女子会という名の尋問会ぱーとⅡ
私の目の前には、たくさんのチーズ料理を乗せたテーブル。
その向こうに、私を逃がすまいと言わんばかりの眼力で見つめてくるヒロイン。
仕方がないので、腹をくくろう。
よく知らない人と二人きりだからか、心配したのか。宿泊施設の庭で一族団子……いや、トーテムポール? になってくつろいでいたはずの、サブマリンを筆頭とした亀さん達が私に寄ってくる。
わらわらと、わらわらと――ちょ、ストップストップ。来すぎ来すぎ。待て、過剰戦力! 多すぎると比例して余剰火力が! そんなにたくさん、来なくっても良いから!
ちょっぴり焦りながら、一族の代表たるサブマリンだけをその場に残して引き取らせる。
危ない……なんかあったらヒロインが蜂の巣になるところだよ。サブマリン一匹だけでも、ヒロイン一人を始末するには過剰戦力な気がするけれども。
私のお膝の上に乗っけたサブマリンの頭を撫でつつ、ミリエルさんの『聞きたい事』とやらが炸裂するのを待った。どうかサブマリンが火を噴くような事態にはなりませんよーに! 流石に無辜の民を殺害は貴族的にも倫理的にもアウトだからな!
一斉に来ては去って行った亀の群れに、ミリエルさんは何とも言えない顔をしていた。
ん? どうしたんだね? 聞きたいことがあるんだろう。
質問して良いんだよ?
目で促してみると、ミリエルさんはハッとした様子で再起動した。
それでもなんか微妙な感情を顔に残しつつ、気を取り直すように咳払いひとつ。
「なんだったの、いまの亀……」
「おっと今の光景に意識を引きずられたままだったか……私の愛亀ですが、何か?」
なお、亀達の家長は【暴虐の王】という異名で呼ばれている模様。
「ペット!? いや、数多すぎでしょ!」
「最初は一匹でしたのよ? ……増えたんだよ」
「増えすぎでしょ!? 犬猫でももっと手加減して増えるわよ」
「どうしてここまで増えたのか私も謎です。この亀さん……サブマリンとは十年を超える付き合いですが、うちの庭に放流して二年か三年、経つか経たないかの頃にどこからともなく嫁を連れてきまして。そっからいきなり増えたんだよ。サブマリンの庇護が強すぎて子亀が自然淘汰されることも無く順調に育って今に至ります」
「それでも、ほら……天敵とか、あるでしょ。そういうの」
「うちの亀さん、白鷺くらいなら池に引きずり込んで逆に藻屑に変えますが」
「どういう亀よ!? ちょっと白鷺って結構大きいでしょ!? それ引きずり込むってどんな亀よ!!」
「こんな亀です」
私は膝に乗っけていたサブマリンを抱え直し、ミリエルさんにも見えやすいように掲げて見せる。
きょとんとした顔で、サブマリンが首を傾げた。
「ほらサブマリン、ご挨拶」
「ぴぎゃ」
私が声をかけると、右の前足を「よっ」という感じに上げて見せるサブマリン。
正面からサブマリンの挨拶を貰ったミリエルさんが、口をへの字に曲げた。
「名前、サブマリンって……」
「今にして思うと、我ながらぴったりな名前を付けたもので。最近知りましたけれど、私の使い魔らしいですからね、サブマリン」
「使い魔……あ、そうよ使い魔!!」
「え?」
「ちょっとアレ、どういうことなのよ!」
「アレってどれですか」
「使い魔よ、使い魔! 聖獣の、クッキーよ!」
「クッキー? ……あ、もしかしてデフォルト名、ですの?」
クッキーと言われて、一瞬マジで何のことかわからなかった。
ミリエルさんは私の肩を掴んで揺さぶらんばかりの勢いでまくし立てて来るし、サブマリンはソレを見てそっと口を開こうとしたので私は咄嗟にサブマリンの口に卓上にあったキュウリを突っ込んだ。
サブマリンがキュウリを咀嚼する振動を右手に感じながら、ちょっと考えて思い当った心当たりを口に出す。すると案の定だったらしく、ミリエルさんは昂った感情そのままに何度も首を縦に振った。
「そう、それよ。なんで『ゲーム』じゃ私の使い魔になる筈の聖獣が、こんなところにいるのよ。しかもどう見ても私以外の誰かの使い魔って風情で。マジでどういうことだってばよ」
