『翼独流通商会ロックウェル』
将軍閣下の圧倒的脳筋感のある有難いお言葉を拝聴した後。
合宿参加者全員共通のスケジュール説明が簡単にされた。
なお、詳細は合宿のしおりやコースごとの説明で確認するようにとのこと。
とにかく午前中は、全コース共同で体力づくり。
魔法騎士コースの生徒のみ、他のコース生とは違ってレベルに応じた重り着用が義務付けられている……。重りと聞いて、昭和のスポコンアニメが一瞬脳裏に浮かんだ。はっはっは、まっさかねー?
……うさぎ跳びとかさせられたりしちゃうんだろうか。わくわく。
あれ、正しいフォームでやんないと故障の原因になるって聞いたことあるけど。
何にせよ、他コースのモヤシ共は午前中だけでへばりそうだな。
基礎連でへっとへとになったところで、午後はコースごとの強化メニューだそうで。
まあ、疲れ切った状態から如何に安定したパフォーマンスを発揮できるかってのは、戦場で生き残る確率を上げる為にも重要だろうし。頑張れ。せめてモヤシから豆苗くらいに進化できるよう、遠いお空のお星さまに祈っておいて差し上げよう。いま、朝だけど。
そんでもって夕方から、一日の仕上げと言わんばかりにスケジュールに組み込まれているもの。
それが『鬼ごっこ』である。
……なんだろう。スケジュールに記載された文字で、そこだけ異彩を放ってないか?
鬼ごっこって。鬼ごっこって……。
全力と本気を駆使するんなら、確かに全身全霊を使って逃げる・追う・捕まえるを繰り返すんだから、自分の能力を十全に発揮して動き続ける訓練にならないこともなさそうだけど。
しかも鬼ごっこの枠、合宿の最初の頃は二時間って書いてあるんだ。
合宿の最後の方は三時間になってるけど。
この鬼ごっこの成績やらが、翌日の訓練メニューに反映されるらしい。
それどころか、合宿最後につけられる成績の判断基準にもなるらしい。
どんだけ私達に本気で鬼ごっこをさせる気なんだ。というか一日の訓練で疲れ切ったところで全力鬼ごっこをさせようだなんて、一体どこのどなたが考えたんでしょうね? そこはかとなく脳筋臭がするぅ……魔法騎士コースか? 魔法騎士コースの先生方が盛り込んだのか?
合宿初日と、最終日は当然ながら移動日だ。
最初、学園敷地内で合宿するのかなって思ってたんだけどね。
普段の生活の場でやると、なあなあになる可能性があるというか……身の入らない生徒も出そうというか……敷地内の地理を熟知しているだけに、逃走したり隠れてサボる奴も出るだろうと。
それに折角の合宿なので、環境を変えてより効率的に鍛えてやろうとの有難いお考えもあり。
なんと、この大集団でまるっと別の場所に大移動である。
各コース、一学年はニクラス80人。つまり、学年ごとに320人の生徒がいる。
学園は四年制なので、全校生徒数は1280人だ。
もちろん、何がしかの理由で中途退学する生徒もいない訳じゃないので、きっちり1280人いるって訳でもないけど。
今回の合宿、任意参加を盾に不参加の生徒もいるけど、整列している集団の規模を見るに、1000人弱は確実に参加していると思う。
それが、これから大移動する訳で。
合宿を受け入れる土地の広さも考慮しないといけないだろ? この集団で移動って、どこに連れていく気なんだ。合宿のしおりを見たけど、場所については何も書かれてないんだけど?
移動手段も気になるところだ。どうするんだろう、歩き?
