徳を積んで貴様を殴る
なんか銀色で丸い物体は言った。
『汝に選択を与えよう。
一に、このまま現世を亡霊として無為に彷徨い続けるか。あるいは、我が願いに応じて【————】と同じ環境、同じ歴史、同じ生物を有する世界へ生まれ変わり、新たな生を得るか。
選ぶが良い。汝の選択を、私は尊重し、応えよう』
なんか聞かれたし。
選んでいいって言われたから、私は選んだ。
『じゃ、現世を亡霊コースで』
『………………なんと?』
『いや、生まれ変わるとか別に望んでないんで。それも【————】の世界とか。マジ勘弁』
『な、なんと!?』
驚きの表現だろうか。
銀色の物体は後光をを明滅させながら、ぐるぐると私の周囲を飛び回る。鬱陶しい。
やがて「ハッ」と声を出し、私の正面に移動して改めた声を作る。
『さしたる説明もなく、不躾であったな。我はこことは異なる世界の創造主……わかりやすく言うのであれば神である』
『うち、神道なんで……』
『宗教の勧誘ではないからな……?
我々は汝のような人材をこそ求めていた。どうか、私の世界へ転生してはもらえぬだろうか』
『だが、あえて断る』
『な、なん、だと……! 何ゆえに!?』
『だって胡散臭いし。私のような人材が必要っていうけど、具体的にどういう人材が、どういう面で必要か言わねえし。条件や不利益な面やら詳細を説明してくれる気がない相手とは契約結ぶなってひい爺ちゃんが生前言ってた。上手いこと言って騙そうとしてるんじゃねえの? 見ず知らずの信頼関係皆無な相手に契約迫るんなら、まずは詳細を詰めた契約書持って来い』
『し、しっかりとした曽祖父殿の教えであるな』
『それに、そもそも……』
私は一度言葉を切り。
不審者の地縛霊へ視線を向けた。
ついでにくいっと、親指で指してみたりなんかして。
『どちらにしろ、転生しろってお願いは聞けない。あんな見るからに危なそうな悪霊もどき、放って転生できるかよ。放置して東小のみんなに危害でも加えられたらどうしてくれる』
私と銀色の丸い物体の視線……視線……視線? この丸いの、どこに目があるんだ……?
まあ、いいや。とりあえず私達の注意が、不審者へと向いた。
そこには相変わらずの様子で、地面から伸びる実体のない鎖でガッチガチに四肢を拘束された陰気な男の姿。私への恨みつらみを抑える理性など欠片もないらしく、その姿は……なんかゾンビ映画のゾンビっぽくもあるな。うん。見るからにヤベェわ。
これを解き放ってしまったら、大変なことになる。主に東小に通う罪もない児童諸君が。
それがわかり切っているのに、どうして放って転生とかできるんだ?
少なくとも、私には無理だ。
『少なくともあの野郎を地獄送りにするまでは、次になんて行けない』
『成程。では、あの者を地獄に堕としてしまえば良いのでは?』
『簡単に言うなよ……その方法がわからないから、私はずっとここにいるのに。それとも神を名乗ってるくらいだし、お前になら出来んの?』
『気付いておらぬようだが……私でなくとも、アレを地獄に堕とすことはできるぞ?』
『はいはい。それができるヒトが他に通りかかってくれる確率はどのくらいっすかね。私と野郎の落下後、近所のお寺の和尚さん招いて供養とかしてたけど、全く何の効果もなくあの通りなんですけど』
『何故、他の誰かを待たねばならんのだ? 汝に出来ることだというのに』
『はいはい………………ぱーどぅん?』
『汝にもできる事だ。あの者を地獄に送る程度の事であれば』
『いや、待て待て。私にそんな特殊能力搭載されてねーよ? え、なに? 死んだ後で搭載されたの? 幽霊の標準的な能力ではとてもじゃないけど違う気がするんだけど』
なんか微妙に聞き捨てならないことを、銀色の丸い物体が言う。
困惑する私の周りを、まるで観察するようにぐるぐると回る物体。大変、鬱陶しい。
私の周囲を一人メリーゴーランドされても鬱陶しいだけだ。
そして鬱陶しいと思ったら、手が出ていた。私は考えるより先に手が出るタイプなのかもしれない。
がっしりと鷲掴みにして、銀色の物体の回転運動を止める。
止めた後で、物体を掴めたことに地味に驚いた。
