今日は晴れ晴れ、地獄日和
空は良く晴れて、今日も快晴!
風はカラリとしていて涼しく、程よい気候。
絶好の、地獄の強化合宿日和である。
学園指定の運動服に、合宿の為の荷物。
規定通りの姿で、私は校門前に立っていた。
いいや、私だけじゃない。
だってここが、集合場所なんですもの。
今日から始まる素敵な合宿に参加する全員が、同じ場所で集合時間になるのを待っていた。
「早いな、ミシェル」
「よっ。おはようさん」
「御機嫌よう、オリバー。フランツ」
「御機嫌よう、ミシェル」
「エドガーもごきげんよう」
そうこうしている内に、いつものメンバーも続々と集まってくる。
朗らかな笑顔で、互いに朝の挨拶なり。
「ミシェル、おはよ。良い天気で良かったね」
「あ、マティアス。御機嫌よう! そうね、いい天気。絶好の地獄日和ね!」
「物騒だよ、ミシェル……」
「言い切ったぞ、こいつ」
「素敵な笑顔でなんてことを……」
「ミシェル、その言い方は語弊がある。というか語弊しかないから」
おや? なんか私のお友達が慄いた顔をしているぞ?
私、何か間違ったこと言ったかな?
顔を引き攣らせるフランツや、額を抑えるオリバーをじっくり眺めて首を傾げる。
そこに新たに、呆れたような顔で近寄ってくるクラスメイト。
「お前達、朝から何騒いでいるんだ」
「あ。赤太郎、ごきげんよ~」
「ミシェル……? なんだかとてもおざなりに挨拶されている気がするのは、気のせいか?」
「気のせい気のせい。それより赤太郎殿下、良いお天気ですわね!」
「ん? ああ、天気か。そうだな」
「絶好の地獄日和ですわね!」
「何てこと言いやがる!?」
あっれ、赤太郎までぎょっとしおった。
私、本当の事しか言ってないと思うんだけどなぁ?
そんなこんなで朝のひと時は過ぎ、気付けば人の姿も大分増えた。
四つのコースの内、魔法騎士コースと実践魔法コースは全員強制参加。
他二つのコース生は任意での参加って事にはなっているけれども……近年中に邪神が復活すると叫ばれている昨今だ。任意参加と言いつつ、割と言外に参加するよな? と脅迫じみた圧がかかっていただろうことは否めない。だからかな……まだ集合時間前で参加人数が全員揃った訳じゃないだろうけど、思ったよりも参加者が多そうだ。
やがて指定の時間はやってきて、五分前にはコースごと・学年ごとに整列するよう声がかかる。
魔法騎士コースは、整列して集合とかそういうのが日常的によくある事なので、さっさか手際よく整列している。生徒の自主性を重んじるというか……いろんな意味で自由度の高い魔法研究コースや、身分を鼻にかけた甘ちゃん野郎共の多い総合コースはちんたらしてんなぁ。予想に違わぬトロさだ。並ぶの遅いよ、アイツら。
それでも何とか生徒全員が整列を完了させた頃。
いつの間にか設置されていた演説台みたいなところに、ゆっくり登壇する見慣れぬ姿。
この夏の暑い日に、完全防備の全身鎧か……戦で必要に迫られてるってんなら仕方ないけど、今はそうでもないだろうに。忍耐すげぇな。
兜のせいで顔はわからん。
だけどきびきび登壇した身のこなしは、くそ重てぇ鎧を着ているのに、重量を感じさせない。
少なくともタダモノじゃないな。
でもあの身のこなし、見慣れた魔法騎士コースの先生方とも違うんだよなぁ。
魔法騎士コースの関係者以外で、鎧を着て登場しそうな学園関係者とか心当たりが欠片もない。
あれは誰なんだろう。
疑問符を飛ばしながら見守る先、甲冑の人は演説台の上から私達生徒の方へ向き直ると、その兜を取って小脇に抱えた。
うわーお……でも、どっかで見たことあるー。
春の『集団よきにはからえ』ん時に、王様の脇にいなかったか、あの人ー。
私は、あれが誰か知っていた。
うちの国の将軍じゃん。
……赤の国の、軍部の最高権力者がそこにいた。
何故将軍の座にある人が、学生の強化合宿に顔を出しているんだろうか。
偉い人が何をやってるんだ? そんな疑問を持ったのは私だけじゃなさそうだ。
将軍が兜を取って顔を晒した瞬間から、生徒達の空気がちょっとざわざわしていた。
そのそわっとした空気も、将軍の有難いお言葉によって吹き飛ばされたが。
「えー……諸君。今回の強化合宿に際し、なんと将軍閣下が恐れ多くも諸君の強化メニューを監督する為、特別に合宿にご参加いただけることとなった。ついては、将軍閣下より諸君へのお言葉があるそうなので心して拝聴するように。それでは閣下、どうぞ」
「うむ」
魔法騎士コースの教師から軽く、なんで将軍がこんなとこにいるのかについて説明があり、特別にしごく側として参加されるとのことで。
まあ、しごかれる側になるのは有り得んよな。教員側の人間としてってのは有り得なくも……いや、やっぱねえだろ。将軍だぞ? 軍部トップだぞ?
