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幕間:村興し実行委員会会長·副会長それぞれの新たなる戦い

そして立ち上がるフラグ。



 嵐のように騒がしく、慌ただしかった魔法学園生の御一行が、無事……無事? 村を去ってから、数日。

 伝えるべきことがある。

 その一念で、村の少年アラバスター・ホワイトは村はずれにある小高い丘へと幼馴染の少女……ミリエル・アーデルハイドを呼び出していた。


「お待たせ、バスク」

「ああ……わざわざ来てもらって、悪い」

「ううん、気にしないで。それよりどうしたの? 改まって呼び出すなんて」


 余程、言い辛い事があるのか。

 バスク少年は口籠り、若干気まずそうだ。

 緊張している事を隠せもせずに、その手は無意識に自身の髪を軽くかき混ぜた。

 はらり、髪が揺れて少年の視界を踊る。

 その髪色は、まるで洗いたての綿のように真っ白だ。

 見慣れない色に眉間を寄せて、気まずい思いが増す。

 先日までは灰色だったはずの、少年の髪色はある日を境に真っ白になった。

 精神的なものではなく、体質として。

 少年の十五の誕生日を境に。

 十五の誕生日の朝、自身の髪色の変化に気付いた少年は、大層な衝撃を受けたらしい。

 若白髪が、と叫んで取り乱したのは、まだ記憶に新しい。

 宥めるように祖父が体質だと説明しても、まだ気持ち的に受け入れられずにいる。

 なんでもホワイト家の者は、十五歳を迎えると体毛が白く変わるのだと——


 間違いなく、状況的に『白王家』特有の特異体質である。

 そんなわかりやすい特徴を抱えて今まで発見されずにいたのは、やはり外界から隔絶されていて、情報に制限のある辺境暮らしだったが故かもしれない。

 きっとどこかの誰かが村興しだと発奮して成果を上げなければ、永遠に見出される事もなかっただろう。


 まだ自分の髪色を受け入れられないバスク少年は、その日からなるべく自分の視界に入らないよう、額に似合わないバンダナを巻いていた。

 まるで海の家の、ひと夏のバイトに精を出す大学生のような装いである。

 肌色がこれまた色白なので、『海の家の兄ちゃん』には見えなかったが。


「その、ミリエル。こんなこと今更、ちょっと言い難いんだけど」

「どうしたの……? なんだか顔も強張ってるみたい。何かあったの?」

「ああ……」


 村では初夏に特有の、白い花が咲き乱れている。

 村を見下ろす丘には、シンボルめいた一本の大木が堂々たる姿で枝葉を伸ばしている。

 緑の天蓋からはささやかな木漏れ日が零れ落ち、日差しの厳しさを和らげていた。

 高所特有の涼しい風が、向かい合って佇む二人を攫おうと衣服を揺らし、吹き抜けていった。


 今から百年前には、この木の下で愛を告白すれば想いが叶うと、そう囁かれていた。

 若者たちが求婚する時の、定番の場所として定着していたのも今は昔。

 その伝説も廃れ、伝聞される過程で一体何がどう歪んで伝わったのか、今では「言い出し辛い事を相手に告白すれば、許しが叶う」場所だと言われていた。結果、誰かに寛恕願う際、仲直りを願う際に呼び出す場所として定着している。更にわかりやすく言えば、嫁さんに簡単には言えないような何かをやらかした世の御亭主共が、罪の告白と共に平謝りする懺悔スポットとして有名である。直近では二カ月前に村長の息子さんが旅商人からイカガワシイ壺を大枚はたいて購入してしまい、それを嫁に懺悔して両頬にビンタ喰らった場所として皆の記憶に刻まれていた。

 呼び出す方も呼び出される方も覚悟が必要な場所であることに変わりはないが、百年前に比べるとその覚悟の意味合いも大分様変わりしてしまったようだ。

 伝言ゲームは時に風聞を一変させる力を持つのである。


「ミリエル、落ち着いて聞いてほしいんだ」

「う、うん」

「村興し実行委員会の、副会長なんて責任ある立場を任されている身で、こんなことを言うのも心苦しいんだけど」

「うん……うん?」

「その、先だって魔法学園の生徒さん達が滞在してただろう?」

「えっと、そうね?」

「その時に、俺の先祖がなんかやんごとない人だったって言われてさ。突然そんなこと言われてもって、思うしかないんだけど」

「そうよね。仕方ないよ、ご先祖様が凄い人だったなんて言われても、自分には関係ないって私だって思うわ。でも、こんなことを言い出すって事は何か……その、ご先祖様関係で、あったの?」

