幕間:お食事処 美々☆あん
前の投稿から、1カ月の間が開いてしまいました。
身内の不幸があった後に、コメディを書く気力がどうしても湧かず……
お待ちいただいていた方々には、申し訳ございません。
加えて、小林、コロナに罹患してしまいました……。
味覚異常とかはないんですが、熱が39度近く出て頭痛・喉痛・咳がきっついです。
それは、ミシェル嬢からもたらされる情報量の濃さに、ミリエル嬢があっぷあっぷしていた頃——
村の中には、いくつかの飲食店がある。
元々は酒場が一つあるだけだったのだが、村興し実行委員会が発足して以降、その提案によって一つ、二つとじわじわ数を増やしていた。もちろん、観光客をターゲットとして。
『お食事処 美々☆あん』もまた、その一つである。
お食事処 美々☆あん——元々は村唯一の酒場から派生した食堂だ。村人向けに経営していた酒場では内装が薄汚れていて埃っぽく、観光客向けじゃないと判断した村興し実行委員会長により開設指示が出たという経緯がある。
現在は観光客向けの食堂として相応しい建屋の建造を進めており、建屋ができるまでの一時的な措置として、空の下……露天に大きな天幕を張って露天食堂として経営している。
そこが店だと示すのは、村興し実行委員長——ミリエル・アーデルハイドが作った大きな看板の存在だ。ただし、記された文字を誰も読み解くことはできなかった。
何故なら、『お食事処 美々☆あん』って日本語で書かれていたから。
チーズで村興しを初めて、早数か月……村の外へと目を向け始めたとはいえ、ここは辺境の村。人々の識字率は、都会と比べれば悲しいほどに低い。文字を習得している数名も簡単な読み書きができる程度で難しい文字は読めなかったりする。村興し実行委員会の有志(ミリエル・バスク含む)がそのわずかな有識者を教師にせっせと文字の習得に励み、今では日常的に簡単な文章ながら書類を作って仕事を進めてはいたものの……まだまだマスターしたというには程遠い。そんな中、ミリエル・アーデルハイドのやらかしたうっかりの一つがこの看板である。
転生少女、ミリエルが無意識に前世の言語で作った看板は、しかし識字率の低さ故に、誰もソレがこの世界には存在しない文字だと指摘する事が出来ないまま放置されて今に至る。
なお、それが文字だとは思いもしない一部の村人には流線形の妙な記号……むしろ絵? と認識されていた。
ちなみにミリエル嬢の前世の人は、同居していた厳格な祖母によって何かやらかす度に罰として写経をさせられていた為、生まれ変わって以来のブランクがありながらも看板の文字は妙に達筆だった。
毛筆で写経をさせられ、文字が汚いとやり直しをさせられていた前世の、努力の賜物である。
「へえ、店名はビビアンっていうのか」
「ビビアンっていうみたいだな」
「お客様達、あの看板が読めるんで!? え、あれ本当に文字だったんですね!?」
なお、魔法騎士コースの少年達はミシェルとの交流により、簡単な日本語なら読み取れるようになっていた。
そんな彼らの姿に、密かにざわっとするお食事処の関係者数名。
店員たちの反応を特に気にすることも無く、少年達+カロン兄様&王老師はテーブル席を三つばかり占領した。何しろ人数が多いので致し方ない。
「夕飯、何にするー?」
「俺、この『闇鍋セット』ってやつがいい」
「やめろ」
「なんか選択肢にある『用意できる具材』の種類すげぇな、それ」
「鍋を囲む全員で一つないし二つずつ具材を選んで店員に伝えると、全部まとめて鍋にぶち込んで持ってきてくれるんだって。中身が全く見えない、チーズベースの鍋で。どんなヤベェのに当たっても、取っちまった具は絶対に完食しないと駄目なんだって。ゲームみたいで面白くね?」
