13.(私の成長速度を上回る速さで、病んでる……)
翌日からシモンとの魔法の練習が始まった。練習時間は、放課後。シモンの体調も考えて頻度は週二回時間を取ってもらうことになった。練習に参加するのはシモンとレイラ。それと「私も教えて欲しいです!」と手を上げたミアである。
「それでは、どこから始めましょうか」
「基礎の基礎からお願いします」
「それでは、魔力の収束から始めましょうか。それを見てから今後の方針を決めます」
レイラはアルベールに教わったときと同じように杖を振ってマナを収束させる。最初の水の玉を作るまではやっぱりなんとかなった。問題は――
「次に、それをできるだけ大きくしてみてください」
レイラは杖を振って水の玉を大きくしていく。隣でミアも同じように水の球を操っていた。ミアの属性は光なので闇属性の魔法以外、全ての属性の魔法が平等に使えるはずだ。きっと今はレイラとシモンに合わせて水魔法を扱っているのだろう。
レイラはマナをかき集めてどんどん水の玉を大きくしていく。しかし、やはりある一定の大きさにまで達したところで、脈拍と呼吸が速くなり、集中力を保つことが出来ずに破裂してしまった。
「レイラさん、大丈夫ですか!?」
まさかこんなところで失敗するとは思わなかったのだろう。ミアは大きな声を出し、自分の収束をやめてしまう。シモンも少し驚いたような顔をしていた。
「ごめんなさい。何度やってもこんな感じで……」
「レイラさんって、確か特待生ですよね? それなら魔法の適性は高いはずなのに」
困惑した顔で顎を撫でるシモンに、レイラは申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
「やっぱり、出力が足りないんじゃない?」
その声が聞こえたのは、彼らの背後からだった。見れば近くのベンチにアルベールが腰掛けている。レイラは思わず声を上げた。
「アル!? どうしてここへ?」
「レイラがどこ探してもいないから、探しに来たんだ。何か変なことに巻き込まれてもいけないでしょ?」
名言はしないが、きっと追跡魔法を使ったのだろうとレイラは思う。しかも、ここに来るまでにきっと彼は転移魔法も使っている。なぜなら、数秒前まであのベンチに人が座っていなかったのは確認済みだからだ。
(アル、いつか怒られちゃいそう……)
禁止されている魔法の大盤振舞いだ。大盤振舞いしてもなお、教師たちがそれに気がつかないと言うところが彼のすごさを物語っているが。
アルベールは不満げな顔を隠すことなくレイラに近づき、彼女を見下ろした。
「レイラ、どうして僕以外の人間なんかに魔法を教わってるの?」
「えっと……」
「知ってるよね? 魔法なら、僕が誰よりも得意だよ。ここの教師含めてだって、負けない自信がある。教わるなら僕が一番最適だよ? ……あ、もしかして君は、彼の事がちょっといいと思っているのかな? だから魔法を教えてもらってるの? 僕というものがありながら? それはダメだね。絶対にダメだね。レイラ、君のことは誰にも渡さないよ。君が望んでも絶対に。確かに彼は可愛らしい見た目をしているけれど、僕の方がいい男だし、君のことを考えてる。と言うか、君のことをこんなに考えている人間なんてそうそういないと思うよ。いやごめん。君のことを考えている人間は多いかもしれない。だってこんなに可愛いんだから。だけど大丈夫。そんな人間は全部僕がこの世から消してあげるからね。あぁ、でも君は気に病まなくても良いよ。全部僕がやりたくてやっていることだからね。君は迷わず……」
(なっがい!)
久しぶりに病んでいる。しっかり病んでいる。目の中に光が宿っていない。
しかも、なんだか妙な勘違いを起こしている気配がする。
レイラの輪郭に冷や汗が伝う。
(でも、大丈夫! 私だって、成長してるんだから! こういう時、なんとなくどうすればいいかわかってきた気がするのよね!)