馬車とかは、特に用意されてないっぽいんだけど……
移動手段に不安を抱えているのは、多分私だけじゃなかったと思う。
だけど、私も含めて、その全員が。
教員が笛を吹いた次の瞬間、その不安も吹っ飛んでいた。
正確には、教師の笛を合図に空から飛来した、見る者の目を奪う巨大な『生物』に——
ばさり、大きな羽音と共に。
翼に打たれた風が、大きな圧力となって私達に届く。
ああ、大きいな——
「それじゃあ、今日と最終日に移動でお世話になる方々を紹介するぞー。我が国と、同盟国間での運送業を一手に握る『翼独流通商会ロックウェル』の方達だ。こちらは今回の旅程の代表を務める商会の若旦那、アグラム・ロックウェルさん」
「あの、先輩? 一手に握る、ではなく一手に担うと言っていただけると……」
「ん? ああ、すまんすまん。ちなみにロックウェル氏は先生の学生時代の後輩でな。今回は国からの資金援助も有ってロックウェルの方々にご協力いただいているが、先生との個人的な縁から特別に引き受けて下さったという面もある。そこを重々理解して、彼らには敬意を払うように。そしてこんな素敵な移動手段を確保してきた先生を敬うように!」
「先輩、先輩!? ちょ、明け透けに言いすぎじゃないですか!? 確かに、仕事が詰まっている中で先輩の頼みだったから融通したのは確かですけれども!」
「お前も暗に特別だぞって言ってるじゃないか。みんなー、こんなクソ忙しい運送会社の若旦那に大きな貸しを前以て作っておいた、学生時代の先生を讃えるように! このように、個人間の貸し借りの有無は後々大きな意味を持つことがある。学生時代から、人間関係は慎重に構築しろよー」
「先輩、教育者が何言ってるんですか!? 貸しとか借りとか、それが教師の言う事ですか! 言い方ってものがあるでしょう!?」
「お前、本っ当に堅苦しいな。真面目過ぎて女の子と会話もできなかったお前に、嫁を紹介してやった俺のこと感謝しろよー。でなきゃお前の婚期、確実に十年は遅れてただろうからなー」
「せんぱぁーい!! こんなとこで何言ってるんですかぁ!!」
私達は一体、何を見せられているんだろうか。
あの教師、面白いし能力は高いんだけど、イマイチなんというか……。
癖が強いというかなんというか、アレなんだよな。あの教師。
あれで教育熱心な面はあるし、面倒見も良いから慕われてはいるんだけど。
慕われてはいる。だけど、敬われてはいない。
そんな彼は我が魔法騎士コースの主任教官である……。アレを主任にするとか、良いのか?
学園長の判断に一抹の不安を感じた。
そうして、移動なんだが。
いま、私達の目の前に、どでんと巨大な生物がいる。
生物が、いる。
大きな皮膜の翼、その翼で支え切れるとは思えない、鱗に覆われた巨躯。長い尻尾。
何本もの角を生やした頭部は、年月とともに風の中で存在を主張し続けた岩のように険しい。
私、知ってるー。
あれ、ドラゴンって言うんでしょー?
なんてモノを連れてきやがるんだ。
聞けば、それはお伽噺に良く語られるようなドラゴンそのものではなく。
あくまでも、その下位眷属。いわゆる亜種のような、ドラゴンに似た別のイキモノ。
性能や知能が、本場のドラゴンよりも数段劣るのだとか。
それでも体格や頑丈さ、飛行速度は本家本元のドラゴンと比べて遜色がないのだという。
翼独流通商会ロックウェルは、輸送団に所属する全員がこの亜種ドラゴンか、それに類する巨大飛行生物を使い魔にしているのだという。
彼らは、そんな飛行能力に長けた使い魔を駆使して様々なモノを運ぶ委託業者……つまるところ、空輸専門の運び屋なのである。
他の追随を許さない、というかそもそも真似できない輸送手段をお持ちで。
空飛んで荷物を運ぶって集団は彼らだけなので、依頼は常に途絶える事がないそうな。
他に競争相手がいないからか、結構な代金を請求されるらしいけど。必然的に依頼は大口ばかりだとのこと。
なお、これらの情報はナイジェル君の提供なんだけど……ナイジェル君はなんでも知っているなー?
ちなみに空輸集団の皆さんは、荷物は運ぶけれども『人を運ぶ』って発想は今までなかったそうだ。なんか魔法学園の教師陣の側から荷物ではなく『生徒』を運ぶよう要請したんだとか……今までにない『依頼』に、新たな需要を見つけたかもしれないとロックウェル氏は頭を抱えていた。
面白そうだけど、流石に社員の手が足りなくて定番メニューにする余裕はないんだとか。
そんな余裕のない業者の皆さんを、十人以上雇い入れる事に成功した魔法騎士コースの主任教官よ……ロックウェル氏にどんなデカい貸しを作ったって言うんだ。
そうして私達は、空の旅に乗り出した。
亜種ドラゴン二頭で運ぶ、巨大なコンテナを改造したっぽい乗り物に乗せられての旅である。
チーズの買い付け旅行で、私の亀さん便を経験していた奴らは一斉に青褪めた。
すわ、あの地獄が再びか、と。
もちろん、私も青褪めた。地獄への道行きを予想して。
だけど期待は、なんと裏切られた。
サブマリン達の運び方と、全く違う……!
とにかく、そうとにかく……安定していた! 乗り心地が、安定していたんだ!
