曰くありげな宿泊場所
とびきり脆い荷物のように、慎重に運搬されること暫し。
さすが飛行特化の大型生物は速い。
感覚的に、うちの亀のほうが速い気もするけど。
いや、うん、比べる対象が規格外だったわ……うん? 竜種と比べて亀に分があるのってどうなんだ? 良いのか? それで良いのか、竜種。
空飛ぶ商団に運ばれ、辿り着いた絶海の孤島。
下ろされた私達は朝と同様に列を作り、ここまで遥々運んでくださったロックウェル商会の皆さんと向き直る。でっかいなぁ……特に背後に並ぶ使い魔達の先頭にいる、アイスワイバーン。
「それじゃお前達、ロックウェルの皆さんにご挨拶!」
「「「ありがとうございましたー!」」」
「はい、どういたしまして。こちらも商売ですから、お気になさらず」
「帰りもお願いね、おじさん」
「は!? ナイジェル君!? え、その腕章……噂には聞いていたけど、魔法騎士志望って本気だったの?」
「ご覧の通りだけど」
「そんな、マジか。どう考えても頭も思考も能力も、全方位どこから見てとっても頭脳労働特化の商売向きスペックなのに……父さん、君のお祖父さんなんて成人したら商会の一部門に君預けても良いかもなんて算段してたのに」
「人の進路を勝手に決めないでほしいんだけど。騎士にだって内勤はあるんだよ、頭脳を全く使わない訳じゃないし」
「内勤って言ったって……君、肉体労働向きじゃないだろうに騎士って。義兄さん、君のお父さんに倣って役人になるって方がまだわかるのに」
「将来は事務方特化の騎士として入職して、軍関係にゆっくり伝手とコネを伸ばすって決めてるんだ。僕の人生だからね、好きに生きるよ」
「あれ、いま、なんか不安なまでに頼もしい将来設計を耳にしたような……」
「それはともかく、ちょっと商売の話があるんだよね。合宿中は暇がないから、後日連絡するよ。ちょっと商談に一枚噛んでもらっても良いかな。利益は保証するよ。はい、これが資料。ここから帰り道にでも、のんびり目を通しておいてよ」
「ん? んん? いまさっき甥っ子の進路は魔法騎士だって聞いた気がするんだ。気のせいだっただろうか」
まだ解散にも至っていないのに、ロックウェル氏と軽く話し込むナイジェル君。
君、いま学校行事の最中だってわかってる……? 誰も(先生でさえも)ナイジェル君に注意する気が湧かないみたいで、放置されてるけどさぁ。本当はいけないんだぞー?
「なあなあミシェル」
「どうしましたの、フランツ」
「アレさ、なんかすっげぇ親しそうだし甥って言ってたよな。なに? 親戚?」
「ああ、ナイジェル君のお母様の方のね。商家の娘さんっていうか、なんか大きな商会の代表の娘さんだって話」
「それがロックウェル商会、って事か?」
「そうそう。ロックウェルの会長さんが才能を見込んだ優秀な若い人を支援しまくってるんだけど、ナイジェル君のお父様もその一人だったらしいよ。頭脳明晰だけど才能を伸ばす環境に恵まれない若者を、金銭的に援助して開花させるっていう。まあ、一種の投資だよね」
ナイジェル君の御父上はロックウェルの商会長が支援した若者の中でも特に優秀で品行方正、誠実な人柄で商会長の信頼と好意を見事に掴み取った。その結果、商会長の一人娘との縁談が結ばれたんだそうな。
ロックウェル商会長には三人の息子と一人の娘さんがいて、ナイジェル君はロックウェル商会長にとってみれば一人娘の子供。外孫に当たる。
それをいいことに、都合よくロックウェル商会の伝手を使って昔から上手いこと稼いでるんだよね。
まあ、商会の力を借りると、その分だけ利益配分にも干渉を受けるから、ロックウェル商会抜きの儲け話も最近じゃ抱え込んでるみたいだけど。物資の輸送って面ではロックウェル商会の力は圧倒的だし、どこまで関与させるか色々考えつつ荒稼ぎしているみたいだ。
ナイジェル君が本気で騎士を目指しているのかどうか、怪しく感じる理由の一端である。
ロックウェル氏、アナタの疑わしい気持ち。よくわかるよ。
ロックウェル氏と別れた後。
割とすぐ近くに我々は教師の引率で移動した。
鬱蒼と茂る木々が開けた、広い空間。
私達を出迎えたのは、少々老朽化が目に付くものの、それでもしっかりと鎮座する立派なお屋敷だった。こんな孤島にあるとは思えない程に大きく、建設にはさぞお金がかかっただろうと思わせる。歴史ある風格の、やたらと頑丈そうなお屋敷だ。
私達は屋敷に案内され、合宿中はここで寝泊まりをするのだという。
建物の外観も目立って壊れた個所はなく、中に入ってみればしっかりと手入れされている空気を感じる。事前に掃除もされたのか、埃が積もっていたり薄汚れていたりもしない。
人影はないものの、人の気配はしっかりと感じられる。
これは人の手でしっかりと、現在進行形で管理されている建物だ。
だけど本当に、何故こんな孤島に……?
