なんかヤバいのがいた亡霊生活
私の前世、十一歳の水森栄。
刃物を持った不審者諸共に、四階の窓からアスファルトの地面へと落ちていった彼女。
我が前世ながら、戦闘訓練を積んでいない一般人として考えたら立派な最期で。
そんな潔い水森栄だけど、意外なことに死んだ後は数年現世に留まっていた。
地に縛されていた訳じゃないから、地縛霊っていうのとはちょっと違う。感覚としては浮遊霊くらいの留まり方かな。
地縛霊というのなら、水森栄よりむしろ……
『やっぱり、アレを放って置くのはマズいよなぁ』
霊魂の状態で、本来ならすぐにでも旅立っているはずだったけれども。
死に方が特殊だったせいで、残していく家族や友人の精神状態が気にかかった。
旅立つのを躊躇うには十分な未練だったと思う。
ほんの数年、たった数年だけだから。
自分の死を吹っ切って、皆が前向きに生きている姿を一目見る事が出来たなら。
そんな気持ちで、現世に留まって。
夜の世界をお散歩感覚で歩き回りながら、自分の死に涙する親しい人たちを何度も見た。
その度にこちらも申し訳なくなったり、居たたまれなくなったり、他にも色々考えたり。
だけど体を失ったせいか、生前程には大きく気持ちが動くことはなくなっていた。
ちょっと、感情の揺れ幅が生きていた頃よりマイルドだな、なんて。
心を使うような事に、自覚できるくらいには鈍くなって。
それに気づいたのも、割とすぐだった気がする。
しかし、そんな状態でも。
流石にアレまずくない? と気にかかる事が一点。
最初は気付いていなかった。
親友や舎弟、クラスメイト達の様子を見る為に、昼間の学校をふらふらしていた時だ。
私の最期の場所は、ヤツにとっても最期の場所。
私の為に備えられた、菊の花束が揺れる。
不審者諸共に転落したそこに、うすぼんやりと影が残る。
――あの不審者、地縛霊になってんじゃん。
私が道連れにしたあの男が、其処に留まっていた。
出歩き自由な私と違って、それこそ終わりの場所に縫い留められたように動けない様子で。よく見たら、地面から生えた鎖みたいなナニかが男の下肢に巻き付いていた。
私は地に縛される事が無かったから、自由にあちこちへふらふらしていた。
ふらふらしていて、あまり其処には行かなかったから、気付いたのは自分が死んだ数か月後の事。
常軌を逸した男は、死んでからもヤバそうだった。
見るからに全身で恨み辛みを背負っとる。
憎悪の籠った暗い眼差しは、死んでる癖に血走っていて。
私へのお供え物を持って誰かが来る度に、異様な眼差しでじっとりと凝視する姿は、生きてた頃以上になんかヤバイ。アレ、悪霊ってヤツじゃね? 地面に縫い付けられてなかったら、問答無用で生きてる人に盛大な迷惑行為へ突っ走ってそうな感じ。それこそ取りついたりとか、呪ったりとか、そういう事しそう。誰か坊主呼んで、坊主。お経上げてもらって。
霊となってから、生きてた頃には目に見えなかったモノも見えるようになった。
その目で見るヤツは、溢れ出る苛立ちや憎しみで黒かったり赤かったりする靄を纏っている。
生者への悪感情が、ヤツの全身を歪めているかのようだった。
なお、一番恨まれているのは、どうやら道連れにしてやった私の模様。
近くを通りかかった時、めっちゃ私に反応してたからな。
鎖に繋がれた凶暴な犬みたいになってた。
何か暴言だか恨み言だかで怒鳴られてる感じがあったけど、ヤツの姿を歪める憎悪が声にまで滲んでいて、よくわからん音になっていた。少なくとも、私には言語としては聞き取れなかったな?
大量に呪いっぽいもんが籠ってたし、素直に受け取る気もなかったしスルーしてやったが。
あの姿を見ると、道連れにしたのは失敗だったかと少し不安になる。
なんか、大きな禍根を残しちまった気がするんだ。
生きてる人の目には見えないからこそ、余計に。
私は多分、その気になったらいつでも旅立てる。
感覚的なものだけど、そこは確信していた。
しかし、アレを放置して行ってもいいもんか……? その一点が、悩ましい。
今は地面に繋がれてるから大した脅威にはなってない。
でも、先の事はわからないじゃないか。
あの鎖が何かの拍子に外れたら?
アイツの憎悪が、生きてる人に影響したら?
