女子会という名の尋問会ぱーとⅢ
机の上には半分くらい食べて量の減ったチーズ料理。
そして散乱した紙の束には、書きなぐりのように乱雑な字で食材の名前や分量、番号の振られた手順が踊る。
驚いたことに、ミリエルさんは簡単な読み書きを習得済だった。村興し実行委員会を立ち上げるに当たって、色々と書類仕事をすることになったから慌てて習得したらしい。あの実行委員会、発起人はお前か。短時間での学習だから、基礎の基礎だけどと彼女は溢した。ちゃんとした教育を受けた訳じゃないから、どうしても字には癖があって綺麗とは言い難い。言い回しや単語の語彙も乏しい。
「――肝心のコーヒーが流通してないなんて! なんてこった!」
「流石に無いモノは如何ともしがたい」
「これじゃあティラミスが食べられないじゃないの……っ折角レシピが手に入ったのに!! もうティラミスを食べる口になってるのに!」
「でしたらアレンジしてみる?」
「そんなの……素人が迂闊にレシピをアレンジするのは大体が惨事の元なのよ。わたし知ってる」
「アレンジと言ってもコーヒー液が作れないので他の物で代用するだけですわ」
「他の物とな」
「ええ。……珈琲の代用といえば、タンポポかどんぐりですわよね?」
「何故にコーヒーからタンポポだのどんぐりだのに話が派生したの。そこが私はわからない」
「もしくはベリー系かオレンジ系か……チーズと相性の良さげなフルーツソースと果肉を代わりに挟んだり浸したり、とか」
「そっちの方が断然美味しそうよ。というか本当に、なんでタンポポとどんぐりが出てきたの。関連性が謎なんだけど……そしてタンポポとかどんぐりとか、くっそ不味そうなんだけど」
「もしくは濃ゆ~く入れたお茶をコーヒーの代わりに使うとか。あの、前世の、お湯やらミルクやらで割る前提な感じの濃ゆさで」
「それはそれで美味しそうかも? でも残念ね、この辺で手に入るお茶と言えば、ハーブティーと言えば聞こえは良いけど大体が薬草茶よ。味の個性が強すぎて不安しかないわ。まともな茶葉はお客様用で無駄にはできないし」
机の上、書き散らかされたメモの一つ、ティラミスのレシピを書いたものに「お茶で代用」「フルーツソース」という言葉が書き足される。
それを最後に、レシピの書き取りは一段落だ。
書いた内容を軽く確かめて、ミリエルさんは「大体、こんなところかしら」と呟いた。
疲れを逃がすように、細く長い息を吐いた。
「それで結局、あなた何者なの」
「え、今更?」
えぇー……?
もうここまでで、既に三十分くらいぶっ通しでお話した後で、それかよ。
なお、話の内容のほぼ八割がお菓子のレシピに関する話で終始していたことをここに明言しておこう。残り二割はチーズ料理だ。
だけどよく考えてみたら、昼間もなんだかんだでバタバタしていたし?
そういえば、自己紹介もおざなりに済ませて、ちゃんとはしてないかったかもしれない。
そうだよね、親しき仲にも礼儀ありっていうけど、そもそも親しくないならそれこそ余計に礼儀は大事。私は納得して、席を立つと姿勢を正した。そのまま流れるように、今まで散々繰り返した騎士としての礼を取る。本当は淑女の礼とか取った方が良いんだろうが、個人的に騎士礼の方が楽だし綺麗にやれる自信があるんで、こっちで良かろう。
「改めまして、ご挨拶致します。私はグロリアス子爵家が三女、ミシェル・グロリアスと申す者。どうぞお見知りおきください」
「あ、これはご丁寧に——って、そう言うことじゃないわよ!! 綺麗なお辞儀に誤魔化されかけたけど! 私はミリエル・アーデルハイドです!!」
「よろしくー」
「よろしく!! でも私が聞きたいのはそう言うことじゃないのよ……!! ああ、もう! 私は、貴女が、一体どういう人か聞きたいの! 前世的な意味で!」
「前世的な意味で」
「そうよ! 貴女も私と同じ転生者なんでしょう? 今まで会ったことのない、いわば同類よ!? この世界で何をするつもりなのか、とか。前世はどんな人だったのか、とか。色々気になるのよ! 気になるものでしょ!? 普通は気になるものなの!!」
「ミリエルさん、肺活量素晴らしいね」
「どうも!! それで、どうなの!? 昼の様子からして、隠すつもりはないんでしょ?」
「そうですねー。前世、前世かぁ……今の私はもうミシェル・グロリアスでしかないんだから、何者かと聞かれたらミシェル・グロリアスと名乗るのが正しいと思うんだけどね?」
まあ、それでも聞きたいって言うのなら。
ミリエルさんの言う通り、別に隠すようなモノでもないし?
