第42話 本気の剣
「あなたは――本気で剣を振ったことはありますか?」
俺の質問に、ユリーナさんは眉を顰める。
「本気で、だと? どういう意味だ?」
「言葉の通りです。あなたは恐らく、本気で剣を振ったことはないでしょう」
俺がそう断言すると、さすがに怒りを露わにした。
「ふざけるな。私は毎日剣を振り続けてきた。一振り一振り、本気で振っているに決まっているだろう」
険のある言い方で言ったユリーナさんは言葉を続ける。
「エリック、君と戦って君の剣を知った。恐らく君も私と同じく、毎日本気で剣を振り続けたのだろう。剣を交えた私と君なら、それぐらいわかると思っていたのだが……」
その言葉には怒りではなく、落胆に意味が込められていた。
確かにあの決闘でユリーナさんの剣を知った。
毎日本気で剣を振ったというのもわかっている。
だが、俺の言う本気はそうじゃない。
「ユリーナさんと俺の本気は違います。比べるなら、俺の方が本気で振っています」
「なんだと……私が真面目にやってこなかったと言いたいのか?」
剣を持っていたら、今にも斬りかかってきそうなほど怒っているのがわかる。
「ユリーナさんは――人を殺したことはありますか?」
「人を……?」
俺の突拍子も無い質問にまたもや疑問を抱いているだろう。
「剣とは、人を殺すための道具です」
自分を守る、大切な人を守るために剣を振るうと言うが、それはつまり自分や大切な人以外の誰かを傷つけるということだ。
「ユリーナさんは、その覚悟を持って剣を毎日振っていましたか?」
「……人を殺す覚悟を、ということか?」
「はい、そうです」
「……」
ユリーナさんは答えられない。
それはそうだろう。騎士団の中にも、人を殺す覚悟を持って剣を毎日振っている人なんてそういないだろう。
「俺は、人を殺したことがあります」
「――っ!」
俺の質問で恐らく察していただろうが、それでも少し驚いている。
俺は今世でも村を襲ってきたフェリクスを殺した。
前世でも、戦場に立ち人を何十人、何百人と斬って殺してきた。
それに全く後悔はない。
俺が守りたい者の為に選んだ道だ。
しかし、それでも人を殺すことが正義になるはずがない。
「もちろん無差別で殺したのではなく、相手が自分にとって悪の時にしか殺したことはありません。それでなければ騎士団に入ることは出来ないでしょう」
「……そうか」
俺の言葉に少しホッとしているユリーナさん。
それはそうか、今日から一緒の部屋に住む人が快楽殺人者だったら夜も眠れないだろう。
「俺は、人を殺す覚悟を持って毎日剣を振っていました。これがユリーナさんと俺の本気の違いです」
「……そういうことか。君にとって、私の剣など遊びに等しいということか」
そこまでいくと極論だが、一理あるかもしれない。
人を殺す覚悟がない剣など、振る意味はないと俺は思っている。
「同世代の男となら負けることはないと思っていたが……まだまだだな、私も。そこまで覚悟を決めて剣を振るなんて考えたことなかった。ただ強くなるのが楽しいから、負けたくないからなど考えていた」
「普通はそうだと思いますよ」
前世の頃は、強くならないと死ぬ、誰も守れないと思って強くなった。
今世でも強くならないといけないと思って、その覚悟を持って剣を振ってきた。
「今すぐにでもその覚悟を持って剣を振るいたい……そう思うが、なかなかそうはいかないだろうな」
剣は人を殺す道具、そう思っても普通はそこまで覚悟を決められないだろう。
俺のように、命を懸けて何かを守りたいと思わない限り。
「私もいつか、本気で剣を振るえるだろうか……?」
「……何か、本気で守りたいと思うものがあったら、出来ますよ」
「……本気で守りたいもの、か」
そうはいっても、なかなかそういうものはないだろう。
せいぜい、自分の命とか家族の命とかそのくらいだろう。
しかも、それは今思うだけでは絶対に無理だろう。
本当に自分や家族が命の危機に瀕しないと、本気で考えることは出来ないだろう。
