ぺふ&ぷちの呪い
☆★☆前回のあらすじ★☆★
突如として現れた、牛・山羊頭の魔物ぺふ(仮)&ぷち(仮)。
犬の首輪をつけた彼らは、自身に首輪をはめた亀を襲撃に来たらしい。
だがしかし、亀に反撃されると周辺一帯が惨劇に見舞われる可能性激高!
ミシェル嬢は咄嗟にサブマリン&嫁マリンの口を抑え込んだ。物理的に。
魔法騎士コースの生徒達が魔物の相手をするも、現場は更なるカオスに見舞われる。
精霊に取りつかれた、ホワイト家の山羊の出現である。
最終的に三頭にまで増えた精霊山羊は、その背にバスク少年を掻っ攫って走り出した。
バスク少年を乗せたまま、走っては突撃、走っては突撃と繰り返す精霊山羊たち。
そんな過酷な環境下、過度なストレスにさらされたせいか、はたまた別の理由か。
良い様に扱われ過ぎた恨みも載せて……バスク少年は己の血脈に宿る力を。
かつて精霊の国と謳われた白の王国、その王族男子に宿る力を覚醒させた。
それは精霊に触れる力。
それと本気の感情を込めた声に、精霊への強制力を持たせる力。
いい加減にしろよ、と。
バスク少年は精霊への怒りのままに、目覚めたばかりの力を振るう。
彼は己の可愛がる山羊に憑依した精霊達を次々と引きずり出し……
そして勢い任せに、丁度近くにいた牛・山羊頭の魔物の中へと無理やり押し込んだ。
牛・山羊頭はある意味とばっちりである。
果たして牛・山羊頭の命運や如何に―—!?
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
……と、私もちょっと混乱していたんで。
頭の整理もかねて、今見た光景とソレに至る経緯をあらすじ風に纏めてみた訳なんだけれども。
うん、纏めてみても、なんでそうなったのかさっぱりわからんな! いくら考えても混乱するわ!
バスク氏、何故に? 何故に、魔物の身体に精霊突っ込んだ???
怒りで我を忘れていたのかもしれないけど、本当にそこに至る発想が謎過ぎる……。
というか、牛頭&山羊頭はあんな目に遭わされて大丈夫なのか?
魔物を心配するというのも変な話だけど……体に混入した精霊と、混入された魔物じゃ魔物の方がダメージでかそうなんだもんよ。肉体的にも、精神的にも、
いやここは、精霊様の心配もするべきなのかもしれないけど……さっきまでの、なんというか、あの爆走ぶりというか暴走ぶりというか、なアレを見ると心配する必要があまりないような気がするんだ。
なんとな~く、精霊様達が雑な扱いを受けても、はしゃぎすぎ、自業自得という言葉が頭に浮かぶ。
とりあえずバスク氏の逆向き騎乗はさっさと改善してやるべきだったと思わんでもない。
自分の意図しない方向へ、どこへ向かうとも何をするとも知れない方向へと逆向きに爆走されたら、そりゃ恐ろしいだろうし。そのまま体当たりとか連発されたら、怒りのタガも外れるってものでしょう。
直接の引き金は、バスク氏の一番可愛がっている仔山羊をバスク氏に無断拝借したからだろうけど。
なんにしても、バスク氏を蔑ろにして雑に扱った報いと言えるだろう。
でも相手は精霊様だからな。
バスク氏が精霊相手に特化した能力を持っていたとしても、精霊は自由意思のまま気ままに生きる存在だしなぁ……バスク氏がお仕置きのつもり(?)で魔物に叩き込んだとしても、反省する保証はないし。それにすぐするっと魔物から出てくるかもしれないし……?
…………。
………………?
おや? なんだか魔物の……というか魔物の中の精霊の?
どっちとも言えないけど、なんだか牛頭・山羊頭の様子がおかしいぞ?
『う、うおぉぉぉぉぉぉぉぅ……っ』
『ふぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!』
私達の視線の先、怒ってますと言わんばかりにツンと顎を挙げてそっぽを向くバスク氏。
腕を組んだ彼の前に、蹲るのは牛頭と山羊頭の魔物。
精霊を中に入れられたせいか、今のところは大人しい……ん、だ、けど?