疑問の答えを教えてくれたのは、ノキアだった。
どこからか情報を仕入れて来ていたんだろう。
興味深そうに屋敷の細部へ目を走らせながら、ノキアは語る。
「ここ、百年くらい前まで罪を犯した王族や貴族の配流先だったらしいよ。アレだね、島流しってヤツ。この屋敷は幽閉場所ってわけだ。よく見るとそんな感じの痕跡あるよねー。ま、罪を犯したって言っても権力や政治の闘争で負けた高位貴族とか、継承権争いで負けた王族とか、重犯罪者とはまた意味合いの違う人たちだったみたいだけど」
「ノキア、お前なんでそんなこと知ってんの」
「どこから情報仕入れてくるんだよ……昔取った杵柄か?」
「うんにゃ? 観光案内のパンフレットに書いてあった」
「観光案内のパンフレット!? え、どこでそんなの目にする機会があったんだよ。行先知らされてなかったろ」
「この屋敷の玄関にあったけど。自由配布で。なんか、このお屋敷って今じゃ観光資源扱いっぽいよ。島流し体験ツアーって銘打った短期旅行のプログラムが定期的に組んであるっぽい。このお屋敷も今じゃ体験ツアーのお客さん達を泊める宿泊施設であり、歴史を感じる史跡でありって感じ? あ、ちなみに体験ツアーの期間外だったら普通に貸切予約できるってさ。金持ってる人か団体客向けの料金設定だったけど。はい、これがそのパンフ」
「マジかよ」
「うわ、マジにパンフレットだ」
「めっちゃでかでか書いてあんな、島流しって」
「政治的敗者となった王族や高位貴族の島流し先か……」
「おい、止めろ。なんでそこで意味ありげにこっちを見てくるんだ」
「いやいや、ううん? 別に何も、赤太郎殿下に思うところなんてナイヨ」
「後半! いま、セリフの後半わざとらしく棒読みだっただろう!?」
「しかし王族や貴族の幽閉に使われた屋敷か。無念と怨念に塗れた曰くありげな宿泊先だな……」
「おい、スルーか! こちらに向けてきた意味ありげな視線に対してはスルーなのか!」
「これが小説なら殺人事件とか起きそうだよね! 千人規模の団体宿泊は、ちょーっと登場人物多すぎて小説の舞台にするには難しそうだけど」
「実際、ここを舞台にした小説や歌劇があるみたいだね。パンフレットの背面に紹介されてる」
「お、本当だ。合宿が終わったら、ちょっと取り寄せてみよっかな」
「ふぅん。実際に起きた史実を元にしてる小説があるのか……あ、こっちの小説は案の定な殺人事件もののミステリじゃん」
「色々書かれてるんだね。そうだ、夜になったら小グループに分かれて、この屋敷の探索してみる? 角灯一つだけを手に、屋敷一周とかどうよ」
「この無念と怨念に塗れた曰くありげな屋敷で!? それ肝試しじゃん」
「面白そ。やるやる~」
「お前ら、消灯後にそんなことしようだなんて勇気があるな……」
「え? なに、オリバー。怖いんだ?」
「ああ、怖いな。怨霊じゃなくて、羽目を外した馬鹿を取り締まる為に目を光らせているだろう先生方が。特に容赦がなさそうな将軍閣下や一部の先生に捕まった場合、どんな目に遭うだろうな?」
「「「「……」」」」
「夜の屋敷で、老師との鬼ごっこか。俺は逃げ切れる気がしないが、挑戦するか?」
「「「「………………」」」」
「悪いことは言わない。この屋敷での肝試しは止めておけ? 少なくとも取り締まる側と同じ施設内でやるのは馬鹿を見る事になりそうだ」
元は幾人もの貴族や王族を島へ閉じ込める為に使われたという、大きな御屋敷。
流石に一人一部屋、とはいかないみたいで小班一つに一部屋で割振られていく。
合宿中は、五人ないし六人の班での行動が基本になるみたい。部屋割りもそう。
グループでお泊りとか、良いな。楽しそう。
前世では結局、修学旅行とか行けなかったから、ちょっと羨ましい。
うん? 私?
