14.「レイラは僕と対等になりたいの?」
翌日からは、昼休憩も魔法の練習をすることになった。
(やっぱり、風の魔法は水の魔法より上手くいくんだ)
レイラの目の前にあるのは、風のマナを収束したものだった。身体の半分以上もある大きな空気の固まりが、彼女の前でぐるぐると渦巻いている。
魔法の属性は、闇と光以外に水、火、風、地、という四属性が存在する。光と闇以外の四つは、三つ巴ならぬ四つ巴と言った感じで、ぐるりと一周円を描くように相克関係が決まっているのだが、それと同時に自分が使いやすい属性というのも存在するのだ。レイラの属性は水なので、次に使いやすい魔法の属性は対角上にある風の属性である。風の属性を持つ者も水の属性が自分の属性の次に使いやすく、反対に地の属性を持つ者が火属性を、火属性を持つ者が地属性が次に使いやすい属性となっている。
『もし、水魔法をうまく使えない原因がトラウマにあるのなら、風魔法はそこまで抵抗なく使えると思います』
そんなシモンの提案により、レイラは風魔法にチャレンジしてみたのだが、結果はやっぱりというかなんというか、調子よく魔法が使えたのである。
(つまり、私の中に、水に対するトラウマがあるって事だよね……)
しかし、まったく思い当たる節がない。溺れた記憶も、水のせいで怖い思いをした記憶もない。ピエールたちに水の檻に閉じ込められたときはさすがに怖かったが、あのときにはもうすでに水の魔法が苦手だとわかっていた。
(それにあのとき、私、不自然に動けなかったんだよね)
つまりあの出来事よりも前にレイラは水に対するトラウマを負っていたということだ。
そう考えたとき、頭の中で一番に思い浮かぶのは削り取られた記憶だ。アルベールではない『アル』との記憶。もしかして、あの行方不明の記憶にレイラのトラウマが隠れているのだろうか……
(そうだとして、思い出せないのは仕方がないよね)
次の小テストで合格をもらうためには、自分の属性で自分の身体以上の収束を先生に見せなくてはならない。トラウマの克服が一番の近道とは言え、思い出せないのならば地道に練習を積み重ねていくしかないだろう。
「レイラ」
側で見ていたアルベールがそう話しかけてきて、レイラは「なに?」と振り返る。
「僕がエマニュエル先生を脅して単位を取ってきてあげようか?」
「はい?」
「だってそのまんまじゃ、レイラ、退学になるかもしれないんでしょう?」
また斜め上のことを言いだしたアルベールに、レイラは目を眇める。
レイラはこの際だからと、自分が特待生であることと、特待生を外されたら学費がたりないことと。そして、学費がたりなくなったら学園を出て行かなくてはならないことを、アルベールに説明していた。爵位を持っているレイラの家がそこまで困窮しているとは思っていなかったのだろう、その話にアルベールはこれでもかと驚いていた。
「もし、特待生を剥奪されたら、やっぱり僕がお金出すよ」
「だーかーらー! それはもう話し合ったでしょ? いくらかかると思ってるの?」
「僕は、レイラのためならいくらお金かかっても構わないと思っているよ?」
「というか、そもそもの話。自分の属性の収束も出来ない人間が、この魔法学園を卒業なんかできるわけないでしょ?」
「でも僕は、レイラがいない学園生活なんて考えられない」
口をへの字に曲げて、彼はそう甘えた声を出してくる。いや、実際は落ち込んだような声なのだが、彼がこういう声を出すとレイラは途端に放っておけなくなるのだ。しかし、放っておけないからと言って、さすがにお金を出してもらったり、先生を脅したりは出来ない。
「アル、私ね。できるだけがんばってみようと思ってるの。私の中にトラウマがあるなら、そんなものに負けなければいいだけの話だし!」
「でも、トラウマに思い当たる記憶がないんでしょ?」
「それは、そうだけど。でもそれは、今がそうだってだけで、そのうちひょっこりと思い出すかもしれないじゃない!」
「思い出せないよ」
迷いのない断言にレイラは思わず口を噤んだ。その様子を見て、アルベールは少し慌てたように言葉を重ねた。
「……少しも思い出せてないなら、思い出せない前提で動いた方がいいって言ってるんだ」
アルベールと少しも目が合わない。
レイラは彼の側に行くと、立ったまま彼の顔を覗き込んだ。
「ねぇアル。もしかして落ち込んでる?」
「え?」
「何に落ち込んでいるのかはわからないけれど。もしかしたらトラウマの件を心配してくれているのかもしれないけど。私は今幸せだから、大丈夫だよ? ……それに、原因がトラウマにあるってわかって、少し心が軽くなったの。魔法を使うセンスがないって言われたら絶望的だったけど、そうじゃないだし! こういうのは、乗り越えればいいんだよ!」
レイラは杖を取り出すと左右にゆっくりと振った。すると水のマナが彼女の杖が指し示す先に集まり出す。その大きさは彼女の頭から胸元までに達していた。
「それにほら見て! 前に比べたら少しだけ大きくなってると思わない? この調子だったら、練習をがんばれば間に合うかもしれないし!」
元気な声でそう言ってようやく、アルベールの表情がすこし戻る。だけど完全に笑顔というわけじゃなくて、どこか憂いも混じったような複雑な表情をしていた。
「レイラはさ、魔法が使えるようになって、何がしたいの?」
「なにがって……」
「就職とか、研究とか、王宮に勤めたいとか、偉くなりたいとか。いろいろあるでしょ?」
アルベールから将来の話を振られたのは初めてでレイラは少し戸惑ったが、隠すことでもないので、正直に話す。
「なにがしたいっていうのは、正直あまりないんだけどさ。私、家が貧乏だから助けになるような仕事がしたいなって思ってるよ。このままいくと弟が家を継ぐ頃には、爵位だって剥奪されちゃうだろうし。とにかく魔法を会得して、お金を稼げたらなって!」
「お金だったら……」
「アルに出してもらうってことはないからね?」
被せるようにレイラがそう言うと、アルベールは「なんでレイラは、僕に何かされるのが嫌なの?」と不満げな声を出した。
「だって、一方的に何かをしてもらう関係って、対等じゃないでしょ?」
「え。たいとう?」
「うん、対等」
「レイラは僕と対等になりたいの?」
「……そ、そうね」
王子様と対等だなんてそんなこと本当なら言ってはダメなのかもしれない。でも、それがその時のレイラの気持ちだったのだから、こればっかりはしょうがない。。
レイラの言葉に、アルベールは暫く呆けた後、肩を揺らして笑いはじめる。やっぱり変なこと言ってしまったかもしれないと密かに反省していると、アルベールは膝の上に肘をつき、今度こそ何の憂いも持たない柔らかい表情をこちらに向けた。
「レイラのそういうところ、すごく好きだよ」
「……もしかして、バカにしてる?」
「ううん。感動してる」
「や、やっぱりバカにしてるんじゃない!」
「してないよ」
面白かった時のみで構いませんので、評価やブクマ等していただけると、
今後の更新の励みになります。
どうぞよろしくお願いします!