「どういうことも何も、そういうことですわ。先日、ご縁があってあの聖獣はクラスメイトの使い魔となりましたの」
「マジで何があったのよ……なんでヒロインの使い魔枠の聖獣が、脳筋魔法騎士候補の使い魔になってるの……ヒロイン補正どこ行った。特別な使い魔だし、ヒロインじゃないとゲットできないんじゃなかったの」
「現実ってそういうものですわ。自分だけが特別と考えるのは、思い上がりというものでしてよ。現実には特定の条件を満たしさえすれば、特別な資質など無くとも聖獣を使い魔にすることが出来たという訳です」
その特定の条件ってのが、裏表なくまっすぐな性根の持ち主だって事は言わんが。
そして条件に合致したナイジェル君の心が、裏表なくまっすぐ黒いという事実も伏せとくかな。
「えー……」
「ほら、頭を抱えていても現実は変わりませんわ。顔を上げて、しっかりと現実を見つめることが未来を切り開く第一歩ですわよ」
「私の葛藤をそんな言葉で片づけられても複雑な気持ちは収まらないわよ。私の使い魔計画が……っゲットしたら、マカロンって名前つけて可愛がるつもりだったのに!」
「デフォルト名はクッキーでは?」
「あなた知らないの? 使い魔の名前はクッキーがデフォルトだけど、名前変更できたでしょ。プレイヤーの間じゃデフォルト名以外に、可愛いお菓子の名前をつける風潮があったの」
「ああ、そういえば。『お姉ちゃん』もそんなこと言ってましたわね。私にもお菓子の名前を付けるよう勧めてきましたもの」
「そう、お姉さんが……『ゲーム』の持ち主は、つまりお姉さんの方ね? それであなた、何て付けたの」
「カスドース」
「……ぱーどぅん?」
「カスドース、です。前世、お父さんが出張のお土産で買ってきた……甘すぎて親戚一同が悶絶した、素敵な思い出。なお、私自身はどんな味だったのか具体的には覚えておりませんけれども」
見聞きしたことは基本、忘れないけどね。
視覚・聴覚を通した記憶は具体的に残っているけれども、味覚情報は覚えてないんだよなぁ。
「それ素敵なの? え、お菓子の名前なの、それ」
「お菓子には違いありませんわよ?」
「初めて聞くんだけど……どういうお菓子なのよ、それ」
「さっきも言いましたけれども、味は覚えておりませんの。食べた瞬間に悶絶する程の衝撃を受けた事は覚えているんだけどなぁ」
ただ印象として、めちゃくちゃインパクトのある味だった、という感想は覚えている。
どんな衝撃を受けたのか、いまいち覚えていないけど。
二度と食べないぞ、と強く誓ったことは覚えてるんだけどなぁ。
でも生まれ変わった今、味の記憶がないせいか……前世の自分があれだけ強く印象に残したお菓子がどんな味だったのか、逆に興味を覚えている私がいる。
機会があれば、そしてこの世界にも似たような食べ物があったのなら。
今生でも一度は食べてみても良いかも、なんて思ってしまう。
食べた瞬間、どうして食べたと自分を罵るかもしれないが。
「一体どんなお菓子なの……そんなこと言われたら、気になっちゃうじゃないの。作り方とかわかれば作るところよ」
「作り方、ですか。お姉ちゃんがお菓子作りをする時に何度か付き合わされたから、一般的なお菓子のレシピはそこそこ知ってますけれども……あの菓子の作り方を見た記憶はありませんわねぇ。きっとレシピ本に乗るような一般的なお菓子ではなかったのでしょう」
「へえ、一般的なお菓子のレシピ………………ストップ、今なんて?」
「え、どうしたんですか。なんでわざわざ詰め寄ってくる?」
「知らない名前のお菓子とか、気にならない訳じゃないわ。でもそれよりもっと重要な情報が、今ポロリしたからよ!」
「え?」
「いま、一般的なお菓子のレシピならそこそこ知ってるって言った!?」
「え、ええ……前世で目にしたレシピ本、二冊か三冊分くらいなら」
「二、三冊分!? なんてことなの!!」
「え、ええぇ?」
お、おや? どうした事でしょう?
