12.(ま、あんまり関わらないようにすれば大丈夫よね)
「まず、レイラの実力を見てみたいな。確か、属性は水だったよね?」
いつものように二人で昼食を終えた後、魔法の練習は始まった。人の少ない中庭の一角で、レイラはどこまでも真剣な表情で杖を、ぴん、とまっすぐに構えている。
「まずは基本中の基本、収束からやってみようか」
「うん」
魔法は基本『収束』と『放出』で成り立っている。大気中や大地に存在するマナを起こしたり、集めたりする作業のことを『収束』といい、集めたものを頭に描いた姿で解き放つ事を『放出』という。前にピエールが土の壁を作ったが、あれは単純に地のマナを『収束』し、壁の形に『放出』したというだけの魔法なのだ。ちなみに、レイラを閉じ込めた水の玉は、単純に『収束』で集めただけのものである。
より複雑な魔法になると『放出』の段階でプログラムを走らせる。それが呪文だったり、魔方陣だったりするものである。難しい魔法ほど呪文や魔方陣は長くなり、優秀な魔法使いほど呪文や魔方陣は短縮される傾向がある。無詠唱はその境地だ。逆に頭の中で処理できるプログラムまで魔方陣に書き込み、あとは魔力を流すだけで誰でもその魔法を使えるようにしたものが魔道具だ。魔石は魔力が詰まった電池のようなもので、魔力がない者でも魔方陣を起動することが出来るのである。
ちなみに杖の役割だが、基本的にあれは魔法の精度を上げるためのものである。アルベールのように指先で魔法を使うことも理論上は可能だし、先生の中にはそういう使い方をする人もいるが、普通はなかなか成功しない。成功したとしても単純な『収束』と『放出』を組み合わせた魔法がほとんどだ。それに、魔法の失敗は反動を伴う。放出したマナが術者に返ってくるのだ。杖を使っていると、それらを大体受け止めてくれる。つまり、杖は術者の安全装置の役割も果たすのだ。人によっては、杖にそもそも呪文を刻んでおいて、その杖で魔法を使うと必ずその効果が付与される、という使い方をしている者もいる。
レイラは言われたとおりに杖を振って大気中の水のマナをかき集める。そして、こぶし大ほどの水の玉を作り上げた。
「えっと、これでいい?」
「いいね。魔力の放出に無駄がない。適性はあっているみたいだね。それじゃ、その水の球を大きくできる? 自分が出来るところまで大きくしてみて」
レイラはもう一度杖を振る。すると大気中に霧散する水のマナが震えるのを肌で感じた。そのまま杖でマナをかき集める。すると、水の玉はさらに大きくなった。
(この、調子で……)
レイラがそう思った時だった。突然、心拍数が跳ね上がった。背筋がブルリと震え、呼吸が荒くなる。杖を持つ手が震えていると意識した瞬間、レイラの頭の大きさほどに膨れ上がっていた水の玉は、まるで水風船が弾けるように瓦解してしまった。
レイラは杖を降ろし、まるで全力疾走した後の表情で膝に手をついた。
アルベールが気遣うような顔でレイラを覗き込む。
「レイラ、大丈夫?」
「ごめん。いつもこんな感じで失敗しちゃうんだ……」
「大丈夫だよ。基礎の魔法って逆にちょっと難しいよね?」
予期せぬ同意のされ方にレイラは「え?」と顔を上げる。
「レイラは僕が濡れると思って遠慮してくれたのかもしれないけど、次からはもっと出力大きめで大丈夫だよ?」
「出力大きめって……?」
「そうだね。……このぐらいかな?」
アルベールが指先をくいっと持ちあげた瞬間、地面から大量の水が吹き上がった。太さはそこら辺の木が二十本以上集まってもたりないぐらい。打ち上がった水の高さは校舎を遙かに越えていた。その大量の水が、雨になってその場にスコールのように降り注ぐ。
(うわぁ……)
アルベールがかけた魔法で二人の身体は濡れなかったが、レイラの気分は冷めていた。これは教えるのに適さない人の魔法である。彼はさも当然といわんばかりにレイラに笑みを見せた。
「それじゃ、レイラもやってみようか」
「えっと。……ちょっと遠慮しておくね」
レイラの断りに今度はアルベールの方が「え?」と呆けたような声を出した。
その日の放課後、レイラは中庭で一人、魔法の練習をしていた。アルベールは付き合うといってくれたのだが、彼はどうしてレイラがそんなところでつまずいているのか心底わからないらしく、よくわからないアドバイスばかりするのでお帰り願った。このままだとイライラしてしまい、魔法にも集中できないと判断したのだ。
(アルの天才め!)