やっぱりなんだか様子がおかしかった。
どうおかしいかっていうと……呻いたり、転げまわったり、さめざめと泣いていたりする感じだ。
お前ら、一体どうしたんだ。
「あれ、何が起きているのかしら……?」
「見ろよ、ミリエルさんまで怪訝そうな顔してるじゃないか。何が起きているのか皆目見当もつかないけど、魔物たちはなんだか大人しくなったっぽい。これは戦闘終了かな?」
それでもいざという時には——魔物がまた暴れた時には、容赦なく殴れる心構えをしつつ。
私は両手にサブマリンと嫁マリンをぶら下げたまま、状況を把握するべくゆっくり距離を詰めていく。魔物と私達、両者に攻撃の意思が消えた事が伝わったのか、私の亀さん達も不思議そうな顔だ。いきなり口から怪光線をぶっ放しそうな雰囲気はなくなったので、口を掴んでいた手を離してみる。亀達は私の顔と、魔物たちを順繰りに眺めた後、私の腕を伝い上って私の肩に落ち着いた。ショルダーガード状態、再びである。肩から体当たりする事でも望まれているんだろうか……?
私と同じように、急な戦闘の終了を察したんだろう。それでも手に手に武器を構えたまま、さり気なくそうっと魔物たちを取り囲む我が魔法騎士コースの仲間達。うん、シモン、ラインハルト? お前らまで混ざらなくって良いよ。ピッチフォークは置いてこい。
「これは何なんだろうな……?」
武器を持った集団に取り囲まれても、気にすることも無く地面を転がって呻く魔物たち。
どっちだ、今その身体を支配している意識は、魔物と精霊のどっちなんだ。
困惑するしかない私達は、答えを求めてこの結果へ導いた犯人……バスク氏に視線を向けるが。
「……?」
きょとん顔で、首を傾げていらっしゃる。
バスク氏自身も、何が起きてるのかわかってなさそうじゃーん?
誰に答えを求めればいいものか……まごまごしていると、行動に移す猛者が一人。
やっぱり自分でも首を傾げながら、うちのクラスきっての野生児が「おい」と声をかける。
「お前ら何やってんの?」
地面をのたうち回って悶えまくってる魔物ご自身に、直接インタビューしよった……!
確かに直接聞くのが手っ取り早いけどさー!
『で、出られぬ……っ』
「ん?」
『何がどうなっておるのか……この体から出る事が出来ぬ!!』
そしてお答えしてくれる魔物(精霊入り)。素直なお答え有難う。
だけどその答えには、私達も更に首を傾げる事態だ。
どうやら回答してくれたのは、「出られない」という表現から精霊の方……状況的に体のコントロール権を握っているのも精霊……のようだけれど。
精霊に影響が出ているってことは、やっぱりバスク氏が何かしたんだろうか?
「……?」
あ、違うっぽいな。やっぱりきょとん顔で首を傾げていらっしゃる。
しかしバスク氏やら精霊やらにわからないことが、私達にわかるとも思えず。
どうしたもんか……一応、私の側にいる精霊様達に何かわかるか聞いてみる?
「シアン様、これってどういう状況ですかね」
『先程、そこな精霊の申した通りじゃ。安易に状態も調べずイキモノの身体を奪うと、時としてこのような危険が伴うということじゃな。今回に限っては、自ら入った訳ではないが』
「おっとこの発言、半ば状況を推測出来ていらっしゃる……? どうして、あの精霊様達は魔物の身体から出られないんですか? 魔物だから? 魔物の身体に入ると、離脱し難くなるとか?」
『否、魔物の肉体だからではなく、単純にあの魔物らに嵌っておる首輪の効果じゃな』
「……はい?」
お、おやおやー?
今なんか、この精霊様ったら聞き捨てならないことを……
「ミシェル、どうしたんだ? 小声で何か呟いていたみたいだけど……」
「あ、うん。私に協力してくれている精霊様と交信してた」
「ああ、いつものヤツか。それで精霊様はなんて?」
「………………隠してもバレそうだから言うけど、その、精霊様が言う事だからね? 決して、裏付けが取れてるわけでもないし、本当にそのせいなのかは定かじゃないんだけどね?」
「随分と、歯切れが悪いな……? 言い難そうだけど、どうしたんだ」
「そのー……精霊様が魔物の身体に入ったっきり出て来られないのは、魔物の首にある首輪のせいだって」
「「「………………」」」
私の発言に、この場の視線が魔物の首輪へと殺到した。
明らかに、どう見ても犬用の首輪。刻まれた『ぺふ』『ぷち』のネームプレート。
この場に現れた直後に牛頭が宣っていたセリフが、皆の脳裏に蘇る。
――暴虐の王よ、ここで会ったが三百と十三年目! 今日こそ貴様を地に叩き落としてくれる! そしてこの首枷、外してもらうぞ!!
皆の視線が、私の肩で大人しくしている亀へと移る。
注目を浴びても、サブマリンは素知らぬ顔だ。
丁度、のんきに欠伸をしているタイミングだったこともあり、悪びれたところが一切ない。
というか本当に、あの首輪にそんな効果が……?