「いや、これ……具材の説明、番号しか振ってないんだけど。番号以外に、具材の名前すら書いてないんだけど……どれを選んだら、何が混入されちゃうんだ」
「やだ、考えたらドキドキしちゃう……得体の知れない鍋への不安で」
「マジで止めろ。っていうか食べ物で遊ぶな」
「そうだそうだ! カロン先輩も、老師もそう思いますよね!?」
「別に自分が食べるモノなら、好きにすれば良い。絶対に、責任を持って、自分で食べるのであればな」
「そうさのぅ……戦場では食べるものを選べぬ事も多いからの」
「あれ、意外と寛容的!?」
驚愕する、良識を残した数名を尻目に。
これも商品研究の一環、チーズの可能性を見る一環だと無情にもナイジェル君が店員に注文を告げていた。
魔法騎士コースの生徒達が食事を開始して、五分も経った頃だろうか。
今日一日ですっかり彼らに顔を覚えられた、とある少年が通りかかったのは。
どうやらお食事処の店長に用があったらしい、彼。
その姿を見つけて、魔法騎士コースの少年達は「あっ」と声を上げそうになる。
……上げそうになったが、大体は堪えた。
堪え性のない、若干名を除いて。
そんな中でも素直な約一名が、とてもよく響く素敵なボーイソプラノで言ってしまった。
「あ、山羊ライダーの人だ!」
「誰が山羊ライダーだ!?」
どうやらそのとっても素直な約一名、セディの声が聞こえてしまったらしい。
思わずと言った様子で足を止め、少年は魔法騎士コース生たちのテーブルへ、ぐりっと顔を向けた。
山羊ライダーの異名を授かってしまった彼……アラバスター・ホワイト少年の登場だ。
だけど彼は、魔法騎士コース生たちを視界に納めるなり怪訝そうな顔をした。
「え? 何してらっしゃるの」
「「「「闇鍋」」」」
理解に苦しむ。そんな困惑に満ちた顔でぼそりと一言。
「それ、本当に頼む人いたんだな……」
それぞれが手に持ったトングで順番に鍋の中の具材を漁り、掴んでしまったものは必ず食べる。
そんなルールによって開始された闇鍋パーティ。
丁度、ノキアが具材を引き上げたところだったのだが……トングからぷらりと垂れ下がっているモノは、どう見ても近くの山でよく見る川魚(丸ごと)だった。
「お、当たりじゃん?」
「少なくとも、さっきオリバーが引いた兎の耳よりは余程食いでがありそう」
「そだね。マティアスが引いた何かの触手よr――」
「「「やめろ、思い出させるな」」」
「んー……俺としては育ち的に消化できるもんなら何でも美味しくいただく自信あるけど」
「あ、右に同じく」
「セディ、それ、名門侯爵家の御曹司のセリフじゃねえよ……? いや、俺らはお前の生い立ち知ってるからいいけどさぁ……他所で言うのは止めとけよ? 混乱招くから」
「下手すりゃセディの実家に虐待疑惑の煙が立つな!」
「あはははは、それ有り得るかも! そんな事実はないのにね」
「やめて、想像するだに恐ろしい! セディはセディで平然と笑って流すなよ!」
テーブルの上、肩を寄せ合って鍋を突っつく少年達。
チーズ色のとっぷりとした海の中、得体の知れない具材がぴょっこりはみ出している。
巻き込まれたくないな、バスク少年は思った。
「あ、それじゃ俺はこれで……」
「まあまあ! そんなこと言わずに!」
「そうだぜ☆ 立ってるのもなんだし、さあさ、ここに座って!」
「ま、回り込まれた!? いつの間に……!? え、ちょ、なんで三人がかりとか止めて!」
「いいじゃんいいじゃん、一緒に鍋囲んじゃう? 突いちゃう!?」
「へーい、一名様ごあんなーい!」
バスク は にげだした !
しかし まわりこまれてしまった !
バスク は にげられない !
