135.既視感
作戦会議は続いていた。
話は私達の侵入から、正面戦闘の話に移行していく。地図を囲み、敵の配置、こちらの消耗、時間稼ぎの手段。
正直、私に直接関係ない部分だが、同じ戦場。何があるか分からないのでちゃんと聞く。
集中しなきゃと思い、伸びをしながら首を回す。
――その時。
視界の端が、赤く染まった。
ん!?
一瞬だけ。けれど、見間違えるはずがない。
私の【レッドアイ】にだけ映る“赤”。
改めて振り向く。
私の左後方、天幕の裏から聞き耳を立てて……いや、切れ目を入れて中の様子を見ていた。
目が合う。
そいつは走って逃げようとする。
私は考えるより早く、体が動いていた。
パンッ!
乾いた銃声が天幕に響いた。
「うぁぁッ」 — 悲鳴が上がる。
撃ち抜いたのは、足。
影の主はバランスを崩し、走り出した勢いのまま、転げて倒れ込む。
「っ……!?」
「敵!?」
天幕にいる全員が一斉に空気が張り詰める。全員が銃に手をかけ、警戒している。当たり前だろう、急に発砲音が聞こえたのだ。ここにいる者たちほど、反応が早い。
私のハンドガン【オズ】の銃口からは硝煙が上がっている。
すぐに私の発砲だと気付く。
皆が私と、その撃った先を見詰め、状況把握に務めている。
私以外にはまだ天幕越しで倒れている敵を正確には把握できていないだろう。
私はゆっくり歩き出し、天幕を敵が開けた裂け目から更に引き裂いて外に出た。
騒ぎを聞きつけて、周囲に兵士が集まってきている。
私はレッドアイを発動していない、右眼でその敵を見る。倒れた男は、足を抑え、呻きながらこちらを見上げていた。
…………アルステリア軍服を着て。
「……なに、してるの?」
私の声は、自分でも分かるくらい冷たかった。
ここまで侵入しているんだ、アルステリアの軍服を着るくらいの工作はするだろう。
「い、いやっ!その、違っ……!」
男は必死に首を振る。
私は銃口をその男に向ける。
「す、すいません!すいません!!」
「…違う?じゃあ、なんで作戦を“聞こう”としていたの?」
私の左眼には、この目の前の男は赤くハイライトされていた。
この人は…
--味方じゃない。
「ぉッ、わ、私はッ、ち、違います!ただ……」
「ただ?」
一歩、近付く。
「ここはレストデーン奪還作戦の司令部になっている場所。部外者は入れない。
だけど、あなたは……」
男の顔からは血の気が引いていた。
「誰の差し金?」
「す、すいません……!すいません……!」
それしか言わない。
恐怖に歯を震わせながら、ただ謝り続ける。
私に対する恐怖だけじゃない?
罪悪感もだろうか?
「リリーナ殿。そやつは敵か?」
トニーさんが私の隣に並び、その男を見ながら問いかけてくる。
「…はい」
「なるほど…
リリーナさんの【レッドアイ】にはそう見えているんですね」
ウルフさんが顎を触りながら、興味深そうに私と犯人の男を見比べている。
「リリーナさん。この男は私が預かっても宜しいですか?」
ウルフさんの提案。参謀本部所属で、アッシュの上司。先輩になるのかな?
この人なら問題ない。参謀本部なら何か特別な口を割らせる方法があっても不思議じゃないしね。
「はい、大丈夫です。助かります」
私としても、手間が省けるので助かる。この後、レストデーンに潜入しなきゃだし。
「おーおー、相変わらず派手に……
うわッ。この光景……なんか既視感がやべぇ……」
聞き覚えのある、軽い声が、私達を囲むようにできた野次馬の中から聞こえてくる。
振り向いた瞬間、見覚えのある人物が前に出てきた。
「……ワイリー!!」
思わず声が弾んだ。
一ヶ月ぶりくらいだろうか。
「久しぶりって程でもないか?元気そうで何よりだ」
「そっか!トニーさんのとこだったね!!」
一瞬疑問に思うが、ワイリーが何故ここにいるのか、私の中で自己完結する。
トニーさんは第3師団の団長で、レストデーン奪還作戦のメイン戦力は第3師団だ。
あの後、第3師団に入隊したワイリーがいても、何もおかしくなかった。
さっきまでの緊張が嘘みたいに、顔が緩む。
ワイリーは肩をすくめて笑った。
「そう言うこと。で?」
倒れている兵士を一瞥する。
「やらかしたのか?そいつ…」
「うん。多分、スパイ」
「はは、流石だな」
今も赤くハイライトされている。アルステリアの軍服を着てるけど、敵国のスパイなんだろう。
このレッドアイに嘘をつくことは出来ない。そういえば、自分でも明確な境目が分からないけど、そういったシステムになっている。
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side:【消失】オルガ
私は少し離れたところから、リリーナ・ランドルフがスパイと思われるアルステリア兵士を追い詰める所を見ていた。
……ついさっきまで、あんなに冷たかったのに。
今はその見た目の通りの…年相応と言った感じで知り合いっぽい赤毛の兵士と談笑している。
にこにこ笑ってその赤毛の兵士と笑っている姿は、とても微笑ましく見える。
だけど、先程のやり取りを見ていた周りの兵士達は違う。そのあまりのギャップに息を飲んでいた。
私は【魔力高適合体質】だ。
老化が人より遅く、魔力が見えるのが特徴だ。
さっきのリリーナは無意識か、狙ってか分からない。でも、その身体からは魔力が漏れ出ており、追い詰められた兵士は、見た目以上に言い表せないほどの恐怖を感じていただろう。
この私でもゾッとする程の圧を感じたのだから……
今は、そんな戦場のネームドとしての顔から一転。友達と談笑して楽しそうな笑顔の少女となっている。
なに、この子?