それが罵倒になっているかわからなかったけれど、そう思わずにはいられなかった。
レイラは一人で何度も収束を繰り返す。マナを集めるだけの作業なので、同じ学年のみんなはもうエマニュエル先生から合格をもらえる基準をクリアしていた。合格の基準は自分の身体と同じぐらいに自分の属性のマナを収束させることである。
(何度やっても、身体の半分のマナも集まらないんだよなぁ)
レイラがそう心折れかけた時、近くで誰かの話し声が聞こえた。それは中庭の端にある花壇からで、レイラは一度練習をやめて、声のした方に歩いてみる。校舎の影からそっと覗くと、そこには魔法で花壇に水をやっている青年の姿があった。
(あれって? シモン・エル・ダルク!?)
攻略対象の一人だ。女の子に間違えそうなおっとりとした顔立ちに、大きな眼鏡。水色の髪の毛はショートカットで、少し癖が見える。レイラと同じ一年生でありながらその知識量はすさまじく、先生からも一目置かれるほどだった。しかしながら彼はその分、昔から身体が弱く、友人も出来にくかった。話をするのは育てている植物たちばかりで、学校でも孤立しがち。彼はそれをすごくコンプレックスに思っており、ゲームではそのコンプレックスをヒロインであるミアに癒され、だんだんと彼女のことを好きになっていく。
(確か、シモンの得意属性は水だったわよね)
偶然にもレイラと同じである。彼に教えてもらえれば、レイラだって多少の魔法力の向上は見込めるかもしれない。
(だけど……)
「攻略対象に話しかけるほど馬鹿じゃないわよね――ってえぇ!?」
そう後ろを振り返った瞬間、顔の前にミアの顔があった。ヒロインらしいきらきらの大きなピンク色の瞳が目の前でぱちぱちと瞬きをする。レイラは慄きながら後ろに一歩後ずさった。
「レイラさん、シモンくんに話しかけたいんですか?」
「へ?」
「私、ちょうどこの前知り合いになったんです! 声かけてあげますね」
「ちょっと!」
「シモンくん! ちょっといい?」
「あー……」
レイラが止めるのも聞かず、ミアはシモンがいるところに走って行く。そのまま二人を置いて帰るわけにも行かず、レイラはミアがシモンと話し終わるのを待った。
暫くして、ミアに手を引かれたシモンが、レイラの元へやってきた。ミアに手を握られたからか、彼の頬はちょっと赤い。そのままミアに促されるように、レイラは魔法が上手く使えないことをシモンに話すことになった。
「えっと。つまり、僕から魔法を教わりたいって事?」
「まぁ、そういうことではあるんだけど……」
「ね? シモンくん。いいでしょ?」
気乗りしないシモンに、このまま関わってもいいのかと悩むレイラ。そんな二人とは対照的に、明るい声を出すミア。シモンは暫く考えた後、じんわりと頬を染めた。
「まぁ、ミアからの頼みだからいいけど……」
「やった! ありがとう、シモンくん!」
瞬間、はじけるような声を出して、ミアがシモンに抱きつく。彼はそれを受けてますます頬を染めた。なんともわかりやすい青年である。好きな子にいいところを見せたいらしい。と言うか、シモンの好感度がもうそこまで上がっていることが一番のびっくりだ。確かにシモンは攻略が容易なキャラクターだったが、ミアが転校してきてまだ三日しか経っていないのだ。ちょっと早すぎるにもほどがあるだろう。
ミアはシモンに抱きついたまま、レイラに声を向けた。
「良かったですね、レイラさん!」
「あー、うん! ありがとう、ミア」
ミアの強引差にはちょっとびっくりしてしまったが、素直に魔法を教えてくれる人が見つかってレイラは安堵した。
(ま、あんまり関わらないようにすれば大丈夫よね)
その考えが甘かったというのにレイラが気づくのは、もうちょっと先の話である。
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