【第60話:いよいよ始まる】
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怒涛のランチタイムも終わり、忙しさも少し落ち着いた。
カウンター裏のごみ箱を整理しながら、ほっとひと息ついたところで思い出した。
そう言えば浜風さんも京乃さんも、ちょっと様子が変だった。
明らかによそよそしい感じだった。
とうとう俺は愛想を尽かされて、嫌われてしまったんだろうか。
そうじゃないと思いながら、不安な気持ちも拭いきれない。
そしてその不安な気持ちが、胸の苦しさにつながっている。
そう。これは今までは感じたことのない胸の苦しさだ。
実際のところはどうなのか、二人に確かめたい。
だけどもしも「はい。嫌いになりました」なんて言われたらどうしよう。
不安が先に立って実行できない。
「ねぇ雄飛君。今日はお店が終わった後、何か用事はある?」
「ふわぅっ!」
突然神ヶ崎が後ろから声をかけてきた。
色々と思い悩んでるところだったから、マジびびった。
心臓が止まって死ぬかと思った。
「どうしたの?」
「あ、いや別に。突然だったからびっくりしただけ。店が終わった後は、特になにもないよ」
「じゃあちょっと話したいことがあるから、時間を取ってくれるかしら?」
「え? 神ヶ崎が話したいこと?」
あまりに意外すぎる申し出に、思考がフリーズした。いったいなんの話なんだ?
「いえ、私と言うか……雅と鈴々がね」
「二人が?」
……あ。察した。
やはり心配していたことは事実だったのか。
二人が俺に、何か文句を言いたいということか。
「うん。また詳しくは閉店後に私から説明するわ。いい?」
「ああ、わかった」
京乃さんと浜風さんが話があるのに、なぜ神ヶ崎が声をかけてきたのか。
そんな疑問も湧いたが、きっと直接俺には言いにくいんだろう。
仕方ない。まずは二人の言いたいことを聞こう。
そして俺に悪いことがあるなら、全力で謝るしかない。
──そう覚悟を決めた。
***
閉店後、片付けも終わって本日の業務が完全に終了した。
親父は俺達が何か話をすると聞いて、「じゃあ後はよろしく」と言い残して先に帰った。
女性陣は、今は三人とも更衣室で着替えをしている。
俺は神ヶ崎に言われたとおり、客席の所で待っていた。
審判を待つ受刑者の気分だ。
そこに着替え終わった神ヶ崎が一人で現れた。
「お待たせ」
「あれ? 一人?」
俺に話があるのは、京乃さんと浜風さん……だったはずだよな。
「ええ。先に説明したいことがあるの。いいかしら?」
「ああ、うん」
説明? いったいなんなんだ?
訳がわからなさすぎて怖いぞ。
「今から雅と鈴々が、それぞれ個別に雄飛君にお話をするんだけど、私からあなたにお願いがあるの」
神ヶ崎の真剣な眼差しに、ごくりと唾を飲み込んだ。
「一つ目は、二人の話を真剣に受け止めてほしいの」
「……あ、うん。わかった」
これから聞かされる話は、冗談でも悪戯でもないってことだな。
そして俺に、『覚悟しなさいよ』と、そう言いたいんだろう。
「それともう一つ。私も含めて三人とも、この店が好きだし、これからどういう結果になろうとも、今後もこの店で雄飛君と一緒に働きたいと思ってる。それはわかってほしいの」
……ということは、俺のことが嫌いだとか、バイトを辞めたいという話じゃないってことか。
うわ、よかった。ほっとした。
でも待てよ。『これからどういう結果になろうとも』ってどういう意味だ?
何か大変なことが起こりそうで恐いんだけど……
「いいかしら?」
彼女たちは三人とも、この店を好きだと言ってくれている。
今後もこの店で俺と一緒に働きたいと言ってくれている。
ということは、店運営に関する俺への苦言や要望だという気がしてきた。
そこまで言ってくれるなら、俺も彼女達の言いたいことをしっかりと受け止めなきゃな。
「あ、ああ。わかった」
「それじゃあ雄飛君はここで待ってて。あの子たちを呼んでくるわ。最初は雅からね」
そう言い残して神ヶ崎は客席フロアから、更衣室のあるバックヤードの方に出て行った。
いったいどんなことを言われるのか、ドキドキして待っていると、奥から京乃さんが現れた。
黒髪の美少女はいきなりぺこりと頭を下げる。
「ごめんなさいね雄飛さん」
「いや別に大丈夫だよ」
俺のすぐ目の前にまできて、彼女は立ち止まった。
そしてまっすぐに俺の目を見た。
いったい何を言われるのか。
ディスりだろうが愚痴だろうが、苦言だろうが厳しい要望だろうが。
どんなことであっても、真正面から受け止めよう。
俺はそう覚悟を決めた。
「雄飛さん!」
「はい」
「わたし、京乃 雅は、秋月雄飛さん、あなたが大好きです!」
……は? なんですと?
一瞬、京乃さんの言葉の意味がまったくわからなかった。