……怖い。
率直な感想だった。
私の所属は表向き特務機関。だけど、実は兼任しているものがある。
参謀本部の諜報部隊【月】。
敵国へのスパイ活動や自国の不正。諜報活動全般を極秘で担う。参謀本部の情報網はほとんど私達が関係している。ルンドバードにも似たような組織があるようだが、スパイ活動を取り締まるには必要なことなんだろう。
そんな仕事柄、色んな人を見てきた。
冷酷な者。
傲慢不遜な者。
天真爛漫な者。
冷静沈着な者。
色んな人がいた。天真爛漫だった子が、戦場を機に、闇に堕ちる所も見た。
だが……
ただ1人が、ここまで両極端な変化を両立させていることに驚きだった。性格が変化した者はいるが、ここまで切り替えがはっきりしてる人なんて、初めて見たから。
出立前にテレーズ長官から連絡がきた時のことを思い出す。
「すまんな、オルガ。追加事項だ。もう1人同行してそちらに向かってもらうことになった」
準備をしていた時のこと。特務機関長官である、テレーズ・アルノーからの通信が入る。
「どういうこと?1人?」
1人だけ増員されても、ネームドレベルじゃなきゃ、戦場に変化は及ぼさない。そこまで考えて、ふと、その可能性に気付く。
「同行者はリリーナ・ランドルフ。話題の新ネームドだよ」
やっぱり。
長官の声色は心底楽しそうだった。
任命式にて皇帝陛下を救い、襲撃者を返り討ちにした少女。
襲撃部分の映像は一般公開されていないが、私は仕事柄何度も見た。そのルックスとギャップが凄いなぁと思ったが、その時はそれ以上にとんでもない大きさのシールドを張っていたのが驚きだった。
「なるほど。長官のお気に入りなら断れないわね」
「オルガも気に入るだろうさ。この私がこいつならって賭けられるからな」
「そう?確かに長官がそこまで推すのは、随分久しぶりのことじゃ?それこそ、シルヴァンさん以来じゃ……」
そのアルステリア軍の英雄。
【レッドイーグル】シルヴァン・ランドルフ。
その娘が、件のリリーナ・ランドルフとなる。だけど、テレーズ・アルノー長官が英雄の娘ってだけで贔屓にするとは思えない。
……見たんだろう。
長官の未来視の能力で。
制限とか、なんでも自在に見れる訳じゃないらしいけど、長官が何かの判断を絶対に通そうとする時は見えた時だ。
ノウレア救出作戦もその判断だったみたいだし。
「そうだな。だから、頼んだぞ」
「えぇ、しっかり育ててあげるわよ」
「あぁ、ははッ!すまんすまん。そうじゃないんだ!」
ん?どういうこと?
私にネームドとして彼女を強くして欲しいって話じゃないの?
長官は面白そうに笑って話す。
「やり過ぎないように、抑えてくれ」
「え!?」
「アイツに戦闘についてだと、何も言うことはないだろうさ。勝手に大暴れするだけだからな。
戦闘以外は抜けてる所があるから宜しくって方が正しいかもな」
「……えぇ。分かったわ」
戦闘以外……
今、目の前で笑ってる姿の方がしっくりくる可愛らしい子。
私には抜けているらしい、今の状態が良いと思った。
だが、さっきの一面は間違いなく、ネームドのそれ。否、それ以上だった。
現に、同じネームドである、【炎帝】デイビッドも目を見開いていた。
その見た目で、未だどこかで実力に懐疑的だった気持ちは、直接見たことで完全に霧散していた。
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