……あ、いや。でも軍部どころか国家のトップに限りなく近い野郎が複数名いたな。
具体的に言うと、私の斜め前にも一人立っとる。
そういえば王子がしごかれる側で参加してたな、赤太郎。
ああ、うん。特別に王子をしごく為って考えれば、お偉い将軍様がいてもおかしくは……おかしく、は……駄目だ。おかしいのかおかしくないのか、一子爵令嬢に過ぎない私には判断ができん。
密かにどうでも良いことで頭を悩ませる、私。
偉い人が開会式で何か言うって、どうせどうでも良い事を延々語る感じだろって思ってた。
聞き流す気満々だったんだけど、そんな私の考えを将軍閣下が破り捨てた。
お言葉をどうぞ、と促されて。
将軍閣下は演説台から眼下の私達生徒を睥睨し、裂帛の気合を込めたお声で宣った。
「――貴様らは、基礎体力が足らん!!」
一言だった。
あ、私、あのオッサン割と好きだわ。
なんか、フィーリング的な印象でそう思った。
「私からは以上だ」
そして一言で演説を終わらせようとする将軍。
え、はやっ。一言だけかよ!?
びっくりしたのは、きっと私だけじゃない。
でもそれ以上に、どうやら多いのは困惑の声。
この場に参加しているのは魔法学園の生徒達。
半分脳筋の世界に片足を突っ込んでいる私達魔法騎士コースと違い、他のコース生たちは基本頭脳派の集団だ。大きく育てよ。
実践魔法コースは魔法騎士コースと合同で戦闘訓練とかするんで、まだちょっとはマシだけど……いや、ほんとにちょっとな? ちょっとだけな?
だけど総合コースや研究コースはなー……いっちゃなんだがモヤシ・オブ・モヤシである。
特に研究コース。年がら年中引きこもって研究三昧、まさにモヤシの中のモヤシだ。中にはフィールドワークとかするんで出歩くモヤシもいるそうだが、それでもモヤシはモヤシだ。
総合コースは真面目に勉強してる生徒もいるけど、ほとんどが学園卒業生って箔をつける為に来ているような奴ばっかだし。コースの性質上、温室育ちの貴族が多い。すなわちモヤシだ。
基礎体力が足りないって言われたら、私はこう思うよ。
然もありなん。
だけど当のご本人達にとっては、体力がねえって言われても「余計なお世話」って感じなのかもしれない。困惑の声は、主に総合コースと研究コースから上がっている。あ、実践魔法コースも半分くらいはさわさわしてたわ。
困惑の呟きが、風に乗るまでもなくそこかしこから聞こえてきた。
「体力が足りないって……僕達は魔法騎士コースの奴らじゃないんだぞ」
「魔法を学ぶ者に、そんなことを言われても」
「魔法士に、体力……?」
「これだから騎士は……」
「強化合宿で、体力だなんて。それより必要なのは魔力でしょうに」
うん、いま呟いた奴等、常在戦場って言葉知ってる?
いざ戦場に立った時、そんなこと言ってたら死ぬぞ?
私はそう思ったが、将軍閣下も似たようなことを考えたかもしれない。
「貴様ら、どうやら心得違いをしているようだな」
私からは以上って、さっき言ったのに。
生徒達の呟きが聞こえたらしく、将軍閣下は壇上から再び生徒達を鋭い視線で睨み付けた。
「確かに貴様らの多くは、魔法を用いて戦う者達だ。だからと言って、基礎体力がなければ何事も話にならぬわ! 後方支援役だろうと魔法士だろうと同じだ。魔法を使い続けるにも、体力が保たねばどうにもならん。いざ強敵と会敵し、どうにも勝てぬので撤退となった時、体力がなければ逃げる事もままならんだろう。
良いか、基礎体力とは即ち! 継続戦闘能力であり、生き延びる力そのものだ!!」
将軍閣下のお声は、びりびりと空気を震わせる程で。
困惑にぶつくさ言っていた生徒達の声も、全てを掻き消し捻り潰す。
戦闘訓練に参加している魔法騎士コースや実践魔法コースはまだマシだけど、完全に普段から華やかな学園生活満喫組の総合コースや、引きこもって研究三昧の研究コース生たちは将軍閣下の気迫に呑まれていた。というかビビり極まって、完全に怯えた小動物状態だった。身を縮めてぷるぷるしてやがる。
「戦場では一に体力、二に体力、三四も体力で五に体力だ! 疎かにする事、まかりならん!」
将軍の言い分、シンプル過ぎねえ!? 全部体力じゃん! 体力しかねえ!
でも、なんかそこが良い! 将軍のその言い分、結構好きだよ!
なんだろうか。なんとなく、将軍閣下に師父と似た臭いを感じた。
実際に師父と仲が良いかどうか、そもそも面識があるかどうかも知らないけど……なぁんか、あの二人、気が合いそうだなぁ。
二人が揃って一緒にいる場面に居合わせたいとは、微塵も思ってないけれども。
将軍閣下の言い分は、魔法学園の生徒に等しく降り注ぐ。
そのお言葉をどう受け取るかは、受け取る側の自由だろうけれども。
閣下はお言葉を受け取らせるだけでなく、実際に実践させる気満々で。
この後、合宿の流れが説明されたんだけれども。
説明によると早朝から昼食休憩までの半日間は、毎日、全学科全学年合同で同じ訓練メニュー……体力づくりを目的としたメニューを実施するとの事で。
更に更に、午後はコースごとに分かれて、それぞれのコースの特色を活かした訓練を受けた後、夕方から夜にかけて全員強制参加で『本気の鬼ごっこ』を毎日行うとのことで……
訓練メニューの具体的な話を聞かされた、直後。
過酷な合宿期間を想像しちゃったのか。
基礎練とか苦手そうなモヤシ共から、一斉に悲痛な叫びが発せられていた。
地獄の強化合宿、いよいよ始まるよ!
将軍閣下(56)
加齢による衰えを感じさせない屈強な肉体の実力派。
老師と同じニオイがする……どうやらミシェル嬢も同類の気配を嗅ぎ取ったようだ!