「ああ、あったんだ。こっちの事情も斟酌してくれないのかって、ちょっと怒りたくもなるんだけど。昨日、都会から新たにお客さんが来ただろう? 実はその人、お城から派遣されたお役人さんだって。俺に、今後の説明をする為に来たって言うんだ」

「えっそうなの——!?」


 村にやって来た、どこか草臥れたような風体の冴えない男だった。

 王都から村までは、とても遠い。

 それでも魔法学園の生徒達が村を去って、さして間を置かずに男はやって来た。

 いきなりの事で詐欺かとも思ったし、男が身分証明の為にと出してきた書類や身分証を見ても、真贋が判別できる知識がないので何とも言えないが。

 だけど少年が絶えたと思われていた『白王家』の末裔だと。

 それを知るのは村に来ていた魔法学園の生徒と引率二名だけである。

 貴族や魔法学園の関係者が、知ったばかりの情報を元に詐欺を働くとは考えづらい。

 何より、男の出してきた書類や証明書の類は急場しのぎで作ったにしては、とても、整っているように見えた。

 王都から村へとやってくる時間を考えたら、あまりにも来るのが早すぎるが……逆に言えば、気になるのはそこだけとも言える。

 対応が迅速なのは良い事だが、数日ってあまりにも早くないか?

 早すぎて、その一点だけでも疑うには十分な気だってしているのだが。


 実際にはバスク少年の血筋を知ったその日の内に、ミシェル嬢の伝書亀を用いて報せが魔法学園を通して王城へと文字通り飛んでいた。情報が即座に『上』へ届くなど普通ではありえないが、扱う内容が『白王家』……邪神封印の一角を担う守り人王家に関する事だ。

 重要な内容であると判断するとともに、情報を受け取った人は自分の手には余ると即座に上司へ伝達。上へ上へとある意味では盥回しにするような勢いで情報が運ばれ、最終的に国王陛下の元まで情報は走った。

 今回、白王家発見の報を上げたのはミシェル嬢の兄カロンと、師であるイシュタール男爵王老師。

 かつて王老師に命を救われたことは、国王にとっても忘れられない出来事だ。

 老師への信頼が天元突破していたこともあり、国王は即座に対応へ走った。

 

 そこから急遽対応の方針が話し合われ、どのように扱うにしても貴重な血筋の末裔として身柄を保護する必要があるとの判断により、その日の内に役人が護衛付きで派遣された。

 貴重な飛行能力のある使い魔持ちだからと強制的に即日出張命令が出され、某お役人さんは目を白黒させながら涙目で荷物と書類を纏めたそうな。

 なお、空を飛んで来たにしては村に到着するまでに間が開いているのだが、単純に保有している使い魔の飛行能力がどこぞの亀軍団に劣る事が理由の一つである。飛行能力があるからと言って、移動速度が滅茶苦茶速いとは限らないのである。それでも地上を行くよりは早いのだが。

 ちなみに到着が遅れたもう一つの理由は、単純に辺境の地故に地理が怪しく、地図の見方を誤って別の村へと向かってしまった為である。三つ隣の村に到着して場所を間違えたことに気付き、慌ててバスク少年達の村へ飛んで来たそうだ。

 村に到着したお役人さん達がやたらと草臥れて見えたのは、その為である。


 そうして村へと文字通り飛んで来たお役人さんは、当初物凄く胡散臭く見えた。

 バスク少年が信用する余地もないくらい、胡散臭かった。

 しかし役人到着の翌日、新たに増えた人員によって不足していた信用が補強される。

 情報を知らせた張本人として、仲介役として王老師が現れたのだ。

 帰宅の途に就いた魔法学園の生徒達が、無事に王都のグロリアス子爵邸へ到着したことを見届けた上で、王老師は仲介の為に村へととんぼ返りしていた。徒歩で。というか走って。

 (現時点で判明している移動速度 速 サブマリン>王老師>>>>>役人の使い魔 遅)