話しかけてきた時点で尋常じゃないなぁとは思っていたが、霊体の私が触れるとなると、やっぱり物質的な存在とはまた違うって事なんだろう。なにしろ神(自称)だしな。
『おいおいどういうことだよ、神様よぅ』
『特殊能力的なモノではなく、存在の在り方によるものだ。今の汝は霊体、そしてあの悪霊もどきも霊体。つまりは霊体同士、同等の存在と言える。そこまでは良いか?』
『同等って言われると、すっげぇ微妙な気持ち』
『続けよう。同等の存在同士であれば、備える条件も同じ土俵の上だ。霊体同士、強い方が勝つ』
『それは生前の、生きてた頃も人間同士だしそうなんだろうけど……生前は私が勝負に勝った、だけど私がアレより強いって訳じゃなくない? 大人と、子供だよ? 不意打ちアタックならともかく、正面から、真っ向から相対したら流石に成人男性の方が強いんじゃ……?』
『それは、肉体を有していた時の条件だろう。今の汝は肉体を持っていない。であれば、肉体的な条件から生じる有利・不利も過去の話。今の見た目が生前の外見に準拠していたとしても、筋肉や神経がある訳ではない』
『つまり、結論として?』
『ガチンコ対決になった場合、霊体同士の勝負であればより思念が強く、格の高い方が勝つ。外見は強さに反映しない』
『ほほう?』
なんだか今、とても素敵な耳より情報を聞いた気がする。
だけど待て、格の高さってナニ?
思念の強さって言うけど、それ私とあっちのどっちが強いの?
見るからに黒くドロドロと憎悪を垂れ流してるアレに比べて、思念が強いかどうか測りかねた。誰か、判断基準を教えてくれ。
困惑する私に、頷くような動作と合わせて神(自称)は宣った。
『汝の圧勝である』
『断言しおった、この物体』
『そもそも汝とアレでは、文字通り格が違う』
『格って何よ? 一体いつ、そんな格付けされたっていうの』
『霊体の格は死後の修行で上げる事も出来るが、基本は生前の行いによる。どれだけ、生前に徳を積んだか、だ』
『……ああ、そりゃ私の圧勝だわ』
そもそも小学校に凶器を手に押し入る時点で徳なんぞマイナスだろ。
か弱い小学生たちに、マジで何するつもりだったんだ。私は私の親友へ鉈を振り上げるテメェの姿を忘れちゃいないぞ。
『加えて、アレは悪意を持って他者を害しようとしたが、そこで強者や悪人ではなく、無辜の民……それも自分より弱いことが分かり切っている幼子を標的にしている。信念の有無は思念を強める大きな要素であるが、自分の立てた目標を達成する際により安易で楽な方へと流されれば信念の弱化を招く。逆に達成困難な目標を立て、それを叶える為に研鑽を積む、あるいは自分の身を切るような代償を捧げるなど、より厳しい条件を設定し努力を重ねる事は己の信じる道を貫き、信念を強化する。そして犠牲を恐れず困難な目的を達成できれば、それは霊体の格をより高めるのだ』
『へー。そんじゃ、あの見るからに邪悪なドロドロを発生させてる悪霊一直線なアレって、霊的にはそこまで強くない感じ?』
『そこまで強くはないな。比して、汝は強い。とても強い』
『え? そんな二回も繰り返して言われる程……?』
『汝は他者を、自身の大事な者を守る為に行動した。それも、自分の命を賭して。それは大人であっても中々できる事ではない。しかも文字通り命を投げ打ち、目的を果たした。先にも言ったが、大きなものを賭けて何かの達成を願う事は、叶った際に賭けた物に比例して格を上げる。命を捨ててでも他者を守ろうとして、守り切った汝は霊体一年生とは思えぬほどに強い霊となっている』
『そんなご大層なモノでもないんだけど……大げさに言われてもなあ』
『大げさではなく。汝はその死に様から【誰かを守る事(特に東小関係者)】、【悪しきを排する事】に特に秀でている。汝にもわかりやすいように言うのであれば、補正がかかっている、あるいは特効があると言うべきか? 汝は強力な守護霊になる素質を持っている』
いや、あの地縛霊の心配がなくなったら普通に昇天するつもりだったんだが。
なんだかいきなり、死後の進路に可能性の幅が広がるような選択肢が……守護霊? それって誰かの背後にいる的な?