バスク少年は何の訓練も積んでいない田舎の少年だ。
(身体能力的には)何の変哲もない、少年なのだ。
例えその血筋が特殊でも。血に宿した固有能力が強力だったとしても。
戦闘訓練を積んでいる魔法騎士コースの生徒達に捕まり、闇鍋の会に引きずり込まれていく。
いつのまにかシモンが即興で店内のお客さん達に得意のカードマジックを披露しており、ラインハルトがその隣でBGMよろしくハープの演奏をしていた。
自分達もお客さんの筈なのに、何故かちゃっかり稼いでいるようだ。
バスク少年は割と強引にトングを持たされ、なぜ自分は闇鍋に参加させられているのだろうかと自問している。答えは強引に連れ込まれたから、一択だ。
やがてバスク少年がゆっくりと差し入れたトングは、周囲の囃し立てる声とは相反し、重たげな様子で更にゆっくり引き上げられていく。
大道芸コンビのカードマジックもタイミングよく佳境に差し掛かったのか。
天幕の中を華々しく盛大に、大量の紙吹雪と白い鳩、そしてばらばらとカードが吹き荒れる。
クライマックス調の音楽と、そんな光景をバッグに、ついにバスク少年が闇鍋(チーズ)から具材を吊り上げた!
果たしてトングの先に挟まっていたものは……一本の、それは立派な甜菜(まるのまま)。
「なんでこんな物が……」
「おー、まだマシなもんじゃね」
「うん、そうだね。当たりだよ、当たり」
「これで当たりなのか……!?」
「少なくとも、さっきマティアスが引いた何かの触手よr――」
「「「やめろ、思い出させるな」」」
闇なる鍋の掟、自分が取った具材は食べなくてはいけない。
そのルールを守って、バスク少年は仕方なしに甜菜を食む。
もっしゃもっしゃと根の方から喰らい、口からは葉っぱがはみ出ている。口の動きに合わせて、緑の葉がもひもひと揺れる。
食べづらいな、とバスク少年は顔をしかめながらも甜菜をしっかりと完食するつもりで。
だけれど口を動かす彼の、そんな懸命な気持ちを吹っ飛ばすような爆弾が不意に投下された。
そうそれは、色々な意味で『爆弾発言』だった。
「そういやさ、アラバスター君って『白王家』の末裔なんだろ?」
「ん……?(もぐもぐ)」
「しかも王家固有の能力に覚醒済(笑)」
「ん、んん……?(もぐもぐもぐもぐ)」
「それじゃあ、王国の上層部が放って置かねえな。邪神復活前だし!」
「ああ、だな。ホワイトさん、君、王家に招聘されんじゃね?」
「ぶふっ……!? は、え、な、な、なに、え、ええ!?」
「少なくとも、邪神復活に備えて、君にも準備及び参戦するよう要請があるんじゃないの? よく知らないけど」
愕然とするバスク少年。
だけど他の少年達……魔法騎士コースの生徒達にとっては、考えるまでもないことだった。
だってバスク少年の血筋は、『白の王家』。
他の五つの王家、『赤』『青』『黄』『桃色』『緑』の王家と並んで邪神封印の守り人として選ばれ、古から続く家系なのである。
白の王家が守っていた封印自体は、他国に侵略された事によって破壊されてしまったが、実は白の王家の血脈が途切れず続いた事でギリギリ、最後の一線を守っていた。
しかし白の王国が滅んだことで白の封印はかなりガタガタだ。封印自体が弱まり、他の五つの封印にも大きな影響を及ぼしている。そんな状況の為、邪神の再封印は年々厳しい物になっていた。
実はその辺りに異世界の『乙女ゲーム』の設定が絡んでいるのだが、この世界の人間達は知る由もない。
さて、そんな時だ。
年経るごとに邪神の再封印が厳しくなっている時に、失われたと目されていた『白の王族』発見である。
守り人の家系が、何百年ぶりかに六家揃うとなれば……そこに大人たちが希望を見出さない筈もなく。
魔法騎士コースの少年達の予想と大きく外れることも無く、発見されたからには王国上層部へ発見の報せが飛ぶし、知ったからには放って置かれるはずもないのだ。
近々、バスク少年は村の牧歌的で平和な生活とはかけ離れた環境へ身を投じる事になるであろう。
考えてもみなかった己の今後を突きつけられ、まさに青天の霹靂。
バスク少年は口に含んでいた甜菜を盛大に噴きだし、げっほげっほと咳き込み、苦しむ羽目に陥ったのであった。
なお、王国の貴族籍を持つ師父&カロン兄様によって、既にバスク少年発見の伝書鳩……ならぬ、伝書亀(ミシェル嬢からの貸出)が飛んでいる模様。