なんかいきなり、ミリエルさんが今までになく昂り出したんだけど。
どっから取り出したのか、手元に、すちゃっとメモ帳とペンなんか取り出してさ。
やたらとギラギラ爛々と輝いた目で、私を目力強く凝視してくるんすけど……っ?
え、なんか怖い。なんか怖いよ!?
「それだけレシピの記憶があるってなると……これはもうお話を聞くしかないわ!!」
「え? あれ? なんか私に聞きたいことがあったんじゃ……」
「これはこれで聞きたい事よ! 重要よ! 貴方個人に対して聞きたいことはこの際、後に回すわ!」
「おっと私の個人情報が後回しにされたぞぅ?」
「お菓子作りでそれだけの記憶があるとなると……普通の料理の記憶もあるんじゃないの? ねえ、どうなの?」
「落ち着いて、そう、落ち着こう。まずは私に何が聞きたいのか、ちょっと整理して」
「今聞きたいことは一つよ! チーズを使ったお菓子&料理の作り方!! なんか素敵なレシピの記憶があるんじゃない!? あるんでしょう! 出し惜しみせず教えてよ!」
「え、えー!? チーズ>私の個人情報!? 私、チーズに負けた!?」
「勝ち負けなんてないわ。優先順位の問題よ、さ、何か心当たりは!?」
「ああ、こりゃ……レシピを提供しねーと話が進みそうにないな。ええと、記憶に在るものとなると……チーズを使ったレシピ? ティラミスとか、チーズダッカルビとか?」
「ティラミス! チーズダッカルビ!! 良いわ良いわ、素敵ね! とても素敵よ! 私の記憶じゃジャガイモとベーコンのチーズ焼きとかしか出て来なくって頭が痛かったのよ! 他には他には!?」
「ちょっと待って、落ち着いて。ちゃんと教える。教えますから着席してもらって良いですか。そろそろうちのサブマリンにとっては刺激が強すぎる。亀がなんか行動しそうで怖いから、適正な距離感保ってもらえます?」
なんか知らんが、チーズの話が出てきて目の色変わったんですけど。この人。
めちゃくちゃ興奮した様子で、嬉々として私からレシピの記憶を引きずり出そうとする。これ、情報提供代とか毟り取っても良いんじゃね? むしろナイジェル君だったら迷いなくレシピ一つにつき幾ら、とか料金設定してきそうだ。だがしかし、私はナイジェル君じゃないんでレシピ一つに対する適正価格がさっぱりわからん。
値段を付けようがないんで、ここは無償で教えるしかないか……代わりに私が教えたレシピで売り上げが出たら、その何割かをいただく形で話を持っていくか。持っていけるかな?
適正価格がわからないまま直感でレシピに値段を付けて売るのと、売上から一部を巻き上げるのと、果たしてどちらが良いのか……
正直、ナイジェル君ほどうまく商談を運べる自信はない。
それでも一方だけが利するってのは業腹だし。
その辺の交渉も交えて、私はミリエルさんと三十分くらい熱心に話し合う事になった。
前世の話とか、『ゲーム』の話とか、その辺は後回しとばかりにほっぽり出して。




