【第62話:浜風鈴々の想い】
京乃さんが立ち去った後、シュタっと片手を挙げて今度は浜風さんが現れた。ブロンドヘアが揺れている。
「やっほ」
「お、おう」
なんだ? 元気だな。
京乃さんが俺に話したいことは【告白】だった。
浜風さんが俺に話したいことはなんだ?
今度こそ、俺に対する苦言だろうか。
でもこの明るい感じは、そういうネガティブなことじゃない気もする。
「あのさ雄飛君」
「うん?」
「本日はお日柄も良く、いかがお過ごしでしょうか」
「いやそれ、なに言いたいのかわからん」
いつも斜め上の行動をする浜風さんだが、今日はより一層重症だ。
「昔々、あるところにRちゃんという女の子がいました。彼女は恋を知らない女の子でした」
今度は童話が始まっちゃったよ。
あーるちゃんって誰?
「Rちゃんはある日、カフェでアルバイトを始めました。そこのてんちょは、U君という男の子でした」
あ、もしかしてRちゃんって鈴々《りんりん》、つまり浜風さんか?
でももしも『てんちょ』ってヤツが俺なら、雄飛だからイニシャルはU君じゃなくてY君な。
浜風さんらしいうっかりなのかな。
まあどっちでもいいけど。些細な間違いだ。
「Rちゃんは慣れないバイトで最初は失敗ばかりしたけど、店長はしっかりとフォローしてくれました。U君はとても優しくて頼りになる店長です」
ちょっと待って。その店長が俺のことなら、買い被りすぎだ。
はずかしくて穴があったら入りたい。
それに色々とツッコミたいことは満載だけど、浜風さんが真面目な顔で語ってて、止めるに止めれない。
「Rちゃんはそんな店長のことが、段々と気になるようになりました。彼の笑顔はカフェ店内の照明のように輝いて見え、その声はケーキのように甘く聞こえるようになりました」
……どういうこと?
なんか変な例えが多くて、すんなり意味が入ってこない。
えっと、話を整理すると……
浜風さんは店長のことが気になる。彼の顔は輝いて見えて、声は甘く聞こえる。
──まるでその店長に恋をしてるような表現に聞こえる。
この店長って、やっぱり俺のことか?
まさか浜風さんから俺への告白?
いや待て。告白にしては軽すぎるだろ。
つまり俺、からかわれてる?
「あの、浜風さん? いったいなんの話なのかな?」
「あ、えっと……うまく伝わらなかったかな? あたしの渾身のお話。カフェで働く人らしく、可愛く表現したつもりなんだけど」
「意図はわからないでもないけど、イマイチわからない」
「そっか。AIに相談ながら一生懸命考えたんだけど」
それだ。AIに訊いたせいで、凝りすぎた提案されたんだろ。
って言うか、浜風さんAIなんか使うんだ。意外。
「わかった。じゃ、もっとわかりやすく言うね」
「うん」
「あたしはてんちょーのこと、好きかも?」
「かも?」
「いや、好き! きっと好き!」
──『きっと』って……
ついさっき京乃さんの、真面目でまっすぐで心のこもった告白を聞いた直後だからだろうか。
浜風さんの告白がどうも冗談ぽく聞こえてしまう。
神ヶ崎は言った。
『二人の話を真剣に受け止めてほしいの』
それからするとつまり、浜風鈴々の話も冗談じゃなく、本気だってことか。
「いや、いくらなんでもこれは冗談ぽいよな。なあ浜風さん」
そんなに深く考えずに、そんな言葉が口から出た。。
彼女の軽い言い方と、俺自身の照れ隠しと、そして場を和ませたい気持ちと。
そんな気持ちが合わさって、ついそんなことを言った。
浜風さんは、あははっと笑い飛ばすだろうという予想をしていた。
しかし彼女のリアクションは、予想とは違うものだった。
「いやあのこれは……じょ、冗談なんかじゃないから。あたし……あたし……マジで雄飛君のことが……雄飛君のことが……」
みるみる彼女の顔が曇っていく。とても悲しそうな顔に変わっていく。
いつもあっけらかんと明るい浜風さんのこんな顔は初めて見た。
そしてまつ毛の長い大きな目には、大粒の涙が浮かんで来た。
やばいよ。俺、浜風さんを泣かせちゃった。悲しませちゃった。
「ご、ごめん浜風さん! 悪気はなかったんだ」
「ううん、雄飛君が悪いんじゃないから! あたしの方こそごめん!」
言いつつ両手の指で、両目に浮かんだ涙を拭う。
もう誤魔化せないほどに、本格的に泣かせてしまった。俺のバカ!
「傷つけてしまったよね。ごめん」
「マジで違うんだ。ぐすっ……雄飛君の言葉に傷ついたって言うよりも……あたし、告白が失敗するかもってすっごく不安で、緊張してたんだ」
緊張してた? 全然そんなふうに見えなかった。
ああ、俺って全然ダメなヤツだ。
「それを隠すために明るく振る舞ってたんだけど、ああやっぱダメだった。緊張し過ぎて変なことばっか言っちゃった」
あの変なテンションと変な言葉は、緊張し過ぎたせいなのか。
いつも斜め上の人だから、全然わからなかった。
「上手く伝わらないって思ったら、その緊張の糸が切れたって言うか……なぜか急に涙が溢れてきたんだ」
「そうなのか。ホントごめん」
「だから雄飛君が悪いんじゃないって。あたしが雄飛君を好きで大好きで、とてもかっこいいって思ってるってことを、ちゃんと伝えられなくて悔しいだけだから」
嬉しいことを言ってくれている。今度はちゃんと伝わってるよ。
だけど泣いている彼女にかける言葉が見つからない。
俺は、流れる涙を指で拭う美少女の姿を見守るしかなかった。
「ああっ、もうっ! あたしって、マジだめなヤツだ。こんなじゃ、雄飛君に『好きだ』って気持ちは伝えられないまま終わっちゃう! 付き合ってほしいって言えないままに終わっちゃう!」
──いやあの……何を言ってるんですか浜風さん?
「それだけはっきりと言ってくれたら、充分気持ちは伝わるよ」
「へ? あれっ? あたし、無意識のうちに雄飛君のことが『好きだ』って言ってた?」
「うん、言ってた。ありがとう」
「ええええええ? うわぁぁぁぁぁぁっ! はっず!! ハズすぎるんですけどっ!?」
頭を抱えて七転八倒する浜風さん。
マジで全身をくねらせて悶絶する人間を初めて見た。
浜風さんは、真剣に俺のことが好きって思っている。それは充分伝わってきた。嬉しい。
京乃さんも浜風さんも。二人とも俺のことを好きだと言ってくれた。嬉しい。めっちゃ嬉しい。
だけど俺はいったい、どんな返事をしたらいいんだ。
それがまったくわからない。
「あのさ浜風さん。俺、そんな風に言ってもらってめちゃくちゃ嬉しいだけど。俺は……」
「ちょっと待って雄飛君! まだ何も言わないで!」
突然手のひらを見せて、俺の言葉を静止する浜風さん。
どうしたんだ?
「あたしの告白に対する返事は、これからすずちゃんの説明を聞いてからね」
──え? 今度は神ヶ崎の説明を聞く? なにそれ?
「それじゃ、選手交代するよっ」
そう言い残して、浜風さんは客席から奥の方へ、トテトテと早足で戻って行った。
俺は、またその場で茫然と立ち尽くした。