 再び姿を現した王老師に驚きはしたものの、正式に魔法学園生の引率としてやって来た実績ある老人の登場にホワイト家の皆様の警戒は緩んだ。

 その上でまずは話だけでもと役人と対話したところ、バスク少年は幾つかの打診を受けた。

 魔法学園の生徒達に示唆されてはいたものの、思考を放棄して深くは考えていなかった。

 しかし生徒達の言葉を補強するように役人は打診といくつかの決定事項を告げた。


 ・今後、バスク少年には護衛が付く事。

 ・強大な力を持つ古き六王家の一角、精霊術師の王たる力を覚醒させた為、力の制御等々を学ぶ必要がある事。

 ・血筋の保護等の観点から、希望すれば王都にて爵位と屋敷、年金を与える用意がある事。

 ・更に当代の白王族たるアラバスター少年か、あるいはその子供か孫かの代で、邪神封印の安定化を図る為に『白』の王国復興を他の五王国で支援する事。

 ・できれば近年中に復活するだろう邪神に備え、協力してほしい事。

 ・可能であれば対邪神戦にも白王族の末裔という立場から参戦してほしい事。

 

 他にも細々とした内容はあったが、主なところは以上である。

 どれもバスク少年にとっては戸惑いしかない内容だったが、世界の平和を守る為、という十五の少年にとってはクソ重たい理由を堂々と掲げられてしまい、精神的な逃げ場を失いつつあった。

 世界の平和を守る為と言われても、今の彼にとっては三つのしもべに命令するしかできないのだが。(※山羊頭・牛頭に憑依中の精霊)

 

 世界なんて予想もつかない程、広大なモノはピンとこない。

 狭い村から出た事すらないのだ。

 彼にとっての世界とは、即ち生まれ育った村と、周辺の山野に他ならない。

 だけどその村や山や川、彼にとっての世界を守る為でもあるのだと言われては……

 アラバスター・ホワイトは、まだあどけなさの残る少年だ。

 海千山千の、魑魅魍魎が跋扈する国家の中枢・王宮で勤続年数五年以上の役人が弁を尽くして丸め込むことは造作もない。だけど相手は王族の末裔だと、役人はなけなしの誠実さを以て、バスク少年を必要以上に操作しようとはしなかった。あくまでも、いくつかの決定事項の他はバスク少年の意思を尊重するとも明言した。

 下手に追い詰めて、逃げられてはかなわないし。


 そして悩みに悩んだ結果、少年は決意を固める。

 大きな問題も、世界の事もよくわからない。

 だけどちっぽけで平凡な、村の平和を愛していた。

 ……最近は平凡や平和とは、ちょっと言い難い事も重なっていたが、それでも村を愛していた。

 だから、結果的にそれが村を守ることになるのなら。


 少年の決定は、いずれ村長を通して村全体にも何らかの形で説明がされるだろう。

 大人の事情が種々含まれるので、真っ向から正直に不特定多数へ事情の説明はしないでほしいと役人は言っていた。諸々を調整し、辻褄を整えた上で対面上の説明をすることになると。

 特に、王族の末裔だとか、王都からいくらかの特権を与えられる可能性がある事は言わない方が良いと忠告されている。村人の心身を、健やかなままに守る為にも。

 難しい事は、少年にはわからない。

 だけどバスク少年の事を誰かが利用しようと考えた時、必要以上に情報を与える事が害になる場合もあると言われては従うしかない。


 それでも、一人だけ。

 生まれた時からずっと側にいた。誰よりも近くにいた。

 今までお互いに、大きな秘密を持つことなく、いろんなものを共有してきた。

 そんな大切な、幼馴染のおんなのこ。


 彼女にだけは……自分の口から、説明がしたかった。

 他の村人には言えない秘密も、彼女にだけは聞いてほしかった。

 

 だから、役人に「一人だけですよ?」と困った顔で許可をしてもらって。

 バスク少年は誰かに聞かれる心配のない場所として、村でも特に開けた場所……誰かの聞き耳を案ずる必要のない、小高い丘へと少女を呼び出した。

 村興し実行委員会の会長として、最近は特に精力的に活発に村の売込活動に余念がないミリエル・アーデルハイドを。


 聞く姿勢を見せる少女に、少年は言葉につかえながらも自身の抱える事情を説明した。

 中には上手く言えない事もあったが、少女が察しよく理解を示して話は進む。

 時に少女は隠せない動揺や驚きを見せたが、それでも説明はスムーズな方だっただろう。

 最後に、少年はこれからの予定として自身の身の振り方について述べた。


「それで、俺もまだ実感できてないんだけど、目覚めた力の使い方を勉強するように言われたって言ったよな。お役人さんに打診されたんだけど……ホント、邪神? とかいうのの復活が近付いているらしくてさ。一刻も早く力を使えるようになってほしいみたいで……ミリエル、俺、魔法学園に行くことになった」