「とりあえず、前世の名前から名乗っておきましょうか。私の『前世』は——前世の名前は、水森 栄。日本って国のー、普通の女の子でーす」
「……やっぱり女の子だったのね。乙女ゲームの事を知ってるような雰囲気だったし、そうだとは思っ……おも……ごめんなさい、嘘をつきかけました。昼の殴りたい云々の発言を受けて、七割くらいは男の子だったのかしらって疑っていたわ」
「失敬な。でも前世でもお姉ちゃんに度々妹じゃなくって弟だったかしらって真顔で言われてた」
「お姉さんのお気持ち、察するに余りあるわ」
「えー?」
なんでかな?
前世でも学校で同じ話をする度、みんな同じこと言ってたんだよね。
「ええと、それで? 前世では乙女ゲームをやっていたのよね……この世界と同じ『ゲーム』を。お姉さんのゲームだって言っていたし、お姉さんの影響?」
「そうっすね。なんか、前世のお姉ちゃんがある日、コレをやって少しは女子力と乙女心を培えとか言って押し付けてきて……」
「お姉さん……! その発言に涙ぐましい努力の日々を感じるわ。それと同時に、その努力を無に帰し続けてきたんであろう、貴女の前世の所業もなんとなく」
「それで、ゲームもやるだけやったんですよね。一回だけ。うん、一回だけプレイして面倒臭くなって、初回クリアした後は放り出して別のゲームやってた」
「別のゲーム?」
「ええ、スーパーな巨大ロボットが沢山出てくる系の。必殺技を駆使してばっさばっさと敵を剥ぎ払っていく感じのヤツ」
「野郎がめっちゃ好きそうなゲーム……! 乙女心の欠片も感じられねぇ!!」
「乙女ゲームはアレ、アルバム機能からイベント回想とか用語辞典とか見られたじゃん? お姉ちゃんがほぼ全クリしてたんで、そこでシナリオの疑問点だけ概要を拾い読みして返却したわ。あとはお姉ちゃんの解説とか、色々聞いたことを覚えていたんで現世で活用してる」
「なんて邪道な……! でもその割には、なんだか言動の端々から理解度高そうな空気を感じるんだけど」
「私、記憶力には自信があります」
何しろ、座学で学年主席を獲った実績があるんでな!
昔……前世から、見聞きしたことは基本的に忘れないんだよね。見た事、聞いた事限定で。
「ええぇー……なんだか思ってたのと、ほんと違うわ。この世界にゃ同好の士なんぞ他に見つけられるとも思えないし、乙女ゲーム経験者っぽいから、ちょっと、ほんのちょーっと、ゲームの事語り合いたいなぁなんてことも思ったり思わなかったりしてたのに。それ以前のアレだったわ」
「ゲームの事、ね。各ルート、シナリオの概要と用語解説で確認した設定アレコレなら語れますよ!」
「私が求めてるのはそれじゃねえ。それじゃねえんだよ! 最低限、愛の有る話が聞きたいの! 好みのキャラとか、プレイして誰が一番お気に入りだったかとか! 最高に萌えたポイントとか!」
「好きなキャラ? 一番のお気に入り? それだったら迷うこともありません。私にだっていますとも」
「え? マジで? マジのマジで? 昼間、あんなに殴るの云々言っていたのに、お気に入りが存在すると?」
「ええ。私がプレイして、最もお気に入りとなったキャラ――そう、森の聖獣ゴ・リラ様です!」
「何ソレ、いたっけそんなキャラぁ!? 乙女ゲームにそんな聞くからにネタ寄りの脳筋キャラいた!?」
「いました! いましたとも! 聖獣の使い魔ゲットしておいて、何ですかその言い草は。いたでしょう、使い魔ゲットのイベントで……森を守る聖獣ゴ・リラ様ですよ!」
「い、いたっけなぁ……全く覚えていないわ」
「まあ、立ち絵はなかったんで印象が薄くても仕方ないかもしれないけど」
「えええぇ……ゲームをプレイした上で、一番お気に入りが、それなの? あんなに格好いい王子様達がいたのに? キラキラ王子様や、その従者とかいたじゃないの。誰か一人でも良いなと思うの、いなかったの」
「そんなのいませんでしたね。皆無です。尽く、私のムカつきポイント連打してきたんで殴りたいゲージが鰻登りに高まるばかりでした」
「きっぱり断言したよ……」
「ええ、ですので、今生では学園生活を存分に楽しませていただいていますわ? 超満喫していますとも。主に、前世でアレだけイライラさせてくれた野郎共を、この拳でもって力任せに殴り倒すという方向で」
「どこの無法者よ。一般的な女子が求める満喫じゃないわ……どこの世紀末から来たのよ、あんた。それともヤンキー漫画の世界線から来たの? どっちにしても殺伐としすぎていて恐怖しか感じないわ」
嘆かわしい……どうやらミリエルさんは、あんなに存在感あふれる聖獣様の事を覚えていないらしい。ストーリーに直接からむキャラじゃなかったからか……?