いや、ほら、私って一人だけ女だからさ……班ごとにお泊りってなると、私だけ性別の問題で部屋分けられちゃうんだよ。私以外の班の面子は同じ部屋なのに。
案の定、私に割振られたのは一人部屋だったよ……クラスで私だけの特別扱いだ。やったぁ………………チッ。
班で寝泊まりする皆の部屋はちょっと広めだったけど、私が一人で使う部屋は本当に『一人部屋』という感じだった。最低限の家具を置いたらいっぱいいっぱいになるような部屋だ。
それでもしっかりベッドと、机と椅子が揃えてある。
備え付けのクローゼットに荷物を置いて、私は窓辺にある机の上へ小さ目のトランクを置いた。
こういう、移動の時用に改造した特別製のトランクだ。
机の上で開くと、中から出てくるのは緩衝材代わりにしていた綿の塊と、私が日頃から丹精込めてせっせと作っていたミニチュア家具の数々。
トランクの中には、荷物を入れるには邪魔にしか思えない小さな仕切りが作ってある。
仕切りで区切られたスペースごとに、内張りの布は色合いや模様が異なる。
そこに、ちょっと配置に悩みながらミニチュア家具を設置していった。
そう、これはアレである。精霊棚の代わりというか、移動用の精霊棚だ。
最早、棚の面影は微塵もないけどな。
なお、制作の参考にしたのは前世で目にしたアレだ。某着せ替えドールのハウスだ。女の子が大好きなヤツ。
お姉ちゃんが持ってたんだよねぇ。
TVのCMでも度々目にしてたし、作るに当たってイメージには困らなかった。
某着せ替えドールは前世の私にとっては趣味じゃなかったらしく、お人形遊びの際はもっぱら某アニマル型の人形シリーズを愛用していたみたいだけど。あのシリーズ、ハウスや家具がもろにドールハウスって感じだし、細部まで凝ってるのが気に入っていた模様。
まあ、もっぱら、人形遊びというよりハウスや家具を素体に改造・改良する方向で遊んでいたみたいだけどな……アレは人形遊びと言って良いんだろうか? 父親と二人でハウスの塗料を塗り替えたり、壁に蔦が張っている風に見えるよう偽装したり……遊び方としては、一般的な幼女とはちょっと方向性がずれていたかもしれない。
だけどその経験が、来世の今になって活きている。物凄く、活用している。
今にして思えば、精霊様と交流すると決めた時、精霊棚を作ろうと考えた根底には前世の人形遊び(※ドールハウス魔改造)が影響していたのかもしれない。前世の父親と二人でアレコレした記憶と経験は、精霊棚を作成・改良していく上で大きく役立っていた。
有難う、前世のお父さん。
でも今にして思えば、幼い娘に仕込むにしては大分マニアックな遊びだった気がするよ。
窓辺の光がよく差し込む場所に、移動用精霊棚も設置が完了した。
私の周辺をきゃらきゃらと楽しそうに飛び回っていた精霊様達が、嬉しそうに我先にと精霊棚へ飛び込んでいく。最近更に改良した、ミニチュアトランポリンは受けが良いみたい。
「精霊様、精霊様。シアン様、マゼンタ様、孔雀明王様」
『なぁにー?』
『なのー?』
『うむ、なんぞ』
「今日から、地獄の強化合宿が始まります。何をやるのかまだ謎ですけど、期間中もどうぞよろしくお願いいたします」
『はぁい、よろしくー!』
『よろしくなのなのー!』
『よくよく励むが良い。よろしく取り計らってしんぜよう』
私は改めていつも一緒にいる精霊様達にご挨拶して、これから始まる合宿の日々……その無事と成功を祈願した。
明日は日の出前に起床だ。寝坊しないように気を付けよう。
ロックウェル商会
ナイジェル君の母方の実家。
手広く商いをしている大きな商会で、商会の中にも細かく複数の部門が設置されている。
物資の輸送力に特化した『翼独流通商会ロックウェル』も実はその中の一部門に過ぎない。
親戚なだけありナイジェル君とは良好な関係を築いているが、ナイジェル君自身はロックウェル家の人間ではない為、無条件な協力関係という訳ではない。
特にナイジェル君自身が、自分の利益や利権その他を鑑みてロックウェル商会と協調する場合と完全に独自で動く場合というように立場を使い分けている。
ナイジェル君の祖父に当たるロックウェル商会長はそういう立ち回りを微笑ましくも頼もしく上から目線で見守っているが、多分その内、予想もしていなかった方向からナイジェル君に出し抜かれて度肝を抜かれる羽目に陥るものと思われる。
ロックウェル商会を利用して儲けるアイデアなどがあったとしても、利用されるより利用したいナイジェル君が機を見計らって黙っていたりする。




