅を緩めた。
「それにしても明日からどうしようか?」
「どうするって?」
「あんなこと言ったらさすがにもう来ないとは思うけど、万が一のために食事をとる場所は変えたいなって思って。あの場所もう結構みんなにバレてるから、二人っきりになれないでしょ?」
「二人っきりかぁ」
その時、レイラの脳裏に一週間前の彼との会話が蘇ってくる。
『そんなの決まってるでしょ。僕が恋人であるレイラに強請るんだから』
『えっちなの』
その時のことをまざまざと思い出し、レイラは頬が熱くなるのを感じた。正直、それまでアルベールのことを異性だとすごく意識したことはない。もちろん異性だとはわかっていたし、これまでにも翻弄されていた節はあるのだが、男女をはっきりと意識したのはあのときが初めてだった。なので正直、今彼と二人っきりになるのはちょっと避けたい事態だったのだ。嫌とかではないが、変に意識しすぎてしまう気がする。
レイラの赤くなった顔をにっこり笑顔のアルベールが覗き込む。
「もしかして、変なこと考えてる?」
「考えてません!」
そう声を大きくしたときだった。レイラの視界の端に妙なものが映り込んでくる。それは校舎の角から不自然に飛び出ていた。
「え」
よく見るとそれは、人の足だった。校舎の影で、誰かが倒れている。
レイラは慌てて駆け寄り、足の持ち主を確かめた。校舎の陰でうつ伏せで倒れている人物を確認した瞬間、レイラは驚きの声を上げた。
「シモンくん!?」
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