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52話 駐屯間の裁可

ちょっと遅くなりましたが投稿。

次回は早く投稿出来る様に努めさせて頂きます。

お気に入り登録、評価をして下さった方に多大なる感謝を。

では続きをどうぞ。


「らしくありませんな、御母堂」


新平の本営に向けて馬を駆る馬騰と龐徳、そして直属の四騎。

友好関係を築く董卓陣営にて刃を突き付けられ、さしもの馬騰と龐徳も肝を冷やす―――筈もなく、手綱を握らず悠揚と馬を駆る主君を見、嘆息。悪しく言えば、軽率とも取れる主君の行動は何時もの事だが、臣下として慣れないものは慣れない。


「さもあの童より背を見せ逃げ帰るが如き。某は納得しかねまする」

「ありゃ非は私にあった。多少の恥はかくさ」

「御母堂」


睨めつける様に馬騰を凝視し、数瞬置いて今度は馬騰が嘆息。

己が朋友も異民族相手に戦い抜いた歴戦の士。非難がましく見つめる勘の鋭い彼には偽れぬと悟り、前を向いたまま問う。


「令明、さっきの三人どう思ったよ」

「某の印象ですか」


肯と示し、暫し考えた後に述べる。


「姜維殿は中々の武人なれど将として依然未熟。神坂殿は怜悧にして激情の士。高順は……忠心と餓狼の境目で揺れる、言わば獅子身中の虫かと」

「ほ。辛酸舐めさせられた女にゃ手厳しい評だ」

「茶化さないで頂きたい。某の問、御母堂の問と関係がありましょう」

「まあ、よ」


彼方に馬旗を掲げた本営が見え始め、速度を緩やかに落とし視線を移すこと無く開口。


「私の印象は令明と概ね一緒で、だが神坂はちょいと違う」

「……如何に」

「私ゃ神坂が怖いね」


思わず瞳孔が開かんばかりに目をやった。

怖い。

野戦に於いては鬼神が如く、馬上に於き敵う者無しと謳われた百戦錬磨の主君が、そう評した。

……何故。

自然と表情が険しくなるのを抑えはせず、馬騰の紡がれる言葉を待つ。


「さっき言った通り、神坂は不安定で不完全な童だ。私ゃそこが怖い、いやさ恐ろしい」

「……?」

「物事の是非、大事や小事を解そうとも、己が為なら善悪を意にも介さない。だが理解と納得は混濁しない才知の童」

「それの何が怖いのですか」

「例えば、だ」


「褒められる為なら善人悪人貴人飢人幾万人。それらを躊躇しないでまるっと殺す可能性」


「……ッ、それは」


それは宛ら、童子の普遍的欲求。当たり前で至極真っ当の衝動。

しかし、元服を過ぎても内包する余りに歪んだ性。

麒麟児とまで呼ばれた知勇兼備の者が、もしそれに至るのならば。

自らに受け容れがたい事実を、突き付けられた時は。


「成程恐ろしい。否、おぞましいと言うべきでしょうか」

「ま、流石に考え過ぎだろうがな。さっきはつい退いちまったが、神坂はウチの子にして矯正してやろうと思う訳だ」

「ふむ……む、む? 申し訳御座らぬ御母堂、話が見えぬのですが」

「あの不仁狼戻な高順を帰順させた張本人、賢そうで侠気あるし、興味も湧くさね。ウチの翠、いや蒲公英でも良いか。婿養子にでもなって貰って、家督継いで貰うってのも悪かないな」

「……冗談では無かったのですか」


半ば呆れ混じりに嘆息する龐徳の目に、前方の本営より騎馬。

母に似たやや太眉の少女、馬超とその従姉妹の馬岱。

遠目で見辛いが、馬超が怒った顔をしているのは明白。

勝手に斥候兵に紛れ近辺偵察、加えて僅かな兵での交戦。

ここまで帰りが遅いと、事情を話さねばならぬと考えるだけで、気が重くて仕様がない。


「お、丁度良い。おーい翠! お前の旦那候補を見付けて来たぞ!」


瞬間、馬超は奇声を発して落馬しそうになった。




半時が経過した頃、張遼と華雄は馬旗を掲げる砦を視認した。

行軍を止め一時砦外に駐屯せんと後方に伝令を放ち、陣を張らんと兵に指示を飛ばす。その過程で、張遼と華雄の間に挟まれた高順は得物を没収こそされたが、手脚の自由は利く状態。しかし終始不機嫌とも取れる態度。