ガチの悪霊と化して、生きてる人を害するようになったらどうする。
そんな危険物を、不特定多数の子供がたくさんいる小学校に置いたままで良いのか?
最初は、身近な人達が心配で現世に残った。
それが一年もする頃には、あの不審者の地縛霊が学校にいる事への不安にすり替わっていて。
不審者の問題を何とか解決しないことには、旅立つわけにはいかない。そう思うようになっていた。
というか、なんで死んでまであの不審者に思い悩まされなきゃいけないんだ。
地縛霊化して学校なんぞに留まりやがった不審者に、結構腹が立った。
私だって、別に、死にたかった訳じゃない。
死を選んだのは、あの不審者が襲撃してきたから。
……アイツには色々と思うところがあるんだ。無い筈がない。
そこを恨みに囚われても仕方がないからと、それよりも生きている人たちの方が心配だからと目を瞑っていたってのに。
アイツ、素直に地獄へ落ちれば良いものを。
しかし放置できないといっても、私に何かできるって訳でもなかった。
そんな地縛霊を成仏させるとか、修行を積んだ坊主みたいな能力がある筈もない。
不用意に近づけば、取り込まれそうな不気味さがあるし。
取り込まれないにしても、確実に何か攻撃喰らってダメージ負いそうだし。
じりじりとした気持ちで、監視するように頻繁に様子見に来るくらいしかできなくて。
アレをどうにかする為の手段を、どう講じたもんか。
思い悩んで、悩んで、私が死んでから三年近くが経とうとしていた。
転機は、唐突に訪れる。
『――そこな少女よ。彷徨える魂よ』
『ん? 私の事っすか』
『え、予想外に戸惑いゼロ……? ……こほんっ そうだ、少女よ』
死んでから、初めての事だった。
誰かに呼び止められるという事は。
それなりに驚いてはいたんだけど、何故か返答したら向こうの方が驚いたっぽい雰囲気。
響く声は生者のそれじゃない。
死んでから、生きてる人たちの声は水の膜を隔てたみたいに、ちょっと不鮮明で。
なのに今、呼びかけてきた声は、魂に染み込むようにハッキリと聞こえた。
ハッキリと、聞こえ過ぎた。
まるで、こちらの思考に直接刻み込んでくるみたいに。
無視なんて出来ない、圧倒的な存在感の籠った声だった。
感覚的に、相手は自分より『上位』のナニかだと悟った。
私は一体誰が……ナニが声をかけてきたのかと、姿を確かめる為に振り返る。
そこにいたのは。
いたっつうか、なんか太陽を背負うように空に浮かんで、私を見下ろしていたモノは。
なんか、銀色で。
やたらと、丸かった。
バスケットボールの二.五倍くらいの大きさで、銀色。
それはつるりと丸く、陽光を弾いて金属光沢を放つ。
そして球体の下部から、ぴろぴろとクラゲの足みたいな何かを何本も垂らしていた。
なんぞ、コレ。
見れば見る程、生物にはとても見えん。
だけど声をかけてきたってことは、少なくとも思考力を持つ何かの筈で。
いや、そもそも。死んで霊魂状態の私に話しかけて来るって事は……?
見ても考えても、明らかに尋常なナニかじゃない訳で。
相手が謎過ぎて、私もどう反応して良いものか悩む。
不意打ちならワンチャンあったかもしれないけど、小学生の亡霊に過ぎない私だ。
正面から相対した状態で、臨戦態勢なんてとっても叶う気はしない。
相手は得体が知れないしな!
これは一体どういう状況かと、相手の出方を見る以外にすることがない。
そんな態度を決めかねている私に、銀色の丸いヤツは宣った。
『汝、生前に【————】というゲームをしたことがある。その事に相違はないか』
『うわぁ……聞き覚えの有り過ぎるゲーム名。うん、やったやった。やるだけは、やった』
『そうか。では汝に選択を与えよう。
一に、このまま現世を亡霊として無為に彷徨い続けるか。
あるいは、我が願いに応じて【————】と同じ環境、同じ歴史、同じ生物を有する世界へ生まれ変わり、新たな生を得るか。
選ぶが良い。汝の選択を、私は尊重し、応えよう』
私にやって来たもの。
それは、神を名乗る……なんか銀色の? よくわからない物質からのスカウトだった。
メタルな質感の、輝きを放つ銀色のナニか。
そのスカウトに、水森栄嬢の出す答えは?
a.転生する
b.転生しない
c.条件付きで転生する
d.それよりお前を倒す




