128.レストデーン奪還戦
第1師団が壊滅してから15日――
レストデーン郊外。
かつてアルステリアの旗が翻っていた街は、今や完全にメラリア共和国の色に染まっている。
補修、再構築された防壁。
増設された防衛砲台。
市街地の各所では、メラリア軍兵士が休むことなく巡回を続けていた。
防壁の上では弾薬箱が積み上げられ、固定砲台や機銃の再点検がされている。
通信兵が慌ただしく行き交い、魔導装置の調整音が途切れることはない。
街全体が――
一つの巨大な防衛装置と化していた。
「砲台一番、調整完了!」
「魔力残量、規定値内!」
「市街地南ブロック、異常なし!」
緊張は張り詰めているが、混乱はない。
それが、メラリアが……いや、指揮官であるハインツ・ケラーによって積み上げてきた準備の成果だった。
ここは、既にアルステリア帝国を迎え撃つために最適化された都市へと変貌していた。
それでも。
レストデーンの東。
アルステリア帝国ウエストテリア方面。
朝靄の向こうに、黒い塊が蠢いている。
多数の集団。
整然と並ぶ隊列。
翻る旗。
──アルステリア帝国軍本隊である。
本隊は、遊撃を担当することが多い第3師団と第4師団の混合部隊が大部分だった。
歩兵と装甲車両や輸送車両が多数動員されている。
率いているのは、第3師団トニー師団長。
トニーは車両から前線を見渡し、ゆっくりと息を吐いた。
「……レストデーンか」
かつて自軍の拠点だった街。
遠くから見るその景色はかつての面影を残しつつも、大きく変化していた。そう、今は敵の要塞なのだ。
それでも兵の顔に迷いはない。
靴紐を確かめる者。
武器を握り直す者。
仲間と無言で拳を合わせる者。
その誰もが、同じものを胸に抱いていた。
――第1師団の壊滅
あの日、帰らなかった仲間達を。部隊は違えど同じアルステリア帝国軍である。見知った仲の者も多くいる。
皆の士気は異様なほど高かった。
「進めぇぇええ!!」
トニーの咆哮が、戦場に響き渡る。
「いくぞぉおーー!!」
「レストデーンを解放しろぉ!!」
「うぉぉぉお!!」
号令と共に、軍が動き出す。
足並みを揃え、地を揺らしながら前進する。
その進軍を、防壁の上からメラリア軍が静かに見据える。
「砲撃用意!」
「「砲撃用意!!」」
号令に合わせ、メラリア軍は迫るアルステリア軍を狙っていた。
「撃てぇ!!」
ドンっと重低音がいくつも響き、アルステリア軍に降り注ぐ。
レストデーンを巡る戦いは、今まさに、開戦の火蓋が切られたのだ。
メラリア軍より放たれた弾丸は、アルステリア軍に着弾──しない。
アルステリア軍はただ無防備に突撃している訳ではない。
歩兵達に混じる装甲車両が複数存在する。装甲車両の上部に2mを超えるアンテナのような装置が付いており、回転している。
歩兵の要、シールド発生装置である。
少々大型であるが、シールドの範囲も直径100m程。その範囲の歩兵を砲撃から身を守ることができる。
当然、無限ではないし、シールド強度も限界があるので近付ける距離に限りがある。
そこから先は塹壕戦になる。
それでも距離を縮めるのには、非常に有用な研究室の成果だ。
「こっちからもやってやるよ」
ロブがマガジンに手をかざし魔力を込める。アルステリア軍本隊の構成には特務機関メンバーも1部参戦していた。
現状、こちらからの銃弾は防壁に阻まれ殆ど効果がない。しかし、ロブの発砲する弾は違った。
着弾した瞬間に爆発。防壁を一部削り、顕になった敵が次弾の爆発に巻き込まれる。
「ロブは強いな」
以前に比べ素直になったロジェが褒める。
「あざッス!」
「俺も負けてばかりじゃいられない」
「目標はネームド【狩人】っすから、まだまだ頑張りますよ!ロジェさんも目標は分かりやすいっすよね」
「だな!おっ!?間近で見れそうだぞ!?」
そんな2人の視線の先。
兵士達にまじって、装甲車の上に立ち、ひと際目立つ、一人の男がいた。
赤を基調とした外套を翻し、悠然と戦場を見渡す存在。
──ネームド【炎帝】デイビッド・ジャクソン。
ショーンに言わせれば、戦闘力に比例したナルシストである。
「素晴らしい舞台だ」
デイビッドは口角を上げる。その白い歯を無駄に輝かせ、誰に話しているでもなしに、セリフのように大袈裟に言う。
「敵は堅固な防壁、整った防衛線。
だが、その程度でこの私。戦場の主役を止められると思うなよ?」
デイビッドが両手を広げた後、大袈裟な手振で手を合わせる。両手の間に魔力が凝縮され始める。
赤黒い魔力が収束し、拳大の“火の玉”が、形成された。
「では――そろそろ、主役の登場と行こうか」
炎帝が軽く腕を振る。
火の玉が、ヒュンッと弾丸のような前方へ射出される。
迷いなく、一直線に飛ぶ火の玉。
それは防壁上の固定砲台へ吸い込まれる。
――直撃。
ドンッ!!
衝突と同時に、火球は爆ぜた。
爆発とは少し違う。爆ぜる力に破壊力がある訳ではない。その力は違うところにある。火炎が四方へ広がり、砲台周辺を包み込む。
「うわぁぁっ!?」
「砲台が……!」
巻き込まれた敵兵は骨の髄まで燃え上がる。
砲台までも砲身が赤熱し、まず可動部が焼き付く。
耐熱の低い部分から外装も融解しはじめ、固定砲台は次々と沈黙した。
「第二砲座、使用不能!」
「第三もだ!火が……火が消えない!!」
この炎はただ燃えるのではない。
魔力を帯びた火炎が、陣地にまとわりつくように広がり、防衛設備そのものを“殺して”いく。
1番似ているのはナパーム弾だろうか?魔力を糧に、燃え上がるその火炎は他の炎魔術師達と一線を画していた。
「さぁ!前進せよ!」
デイビッドが指を指す。アルステリア軍は進軍を続ける。
真正面からの殴り合いである。
「敵本隊、正面より侵攻!」
「ネームド【炎帝】確認!!」
メラリア軍も即応する。
「中央を狙え!!奴だ!!」
「集中砲火でシールドを破れ!!」
だが――
デイビッドは止まらない。
火球が生成され、飛んでいく。防壁沿い、防衛陣地と次々に撃ち込まれる。
ドンッ!
ドォンッ!!
着弾点で爆ぜ、火炎が広がる。
遮蔽物を直接破壊するのではない。広がったその火炎が構造物を覆い、次々と機能を失っていくのだ。
防衛陣地でさえ、狭間と呼ばれる銃を撃つためにある壁の穴などから侵入し、内部を焼く。
「遮蔽物が意味をなさない……!」
「第12陣地、放棄します!!」
デイビッドは、確かに、戦場を支配していた。
「良いぞ……実に良い。やはり、私こそが主役である!」
愉しげに笑う。
正面の戦線は【炎帝】が支配するかに見えたが、追加で火球を撃ち出した時、防壁の前に土壁が急速に完成する。
「ほう。出てきたか……【ガイア】よ。やはり、私のいるところに貴様がいるな。それでこそ我がライバルだ。そんな貴様を倒してこそ、私は更に輝くのだ」
声が届く距離ではない。しかし、互いに何度も殺し合っている2人は、笑う。
炎魔術師の頂点と土魔術師の頂点の戦いが始まった。
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