「あなたの興味が、私の期待する方向じゃなかったことだけは理解したわ……。乙女ゲームをプレイしてそれって、あなたの前世、枯れてない……?」
「枯れるというより、むしろ発芽してない方じゃないかな。そう、枯れるものすら生えていない。前世の私は、乙女心という面においてはただの不毛地帯だった気がする」
「なにその悲しい自己分析……しかもそれをなんで堂々と胸張って言えるの? 不毛地帯とか自分で言ってて悲しくないの?」
「うーん……悲しくはない、なぁ。前世の私は年齢的にも、まだ恋愛方面への興味関心が薄かろうと未発達だろうと、そこまでおかしくない年頃だったと思うし? 私以外にもそういう子、いたし。もちろん個人差あるんで、同じ年の子でもめっちゃ恋愛脳いたけど」
「え……?」
そして現世の私は、年齢的には余裕でそういうお年頃……俗にいう思春期だという自覚はあります。
自覚は、ある! あるが! だが、しかし!
私個人の興味として、恋愛方面への情緒はまだ萌芽してねえなぁ……?
そりゃまあ、そっち方面への興味津々☆なお嬢様達とお茶会だなんだと交流を持ってるんで、まあ前世に比べたらそこそこそういう話に花を咲かせたりもするけど。主に聞き手役・情報漏えi……提供役で。
でも私としては、恋愛がどうのとか、男の子がどうの云々より、余程、アレだ。
王子共を殴る機会を虎視眈々と狙って牙を研ぐ、もとい腕を磨く方がまだまだ楽しいお年頃です☆
うん、人を殴って蹴って蹴散らして、死屍累々とクラスメイトの屍もどき(死んでない)を積み上げ、その上に立って「私がいちばん!!」とか叫んでる方が楽しい。そんな現実を実現する為に、心身を鍛えて魔法を研ぎ澄ます方が、ずっとずっと楽しい!
「年齢的に……どういうこと? 乙女ゲームするくらいだから、恋愛とかそういうのわかる年頃なんじゃないの? って、ごめん。これ地雷だったかしら」
「あ、前世の享年ですか? 十一歳ですかね」
「さらりと答えおった……! え、え、ええ? じ、地雷じゃないの……?」
「まあ、死に際を思い出す話題は人によっては地雷だと思いますけど」
「いや、前世の死に際を明確にハッキリ覚えている人なんて早々いないわよ。私も自分と貴方くらいしか覚えていそうな心当たりはないわ」
「私の場合は、そうですね……親兄弟、家族には、とても申し訳ないんですけど。でも死に様自体はそう悪い物でもなかったので」
「えっ」
「自分でも精一杯頑張って、納得して旅立てたので、そこまで地雷って感じでもないですね」
「え、え……? な、なに? あ、もしかして病気か何か……」
「親友と舎弟を守って敵と相打ちだったんで。親友も舎弟も五体満足で守り切ったから、実質私の勝利ですね!」
「なにその予想外の死因!? え、現代日本!? ちょ、誇張、そう、誇張してない!? 死因詐欺は反応に困るんだけど!」
「失敬な。語った通りです。騙りじゃないですー。流石にそんな不謹慎な嘘吐かねぇよ」
「少なくとも私の知る日本で早々起こり得ない死因なんですけど!? え、日本ってそんな殺伐としてたかしら。それとも、死んだのは日本じゃない……?」
「いや、日本。我が懐かしの前世の母校、東小が最期の地です」
「ん? 東小……水森? ハッあなたまさか、『東小の英雄』——!?」
驚愕の顔で、私を指さすミリエルさん。
ちょ、指、指。人を指さしちゃいけません。
というかアレですね。
前になんかシトラス先輩も言ってたな? あの時は意味不明だったんで流したんだが……
『東小の英雄』って、なんぞや?
以前、一部の方に反応いただいた『東小の英雄』。
……いよいよ、その詳細を語る時が来たようです。