「今は負けたくない、強くなりたいという想いで十分だと思います。それに、それだけが俺に負けた理由じゃ納得もいかないでしょ? 想いの強さなんていう不確かなものだと」
「そうだな、君に負けた理由は技術面、それに精神面だと思った。それを鍛えていけばいつか君に勝てるかもしれないな」
あの戦いを振り返って、自分が足りないものがわかったのか。
そういう自己を分析する力も、強くなるには絶対に必要な力でもある。
「明日からまた訓練が始まる……その時にまた、手合わせ願いたい」
「もちろん、お受けしますよ。そう簡単に負けませんがね」
「次は……いや、現実的ではないことは言わないほうがいいな。しかし、いつか必ず勝つ」
ユリーナさんはそう言って、少し微笑みながら手を差し出してくる。
俺もその手を受け取り笑顔を返す。
決闘が終わった時の弱々しい握手ではなく、今度は力強い握手であった。
「そろそろ夕飯時だ。食堂に行こうか」
「そうですね」
案内をしてもらっていたが、もうそんな時間か。
まあ今日は午前中に村を出て、王都に着いたらすぐに陛下と面会して、終わってこっちに来たら決闘だもんな。
なかなか濃い一日を過ごしたぞ。
さっき案内された食堂に、おさらい的な意味で俺が前を歩いて行くことになった。
そこまで記憶力がないわけでも、方向音痴なわけでもないので普通に辿り着いた。
食堂にはもうすでに結構な人数がいて、各々食事を貰って席に着いて食べていた。
俺とユリーナさんも食事を貰って、対面で席に着く。
しばらく雑談しながら食べていると、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「エリックー! 一緒に食べようー!」
そう言いながら近づいてきたのはティナだった。
俺の返事を聞かずに隣に座ったティナは、早速俺がいない間のことを話し始めた。
街に行って何かをしたなど、何を買っただの。
満面の笑みで話してくれるのを、俺も相槌を打ちながら聞く。
「君達は本当に仲が良いのだな」
対面に座っていたユリーナさんが俺たちの様子を見てそう話しかけてくる。
「そうですね、俺が0歳の頃からの付き合いなので、十六年は一緒にいますからね」
俺は0歳の頃から記憶があったからな……大変だったぞ、0歳の俺に強く抱きついてくるから、何回も死にそうになった。
「私はそういう相手はいないからな……少し、羨ましいよ」
「ユリーナさん……大丈夫ですよ、これから一緒に過ごしていく仲間なんですから」
「……そうだな、エリックとは仲良くできそうだ。今までの男達とは違うからな」
それは性格が違うんじゃなくて、ただユリーナさんより強いだけな気がするけど……まあそう言ってもらえるのは素直に嬉しいな。
「むぅ……二人、仲良くなってる」
「ん? まあ、少しはな」
俺とユリーナさんの話を聞いて、ティナが膨れっ面になりながらそう言ってくる。
ティナの目から見ても仲良くなってると言われるか。
「ねえエリック、耳貸して」
「ん? なんだ?」
ティナが俺の耳に顔を寄せ小さな声で、
「部屋で二人きりだからって言って……変な気起こしたら、ダメだよ?」
そう告げてきた。
ビックリして顔を離しティナの方を見ると……時々見せる光を失っている目で、ニッコリと笑っている。
「わ、わかりました……」
全くその気がなかったにも関わらず、なぜか悪いことをしているように感じてしまい敬語になってしまう。
怖い……ティナさんマジ怖え……。
目の前には食事を食べながら、耳打ちした後に俺の様子が変わったのを見て首を傾げているユリーナさんがいた。
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皆さま感想ありがとうございます!とても嬉しい感想ばかりで、もう自分泣きそうです…。
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