「えっ」

「本当は、まだ学園への入学資格が下りるには年齢的に一年早いらしいし、本来は編入テストとか受けないといけないらしいんだけどさ。その辺は、なんか大人の事情っていうか諸々の特例で免除されてさ。最初は聴講生って形で学園の授業を受けて、やっていけそうなら正式に編入する事になるみたいだ。


だからさ、ミリエル……俺、学園に通う為にも王都に行かなきゃいけないんだ」


 言い辛そうに、バスク少年は目を伏せる。

 本当は、不本意なんだと気持ちを隠すこともせずに。

 だけどそれが必要だから呑みこむのだと、覚悟も滲ませて。

 愛する村での生活を離れ、責任を与えられた村興し実行委員会の仕事を抜けて。

 それでも、自分は力を与えられた者としての責任を果たしに行くのだと……。

 

 涼しい風が、再び二人の間を吹き抜けた。

 言いたいことを言いきった少年は、内心で恐々としながら少女の反応を待つ。

 伏せていた視線を少し上げると、唖然としている少女の顔が見えた。


 彼女が与えられた情報を読み込むまで、三・二・一……


 バスク少年の言葉をやっとのことで理解して、少女は思わずと叫んでいた。


「それ! 私のポジションーーーー!!」


 突然の大声に、バスク少年の耳へキーンっと耳鳴りが走る。

 いきなりだったし、声が大きすぎたしでミリエルが何を言ったのかよくわからなかった。

 だけど「なんで!? どうして!?」と少年にはよくわからないことを口走りながら喚く少女の姿を見て、彼はストンとこう思った。

 

 ああ、いつもの奇行か……。


 数か月前なら、幼馴染のよくわからない言動におろおろしていた。

 だけどここ数カ月の間に、彼にとって幼馴染の『奇行』はすっかりお馴染みの言動と化していた。今更、それを目にして狼狽える事も驚くことも無い。

 人間とは馴れるイキモノなのだ。

 前は絶対に馴れないと思っていた事でも、いつの間にか馴れている。

 そんな事実をふと実感し、人間はどんなことにも馴れるし、いつの間にかソレが『当たり前』になったりするんだな、と思った。

 新しい環境でも、きっといつの間にか馴れてることだろう。

 今はまだ不安でいっぱいだけど、なんとかやっていけるかもしれない。


 思わぬところで、予想もしない方向から。

 新生活への不安を和らげられる、バスク少年であった。

 


師父

 この後バスク少年が役人へ諸々への承諾をしたのも見届けて、更に王都へとんぼ返り。

 何食わぬ顔で魔法学園の強化合宿へ同行。

 何気に強行軍のスケジュールを実行中。


お役人さん

 王城での仕事も色々詰まっていたのに、使い魔が貴重な飛行能力持ちと言う事で仕事が回ってくる。※他に飛行手段を有する役人はいなかったらしい。

 急遽他の仕事を役人仲間に押し付け、辺境の地へと突然の強行軍。

 都会暮らしには中々きつい数日間を味わう羽目に。


お役人さんの使い魔

 翼の生えた驢馬。名前はブルーハワイ。

 こげ茶の体毛に灰色のブチがチャーミングな女の子。

 重い荷物を運ぶのは得意だけど、足の速度は期待してはいけない。

 なお、飛行速度はお察しである。※足で走るよりはちょっとだけ速い。

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― 新着の感想 ―
[一言] 半女傑半乙女なミリエルより不憫属性バスク君が推し♪
[良い点] 更新お疲れ様です。 まぁバスクくんは後々必要になる可能性は高いですからね···後回しにせずにさっさとフラグ回収して『物語の波』に乗って貰わねば。 そしてそんな彼とは文字通り真逆の、フラグ…
[一言] いきなり王都に拉致かなと思ったら結構低姿勢対応ですね。それだけすごい末裔なのか~w ヒロイン・・・もし一緒に行ったら村復興が・・・さあどうする!?ww
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