レイラは未だつらつらと言葉を吐き続けるアルベールの手を握った。瞬間、彼の言葉の雨がピタリと止む。
「アル、話を聞いて。まず第一に、私はシモンくんの事が好きなわけじゃないわ。そして、シモンくんも――」
「シモンくん? もしかして、もう下の名前とくん付けで呼んでるの? それはちょっと距離が縮まりすぎじゃないかな? 僕だってこの前、ようやく愛称で呼んでもらえるようになったのに、それってなんだかちょっとずるくない? 僕は恋人で、彼はただの知り合いでしょう? ちなみに、君に男の友だちが出来るのなんて耐えられないから、そのつもりでね? ダミアンを許してるのは僕と知り合う前に友人だったからだよ? 新規で異性の友だちを作るのは絶対にダメ。あぁ、でも君の恋愛対象が女性にまで及んでるのなら、同性の友人も作っちゃダメだからね。わかった? あぁ、やっぱり君に自由があるのが良くないのかな? 他の人間を見ることが出来る状況なのダメなんだよね? それならやっぱり、君の自由をうば……」
(私の成長速度を上回る速さで、病んでる……)
レイラがそう難しい顔をした時だった。
「アルベール様、こんにちは!」
そうミアがアルベールに話しかけた。その声にアルベールは口を噤むと、駆け寄ってきた彼女を見下ろす。ミアは弾けるような笑みを浮かべながら、まるで鈴が鳴るような声を響かせた。
「はじめまして! 私レイラさんの親友をやってる、ミア・ドゥ・リシャールと申します」
いつから親友になった!? と一瞬思ったが、ミアの浮かべている笑顔に全て吹き飛ばされてしまった。可愛い。最高に可愛い。さすがゲームのヒロインといった感じだ。というか、元々の素材がいいのに、そこにかわいらしい声と笑顔がプラスされているのだ。これで落ちない男はなかなかいないだろう。
横目でアルベールをちらりと見ると、彼はミアを見下ろしながら何かを考えてるようだった。その少し悩んだような表情に胸がざわつく。
(もしかして、このままミアに靡いちゃうのかな……)
ゲームのヒロインが現れたのだ。そうなるのが自然の摂理だし、アルベールからしたらそちらの方がいいのかもしれない。だけど、『レイラ』と甘く囁いていた声で『ミア』とアルベールが彼女のことを呼ぶのだと思ったら、なんだか胸のあたりがぎゅっと締め付けられる。
そんなレイラを尻目に、ミアはアルベールにもう一歩身を寄せた。
「実は私、光属性を持っていて、同じように希少な属性を持っているアルベール様と是非お近づきになりたいなぁって思ってたんです! ほら私、まだ魔法が全然使えないので、もし良かったら、いろいろと教えてもらいたくて!」
「……」
「あ、あの。アルベール様?」
ミアを見ていたアルベールの目が、彼女から逸らされる。話は聞こえているはずなのに、 何も返さないということは――
(もしかしてこれって、無視!?)
ダミアンへの対応がよほどマシだと思うほどの完全無視である。しかも、「レイラ、さっきの話の続きだけどね……」と、アルベールはナチュラルにレイラとの会話を再開しようとしてきたのだ。これにはさすがのミアも傷つくだろうと、レイラは心配したのだが――
「今はお話しする気がないってことですかね! それならまた改めてお話ししますね! レイラさん、今度どうやってアルベール様と仲良くなったか教えてくださいね!」
(メンタル強いなぁ……)
完全無視をされてもなお、まったく傷ついていない様子のミアに、レイラは感心するとともにちょっと安心もしてしまう。
(アル、今のところミアに興味ないんだ……)
その安心がどこからくるものなのか、どうして安心するのか、それはわからなかったけれど、これ以上追求するのは良くない気がして、レイラは慌てて思考を止めた。
その時だった。
「あ、あの……」
シモンが申し訳なさそうな顔で、そう話しかけてくる。完全に蚊帳の外になっていた彼に、レイラは慌てて頭を下げた。
「ごめんなさい! 教えてもらっているのに、邪魔してしまって!」
「それは、大丈夫ですよ」
シモンはそう言いながら、チラチラとアルベールを見る。彼の顔には『このまま話を続けていいのだろうか……』という不安が張り付いていた。どうやら、レイラと話すとアルベールの反感を買ってしまうのではないかと不安になっているようだった。レイラはそのことに気がつきアルベールに目配せをする。すると、アルベールは『レイラがそう言うなら』というような感じで一度だけ肩をすくめて、その後近くの木によりかかった。
そこまでしてようやく、シモンは「えっと、さっきの話ですが……」とレイラに向き直った。
「さっきの話って、私の魔法の話ですよね?」
「アルベール様は、出力がどうのって言ってましたよ?」
話に割って入ったのはミアだ。シモンはその質問にも丁寧に答える。
「アルベールさんが言ってたのは、出力が低すぎて逆にコントロールが難しくなっているんじゃないかって話ですよね? もちろんそういう考え方もあるんですが、それは一般的に魔力の数値が高い人の話なんです。魔力の数値が高い人は魔力の出力にも神経を配らないといけないので、そういうことが稀に起こるんですよ。ただ普通の人は、アルベールさんほどの魔力値はありませんから……」
「つまり、私が上手く魔法を扱えないのは、単に苦手だからって事……?」
レイラの上に雷が落ちる。薄々感づいていたことだが、やはり直接言われるとショックが大きい。
「んー。それに関しても少し考えてみたんですが。……もしかして、レイラさん。水に溺れたことがありますか? それか、水関連で怖い思いをしたことは?」
その思いも寄らぬ問いに、レイラは「え?」と目を瞬かせた。
「前に本で読んだんですが、たまにあるそうなんですよ。水におぼれたことのある人が、そのトラウマで水魔法を操れなくなるってことが。レイラさんの適性が水魔法だというのは間違いがありません。魔力の流れ方から言っても適性としてはかなり高いと思います。ただそれだけの適性があって出力がこのぐらいしか出ないとなると、原因は心の方にあると思います」
「こころ……」
瞬間、視界の端にいたアルベールが目を見開き、息を呑む。しかし、そんな彼の変化に気がついたのはレイラだけで、シモンは淡々と話を続けた。
「こういう場合、原因となっているトラウマを克服することで、魔法を扱えるようになるそうです。もし、原因となっているトラウマがわからない場合は、できるだけ練習回数をこなして、水に対する恐怖心をなくしてくしかないですね」
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