うぅん、でも誰かにずっとくっついているだけの毎日って、早々に厭きそうだ。
『守護霊としての強い素質を持つ汝であれば、力づくであの悪霊もどきを地獄送りにすることも出来よう。というか現時点で、汝、既に無意識のうちに悪霊もどきが悪さを出来ぬよう働きかけて居るしな』
『は? 身に覚えがない』
『あの悪霊もどきが万に一つも解き放たれる事のないよう、地に縛り付ける鎖を補強しておるようだが?』
『マジで身に覚えがない……私が、そんなことを?』
『鎖をよく見るが良い。銀色の鎖が、うっすらと色づいているのはわかるな?』
言われてまじまじと観察すれば、確かに。
記憶じゃ銀色一色だったはず……なのに鎖は、仄かに水色を帯びている。
あれ? なんか鎖の太さも、前より太いような……?
『あの色づいている部分は汝の思念が混ざっている。汝の思念が、鎖を補強しているのだ』
『それじゃあ、あの地縛霊が鎖で繋がれた犬っぽくなりながらも私を睨み付けてくるのも?』
『現在進行形で恨みが増えているのであろうなぁ』
なんと、そうだったのか……。
逆恨みもいいところだと思ったし、今もそう思っている。
だけど地に縛している鎖、私が強化してたのか。ざまぁみろ。
『まあ、何となく、話は分かりました。つまり、どの方向から見ても、私の方が奴より強いってことなんだな?』
『最初から、そう言っておるが』
『そして私なら、力づくでヤツを地獄送りに出来ると』
『うむ。相違ない』
それじゃあ、早速試してみるか。
私は、神(自称)に地獄送りのやり方について尋ねた。
『精神体同士の対決は、思念の強さが大きく影響すると申したな。汝にも実行しやすい方法となると……そうであるな。奴を絶対に地獄に堕とすという強い意志を持った状態で、何物をも薙ぎ倒すような強い一撃をイメージして殴る。これが一番わかりやすかろう』
『わあ、とっても簡単。だけど言うは易く行うは難しって言葉を体現してね?』
言われたからにはやるが……
しかし、絶対に地獄送りにするって強い意志に、何より強い攻撃力のイメージ……ね。
どうしたものかと軽く思案して見ると、ふと脳裏に過ぎる光景が。
……うん、よし。
これでいってみるか。
絶対に、地獄に堕とす。
その一念を、私は拳に籠める。
イメージは、見本とすべき姿は、すぐに想像の中で像を結ぶ。
私は脇目もふらず、一直線に。
ただただ、目標物だけを見据えて、まっすぐ。
イメージの中の姿と自分を重ね合わせるように、走った。
――私の拳が真っ赤に燃える。
想像の中の姿が、そのまま重なって表出するように。
『お前を倒せと轟き叫ぶ……!! いっっっけぇぇぇええええええ!!』
私の振り上げて、振り下ろした拳は。
のったりとした動作で、それでもガードしようとした不審者の腕諸共。
ヤツの姿を、地にめり込ませる勢いで殴り倒していた。
その瞬間、一瞬だけ。
私は目の前の世界が、弾ける炭酸水みたいに輝くのを感じた。
なに、この爽快感……!
『人を殴り倒すのって……圧倒的に相手の方が悪い状況で、相手を問答無用で殴り倒すのって!』
なんて、スッキリするの! 爽やかな気持ちになるの!?
思えば、十一年の人生。
小学校で男子とはしゃぎ合い、じゃれ合う中で互いに叩き合うことはあった。
だけど本気の喧嘩になったとしても、誰かをマジで殴ったりするような事は、一度もなくて。
まさか死んでから、生まれて初めて誰かを本気で殴る日が来るなんて。
思ってもみなかったはずの、この瞬間。
私が人を殴る爽快感に目覚めた瞬間だった。
なお、不審者の地縛霊は、私に殴られた衝撃で地面にめり込み……そのままずぶずぶと沈んでいった。
自称神曰く、問題なく地獄送りになったようだとのことだった
栄ちゃん、良識人として目覚めちゃ駄目な暴力的衝動に目覚める。