風に煽られるだろうから、微かに揺れる事はある。でも、微かにだ。
ウチの亀とは、本当に大違いの乗り心地だった……
聞けばロックウェル氏達、未来ある少年少女を運ぶのに万が一があってはならないと、かなり気を遣ってくれていたようだ。陶器やガラスといった、慎重な扱いを要する取扱注意の荷物を運ぶ時と同じ対応をしてくれていたらしい。お陰で空の上とは……うちのサブマリン達と同じ運び方をしているとは思えないほどの快適さなんだけど!?
そこには割と好きな感じに野放図な飛び方をする我が家の亀達とは違い……実力確かな玄人の技が、確かに感じられた。飛ぶ使い魔のサイズが違うってのも大きな違いだとは思うけどねー。
我が家の特級亀さん便は、とにかく乗り心地が最悪だった。
速度は凄く出るんだけど、それがまた地獄だった。
乗員の健康上の理由により、小まめな休憩が必要だったし。
比べて、ロックウェル氏のドラゴンはどうだ。
速度は確かにサブマリンより低いよ?
だけど特級亀さん便のように客の体調に配慮して小まめに休憩をする必要がない。
ただでさえ体が大きいせいか、サブマリンに劣ると言っても飛行能力は高いし、速度も中々。
乗り物の窓から見える景色も、流れるように変わっていく。
そうこうする間に、景色に広大な青の占める部分が増えていき……
「おお、海だー!」
「馬鹿、フランツ叫ぶな!」
「だってオリバー、海じゃん! 海だぞ!? 俺、見るの初めて!」
「この場にいるほとんどの奴が初めてだと思うぞ」
え、やっぱあれ海なの?
赤の国の立地は内陸で、海はなかったはずじゃ……?
はい? え? ここ、もう赤の国じゃないって?
いつの間にか国境超えた……? 待って、検問とかどうなってるの。
ここに出国手続きなんてやってない集団が千人規模でいるんだけど!?
いきなり「ここはもう外国だよ」って宣言に、混乱する私。
いや、ホント、出国手続きとかどうなってるんだ。
疑問しか湧かないが、そこは国と学園が動いたそうだ。
なんでもこの海が見える景色は同盟国……桃介の国の一部だとか。
邪神復活に備えた戦力強化の為にって、正式に国を通して場所借りてるんだと。
もちろん借りた場所以外に生徒がふらふら出てこないよう、教師陣の厳格な指導と、徹底した監視が前提の話みたい。
というか生徒が脱走できないように、今回合宿は島を一つ借り上げて行うそうな……絶海の孤島だよ? 船着き場すらなく、合宿の最終日にロックウェル氏の一団が迎えに来るまで他所との関わりは断絶される。交通手段はなく、まさに逃げ場なし。
私達は、とんでもない場所に連れて来られているのかもしれない。
いやぁ、わくわくしますなぁ!
「えー、海って超綺麗! 泳ぎてぇ!!」
私とは別の意味でわくわくしているらしい、フランツ。
及び、似たような感じではしゃぐ数名。
狭い乗り物の中で叫ばれると、大変耳が痛みます。
流石に見かねたのか。同乗していた教師の中でも、魔法騎士コースに所属する先生がフランツに忍び寄る。そのままフランツに気付かれることなく、手に持っている丸めた雑誌をフランツの頭部へと振り下ろす!
すぱーんって、良い音がした。
一番大はしゃぎで騒いでいたフランツが、座席に沈む。
それを受けて、他の騒いでいた連中も静かになった。
黙り込む一同を睥睨し、教師はにこっと微笑んだ。
「皆さん、はしゃぎすぎですよ。心配しなくても、海との触れ合い時間は十分にある筈です。これからたっぷり……海水を飲むことになるんですから」
「「「「………………」」」」
先生は、海で遊ぶ時間あるよとは言わなかった。
ただ、海と触れ合う……海水を飲む、と言った。
つまりはそういう事ですね?
うん、海が見えた時点でわかっていたし、場所が島だって聞いて確信してたけどさ。
今回の地獄の強化合宿、メイン会場は砂浜となりそうな予感。
合宿と言えば、海か山かなと思いまして。
使い魔捕獲の時に山へ行っているので、今回の舞台は海と相成りました。
砂浜で追いかけっことかしますよ。ガチめの。
魔法騎士コース主任教官
実践魔法コースの主任教官とは学生時代から滅茶苦茶仲が悪い。
特に互いの嫁を絡めた因縁がある為、犬猿の仲である。
なお、嫁同士は仲が良く、月に何度か嫁二人でお茶を共にするとのこと。
ロックウェル氏
32話『それはフラグです。』にチラッと出てきた、ディ●ニープリンセス的な伝説を作った先輩(♂)。やたら哺乳類に好かれる体質だが、哺乳類より爬虫類派。




