女子会という名の尋問会
一部の人間に微妙な後味を残しつつ、まあ概ね丸く収まっただろうと半ば強引に落着させつつ。
今は、夜。
日中のアレコレが朝から昼にかけてやたらと濃ゆかったが、それでもまだ一日は終わらない。
朝と昼があれば、夜もあるのだ。
どっと疲れを蓄積させて、私達は借りている拠点へ戻る。
みんな思いがけない運動を重ねたせいで、漏れなく全員腹ペコだ。
特に成長期の野郎共。
アイツらの胃って底なしだよな……?
ナイジェル君はそこまででもないけど、同じくらい小柄なセディやノキアですら、胃の中にブラックホールを飼ってやがる。あれだけ摂取した栄養、どこに消えるんだ……? 質量的に疑問が生まれるけど、まあセディもノキアもよく動くし、食べた分のエネルギーは贅肉にする余地もなく消費しまくってるんだろう。
そんな腹ペコ少年達が今一番望んでいるモノ。
まあ、考えるまでもなく夕飯である。
そして私達は、誰も料理が出来ない。
いや、カロン兄様は野営訓練の際に料理が得意な同期に教わったとかで、簡単なスープ……というかごった煮的なナニか(※名称不明な男の手料理)なら作れるらしいけど、手馴れている訳じゃないんで時間がかかる。その上、特に可もなく不可もなくの微妙な味になるとのことで、必要に迫られない限りは作りたくないらしい。
師父もなんとなく見よう見まねで料理できなくもないらしいけれど、師父曰くそちらも味が微妙らしいので、他に食料調達の手段があるなら作らないとの事。
ここが人里離れた山奥で、今が行軍訓練中とかなら師父やカロン兄様も料理に手を出したかもしれない。その時は、本人たちが微妙と評する料理の味を私達も知る羽目になっただろう……。
だけど幸いな事に、ここは人里。
それもチーズを売り出して観光地化を図る、新鮮な食材に恵まれた生産地である。
当然のように、チーズを使った料理も売り出し中だった。村にある食堂や酒場へ足を運べば、名物料理化を狙って考案された豊富なメニューと対面できる。
……なんかメニュー表に書かれた料理の半分くらい、前世のレシピ本で見たような料理を彷彿とするけど。しかもその料理名の下に小さく、『※村興し実行委員会考案』とか書いてあったけど。
心なしか、転生ヒロインの関与した気配を感じる……。
そんな訳で、村に来てから私達の食事は三食村の食堂での外食だ。
毎回、食堂までみんなで足を運んでは、四~五人ずつに分かれて三つのテーブルを占拠している。
しかもチーズを初めとした乳製品の味を試食するという名目の下、ナイジェル君が経費で落としてくれるという……! こういう時は太っ腹だよね、ナイジェル君! 流石!
ただしタダメシの代償に、私たち全員に漏れなく食レポの提出が義務付けられた。
一食ごとに、レポート用紙最低二枚を提出しなければならない。語彙力や文章力に自信のない脳筋どもは、食事の後で毎回頭を抱えていた。食事中はうまうまと大喜びで食ってるのにな。食事が終わると現実を思い出すらしい。頑張れ、お前らの笑える力作をナイジェル君が待ってるぞ。なお、秀逸な感想があれば、一部を抜粋して『芝居小屋』のメニュー表に記載する気らしい。
この日も私達は……私は、村の食堂へ夕飯を食べに行くつもりだった。
日中、思いもよらず騒乱に巻き込まれたので、土埃を全身に浴びた衣装を着替えて向かう予定だった。こんな汚れた格好で食事とか、貴族の衛生観念的にアウトだからよ。
そうして一息ついてから、みんなで揃って食堂へ移動しようとした時だった。
開けようとした玄関のドアが、私達の目の前でバタンと元気よく勝手に開いた。
おや? この世界、自動ドアの運用はまだどこもしていないと思ってたんだが……
何事かと首を傾げる私達の目の前。
無造作に玄関を開けて現れたのは、金髪をふわりと揺らす細身の少女。
おぅ、ヒロインさんではありませんか……一体、どうした?
仮にも商談目的で村にやって来たお客へ貸し出している物件を、ノックもなしに勝手に開けるのはどうなんだ……?
