チーズの売人は諦めた
私的な事なのですが、小林の祖父(大正生まれ)が最近いよいよ危ない状況になっていまして……
数日前からいよいよ覚悟が必要という……もう、時間の問題だろうとの事でして。
来週、再来週、投稿をお休みするかもしれません。
その時は察していただけたら、そっとしていただけましたら幸いです。
頭を抱えたミリエルさん。
なんか出会ってから、この人の旋毛ばっか見慣れた気がするな。
やがてゆっくりと再起動し、ゆるゆると顔を上げるんだが……動作が鈍いのなんの。
だけど手の動きは素早かった。
シュッと伸びて、ガシッと掴む。
掴んだ手には、彼女自身が作ってきたチーズタルト。
そこからは目に着く端からって表現を思い出す感じだった。手近、そうまさに近くに置いてある皿から引き寄せて、自分の口に詰め込んでいく。
あ、これ私知ってるー。前世で、教育実習の時に生徒達にぼっこぼこにやり込められた従姉のおねえさんがこんな感じで暴飲暴食してたの見たことあるー。うん、自棄食いってヤツだわ。
見てて思った。たしかに自分を捨てているな……より正確に言うと、自分の理想体重を擲つような食い方だ。重量的には捨てるというより増やしている感じだけど。
まだ年齢的に成長期で良かったね……多分摂取したエネルギーもある程度は成長に回される、はず。多分。
既に成長期が終わっていたなら、ドンマイ。
私ならちょっと重めにトレーニングすれば良いだけだけど、ミリエルさんは体重を消費する術を持っているだろうか。
やがてお腹と共に、気分も落ち着いたのか。
ミリエルさんは瓶に詰めて持ってきていた飲み水……庭で大量発生したというミントを漬け込んで風味付けしたミント水を一気に飲み干し、ほうっと息を吐いた。
表情も大分お疲れ気味に見えるけど、さっきよりはテンションも下がっている、ように見える。
「なんかもーぅ……考えれば考えるだけ、ドツボに嵌る気がしてきたわ」
「ドツボに嵌ってとっぴんしゃん、抜けたーらどんどこしょ♪」
「懐かしい歌うたってるんじゃないわよ! 後それ! 歌詞間違ってるから! 茶壷に追われて、でしょ!?」
「敢えてだよ」
「ああん、もう! だからなんで、この子こっちの思考を、こう、紆余曲折蛇行させまくろうとしてくるのよ! もうちょっとまっすぐ、一本道で考えさせてよ!?」
「気持ちに余裕があるって素敵ですよ! 前世のお父さんも言ってた。急がば回れって!」
「あんたのは回り道させまくられた挙句、行き止まりに誘導されてる気分に陥るのよ!」
「失敬な」
「ああ、もう、ほんと……話していると、なんだか馬鹿らしくなってくるの。なぁに、これぇ……さっきから、なんだか、とっても聞き捨てならない重要な話ばっかり聞かされてる気がするのにぃ」
「個人的には今を生きてるんですから、過去のアレコレより今目の前にあるアレコレの方が重要だと思うよ」
「私にとっては今目の前にいる、アンタの話なのよ。十分以上に重要そうな情報をゴロゴロ握りおってからに……でも今までの会話で、わかった。十分に分かったわ」
「わかったって、何が?」
「あんたと話しているだけ、翻弄されるばかりだってことが、よぉ~くわかったのよ……。重要そうな話の上辺だけチラ見してくるし。なんなのよ、もう。話せば話すほど、私が狼狽える姿をさらしてるだけじゃないのよ。しかも本人、私を煙に巻いてる自覚がなさそうなのが、一番手に負えないわ……」
「あれ? 私、煙に巻いてるかな」
「やっぱり無自覚か……! これ以上は話をしても時間の無駄になりそうって感想もあながち間違ってなさそうなの、本当にどうかと思うわよ!?」
首を傾げる、私の目の前。
ミリエルさんは両の拳を力強く卓に叩きつけるのだった。
「……ああ、そうだ。話を続けるのは無駄そうだって、わかった上でちょっと気になったからこれだけ聞くわ」
「なかなか酷い事言われてる気がするんですけど、まあ、なんですか?」
「ほんのささいな、素朴な疑問よ。私は覚えてないんだけど、つまり私達ゲームのストーリーに関わる転生者ってのは、えっと、なに……? 神様? 的な? 銀色のナニかによって転生したって言うのよね」
「ええ、神を自称するやたらと丸い銀色の物体の采配で転生した事に。そう思うと、銀色の物体に「お前、本当に大丈夫なんだろうな。ごるぁ!」って言いたくなるけれども」
「今のセリフの後半は特に必要なかったと思うけど、アレでしょ? 定番の」
「定番の?」
「死んで、神様に転生させてもらったってこと。私はその時にどんなやり取りがあったのかさっぱり覚えてないから、本当、覚えてないからわからないんだけどさ……アンタは覚えている訳じゃない?」
「まあ、そうですね。それで、何が言いたいんで?」
「あー……アレよ。定番の。神様から転生するに当たって、何かギフトとかなかった訳?」
「……ゼリーとかハムみたいな?」
「いや、そんなお歳暮的なヤツじゃないわよ! なんで神様にお歳暮貰わないといけないのよ。そもそも死んでるんだからゼリーとかハムとか貰ってもどうしようもないでしょ!? そうじゃなくて、スキル! そう、スキルとかそういうヤツ! 何か神様に希望聞かれたりとか、貰ったりとかなかったのって聞きたかったの!」
「スキル……前世でお姉ちゃんが英検と漢検、それぞれ2級に挑戦するって勉強してたけど」
