第81話 爆発音
醜悪な見た目をした魔物、オーガと対峙する。
オーガは二メートルを優に超える魔物であり、人型の魔物だ。
図体はデカく、普通の人よりも大きいから威圧感がある。
棍棒のようなものを手にしていて、それを大きく振りかぶり私を潰そうと下ろしてくる。
しかし、私はそれを軽く避ける。
図体がデカい分、動きは遅い。
避けた際にオーガの横へと位置取り、そのままの流れで腕を斬り落とす。
オーガにも痛覚というものがあるのか、斬り落とされた腕の抑えて雄叫びを上げている。
その隙を逃すわけもなく、額に剣を突き刺した。
引き抜くと、オーガの身体は地面へと堕ちた。
「はぁ、はぁ……!」
私の周りには五体のオーガの死体が転がっている。
他にも何体か違う魔物が混じっているが、私が殺した魔物ではないのもいる。
もうどれが私が殺して、どれが違う人が殺したのかもわからないほどだ。
先輩とあの女の子から離れて、私は一人で残ってずっと魔物と戦っている。
どれだけ斬り殺しても、終わりが見えないほど魔物が次々と現れてくる。
このままでは体力が尽きてしまう……!
なんとか中心街まで下がって、一度休憩しなければまずい。
そう思って中心街の方へと走り出そうとした瞬間――爆音が響いてきた。
その爆音は中心街のど真ん中で起こったようで、ここから一キロほど離れているにも関わらずその爆発音は大きく聞こえ、爆発によって地面が揺れた。
「な、何が起こった……!?」
爆発が起こって炎が上がり、煙が上がっている。
その位置を見ると、そこは住民が避難しているところだ。
「まさか、防衛線が破られたのか!?」
あそこには多くの兵士が集まり、敵の進行を防いでいたはずだ。
そこを破られたら避難した住民が……!
それに、あそこを突破されたらいよいよ王宮へと敵を侵入させてしまう。
私達兵士が絶対に守るべきものは、住民である。
その教えは騎士団団長、イェレミアス団長が言っていたが、その後に続けた言葉もあった。
『これを言ったのは、レオナルド・カルロ・ベゴニア陛下です。あの人は自分を守るより、住民を守れと仰っていました。住民のことを本気で大事にしているあの陛下を、私達は同時に守らなければいけません。なぜなら陛下自身も、この国に住む人なのですから』
私はその言葉に感銘を受けた。
現国王、レオナルド陛下の住民を想う気持ちも、イェレミアス団長の決意。
それを見習いの時に聞いて、本気でこの国に仕える兵士になろうと思ったのだから。
だからあそこを突破されてはいけないんだ!
住民にもさらに被害が出てしまうし、あそこは王宮へと続く大きな一本道がある。
今の爆発で本当に突破されたのかはわからないが、何かが起こったことは間違いない。
急いで向かわないと……!
疲れた身体に鞭を打って、私は魔物の死体が転がっている道を走った。
出会った魔物を殺し、時には躱しながら爆発が起こった場所へと辿り着いた。
そこはもう、地獄へと化していた。
近づく前から聞こえていた悲鳴、そして至る所に死体が転がっている。
来るまでの道にも死体が転がっていたが、ここはその比じゃない。
魔物の死体の方が多いが、住民の死体も多くある。
「くそ、くそっ……!」
視界がボヤけてきている。
私は知らぬ間に、涙を流しているようだ。
何もできない。
そんな思いが私の心の中を埋め尽くす。
近づいてくる魔物を殺しても、もうその魔物に殺された人々は帰ってこない。
「――っ!」
この地獄で剣を振るっている最中に、目の端にさっきの女の子が見えた。
崩れた家の前で、地面に座っている。横顔が目に入ったが、まだ死んでない。
「退けっ!」
目の前の魔物を斬り殺してから、その子へ近づいていく。
その子の側に行くと、座り込んで何をしていたのかがわかった。
手を握っていた。先輩兵士の。
先輩兵士は横たわっていた。目は見開いて、どこも見ていない。目を開けているのに、光を捉えていない。
口から血を流している。お腹には大きな何かが突き刺さっている。
女の子は、死んだ先輩兵士の手を握っていた。
「っ! 君! ここは危険だ! 逃げるぞ!」
「……お姉ちゃん、この人……」
声をかけると私の顔を見上げてきた。
私のことを覚えているようだ。
「動かなくなっちゃった……」
「っ! 行くぞ!」
私はそう言って女の子を連れて行こうとする。
――瞬間、後ろに何かがいるのを感じる。
振り向きざまに剣を振るう。
すると剣は何かに当たり、それを吹っ飛ばした。
「くっ……気づかれるとは思わなかったぜ」
そこには男がいた。
男は私の剣を腹に受けて、血を流している。
服、そしてこいつの赤い目を見る限り、リンドウ帝国の兵士だ。
どうやら後ろから私を殺そうとしていたみたいだが、私の剣を受けて手痛い傷を負ったようだ。
私は女の子を背にして、そいつに剣を向けながら叫ぶ。
「退け! 私はこの子を安全な場所に連れていかないといけないんだ!」
「あぁ? それなら俺を殺してから行くんだな」
「その傷で、私に勝つつもりか?」
「舐めんな、このくらいの傷で女のお前に負けるわけねえだろ! さっきのは不意打ちで喰らっただけだ!」
そう言って男は私に突っ込んでくる。
右手に剣を持って振るってくるが、私はそれを受け止める。流したり避けたりして、女の子に当たったらいけないからだ。
しかし、男だとしても傷を負っている状態、それに加え私は普通の男より力はある。
簡単に受け止め、押し返す。
相手は体勢を崩す。
「くっ……!」
そして傷を抑えながら下がる。
今のだけでわかる、私の方がこの男より強い。
傷を負ってなくても、おそらく私の方が強いだろう。
「わかっただろう、お前に私は殺せない。早くそこを退け」
私がそう言うと、男は私を睨みながら何か少し考える仕草をする。
「……お前、今俺が体勢を崩した時になぜ斬らなかった?」
「っ!」
「まさかお前、人を殺せないとでも言うのか?」
男の言葉に何も言えずに、背中に嫌な汗が流れた。
そして思い出す、エリックの言葉を。
『あなたは――本気で剣を振ったことはありますか?』