何事かと私達が互いに顔を見合わせる、その前で。
ミリエルさんはふわっと柔らかに愛らしい笑みを浮かべた。
そのまま両手に抱えた、割と大きめのバスケットを掲げて見せる。
「良かった、まだお夕飯は食べてませんね……っ」
「うん?」
「あの、私、貴女を誘いに来たんです。色々と、村の外の事に関してお話を伺いたくて……女子会、しませんか!?」
「……はい?」
気のせいだろうか。
女子会という、前世では割とよく聞いた、その言葉。
だけど何やら、女子会という言葉が……なんだか『尋問会』という意味を含んで聞こえた気がした。
いきなり突撃してきた、ヒロインことミリエルさん。
普段私が野郎とばかりつるんでいるように見えるのだろう。魔法騎士コースには基本、私以外は野郎しかいないんでその認識も誤りじゃないんだが。それでも魔法騎士コースの仲間達の見ていないところで、学内のお嬢様達とは優雅に茶ぁしばきつつ、和やかに交流を重ねとるんだがなぁ。
つまり何が言いたいかというと。
表面上、どうにも私は女友達に乏しいように見えたらしく。
なんか、女友達が少なさそうだと同情された。
実際には全然全く、これっぽっちもそんな事実はないんだが……同性との貴重な交流の機会だと受け取られた結果、私はクラスメイト達に「まあまあ良いから、良いから」とナニが良いのか全く分からない言葉だけと一緒に、宿泊施設に取り残された。私とミリエルさんを後に残し、野郎共は夕飯を摂取する為、村の食堂へ……あいつら、私の話も聞けよぅ。女の子の友達、全くいないなんて誰も言ってないんだからね!? ちゃんと、女の子のお友達いるんだからね!?
奴らは既にこの場にいないので、そんなことを言い募るだけ無駄なんだが。
……お婿さん募集中のお嬢様が何人かいるんで、今度クラスの誰かを紹介してやろうと思ってたけど、アイツら全員除外してやる。
取り残されたモノは、仕方ない。
仕方ないので、ミリエルさんと交流のお時間である。
何やら女の子同士で内密な話がしたいとの仰せなので、私にあてがわれた個室を会場に、女子会とやらの開催だ。ミリエルさんが持参した料理が小さなテーブルの上に所狭しと並べられる。
心なしか……なんだ、チーズ料理ばかりのように見える気が……まあ、細かいことは気にするまい。
「さ、準備ができたわ。この場には私とあなたの二人きりよ」
「他に誰もいない家、狭い部屋に二人きり……密室殺人事件が起きる前振りっぽいな」
「そんな前振り、誰もしてないわよ!? なんなの、貴女……こほん、気を取り直して。この際だから腹を割って話しましょ」
「ところで腹を割るって、字面だけ見ると割腹っぽいですよね。切腹切腹」
「一言喋るごとに話を脱線させてくるの止めてくれない!? ねえ、真面目に話してよ。真面目に話をさせてよ! 私、貴女には色々と聞きたいことがあるんですからね!」
そうは言われてもな……多分、主義主張がまるで食い違うだろうから、恐らく転生者が聞きたいであろう類の話は、なるべくしたくないのが私の正直なところだ。
乙女ゲームの攻略ルート前提で話をされても困るんだ。
王子共と恋愛する気なんて私には端から無い。それどころか、既に別の意味で攻略済だし?
それでも私の目の前には、準備万端と転生ヒロインがスタンバっている。
その目は爛々と輝いちゃってたりなんかして、私をしっかりと見据えている。
なんか、こう、「逃がす気はないわよ!」と目で宣言されている感じだ。
これははぐらかしても、後がしつこそうだ……この村での残りの滞在日数を数えて、私は溜息を吐いた。
今ひと時、面倒な思いをするのか。
それとも村に滞在する残りの時間を、彼女につきまとわれてはぐらかし続けるのか。
どちらがより面倒なのか、天秤にかけて考えた。
仕方ない。今夜一晩だけ、食い違いまくるだろう話に耐えるとするか。
そうして、私と彼女は他に誰もいない部屋で二人きり。
彼女……転生ヒロインによる、私への尋問会が始まった。
女子会?
言い繕っても無駄な感じがするんだよな。
そんな単語から連想するような話は、きっと話題にも上らないんじゃないかな。
もし話題に上ったとしても、盛り上がらないこと間違いない。
だって女の子らしい会話とか、特に恋バナとか?
私にとってはひたすら、不得意分野なんでな!
お嬢様達とのお茶会みたいに、話題を振られたらさり気なく野郎のネタを提供しつつ別のお嬢様に話題の焦点を擦り付けるという技が使えない以上、私に出来るのは率直に、忌憚のない意見を述べるのみ。
果たしてミリエルさんの納得できるような話が、この席で出来るのだろうか。
私よりもこの場にシトラス先輩でも据えた方が、前世と乙女ゲームのネタで余程話が盛り上がる気がした。
次回からいよいよ、チーズの売人による諸々の疑問やら何やらの尋問会開催です☆
果たしてミシェル嬢はまともに答える事ができるかなっ?
そしてその答えに、売人は納得できるでしょうか……。