「そういう実利的なヤツの事じゃないわよ!! なに? わざとはぐらかしてる? 定番所でいうとアレよ、アイテムボックスとか鑑定とか、そういうスキル貰ってないの!?」
「アイテムボックス……? 鑑定?」
「うっわ……なにそのきょとんとした顔」
「ちょっと骨董品には詳しくなくて……」
「いや、そういうガチな意味での鑑定じゃなくて。え? そのへんって定番じゃないの? 定番だと思ってたの私だけ?」
「定番って、どこの界隈の話?」
「……ちょっと、確認だけど。アナタって、本とか、読む?」
「失敬な! インドアかアウトドアかって聞かれたら圧倒的にアウトドア派ですが、読書だってそれなりに嗜みますわよ! 学校でも毎朝十分間読書の時間があったし! ……常々思ってるんだけど、読書をああやって強要するのってどうなんだろう。しかも一時間とかみっちり読むならともかく、十分間だけなんて中途半端な時間じゃ熟読は難しいし、学校教育の現場でちゃんと読書離れに対応していますよって主張したい大人たちの自己満足なんじゃないかって思うのは私だけかな」
「いや、学校教育と縁もゆかりもなくなった今の私にソレを言われても……確かに強要っぽいけど、それを足掛かりに読書へ興味を持つ生徒もいるだろうし、一概には言えないんじゃない? それで、えっと、本は読んでたのよね? じゃあ、その読書傾向っていうか……ラノベとか、読んだことあるかしら」
「ラノベ?」
「……前世で、どんな本読んでた?」
「お気に入りは南総里見八犬伝だね。あと、アーサー王とかロビン・フッドとか。宝島も良いよね。外国の児童文学とか結構好きだよ。あ、図鑑系も好き」
「読書傾向が圧倒的に男子小学生のソレ……!! 八犬伝はちょっとlevel高いけど! さては異世界転生物のラノベとか読んだことないわね!?」
「転生物、ってジャンル名みたく言うってことは、似た傾向のお話が沢山あるんだ? じゃあ、さっき言ってたスキル云々って言うのはお話の中での定番?」
「そうよ。ゲームみたいに物理的に持ち運ぶの無理だろって量の荷物を、こう、なんていうの? 見えない空間……? ………………アレよ! 某猫型ロボットが腹に貼っ付けてるポケット的な! ああいう感じの収納とか、見ただけであらゆる物事のデータ的な情報を知る事が出来る能力とか、そういうのを貰って転生するのがよくある流れなのよ」
「私、むしろポケットより中身の道具の方が欲しい。一つか二つで良いから」
「それは物凄く、同感だわ……」
「なんにしても、銀色の物体からはそんなもの貰ってないっすよ。提案すらなかった」
「え、無かったの……? 無かったのか……」
「まあ、特別なナニかを貰っても持て余す気がしなくもない。元々持ってない物なら、使い熟せない可能性もあるので、私は今の自分で良いよ。沢山物を持てるとか、相手のデータがわかるとか、そんなモノより大事なモノがあるもの」
「……一応、参考までに聞くけど、それって?」
「腕力と魔力です」
「………………はい?」
「もう一度言いましょう、腕力と、魔力です!」
「いや、聞こえたから。腕力と魔力って、え? それ? えぇ?」
「具体的に言うなら、気に食わねぇヤツを殴れるだけの拳と、それを達成する為に大いに力を発揮して威力向上を可能にする魔力。これさえあれば腕一本で何とかなります! 相手を殴る、ただそれだけの為なら他に難しいナニかなんていらない。後は個人の技量と身体能力を伸ばすだけ! 腕っぷしで世の中渡っていける現世の文明レベル万歳!! あとは一応魔法騎士志望なんで、剣の腕も磨けば完璧ですね!」
「この子、言い切りやがった! 乙女ゲームと同じ設定の世界に、仮にも女の子として転生しておきながら、何より腕っぷしが重要とか言ったよ今ぁ!!」
「逆に、他に何が重要なんですか?」
「真顔でなんてことを……いや、他にも大事なこと、あるでしょ。恋愛とか……?」
「はっ」
「うわ、鼻で笑ったよ。コイツ」
「今は邪神復活を目前に控えた時。この時点で、邪神と戦う為に強くなる事こそ最重要。なので私は心を鬼にして周囲の魔法学園生たちを地獄の強化合宿に引きずり込んで過酷なトレーニングを一緒に受けさせるつもりです。恋愛? 他の生徒達も、邪神を倒してから十分に青春を謳歌してもらえば良いんじゃないですかね」
「じ、地獄の強化合宿……おかしいわ。ゲームにそんなイベントあったか……?」
「ミリエルさん、私から一つ良いことを教えて差し上げますわ」
「それが本当に良いことかは知らないけど、何?」
「なければ、作れば良いんだよ」
「地獄の強化合宿を!?」
「既に強化合宿自体はカリキュラムとして強制参加が決まってるので、後はどれだけ地獄に近づけるかです。説得材料は着々と揃えているので、後は教官達をそそのかすだけ!」
「マジで地獄に突き落とす気ね!? 同級生達を!」
「甘いですね。強化合宿に参加するのは全学年合同です!」
「先輩たちまで突き落とす気なのね!? 地獄に!!」
あはははははは!
いやぁ、夏休み返上の強化合宿! 今から楽しみだなぁ!
チーズを求めての、買い付け旅行。
この旅行が終わった後、魔法騎士コースの諸君には地獄が待っている。
強化合宿
⇒魔法騎士コース及び実践魔法コースの生徒は強制参加。
他のコース生は任意での参加。