理由は己の軽薄さへの自己嫌悪かと思われたが、そういう訳でもなく。

訳を聞こうとも、話掛けるなと言わんばかりの雰囲気を醸し出されては、張遼も閉口するしかない。

しかし、間を挟む戦友は些か空気を読む能力に欠如していた様で。


「高順は馬騰と面識があったのだな」

「華雄ッ」


問い掛けた相手は隠そうともしない舌打ち。そら見ろと言わんばかりに華雄を見たが、本人には一切の思惑や悪気が無いから尚更始末に負えない。

しかし高順は思っていたよりも平常だったのか、突き放す態度を取らず。


「随分前に戦場で顔合わせた程度だ。それ以上でもそれ以下でもねェ」

「って、散々不機嫌撒き散らかしておいて答えるんかい」

「場を繕う様に声掛けたら、打ちのめしたがな」

「では傭兵時代にでも相対したのだな」

「ホンマ華雄は平常運転やなぁ!」


思わず呆れを通り越して感心してしまった。


「異民族相手に雇われて、馬騰の軍相手に暴れた程度だっての」

「馬騰相手にそんなことしたんか……」

「にしても、やけに毛嫌いするものだな、お前は」

「アタイの好ましくねェ人種だからなアレ。……で、アタイは何時までテメェ等と居なきゃならねェんだ」

「気が早いなぁ、そんな早く沙汰欲しいん?」

「沙汰も何も、何時からアタイは董卓の処罰受ける身になった。主さんの立場考えて大人しくしてやってんのに、舐めた口利くんじゃねェよ露出狂」

「よっしゃソレ喧嘩売っとると取んでぇ!」


無い袖を捲る動作をしながら噛み付く張遼を麾下の者が抑え、高順はそのまま無視を決め込んだ。

二馬身離れていた戯志才に一連は聞こえていたが、呆れ混じりに嘆息し我関せずの態度。

実は事前に張遼を止める様指示していた彼女だが、高順らにそれを知る術は無し。


「だが神坂の立場を考えた割に、馬騰に噛み付いたのだな」

「……ッチ、猪の癖して妙に聡いな」

「ふん、褒めても何も出んぞ」

「都合悪い部分は聞こえないのかコイツ」


未だ隣で部下に羽交い絞めにされる張遼を尻目に、彼女は余所を向いたまま呟く。

理由なんてものは無く、それは己の唯々単純な感情故。


「気に入らなかった。それだけだ」


それ以降華雄も語り掛ける事はなく、高順も黙したまま。

彼女に何か共感する所があった故か否かは、不明である。



馬旗を掲げる砦内へ使いを遣り、一時砦外で駐屯することが決定された。

結局神坂は行軍中、中軍の董卓と賈駆の傍には居ず、李傕 郭汜らの居る隊に近い、中軍のやや後方を一人で駆っていた。

先刻あった馬騰、姜維、高順の悶着で姜維は臧覇の居る後軍、高順は前軍の華雄へ各々預けられ、董卓は後に沙汰を下すと言った。馬騰は最後に簡素ながらも謝意を示したが、二人が"軍司馬"の馬騰へ槍を向けた事に変わりはない。

董卓の性格上、二人は軍中騒乱の罪で最悪斬首とはいかないまでも、軍の体裁上、姜維は将軍位降格、高順は棒打ちか。或いは二人共、留守を預かる張済らと交代という形で天水への送還か。

何れにせよ難事な戦いを控え、二人が戦いに参加出来ない可能性もある。

ともすれば、神坂の取る行動はおのずと決まってくる。


「何処へ向かいますかな、神坂殿」


董卓の居る天幕を目指し、陣中を歩いている所に趙雲。

いや、少し背丈の低い小柄な程立も居る。


「月さんと詠さんの所に少し」

「もしかしなくても、姜維ちゃんと高順さんの事だったりします?」

「まぁ、ね。二人は俺に何か用でも?」

「いえなに、先程のやり取りで神坂殿は愛されている事が分かったので、眼福だった旨を」

「風もそんな感じです」

「それを俺に言ってどうすんのッ?」


冗談ですなどと声を揃えて言うが、恐らくそれは本心が混じっていよう。


「神坂殿には手合わせの約がありましたが、勅が下され暫くは無理というもの。神坂殿は黄巾賊の討伐に専心なさいませ」

「うん、有難うと言って置くけどさも俺から申し込んだ様な言い方やめようね」

「おうおう兄ちゃん、こういう時は黙って借りにしとくもんだぜ」

「何それ随分一方的な貸し方」


ともあれ、二人はこんな話をしたい訳ではない。

そろそろと目を合わせ、軽く頷くと趙雲が切り出す。


「つきましては神坂殿、約の代わりと言っては何ですが、私達の要望を聞き入れては御座いませぬか」

「やっぱり。俺を待ち伏せしてたのは、それが本題だからか」

「あや、気付いていたんですか」

「兵達の慌ただしい陣中で止まってる二人が居るんだし、遠目でも分かるさ」


おやおやと口にしていた飴を取り出し、趙雲は肩を竦めた。

姜維らの件で感情が乱れていると思い、軽い世間話から始めたが、彼には必要無かった様だ。



「―――で、あんたは睡蓮と高順の用で来たんでしょ」

「そんなに分かり易いの、俺」


天幕に入り顔を合わすや否や、開口一番がそれだった。

董卓本人もそれは分かっていた様で、数度頷いていた。


「心配なさらずとも、お二人には大して罰という罰を与えるつもりはありません。……けど」

「軍中でやったのは拙かった、ですよね」


こくりと頷く彼女を目の端に捉え、賈駆は腕組み。


「あっちが謝ったからにはある程度の罰で済むけど、これから先馬騰軍と連携を考えると、一番妥当なのは二人を天水へ送還かしらね。その間の戦力低下は悩ましい所だけど」

「やっぱりですか。……因みに、月さんと詠さんはあの時、二人が馬騰さんに槍を向けた時どう思いました」


ピクリと肩を震わせ、一瞬言うまいかと躊躇ったが結局隠すことはせず。


「複雑、でした。撫子さん……馬騰さんは恩人、ですから」

「そうね。でもあいつが日向の精神逆撫でしてこういう事になったから、複雑。そうね複雑だわ。キレたのがあんたじゃないというのも、ね」

「……ですよね」


良かった、と思った。

三者の観点から見れば姜維らを罰すべきだが、董卓らはしっかり事情を察してくれていた。

しかしだからと言って、兵達の前で騒乱沙汰を起こした罪をあやふやには出来ない。

精強な軍の維持は規律を守り糺してこそ。中郎将の軍ならば軍規も尚更糺すべきなのだ。

しかし二人は今欠かすべきでない戦力。

だからこそ、神坂は罰の代替案を切り出した。


「なら月さん、あの二人を穎川郡へ派遣という形はどうでしょう」


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