「うちの毛玉、そういうのわかるけど」
『こんにちはー、アイビーです。よろしくです』
「ナイジェル君、使い魔を毛玉呼びは止めなよ……」
「無造作に鞄から掴み出して、ずいっと突き出してくる扱いも、ちょっと……」
「別の呼び方……金蔓?」
「いや、金蔓呼びもどうかと……」
「でもナイジェル君の付けた名前、由来がもろに『金蔓』だったような」
ナイジェル君の使い魔、聖獣が出てきちゃったよ。
普段は目立たないよう、ナイジェル君によって鞄の中へ突っ込まれたまま放置という雑な扱いを受けているのに、この毛玉もあまり気にした素振りはないんだよなぁ。ナイジェル君に従順すぎる気がするけど、なんか変な調ky……洗脳されてないかい?
なんか、後方でミリエルさんの方から「ふぁっ!? せ、せいじゅう!?」って驚きの声が聞こえたような気がするが、多分気のせいだろう。
それでなんだっけ、えっと? この聖獣に、何がわかるって……?
怪訝な顔で見守る中、アイビーはふんふんと楽し気に鼻を鳴らす。
少し距離を置きつつも、どうやら首輪のニオイを調べているようだ。
『あー……これはこれは、なかなか』
「何かわかったなら、勿体ぶらずに言いなよ」
『はい! この首輪にはそれぞれ霊犬ぺふ、霊犬ぷちの呪いがかかっているようです!』
「一気に不穏な気配が漂う物騒な単語が聞こえたような」
「明るく朗らかに呪い言いおったぞ、あの毛玉……」
「呪い、ね。効果は?」
『はい! 効果は【魂を縛って心身ともに服従させる】、です!』
「やだ、ガチの呪いじゃん。マジに呪いのアイテムじゃん」
「魂を縛って、って一文が気になるな」
ははははは。魂を縛って、魂を縛って、ね……。
……精霊が出られなくなったの、それのせいっぽいな。
うっわ、やべ。
マジで戦犯、うちのサブマリンだった。
呪いのアイテムって、ヤバ気なモノは本気でヤバイんだよね。
精霊魔法では作り出せない代物だし、『魔法』が廃れた今の時代じゃ制作方法は失伝している。
中には些細で微妙な効果のモノも多いけど、魂を縛るとか洒落にならない効果が付いているものは間違いなく、御禁制の品扱いだ。国にバレたら、所有・使用には確実に罰則が付く。
で、そんなアイテムをうちの亀さんが牛頭・山羊頭につけたと。
みんなの視線が、改めて私の肩あたり……サブマリンに集中した。
すまない。みんな、私の亀がヤベェ亀ですまない……。
相手が人間じゃなくて魔物だったことが不幸中の幸い。
それに実際に着用させたのが大分昔っぽいし、私が拾って飼い始めるより前だからセーフ! 多分、私はセーフ!! 遡って飼い主の責任を追及されるとかは、多分ない、筈! それに亀が呪いのアイテム使用したとか、誰も証明できんだろうし!
もし責任を追及されても、私は責任逃れする気満々である。
この後、首輪を外せないのかという話になったが、アイビーが調べたところによると専用の鍵がなければ難しいとの事。
専用の鍵? そんなもの、サブマリンが持ってると……?
相手は亀である。どこに鍵を持っているというのか。
サブマリンの棲家と化している我が家の庭池でも、それっぽい物は見たことがない。
鍵がないと絶対に外せないって訳ではなさそうだが、難しいというだけあって、正式な解呪方法以外を試みるとなるとかなりの時間を要するっぽい。
相手は魔物と、精霊。
寿命は大分長め。
長い時間を持っている分、気質は結構悠長なところがあるものだけど……流石に魔物の中に閉じ込められているのは精霊的にも辛いものがあるようだ。
どうしたもんかと、頭を悩ませる横で。
ノキアがボソッと呟いた。
「けど、実害ないよね」
精霊が魔物の身体で行動するしかないって他に、特に俺らに実害もないよな、と。
ノキアが真理めいた事を言いおった。
精霊に主導権を握られているせいで魔物が暴れる心配も当面はなく。
そして魔物の中にいる精霊も、白王家の末裔であるバスク氏に臣従している訳で。
バスク氏に預けられている限りは、特に心配するようなことも無いよねって結論になった。
結局、二体の魔物(※精霊入り)は、バスク氏の使い魔扱いという態で落着した。
バスク氏及び魔物たちは幸せじゃなさそうだったけど。




