【第61話:京乃雅の想い】
京乃さんが、俺のことを好きだと言った。……いや大好きだと言った。
これはいったいどういう意味だろう?
「京乃さん……俺をからかってる?」
「いえ、本気です」
「あ、もしかして、大好きな店長さん……的な?」
「いえ。もちろんカフェの店長として、わたしの上司としても好きですけど、今言ったのは異性として大好きだという意味です」
「ホントに?」
「はい……きゃっ、ついに言ってしまいました」
恥ずかしさが突然ぶり返したのか、真っ赤になってうつむいた。
小柄な京乃さんが、さらに身体を縮こまらせている。なんと可愛らしいのか。
──と、そこで、さっきの神ヶ崎の言葉を思い出した。
『一つ目は、二人の話を真剣に受け止めてほしいの』
今の態度からしても、神ヶ崎の言葉からしても。
これは、つまり──京乃さんの告白が本物だってことか!
「あ、ありがとう」
いやちょっと待って。頭がふわふわしてる。
こんなこと、ちょっとやそっとじゃ事実として受け入れられない。
こんなに美人で、こんなに性格が良くて、こんなに可愛い人が俺のことを好きだなんて。
「嬉しいけど、まだ信じられない。京乃さんみたいな素敵な女性が、俺を好きだなんて」
「素敵……えへへ、そうですか? 嬉しい。照れます。逃げ出したいくらい嬉しいでしゅ」
京乃さんのテンションがおかしくなってる。
テンパってるのは俺だけじゃないんだ。
「あ、いえ……取り乱しました。失礼しました」
「だ、大丈夫だよ」
俺だって心の中では、すさまじく取り乱してる。
「実はわたしは、ずっと前から雄飛さんのことを好きでした。さっき何度も言葉が詰まったのは、『昔から好きだった』と言いたかったのです」
なるほど。さっき『むか、むか……』と言ってたのは、そういうことだったのか。
……にしても、昔からってどういうこと?
同じクラスになってまだ半年くらいしか経ってない。
その前から俺を好きだった?
関わりもないのに、俺みたいな目立たない男子を?
そんなことってある?
「昔って?」
「中学生の頃からです」
「でも俺達って、中学の頃は知り合ってないよね」
「いいえ。わたしたちは出会いました。小学生の頃に」
「小学生の頃?」
ますますよくわからなくなってきた。
俺と京乃さんが、小学生の時に出会ったって?
「はい。犬に襲われて、ケーキが台無しになってしまったあの日。あなたに助けてもらった小学生の女の子はわたしです。もう覚えていないかもしれませんけど」
「いや、覚えてるよ。忘れるはずがない。あの時の女の子が……京乃さんだったのか」
「覚えてくださってて嬉しいです。ありがとうございます」
記憶がみるみる甦る。
あの時の女の子。確かに京乃さんっぽかった。
「あれからわたしは雄飛さんのことが気になって、そして好きになりました。同じ高校であなたを見かけた時は、それはもう喜びでいっぱいでした」
「そうだったのか。全然気づかなくてごめん」
「いえ、そこは気にしないでください。一度会ったきりの女の子を、覚えていなくて当たり前です」
「でも京乃さんは、俺を覚えてた。高校で俺を見て、すぐにわかったんだろ?」
「えっと、それは……小学生の時も中学になってからも、何度かカフェ・ド・ひなたにお邪魔して……遠くから何度も雄飛君を見てたからです」
そうなんだ。全然知らなかった。
「ああっ、ごめんなさい! まるでストーカーですよねわたし」
「そんなこと全然思わないよ。それどころか、素直に嬉しい」
「あ、ありがとうございます」
ホッとしたような表情を見せる京乃さん。
こういう真面目で素直な感じが、やはりとても可愛い。
「雄飛さん。そしてわたしは今でも好きです。大好きです」
最初は遠慮がちだった京乃さんも、勢いがついてしまったのか、いつになく積極的に好きを連発している。
「ありがとう。嬉しい」
「だからわたしと付き合ってほしいです」
京乃さんはまっすぐにそう言った。
普段は控えめな彼女だが、決して大きくはないのにすごく熱を感じる声を出した。
嬉しい。とてつもなく嬉しい。
普通だったら迷うことなく、『うん』と答えるべきところだろう。
でもそう簡単には判断できない。
俺は果たして京乃さんと付き合う価値のある男なのだろか。実際に付き合ったら、彼女は失望するんじゃないだろうか。
いや、それ以前に、俺は本当は京乃さんのことをどう思ってるんだろう。
美人だし、性格はいいし、もちろん彼女として申し分のない女性だ。
だけどそれだけで付き合っていいものなんだろうか。
やっぱり本当に好きな気持ちを持っていないと、付き合うのは相手にも失礼なんじゃないか。
俺が京乃さんを異性として好きなのか。自分でもまだよくわからない。
そう言えばクラスの男子からも『チャンスがあれば絶対に逃すな』なんて言われた。あいつ預言者かよ。
その言葉を信じるなら、やっぱり付き合うべきなのかもしれない。
──ああっ、どっちなんだ!?
「あの……雄飛さん?」
「あ、ごめん! つい色々と考えてしまった」
ぐじゃぐじゃと考えてしまうのは、モテない男子の悪い癖だ。それはわかってる。
わかってるんだけど、つい考えてしまうんだよ。
でも勇気を出して告白してくれた京乃さんには、きちんと返事をしないといけない。
さあちゃんと考えろ。俺の返事は……
「京乃さん。俺……」
「雄飛さん、ちょっと待ってください」
京乃さんは手のひらを俺の目の前に掲げて、俺の言葉を遮った。どうしたんだろ。
「わたしの告白に対するお返事は、りんちゃんの話を聞いてからにしてください」
──え? 浜風さんの話を聞く? どういうこと?
「それでは選手交代です」
そう言い残して、京乃さんは客席から奥の方へと戻って行った。
俺は訳がわからなさすぎて、ただ茫然と立ち尽くした。




